2.ルチアーノ
正統王家を常に支える五つの力、それが五王家。その各家系には与えられた責務があり、その責務はその家系の得意分野が割り当てられている。例えばガルシアーノ家は主に武力をもって辺境の地を護り、王都へ侵入しようとする外敵の駆逐と未踏の地の開拓を主な責務としている。武力は合法非合法を問わず、それ故に五王家の中でも最も戦闘に特化した家系である。もちろん武力がすべてと言う訳ではないが、その傾向が非常に強い。
あとは正統王家の近衛的立場にあるウィルヘルム家、王国の経済面を担うと言われているパイロン家、王国の治安維持を担当するデッカー家、そして文化面を担当するルチアーノ家。だがルチアーノ家には一般平民が知らない一面があるという。そのルチアーノ家の人間が王立学園の理事長をしているということ。学園という施設の性質上、文化を司るルチアーノが担当するのは間違ってはいない。
「アルト、あなたの素性は既に報告が上がっています。死んだはずのアルフレッド=メイビアと酷似した少年、アルフレッドの死亡がメイビア家より公表されるとほぼ時を同じくして冒険者となったアルト。この二人に関係性があるのか、ということも」
「……そこまで知っているんですか」
思わず体に力が入る。知られているのは仕方ないことだが、果たして辺境の一子爵家のことまで調べ上げて何の意味がある? 僕に指名依頼した意味は?
「今更メイビア如き子爵家の行動をどうにかするつもりはありません。私が興味があるのはアルト、あなた本人です。未だFランクながらAランクのルーインを捕縛する腕前、そして詳細が伏せられていますが数々の強敵を撃破したということも知っています。あなたは一体何者かを知るつもりで指名依頼を出しました」
「……本当にそれが理由ですか?」
「……昨日までは、ですね」
昨日まで? 昨日はあの魔物と戦ったが、それが原因なのだろうか?
「昨夜、ガルシアーノ家当主からあなたに対しての身分保証が出されました。それと情報非開示の指示も。これはすなわちあなたを調べるということはガルシアーノと事を構えることになるのです。なのであなたについて調べるのは止めました」
「はぁ……そうですか」
ガルシアーノが身分保証をしてくれるというのは、面倒な連中に狙われる可能性が低くなったということ。僕を狙えばそれはガルシアーノに敵対したことになるからだ。もちろん完全にゼロになる訳ではないが。となると僕に対しての指名依頼も無効になるんじゃないのか?
「でもあなたに依頼したいことは別にあります。あなたは薬草に関しては冒険者ギルドの職員よりも詳しいと聞いています。その知識を生徒たちに伝授して欲しいのです」
そのことはクレアさんからも聞いているが、少々引っかかることがあった。ここは王国でも有数の魔法研究の場であり、治癒魔法や回復魔法のみならず、薬草を使ったポーション作成も研究されてるはず。僕の薬草知識が役立つのは嬉しいが、果たして本当に聞いてもらえるのだろうか。冒険者たちには僕のやってることを笑う人たちも多いが、貴族の子息たちが真剣に聞いてくれるのか?
「僕としては構いませんけど、薬草の講義に学生が集まりますか? 回復魔法の講義のほうがいいんじゃないですか?」
「あなたの言うことはもっともです。ですから薬草の講義は必須にする予定です。今回の講義は学生のほかに教師にも受けさせますので安心してください。教師は基本全員出席予定ですから」
そこまでしてくれれば、いざ講義の段階になって誰もいないなんて悲惨なことにはならないだろう。でもどうして急にそんなことを始めようとしたのだろうか。
「実は今回あなたに薬草の講義をお願いしたのには理由があります」
「理由……ですか?」
「はい、あなたは五王家について詳しいようですが、ルチアーノ家が持つもう一つの責務をご存じですか?」
「詳しくは知りません」
そういう一面があるということは噂レベルで知っている。だが詳しいことは知らされていない。というか庶民がそんなこと知るはずがない。
「ルチアーノ家のもう一つの責務、それは教会に対しての牽制です。むしろそちらのほうが大きいとも言えます。その教会に妙な動きがあります。最近、教会から派遣されている聖属性魔法の使い手を引き上げ始めているんです」
「使い手を……引き上げる?」
「はい、当学園の講師も数人教会から派遣されているのですが、あと数ヶ月で皆辞める予定です。ですから……薬草の知識を持つことが急務なのです」
確かにそういうことなら薬草の知識は大事だろう。聖属性魔法の素質があっても使い方を学ばなければ意味がない。となれば聖属性に適性を持つ学生はこの学園に来なくなるかもしれない。それを回避するために薬草の知識を身に着けておこうというのか。
だが気になることがある。教会は何故そんなことを始めたのか、だ。聖属性魔法の使い手を引き上げさせて、教会に何のメリットがあるんだろうか。教会としても王国との関係は切りたくないはずなのに。
「何か不安なことでも?」
「いえ……どうして教会はそんなことを始めたのかと」
「そうですね、その疑問はわかります」
エマ学園長は静かに席を立つと、僕の傍へとやってきて顔を近づけてきた。一瞬身構えてしまうが、サリタさんやクレアさんのような雰囲気はなく、どこか張り詰めた緊張感のようなものすら感じる。
「こうでもしないと誰がどこで聞いているかわかりませんから」
肌と肌が触れ合いそうになるくらいまで顔を近づけたエマ学園長は僕の耳に口を近づけると、小さな声でそう囁いた。誰がどこで……つまりこの部屋での会話が聞かれているかもしれないということか? 身を強張らせる僕、エマ学園長はさらに続ける。
「教会の目的は五王家の切り崩しと貴族政治の復活……そして最終的には正統王家に入り込むことです」
エマ学園長の言葉は僕の想像を遥かに超えたものだった。
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