8.捨て台詞
「この赤い薬草はポーションの原料になりますが、根が生きていれば栽培もできます。見つけた場合は周囲の土ごと持ち帰ってください」
「採取の場合、類似した危険な毒草はありますか?」
「この薬草は葉の縁が滑らかですが、毒草は縁がギザギザになっていますので判別は容易です。なお、鮮度が良いほどポーションの薬効が高くなる傾向があります」
「乾燥させたものでは効果がありませんか?」
「乾燥させる場合は即座に根を切り離して乾燥させてください。薬効が根から抜ける現象が確認されていますので、採取した場所で乾燥させるのが良いでしょう。薬効は鮮度の良いもののおよそ半分程度ですが、煮出して濃縮すれば効率よく摂取できます」
「ポーションには加工できますか?」
「可能ですが、完成したポーションは日持ちがしません。乾燥させた薬草はポーションが切れた場合の非常用と考えたほうがいいでしょう」
こんなやり取りが延々と続いている。幸いにも僕の講義を受けに来た学生は教室の半分くらいになり、誰もいないという最悪の状況は避けることが出来た。だが現在、とてもやり辛い状況に陥っている。
「薬草の栽培で注意する点はありますか?」
「肥料は少な目に施して、水を切らさないようにしてください。植える場所は魔素の濃い場所のほうは成長も早く薬効も高いです。魔物の死骸に繁茂したという事例もあります。他に質問のある方は……」
「はい! 魔力の回復に効果のある薬草はありますか?」
「……この薬草の変異種で葉の色が藍色のものがあります。その薬草はポーションの効果に加えて魔力回復の効果がありますが、採取場所もまだ特定できていません。ただスライムの出現する場所に多くみられる傾向があるようです」
僕に質問を繰り返しているのは最前列に陣取った女生徒のみ。彼女以外の生徒はその光景を眺めているか、教卓の横で横になって眠っているオルディアを眺めているかのどちらかだった。最前列の女生徒が満面の笑みで質問を繰り返し、僕が他の生徒に質問が無いか聞こうとしてもそれを遮るように質問してくる。
最前列の女生徒、エフィ=ガルシアーノは講義が始まる前に最前列を確保し、始まった後はこうやって質問を続けている。質問の内容は決して突飛なものではなく、講義の内容に沿ったものなので講義の妨げにはなっていないが、正直なところ非常にやりにくい。そんな僕を救済するかのように鳴り響く授業終了の鐘の音。それを合図にするように席を立つ生徒たちだが、エフィさんは一向に席を立つ様子はない。
「あの……エフィさん? 授業が終わりましたよ?」
「はい、この後は昼食ですね」
「ええ、ですから早く食堂に行かないと……」
「アルト君も一緒に行きましょう。色々とお話したいんですが……駄目ですか?」
「いえ……そんなことはないですけど」
「じゃあ行きましょう! オルディアちゃんも一緒に!」
『おいしいものたべるー』
オルディアはエフィさんの様子に食べ物の気配を感じたのか、尻尾をふってはしゃいでいる。エフィさんと一緒の昼食が嫌な訳ではないが、昨日のようなことがあったら面倒だと思って今日は昼を食べないでおこうかと思っていた。だが今日は教員用のローブも着用しているし、昨日のように絡まれることはないだろう。
「わかりました、行きましょう」
「はい!」
食堂に行くことを同意すれば、エフィさんの笑顔が一層弾ける。そんな彼女に手を引かれながら、生徒たちが行き交う廊下を食堂へと進んでいった。
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「それじゃあアルト君はギルドの依頼で王都へ?」
「はい、着いたのは二日前ですね」
食堂に着いた僕たちは三人でテーブルを囲んでいた。僕とエフィさん、そしてエフィさんのお付きのメイド、ヘルミーナさんだ。
「アルトさんの噂は聞き及んでいますよ、何やら強い刺客を捕縛したとか。その刺客を王都まで護送してきたそうですね」
「はい、マディソン辺境伯の船に乗せてもらいました」
「まあ! 辺境伯の船は大きくて快適だったでしょう? 私もロッカへの行き帰りに乗せていただきましたが、とても快適でした」
