3.食堂にて
「教会が正統王家に?」
「はい、その為の第一段階として、各地に派遣している聖属性魔法の使い手を引き上げ始めています。まだ王都ではその動きは見られませんが、王都周辺ではその動きが見られます」
「そんなことしたら……治療する人が激減しますよ」
「それが狙いでしょう。そうやって親五王家派の貴族の切り崩しを図ろうとしています。聖属性魔法の使い手はどの貴族も欲しい人材、もし流行り病でも広がれば、壊滅的な打撃を受けかねませんから。その為の対策として、薬草に対する知識を皆に持たせたいのです。病も怪我も軽度なうちは薬草で対処可能ですから。違いますか?」
エマ学園長の真剣な眼差しにこれが事実だということを思い知らされた。そして教会のやり方に衝撃も受けた。治療できる者がいないような領地に誰が好き好んで留まるだろうか。いずれ人々は領地を捨てて出て行ってしまうだろう。そして行く先は教会の息のかかった貴族領になるはずだ。
領民が減れば税収も減る。やがて領地経営は行き詰まり、そのタイミングで手を差し伸べるのも教会。教会が着実に領地と人員を増やしていく構図しか見えない。
「なので貴方に依頼しました。その知識についてはかの『宵闇』からも賞賛の報告が上がっています」
「先生が……」
先生が僕の情報を渡している。一瞬先生を疑おうとしたが、それは違うとすぐに否定した。先生も五王家による今の統治がうまくいっていると思っているからこそ、ガルシアーノに協力している。利己的な貴族たちにこの国を任せては未来が無いことも理解している。国を動かすには自己の利潤を過度に求めないことが重要だと。
「わかりました、この依頼お受けします」
「そうですか、ありがとうございます。では講義は明日からですので、今日のところは学園内の散策をしてはいかがですか? 食堂には貴方のことは伝えてありますので、この許可証を見せてくれれば大丈夫ですよ。これは学園内の地図です、宿泊所は赤い印のついている建物になります」
「ありがとうございます」
一礼してエマ学園長から地図と許可証を受け取ると、そのまま建物を出て散策を始めようとして……
『おなかすいたー』
「さっき串焼き食べたじゃないか、もうお腹減ったの?」
『いっぱい食べたいー』
「仕方ないなぁ、先に食堂に行って何か食べてからにしようか」
『わーい』
オルディアがしきりに頭を擦りつけておねだりしてくる。考えてみれば串焼き数本しか食べておらず、彼女にとってはおやつ程度にしかならなかったんだろう。召喚でオルディア用の食べ物を出してもいいが、どこで誰が見ているかわからない。迂闊に召喚の力を見せるようなことは控えたほうがいいと思うし、王立学園の食事というものにも興味があったりする。
『こっちからいいニオイするー』
「うん、行ってみよう」
数人の生徒が僕たちのことを珍しそうに見ている中、二人で食堂へと向かった。
『おにくー』
「よく噛んで食べなよ?」
食堂の隅の席で食事する僕たち。入る際にオルディアのことで言われるかと思ったが、エマ学園長が話を通してくれたおかげで問題なく入ることが出来た。それどころかオルディア用にと味付けを薄めに仕上げた肉をたくさん用意してくれた。オルディアは山盛りの肉を前に嬉しさを隠せないようで、尻尾をぶんぶんと振っている。
「生徒の中には従魔師もいますから、従魔用の食事も用意してあります」
とは料理人の話だ。やはり王立学園、待遇が違う。僕は肉と野菜をよく煮込んだシチューの皿に手を伸ばすと、口の中に入れた途端に肉が解けて消えていく。スープには肉と野菜の旨みが出て極上の味わいだ。よく考えればここは貴族の子息が通う学園、料理人も腕の立つ者でなければ務まらないのだろう。
「おい、お前は誰だ? 薄汚い冒険者風情がこの学園に入っていいと思っているのか?」
美味しいシチューに夢中になっていると、突然そんな声をかけられた。入ってはいけない場所かと考えたが、僕はエマ学園長から食堂を使う許可証を持っているし、入り口で止められることもなかった。声のする方を見れば、長身の男子生徒が僕を見下すような目で見ている。綺麗で染み一つない制服に身を包んだ男子生徒は数人の男子生徒を引き連れているが、彼らが着ている制服は僕が先ほど見た生徒たちとは異なっている。どこか軍服を思わせるような制服の腰には同じ剣を帯剣している。
「この席は騎士学園の指定席だ、お前のような下賤の者が使って良い席じゃない」
「わかりました、移動します」
皿を持って移動しようとすると、取り巻きが僕の行く手を遮るように立つ。これじゃ移動できない、一体何をしたいのだろうか?
