1.王立学園
諸事情により更新停止していましたが、再開できるようになりました。
これからも宜しくお願いします。
「ギルドに寄ってみて、アルト君への指名依頼が出てると思うから。理解?」
クレアさんはそう言い残して宿を出て行った。王都に伝手があるわけでもないし、かといって知り合ったばかりのガルシアーノ家に頼るのもどうかと思っていたので、王都での活動資金が得られるのは嬉しい限りだ。
というわけで翌日早速ギルドに立ち寄ると、受付で地図と依頼書を渡された。どうやら学園はやや離れた場所にあるようだ。
「学園の場所は第一の街にあります。第一の街に入るにはチェックがありますが、毎日チェックを受けていたら面倒ですので、宿泊は教員用の臨時宿泊所を借りるよう手配しています。期間は予定では十日、学園側からの要請で延長する場合はギルドまで一報をお願いします」
「わかりました、これから向かおうと思います」
ギルドを出て目指すのは貴族が住む第一の街、第二の街とは比べものにならないくらい高い壁を目指して歩いて行く。
『お腹すいたー』
「じゃあどこかで食べていこうか。時間の指定はないし」
『やったー』
オルディアに言われて改めて朝食を食べていないことを思い出す。学校に食べ物を提供してくれるところがあるかどうかわからないが、貴族の子息があつまる場所で一介の冒険者が好き勝手に動いたら心証もよくないはず。
「あの屋台で串焼きでも買って食べよう」
『わーい』
嬉しそうに尻尾を振るオルディアの頭を撫でながら、香ばしい香りを振りまく屋台へと足を向けた。
第一の街への入場門でギルドの依頼書を見せると、門番が怪訝そうな表情で僕たちを見ていた。ギルドの依頼書は正式なものだし、こちらも悪いことをしている訳じゃないのに。きっと僕みたいに成人すらしていない子供が指名依頼を受けていることが珍しいんだろう。
第一の街はこれまでとは全く異なる様相だった。広い敷地の貴族屋敷が立ち並ぶ姿はまさに圧巻、しかもここはまだ入口、王城に近くなればなるほど住んでいる貴族の爵位も高くなり、それに伴い屋敷も大きくなるらしい。
しかし王城のすぐそばは五王家の屋敷が取り囲むように建っていて、どんな貴族でもその場所に入り込むことはできないようだ。これは謀反を起こそうとした貴族たちが王城に攻めこもうとした際、屋敷が最終防衛線になるからだと以前先生が教えてくれた。
貴族たちから見れば、こうやって正統王家の周りを固められるのは決して喜ばしいことじゃないのだろう。なんとかして正統王家に入り込みたい彼らは揺さぶりの意味もこめて五王家の妨害をしてくる。エフィさんを襲ったのも、ルーインを仕向けたのもその一つにすぎない。
「……案内図だとここなんだけど」
街の入り口から歩くこと数十分、目の前にあるのは貴族の屋敷より二回りは大きい建物、広い庭園は綺麗に手入れされており、高位貴族の邸宅だと言われても疑わないだろう。同じような服を着ている少年少女たちがいなければ、気づかずに通り過ぎていたかもしれない。
「あの……ギルドからの依頼で来ました」
「……ふん、さっさと入れ平民」
門の両側で立ち番をしている門番に依頼書を見せると、明らかに見下した目で僕を見ながら無愛想に指示を出す。正式な依頼を受けて来ているというのに、なぜこんな態度を取るのだろうか。だが考えてみればこの第一の街にいるということはこの門番も貴族なのだろう。門番という仕事に不満があるので不機嫌になっているのかもしれないが、高位の貴族の子息が通う学園に不審者が入り込まないようにするのは非常に重要な仕事だと思うんだが。
学園の中に入れば庭園のあちこちで談笑する生徒たちが見える。そのうちの数人は僕たちのことを見ているが、やはり冒険者の恰好はここでは目立つようだ。とはいっても貴族のような服なんて持っていないのでどうしようもないが。中には僕じゃなくてオルディアに熱い視線を送っている生徒もいる。
「見て、ふわふわよ」
「お父様にお願いして買ってもらおうかしら」
そんな声も聞こえる。申し訳ないがオルディアは家族なので売り買いなんて出来るはずがない。当の本人は綺麗な芝生の上を歩けて上機嫌のようだ、大きく振られた尻尾がそれを証明している。
建物の玄関らしき場所につくと、そこにも門番がいた。ギルドからの依頼書を見せると、特段表情を変えずに中へ入っていった。しばらくすると一人の女性とともに戻ってきた。
「冒険者アルト、こちらに来なさい」
「はい」
年齢は四十代半ばくらい、やや神経質な印象の女性は明らかに見下した様子で僕を先導する。きっと彼女も貴族、もしくはそれに近しい地位の家柄なのだろう。僕がここにいることも気に入らないような感じだ。
数人の生徒がすれ違いざまにくすくすと笑うのが見える。今の僕はそんなにみすぼらしく見えるのだろうか、それとも革鎧とか膝当てとかが似合っていないのだろうか。いくらなんでもそこまであからさまに笑うことはないだろう。そんなことを考えているうちに、先導の女性は精緻な彫刻の施された扉の前で停まった。
「学園長、件の冒険者が参りました」
「……入りなさい」
先導の女性がノックとともに言えば、中から落ち着いた感じの若い女性の声が聞こえる。先導の女性が扉を開け、おずおずと中に入れば黒を基調とした渋い調度品の数々、そして窓際に置かれた執務机で数枚の書類を眺めていたのは若い女性。クレアさんと同じくらいの年齢だろうか、やや癖のある赤毛が印象的だ。
「よく来ました、冒険者アルト。私はこの学園の学園長をしているエマ=ルチアーノです」
「ルチアーノ……ルチアーノ!?」
「ええ、ご推測の通り、五王家が一家のルチアーノ家の者です。お見知りおきを」
エマ学園長は座ったまま僕を見つめるが、その視線には何か強い力を感じる。だがそれよりも重要なことがある。どうしてこんな場所にいるのかがわからない。そもそもどうして僕に指名依頼を出したのか?
五王家が一つ、ルチアーノの名を持つ女性は混乱している僕の姿を楽しそうに眺めていた。
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