6.教会の暗躍
「まいったわ、あんなに雑魚ばかりだとは思わなかったわよ、これからどうしたらいいか分かんないわ。理解?」
宿泊所でオルディアと遊んでいると、クレアさんが入ってくるなり愚痴を言い始めた。クレアさんは騎士学園のほうで既に実技の授業を行っていたらしいが、この様子を見るに生徒の熟練度が低かったのだろう。
「そんなに酷かったんですか?」
「酷いなんてものじゃないわよ、これならDランク冒険者パーティにも勝てないわ。そのくらい弱いワケ、理解?」
「確かに威圧感のようなものは感じなかったですね」
「そっちにも行ったの? それで授業に欠席が目立ったワケね、理解理解」
騎士学園の生徒の実力の低さに不満を漏らしていたクレアさんに、僕のほうも騎士学園の生徒に絡まれたことを話す。召喚については誤魔化すつもりもないので素直に話した。クレアさんは既にガルシアーノから僕の情報を得ているし、隠し立てする必要もない。
「アルト君は規格外としても、この質の悪さは尋常じゃないわね。ここで腕を磨くことで王国の貴族としての責務の基礎を作るのが目的なワケ。でもこれじゃ役立たずの貴族ばかりが増えるだけよ、理解?」
「自領を護ることも出来ない貴族は王国を護れませんからね」
僕の答えに満足気に頷くクレアさん。王国貴族の責務は税金を納めることだけじゃない。有事の際には王国を護るために戦わなければならないという責務もある。その見返りとして、王国は過度な税収を定めてはいない。当然のことだが軍備を整えるには資金が必要で、王国への税を抑えることで余剰分を充当されるためだ。しかしそのことを理解している貴族は少なく、好き勝手に使っている貴族も多いと聞いている。
ちなみに抑えられた税の不足分は五王家が独自に得た収入のほぼ半分近くを回して補填しているらしい。反五王家の貴族たちはそのことを理解しているのだろうか。五王家がいなくなれば今まで免除されていたぶんの税を自分たちで賄わなければいけないということを。
「ま、そういう連中を教会が唆しているんだけどね。教会は資金が潤沢だから、五王家が負担している分を肩代わりするとか吹聴して取り込んでいるっていうし。それが実行される保証はどこにもないんだけどね。実際は貴族に対しての貸付くらいになるんじゃないの? 借金で縛り付ければ教会にとって使い潰しの利く手駒が増えるだけだし。一番怖いのは正統王家に入り込まれて正統王家が債務に縛られることなワケ、理解?」
「もしそうなったら教会の思うままじゃないですか!」
「その為の布石として、教会は各地に派遣していた聖属性魔法の使い手を引き上げさせているのよ。稀少な魔法の使い手は当然数も少ないし、一部の貴族領には使い手全くいないところもある。そうなったらその貴族はどうすると思う?」
「教会にすり寄ってでも引き上げを阻止しようとしますね」
「そう、だからエマも心配して薬草の知識を教えようとしているワケ。それにこの学園にいる聖属性魔法の使い手は五王家が把握できているからお役目についても問題ないんだけどね」
薬草についての知識が必要な理由はわかった。だがお役目というのは一体何なのだろう。五王家が把握する必要性はあるのだろうか?
