表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
10章 王立学園編
135/169

10.反撃の糸口

 エマ学園長から指示された場所に向かうと、武骨な大きな屋敷が見えた。ここがガルシアーノの本家なのだろう。そして門の前には先生が待っていてくれた。


「アルト殿、リカルド様がお待ちです」


 先生に先導されて屋敷に入れば、精悍な顔つきの私兵たちが至るところで訓練に勤しんでいるが、皆その顔は険しいものになっている。先生もいつもの柔和な雰囲気は息を潜め、張り詰めた殺気のようなものまで感じられる。それほどまでに今回の教会の動きはガルシアーノ、そして五王家にとって大きなものだったのだろう。


 案内された先の部屋、広い執務室のような部屋で大きな執務席に座り、瞑目しているのはガルシアーノ当主リカルド=ガルシアーノ。リカルド氏は先生に手で合図をして退室を促すと、先生もそれに従い無言で部屋を出てゆく。室内に沈黙が訪れ、僕とリカルド氏はしばし無言で見つめ合う。


「……今回の処置はガルシアーノとしては間違ってはいない。王国の基盤を揺るがすかもしれん事態、身内とて斬り捨てなければならないこともある」


 リカルド氏は険しい表情を崩すことなく淡々と語る。確かに王国そのものに影響が及ぶような事態を収拾するためには必要なことかもしれない。むしろ身内一人の犠牲で回避できるのであれば仕方ないことだ。


「だがな、義父としては間違っている。どんな手段を使ってでも護るべきだったのだろう。普通の家ならばそれも許されることだが、私は五王家の一角ガルシアーノの当主なのだ。義父としてより、五王家の当主としての立場を優先せねばならん」


 そう語るリカルド氏の顔は最初に会った時よりもやつれて見えた。それだけエフィさんに下した処罰が本意ではなく、かつ自身の心に少なくないダメージを与えているのだろう。


「……僕に話があると聞きましたが」

「……うむ、お前にはルーインの捕縛及び護送、王都での襲撃者の撃退と助けられている。だがその報酬を与えていない」

「ギルドから成功報酬は貰っています」

「我々としても報酬を出さねばならんのだ、そしてこれは五王家の総意でもある」


 ガルシアーノから報酬が出るというのであれば納得するが、何故そこで五王家の総意が出てくるのか。


「今回の件は教会の思惑に気付けなかった五王家に責がある。奴らが何故そこまでエフィに執着するのかまでは情報を入手出来ていないが、このままでは合法的にエフィが奴らの手に落ちてしまう。それを黙って見ている訳にはいかんのだ。だが競売に我らが参加すれば、教会が五王家を糾弾する材料をくれてやることになりかねん。だからこそお前には報酬を受け取ってもらわねばならん」

「僕に……その報酬で競売に参加しろということですか」

「競売という形ならば一般民の参加を制限することはできん。それは冒険者も同じだ。競売の結果は王国の法に基づき遵守される。お前が競売でエフィを落札すれば……エフィは助かる。教会の執着ぶりを考えれば……エフィが幸せな結末を迎えることはまずあり得ん。だから……頼む、エフィを……救ってやってくれ。もうお前しか頼れる者がおらんのだ。お前の身分保証はガルシアーノからギルドに変更してある。頼む……」


 リカルド氏は机に額を擦りつけんばかりに頭を下げる。武闘派として恐れられるガルシアーノの当主が一介の冒険者に頭を下げている。こんな姿を見られでもしたら大変なことになる。リカルド氏の気持ちは十分伝わった。僕だってエフィさんを助けたいが、法の下に行われる競売で無法を働こうものなら相手の思う壺で、もしかすると敵はそれすら考慮しているのかもしれない。


「わかりました、競売には参加しますが……このままでは間違いなく負けます。僕の冒険者としての蓄えはそれなりにありますが、伯爵家に勝てるかどうかは誰の目にも明らかでしょう」

「今回競売に参加するのはマクマードの倅だ。伯爵家としても教会の後ろ盾があるとはいえ、五王家と全面対立する力はない。だから表向きは息子に落札させることになるが、現在講堂はデッカー家が封鎖して誰も入れん。すぐさま講堂を包囲出来たことだけが救いだった。もし遅れていればこの手段も使えなかったからな」


