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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
10章 王立学園編
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11.監禁

 学園の中庭を横切り、講堂へと向かうエフィ。彼女は歩きながら、先導する教員の顔を思い出していた。エフィもガルシアーノの養女となってから危険な目に遭うことが多くなり、そのために僅かながらも防衛手段を得ようとしていた。その一つが「学園の教職員の顔を全て覚える」というものだった。学園のような閉鎖的な場所で見知らぬ者がいればそれは不審者である可能性が高い。


(この方は記憶にありませんが……歩き方から想定するに騎士学園の方でしょうか)


 エフィは先導する教員に見覚えが無かった。だが学園教員専用のローブは学園より教員に支給される特別なものであり、部外者が易々と手に入れられるものではない。さらにその教員の足取りは鍛えられた者のそれに近いものがあり、おそらく騎士学園の教員だろうと判断した。だがそこで疑問が生じる。何故魔法学園ではなく騎士学園の教員が自分を呼びにきたのか、それも講堂のような普段は人気のない場所に。


「……マクマード君?」

「ふん、貴様のような下賤な女が俺に対等な口をきいていいと思っているのか?」


 講堂にいたのはマクマードとその取り巻きたち。だがエフィに対しての態度がこれまでと全く異なってることに強い違和感を覚えた。彼女はその真意を知るべく言葉を続ける。


「授業中にこんなところに呼びだして何をするつもりですか? 迂闊な行動はガルシアーノを敵に回すことになりますよ?」

「貴様の素性はもうわかってるんだよ、貧民窟の淫売の娘が! それにもう貴様はガルシアーノとは何の関係もない! ガルシアーノは貴様と絶縁を表明したんだからな!」

「な、何を言っているんですか! そんなことあるはずないでしょう!」


 マクマードの言葉に一瞬動揺してしまうエフィ。彼女が庶子であることは五王家により厳密に隠されており、反五王家の動きを見せているマクマード家にその情報が流れることは考えにくい。さらにガルシアーノが自分を絶縁したなどあるはずがない。叔父であり、現在は養父となっているリカルドがそのようなことをするとは思えず、マクマードの虚言であると思っていた。しかしマクマードの取り出した一枚の羊皮紙の内容を見て顔色を変えてしまう。


「そ、そんな……その印はお義父様の……」

「そうだ、それに加えて他の四家の印もある。貴様が出自を偽って正統王家を騙そうとしたことで絶縁とする、とな。それだけじゃない、貴様は正統王家を貶めようとした侮辱罪に認定された。貴様は罪人なんだよ、そして賠償金を納めることが出来なければ身売りすることになる」


 エフィの思考は混乱の極みにあった。エフィは確かに庶子ではあるが、お役目のことは五王家の総意でもある。その五王家が、特に義父のリカルドが反故にするなど考えられなかったからだ。しかしマクマードの持つ羊皮紙は明らかに絶縁を証明するもので、五王家の印の押されている正式な文書だ。さらに自分が罪人になるなど完全に想定外であり、何故そうなってしまったのか必死に推測しようにも材料が少なすぎて結論まで至らない。さらに賠償金などエフィ本人に支払い能力などあるはずもないが、それに関してはリカルドが何とか工面してくれるものと考えていたが……


「五王家が賠償金を払うことはないぞ? もし五王家が賠償金を支払えば罪人を庇うことになるからな。正統王家を貶めた罪人を守護する五王家が助けると思うか? 絶縁した者を救済すると思うか? 貴様個人には賠償金を支払う能力はないだろう?」

「そ、それは……」

「賠償金が支払えなければ貴様は競売にかけられてその落札金で支払うことになる。そして競売の参加者は俺だ、俺の手持ちは大金貨二百枚ある。もし対抗する奴が出てきてもいいように追加金を持ち込む手筈も整っているがな」


 勝ち誇ったように饒舌に話すマクマードに反して、エフィはついに黙り込んでしまった。彼女の預かり知らぬところで物事は急速に最悪の方向へと進んでいくが、自身にその状況を打破する力が無いことを理解できてしまったからだ。マクマードの所持金は大金貨二百枚、さらに上乗せがあるというが、エフィ本人の所持金など微々たるものである。そもそも学園では寮生活で、勉強のために入学したので必要な額しか持ち込んでいない上に、その管理はヘルミーナに任せている。


「ヘルミーナは? ヘルミーナなら……」

「あのメイドならここには来ない。足止めさせてもらってるからな。そもそも罪人を助けに来ようとした時点でガルシアーノが正統王家に反抗することになるから動けるはずがないだろう」

「そ、そんな……」


 ようやく彼女は理解する。もう自分はどうにもできない所まで落とされてしまったのだと。おそらくではあるが、マクマードが今回のシナリオを作ったのではないことは理解できた。エフィの出自の秘密を知ることが出来る者などそう多くはない。となれば五王家に何らかの敵意を持つ者が裏で暗躍していると考えれば一体誰が、そう考えてみればすぐに結論に至る。


「教会……ですか」

「よくわかったな、教会は聖女を正統王家に輿入れさせるそうだ。貴様のような聖属性を使えるだけの薄汚い淫売の娘とは違う高貴なお方だ。そして教会からは貴様に飽きたら渡せと言われている。安心しろ、教会に渡すまで貴様が死ぬことはない。せいぜい愉しんでから渡してやるけどな」


 教会が聖女を輿入れさせる、それは即ちこれまでエフィが頑張ってきたことが、そしてそのために決めた覚悟が全て水泡に帰したことが決まったということである。さらに五王家からも見放され、罪人の烙印を押されて物のように売り買いされるなど、どう納得すればいいのかわからなくなっていた。


「おい、まずいぞ! あの鎧はデッカー家の紋章じゃないのか?」

「講堂を包囲してるぞ!」


 突如講堂の周囲が騒がしくなり、様子を見に行った取り巻きの一人が慌てて戻ってくる。どうやら入口まで来ているようだが、入ってくる気配はない。


「奴らは競売の監視役だ! 罪人が逃げ出さないように見張ると言っている!」

「心配するな、奴らがこいつを助けることはない。追加資金を持ち込めなくなるのは予想外だが、それでも競売には勝てるだろう。この学園には、いやこの王都にはこいつを買って得する奴などいるはずががないからな」


 ほんのわずかな期待を持ったエフィだったが、やってきたのは自らの運命を決める競売の管理人だったと知って力なく座りこむ。そもそもこの競売の結末は最悪のものしか待っていない。それまでの時間をここで憎らしい相手と共に過ごさなければならないという拷問のような状況に助けを乞う気力すらなくなってしまっていた。


 どうしてこんなことになってしまうのか、自分が一体何をしたというのか、そんなことすら考える気力もなかった。いや、もう何も考えたくなかったのかもしれない。すべてを閉ざし、自分の心を殺し、ただモノのように扱われることを受け入れかけていたのかもしれない。


 時間が異様なほどにゆっくりと感じられ、エフィの心を静かに壊していく。五王家が見放したエフィを助けるような生徒など存在するはずもなく、教員も五王家の一つルチアーノ家の者の関係者だとすれば動くはずもない。完全に孤立した状況がエフィを蝕んでゆく。いっそこのまま死んでしまおうかとも思ったが、それはマクマードが許さないだろう、彼等にとってはエフィは大事な遊び道具になるはずで、そんな愉しい玩具を壊させるとは思えないからだ。


 そして次第に講堂は夜の闇に満たされていき、同調するかのようにエフィの心も闇の底に沈んでいった。

読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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