「お役目って何ですか? そこに聖属性魔法がどうして絡んでくるんですか?」
「アルト君は知らなくて当然か。正統王家には昔から変なしきたりがあってね、王位継承権を持つ男児には聖属性を持った女性を輿入れさせるっていうものなんだ。建国の王が当時の聖女を娶ったっていう史実を継承してるらしいワケ。で、それの危険性が高まってるのよ、理解?」
「聖属性……あ、そうか、教会は聖属性の使い手が多くて、それに聖女もいる」
「そうなのよ、教会は自分のところの聖女を王族に入り込ませるチャンスなワケよ。だから五王家は自分のところで聖属性魔法が仕える女性を常に確保してるの。理解?」
王国建国の王が聖女を娶ったという話は王国の国民なら誰もが一度は聞いたことがある話だ。そして教会に聖女がいるという話も有名だ。建国当時は教会と五王家の関係は悪いものではなく、むしろ友好的だったという話もある。
「教会は何としてでも王国政治に入り込みたかった。だから聖女の質を落として後見人を付け始めたのよ。その後見人が政治に口を出し始めたので、五王家は教会からの輿入れを廃止して自分たちで聖属性を持つ女性を確保したの。政治と宗教は別であるべき、という考え方のもとにね。理解?」
クレアさんの言っていることは至極当然のことだと思う。そもそも教会が政治に詳しいという話は聞いたことがない上、五王家の中でも政治に長けた者が政治を司ることで王国の政治は執り行われてきた。それは全ては王国民の生活を護るため、一部の貴族たちによる富の独占という理不尽を防ぐためだ。王国が建国される前に存在した国は貴族と宗教によって好き放題されていたために消えていったのだから。
「今回のお役目はガルシアーノの担当なの、私はその方の陰ながらの護衛も兼ねてるワケ、理解?」
「ということはこの学園にお役目を担う人が通ってるんですか?」
「そういうこと。教会にとってはその方は目障りな存在だからね、どんな手段で消しに来るかわからないワケ。学園は家柄を主張できないことになってるけど、今はそんな規律も全然守られてないから。もしその方が消されるか、向こうの手に落ちれば教会が入り込む隙を与えることになるワケよ。理解?」
そう言えばルーインを仕向けたのは反五王家派の貴族だった。搦め手も含めて敵対する貴族が動き出しているということは理解できたが、まさか学園にまで攻撃してくるということは無いんじゃないかと思っていた。たかが学生一人でそんなに変わるものなのだろうか?
「でも王位継承権を持つ王族に輿入れすると言っても、継承権が低い方に輿入れする程度で何か変わりますか?」
「変わるよ、もし上位の継承者が謎の死を遂げたらどうなると思う? 必然的に継承権は繰り上がるワケ。理解?」
「謎の死……まさか暗殺? そんなこといくら教会でも……」
「教会の母体には不可解な点も多いの、建国の際に処刑された宗教団体の残党が紛れ込んでいるという噂もあるから何があってもおかしくないの。理解?」
クレアさんの真剣な表情が彼女の抱く懸念が決して誇張ではないことを物語っている。となれば僕たちに指名依頼を出したエマ学園長も同様の懸念を抱いているということだろうか。そんな危険な状況を放置していいのだろうか?
「エマ学園長はそのことをご存じなんですよね?」
「もちろんよ、エマはあの見かけによらず強いわよ? 冒険者じゃないからランクは持ってないけど、五王家の関係者には『風雪のエマ』って呼ばれてるわ。もし賊が襲撃してきた場合は彼女が最後の盾になるワケ。私たちはその間に護衛に回る手筈なの。理解?」
エマ学園長はそんなに強かったのか。そんな印象は全く無く、むしろ護衛の後ろに隠れていそうなイメージだったが。それよりも僕が護衛と認識されているのには少々驚いたが、それも苦渋の選択だったのだろう。正式に護衛の依頼を出せばそのことが敵にも筒抜けになるので、こちらが不利になるだけだ。ここまで教会絡みの件に巻き込まれた以上護衛の件は仕方ないとはいえ、問題はその対象が誰かということだ。誰を護衛しなければいけないのかを知らなければ動きようがない。
「で、僕は誰を護衛すればいいんですか?」
「あからさまに動いちゃ駄目よ? あくまで君は薬草学の講師なんだから。それに護衛対象は君もよく知ってる方よ」
そう言われて思い返すが、僕の知る限り聖属性魔法の使い手は一人しかいない。でも彼女は表に出ることを極端に嫌っていたんじゃなかったのか? 別荘に隠れ住んでいるんじゃなかったのか?
「エフィ……」
「そう、今回のお役目に選ばれたのはエフィ=ガルシアーノ。君も良く知る女の子よ」
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