エフィさんは昼食をとりながら僕が王都に来ることになった経緯を楽しそうに聞いていた。ヘルミーナさんがどうしてルーインのことを知っているのかが不思議に思えたが、よく考えれば彼女はエフィさんの侍従兼護衛なのでガルシアーノから逐次情報を得ていても不思議ではない。ちなみにあの騎士の格好はもうしていないらしい。本人曰く、いつかは騎士になりたいとは考えているらしいが、今はエフィさんの護衛に専念することを優先しているとのことだ。
僕たちが座るテーブルを遠巻きに生徒たちが眺めている。やはり五王家の関係者となれば近づきがたいものがあるのだろうか。時折目が合うと慌てて目を逸らされるのは微妙に傷つくが、エフィさんもヘルミーナさんも全く気にしていない様子だ。
「とてもご活躍されているようで羨ましいです。私はまだまだ勉強中の身ですし……」
そう言って俯くエフィさんだが、お役目などというとんでもない役割を担おうとすることのほうが大変だと思う。輿入れということはすなわち結婚ということだが、正直言って僕には全く想像できない世界のことのように思える。誰かを好きになったと実感したこともないし、冒険者としての活動が忙しくてそんな相手を見つけるのも難しい。かといって貴族のように勝手に相手が決められるのも嫌だ。せっかく貴族のしがらみから解放されたのに、ここで同じような道を歩くつもりはない。
ここでふと気になることが生まれた。お役目は大変重要な役割だが、果たしてエフィさんは本当に納得しているのかということだ。僕ごときが口を挟んでいいものじゃないことはわかっているが、それでも自分の心を押し殺しているのならば僅かばかりでも手助けしてあげたいと思うのは当然じゃないかと思う。
「あの……エフィさんはおや……」
【要注意人物が接近中です。昨日の連中が再び現れました】
突如響いたアオイの声に言葉が遮られる。と同時に食堂の入口が騒がしくなる。生徒たちを押しのけて数人の男子生徒が入ってくる。先頭には見覚えのある男子生徒が集団を引き連れているが、取り巻きの数が昨日よりも多い。
「おい貴様、そこで何をしている!」
僕を見つけるなりマクマード某は僕たちの席までやって来て声を荒げる。僕が対応に困ってエフィさんを見れば、彼女は全く動じることなくお茶を飲んでいる。
「私たちが何か?」
「こ、これはエフィ嬢。いけませんよ、このような薄汚い冒険者と同席などしては貴女の美しさが穢れるというものです。この私が排除して差し上げましょう」
マクマード某はエフィさんの横に跪くと、カップを持っていないほうの手を取り口づけしようとする。まるで物語の主人公でも気取っているのだろうか、にやけた顔が気持ち悪い。しかしエフィさんは全く動じることなく手を払うと、厳しい目でマクマード某を見据える。
「彼は私の大事な大事な友人ですが、貴方は私の友人を貶すつもりですか? ああ、彼と同席している私も穢れているということですね」
「い、いえ、そんなことは……貴女が穢れているなど……」
「ならどういうおつもりなのですか? 彼はガルシアーノ家当主から身分保証を受けている客人なのですよ? 彼への侮辱はガルシアーノへの侮辱と受け取りますよ?」
「う……ふん、行くぞ!」
エフィさんの迫力にたじろいだマクマード某は取り巻きを引き連れて食堂を出て行った。だがその時、何かを呟いたように見えた。ただの捨て台詞かもしれないが、マクマード某のにやけた顔がより一層醜悪に歪んだのを見逃さなかった。冒険者としての経験はまだ多くないが、それでもあの醜い笑みの裏側に何かがあるということくらいは感じ取れる。
(アオイ、あいつが呟いた言葉、聞き取れた?)
【音声情報は全て収集済みです。対象の音声を再生します】
アオイにより僕の頭の中に流れたマクマード某の捨て台詞。それはガルシアーノの養女であるエフィさんに向けるにはあまりにも醜悪で獣のような欲望に満ちたものだった。
『くくくくく、強く出られるのも今だけだ、お前はもうすぐ俺のモノになるんだからな』
読んでいただいてありがとうございます。