「おいおい、お前が汚した席に俺が座れるはずが無いだろう? どう責任とってくれるんだ?」
「……汚していないと思いますが?」
「貴族である俺の席を薄汚い冒険者のお前が座ったんだ、汚れているに決まってるだろう。マクマード伯爵家の次期当主のこの俺がそんな汚れた席に座れるとでも思ってるのか?」
王立学園は家柄に関係なく平等だというしきたりは嘘だったのだろうか。そもそも今は授業中じゃないのか? 現に食堂には僕しかいなかったはずだが、彼らは何をしているんだろうか?
「今は授業中じゃないんですか?」
「ふん、あんなつまらない座学が何の意味がある? 騎士たるもの実戦で強ければいいんだよ」
少なくとも僕の知る騎士というものは実戦での強さはもちろんだが、知識に富んで規律正しく、礼儀正しくあるものだと思っていたが、この学園では違うのだろうか。こんな威張り散らすだけの人間が騎士になって良いのだろうか。
「どうして俺たち騎士があんな女冒険者に教えてもらわなければいけない?」
これはきっとクレアさんのことだ。彼女も学園で実戦を教えると言っていたが、この生徒たちはクレアさんの実力が分からないのか? 少なくともここにいる生徒たちがクレアさんに勝てるようには見えない。
「アレン様、この犬はこんな冒険者が使うにしては上等すぎます。無礼の詫びとして取り上げましょう」
「そうだな、毛並みもいいし、飽きたら毛皮を剥いで敷物にしよう」
事も無げに話し合う生徒たち。一体何を言っているのかが分からない。オルディアを取り上げる? 飽きたら皮を剥ぐ? 敷物にする? 僕の大事な家族を? そんなことが許されると思っているのか?
「……オルディアをどうするって?」
「お前にはもったいないから俺が貰う。この毛並みは貴族の俺に相応しい」
何を言ってる? 貴族なのはただお前の生まれた家がそうだっただけだろう、それを偉そうに言わないで欲しい。オルディアも僕の気持ちを理解したのか、傍に来て生徒たちに向けて威嚇の唸り声をあげている。学園ということで安心していたが、こんな連中がいるような場所なのか?
「おら! さっさと来い! 痛え! コイツ噛みやがった!」
無造作に手を伸ばした取り巻きがオルディアに噛まれて悲鳴をあげる。彼女には学園だから本気を出さないように言ってあったので少し血が滲んだ程度だったが、それに激昂したのか一斉に腰の剣を抜く。一体どこまで馬鹿にすれば気が済むのだろう、無理矢理連れて行こうとしているのだから反撃くらいされても当然だろう。それよりも手加減したオルディアを後で褒めてあげよう。
【敵対意識を持つと認識しました。排除いたしますか?】
(うん、この場からいなくなって欲しい)
僕の敵意を感じ取ったアオイの声が響く。正直なところ彼女の力を借りるつもりはなかったが、言葉の所々にアオイの怒りのようなものが感じられる。
【アルト様を下賤などと吐く愚物は即座に廃棄すべきです。手を汚す価値もありません】
その言葉と共に目の前に現れる青い本。ひとりでに開かれるページが止まると、そこに記されているのはこの状況を打開するためのキーワード。
【準備が整いました、キーワードの詠唱をお願いします】
アオイの言葉が合図となり、僕はキーワードを詠唱する。それは目の前のふざけた生徒たちを目の前から消すための言葉。今すぐにこの場からいなくなってほしいという僕の願いを叶える言葉。
『でたいやつはみんなこい』
僕の言葉が終わるとすぐに、荒々しい足音が響いた。
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