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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
2章 駆け出し冒険者編
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1.薬草屋

第二章開始

「こんにちは、依頼完了の報告に来ました」

「アルト君、またいつもの薬草?」

「はい、査定をお願いします」


 いつものように冒険者ギルドのカウンターに薬草の入った革袋を乗せる。今日は治癒草を多めに混ぜてある。もちろん鮮度は抜群だ。


「今日は治癒草が多いわね。どこかいい採取場でも見つけた?」

「オルディアが探し出してくれるんですよ」


 すぐそばにお座りしているオルディアの頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。実はそれだけが成果をあげた理由じゃないが。

 

「はい、今日の報酬は六十Gね」

「ありがとうございます」

「あ、ちょっと待って、アルト君」


 報酬を財布に入れ、踵を返そうとしたところを受付のお姉さんに呼び止められた。今回の依頼は問題ないと思うんだが、面倒ごとにならなければいいが。


「はい、何でしょうか?」

「アルト君、この街に来てしばらく経つでしょう? それなのにいまだにFランクのままだし、そろそろランク昇格も考えてみたらどうかなって」

「え? でも僕は薬草採取しかしていませんよ?」

「でもほぼ毎日依頼完了してるし、何より採取した薬草の状態がいいのも評価が高いわ。きちんと処理できる知識も持ち合わせているようだし、冒険者ならそろそろ上を目指すのもありかなって」

「でも僕にはまだ早いんじゃ」

「Fランク依頼は昇格基準の二十回をクリアしてるし、問題はないと思うんだけど」


 ランクアップ……確かに思うところはあるんだが、まだまだずっと先のことと考えていた。まさかまだ成人していない僕にそんな話を持ち掛けてくるなんて想像すらしていなかった。というのも冒険者ギルドのランク制度はとても厳格で、成人していない子供がなれるのは一律Fランク、ランクアップは成人してからということになっている。僕はまだ十五歳の誕生日を迎えていないので、ランクアップ対象外だと思っていた。


「Eランクからは一部討伐依頼も受けられるようになるわ。どう、やってみない?」

「すみませんが今回は遠慮しておきます。僕は戦闘技術も未熟ですし」


 アオイとオルディアに頼れば討伐依頼をこなすことも十分可能だとは思うが、果たしてそれが僕の実力かと問われれば違うと断言できる。彼女たちを否定するつもりは毛頭ないんだが、自分自身納得がいかないところが大きい。

 でもどうして急にこんなことを持ち掛けてきたんだろうか。この支部で最近僕がどういう言われ方をしているかはお姉さんだって知っているはずなんだが。


「僕がどんなあだ名で呼ばれているか、知ってますよね?」

「ええ……『薬草屋』でしょう?」


 この支部で冒険者たちが僕につけたあだ名が『薬草屋』だった。薬草採取の依頼しか受けず、どういうわけか持ち込む薬草の鮮度もいい。もしかすると薬草を扱う商売でもしている家の生まれなのかもしれない。そう勘ぐった連中がつけたあだ名だ。実際には貧乏子爵の疎まれ息子だが。


「なら討伐依頼なんて無理だと思いませんか?」

「……実はね、アルト君にはどこかのパーティに参加してほしいの」

「え?」


 

 

 とりあえず受付のお姉さんの提案は保留にして、僕たちは街から少し離れた草原へと来ていた。薬草の採取もするつもりだが、もうひとつ別の目的がある。


【それが空間魔法の魔法書ですか?】

「うん、これを覚えておかないと不自然だから」 


 薬草集めをオルディアに任せ、短い下草に腰を下ろして魔法書を広げる。ギルドの依頼料を貯めてやっと入手した魔法書だ。その魔法とは……


【収納魔法など覚えなくても私のストレージがあるじゃないですか】

「そうなんだけど、ちょっと今のままでは不自然だと思って」


 当然ながら、僕一人で持ち運べる薬草の量は多くない。いつもは持ち込む量が不自然にならないように微調整しているが、万が一に不自然に思われたらアオイの存在が知られてしまう。

 なので空間魔法のひとつ、収納魔法を覚えておこういうのがその対応策だ。空間魔法は滅多に使う人間がいないので、魔法書を扱う店でも埃をかぶった死に在庫が格安で売られていた。

 空間魔法は属性魔法に比べて消費魔力が桁外れに多く、しかも収納魔法は収納している間は魔力を消費しつづけるという難点がある。たぶん僕なら問題ないと思うが。


「えーと、自分のお腹のあたりに魔力の袋があるように強くイメージして……それを無意識に維持できるように……結構難しいな、これ」


 結論から言うと、無事覚えることができた。ただちょっとばかり問題があった。


「出ろ、治癒草」

『ご主人様ー、出てきたよー』


 オルディアが嬉しそうに咥えて持ってきたのは治癒草。それも一本だけ。僕の足元には数十本はあるだろう治癒草の山。


【一本だけ……ですね】

「それを言わないで。一応うまくいったんだから」


 どこか呆れたようなアオイの声になんとか返す僕。そう、僕の収納魔法は無事発動した。ただし薬草一本が上限のとても容量の小さいものだったが。


「でもこれで辻褄が合うようになった。もっとたくさん薬草を持っていけるようになったよ」

【まだ五千以上ストックありますよ」

『もっとたくさん集めるよー』


 オルディアは一回採取に行けば確実に百本以上薬草をとってくるので、ストックは増える一方だ。これまでは買い取りしてもらうのに革袋に入るだけが限度だったが、次回からはもっとたくさん買い取りしてもらえる。そうすれば……


【報酬が増えれば装備も購入できますね】


 アオイの言葉が僕の現状を如実に表していた。僕の今の恰好は薄汚れた布の服にいくつかの皮革を継ぎ接ぎして作られたズボン。やや貧しい平民の一般的な服装だけど、冒険者としてはありえない。なにしろ武器は錆びたナイフ一本しか装備していないんだから。


【そんなもの無くても喚び出せばいいのでは?】

「そうなんだけどね」


 薬草は根を切り取って埋めておけばいずれまた生えてくるらしいので、切り取って一か所に纏めて埋めている。そうすれば十日くらいでまた採取できるんだが、これはアオイが調べて教えてくれた。たぶん他の冒険者は知らない情報のはず。

 ひたすら根を切り取る僕の手元には小さな刃物。アオイの情報を元に喚び出した『あなあきばんのうほうちょう』なるものだ。切れ味よく、とても軽い。刃に穴の開いた不思議な形だが、僕みたいな非力でも十分に使いこなせている。


「でも、駆け出し冒険者の僕がこんな切れ味のいいものを持っていたら怪しいでしょ」


 色々と規格外なアオイの能力はできるだけ表に出さないようにしておきたい。まだここは一番最初に辿り着いた街、言わば僕にとってはこの世界の入口のようなもので、ここで足止めされるつもりはない。だからこの街で基本的な装備を整えていくつもりだ。


「薬草屋か……確かにそうかもね」


 ひたすら薬草を処理している僕は傍目から見れば間違いなく薬草屋に見えるだろう。でも今の僕にはこれが最善の方法だと信じている。とびぬけた力なんて自分を縛りつける枷にしかならないのは実際に経験したからわかること。ならばできるだけ隠しておくのは当然だ。


 そんなことを考えながらひたすら薬草を処理していく。隣ではオルディアが寄り添って居眠りしている。こんな平和な時間がずっと続けばいいとは思うが、それが実現しないこともまた現実だということを心に銘じながら。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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