 マクマード某が相手とはいえ、伯爵家の財力が相手では勝ち目がないのに変わりはないはず、リカルド氏は何を狙っているのか。


「いいか、王国法では罪人の賠償金捻出の競売は即時現金が鉄則だ、それを変更することはいかな教会の後ろ盾でも不可能だ。そして講堂はデッカー家が封鎖、中にいるのはエフィと……マクマードの倅とその取り巻き程度だ。つまり競売が始まるまでマクマードは息子に現金を渡すことができん。いくら伯爵家とはいえ、学園内に大量の現金を持ち込んでいるとは思えん」

「マクマードがエフィさんと一緒? 危険じゃないんですか?」

「競売の対象になった罪人に一切の手出しは許されん。もし手出しすれば法の下厳罰に処される。だからお前に託すのだ。今講堂の外にいる競売の参加証を持つ者はお前しかおらん。今回の参加証は二枚しか発行されていないからな」


 つまり僕とマクマードの一騎打ちとなる訳だ。だがこちらの資金がどれ程かによって勝算の有無が変わってくる。そもそも競売の基準がどれほどなのかがわからない。


「一般の罪人が競売された場合、どのくらいの額で落札されるんですか?」

「通常ならば大金貨一枚くらいだろう。だが今回はそんなものではないだろうな。マクマードがどれほど持ち込んでいるかが勝負の分かれ目だ」


 大金貨一枚あれば四人家族が多少の贅沢をしながら三ヶ月くらいは暮らすことができる。果たして奴がどれだけ持ち込んでいるのだろうか。それがわからないのでは勝算がゼロになってしまうかもしれない。


【アルト様、相手の持ち金なら把握できるかもしれません】


 突然アオイの声が聞こえてきた。もしそれが本当なら、エフィさんを助け出せる可能性が高くなる。


(本当にそんなことが出来るの?)

【大金貨というものの情報があれば、同様のものがどれだけあるかを調べられます。いくつもの種類があるのであれば別ですが】

(大金貨は一種類しかないよ! でもこれでエフィさんを助けられるかもしれない)


 マクマードの総資金がわかれば勝負は容易い。外部からの補給ができないのならなおさらだ。


「わかりました。ところで資金はどれほどですか?」

「うむ、少し待て」


 リカルド氏が机に置いてあった呼び鈴を鳴らすと、やがて五名の兵士がそれぞれに大ぶりな革袋を手に入ってきた。どうやらこれが資金のようだが、どうして五袋もあるんだろう。


「この中にはそれぞれ大金貨が五十枚、つまり総額二百五十枚ある。好きなだけ持っていくがいい。だが欲を張って大量に持ち込もうとすればマクマードが不審に思って自分たちも補給させろと言ってくる可能性がある。その見極めが重要だ。ちなみのこの金は五王家それぞれから出されたものだ。今回の件、五王家として未然に防ぐことができなかったことへの謝罪の意もある」

「僕一人で隠して持ち込むには限りがあるから……」

【アルト様、お忘れですか?】

(あ、そうだった。アオイの力があるんだった)


 アオイからの指摘で思い出した。アオイは本の中に収納することが出来るんだった。それならこの金全部で一気に勝負を決められる。


「では全部持っていきます」

「おい、無茶をするんじゃない。いくらなんでも全部を見つからないように持ち込むのは不可能だろう」

「いえ、できます。……ほら、この通り」


 アオイを出現させて、大金貨の入った袋に手をかざせば五つの袋は跡形もなく消えた。そして開かれたページには『大金貨二百五十枚』の記述があるのみ。だがリカルド氏にはアオイの姿は見えないので、消えてなくなったようにしか見えないはずだ。その証拠に大口をあけて袋のあった場所と僕を何度も見比べている。


「い、今のはいったい……」

「冒険者ですから、奥の手くらい持ってます」

「そ、そうか。そうだったな、お前は数々の強敵を打ち破ってきた強者だった。すまん、奥の手を問い詰めるのはマナー違反だな。だがこれでエフィ救出の算段がついたな」


 安堵の表情を浮かべるリカルド氏だが、僕にはまだ確認しなければならないことがある。すんなり勝負がつけばそれに越したことはないが、おそらく、いや間違いなくひと悶着あるはずだ。その際の対処の方法を知っておかなければならない。


「リカルド様、もしマクマードが……」



 僕の質問に対するリカルド氏の回答は非常に納得できるものだった。でもこれで心おきなくエフィさんを救い出すことができる。そして場合によってはマクマードへの意趣返しもできるはずだ。さあ、マクマードの吠え面を拝みに行くとしようか。

読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