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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
9章 初めての王都編
124/169

10.燕

【情報再現率は規定値に設定、縮尺設定は敵の攻撃に合わせて調整……承認。リリース時間は敵勢力の沈黙までに設定……承認】 


 アオイの言葉とともに発生した漆黒のゲートの奥から近づいてくる足音は金属製のブーツを履いているかのような音をしていた。石畳のような固い床を歩いているような甲高い音が響き渡る。異形は突如現れた召喚ゲートに戸惑っているようだ。


『おい、何だそれは! 一体何をした!』


 召喚ゲートの奥は何も見えない。だが確実に強力な何かが存在している。その強さを肌で感じたのか、異形は小さな岩石を雨のように降らせるがクレアさんの風の結界で阻まれており、召喚を妨害することが出来ないでいる。


 その間にも足音はさらに大きくなり続けている。その存在に恐怖を感じたのか、今まで降らせていた小さな岩石の生成を止めた。


『くそ! これならどうだ!』


 忌々しげに言う異形の前に今までとは比べ物にならないくらい巨大な岩石が生まれた。その大きさは僕たちが逃げ場を失うくらいで、異形が何を考えているのか容易に想像できた。


『その女の結界ごと圧し潰してやる! その後はその建物ごと皆殺しだ!』

「くっ……これ以上は……まずいかも……」


 クレアさんの口調はかなり辛そうで、あの巨岩を防ぎきることは無理そうだ。だがこちらの召喚も完成し、ようやくその全貌を現したそれはアオイ以外の誰もが想像できないものだった。


 それは巨人、だが今までに召喚した巨人とはどこか異なる雰囲気を纏った巨人だった。全身にフィットするような水色の服に身を包み、防具らしいものと言えば頭に被った兜くらいのものだ。それも頭だけを護るような形で顔は剥き出し、装備しているのは……細身の棍棒だった。その姿を見た異形が勝ち誇ったように言う。


「はははは! 何だそいつは! そんな華奢な棍棒で俺に勝とうってのか! 図体がデカいだけで勝てると思うなよ!」


 異形は自分の優位を確信したのか、出てきた巨人を指をさして笑った。だが巨人は動じることなく兜の下から異形を見据える。そこには殺気らしいものはなく、ただ何かに集中しているようだ。以前召喚した巨人は猛々しい雰囲気を持っていたが、その静かさが却って不気味に思えてくる。


『そのデカブツごと圧し潰してやる!』


 異形の声とともに巨岩がゆっくりと動き出す。おそらく巻き込まれるのを恐れているのだろう、異形は巨岩をゆっくりと自分から離すと、僕たちめがけて投下した。巨人が押しつぶされてしまう、そう思った時にアオイの声が響く。


【二度の本塁打王は伊達ではありません。あのような棒球を見逃すはずがありません】


 アオイは何を言っているのだろうか。だがその言葉は巨人の勝利を全く疑っていない。果たしてどのような方法でこの状況を覆すことができるのか。


 迫りくる巨岩を前にして、僕たちの前に歩み出た巨人は巨岩に対して左肩を向けるように立つと、棍棒で地面を数回叩いてから右肩に担ぐような構えをとった。通常であれば棍棒は叩き潰すことを前提とした武器であり、その構えから巨岩をどうにか出来るのかがとても不安になった。その間も巨岩は速度を上げて落下し続けている。そして巨岩が巨人にぶつかりそうになった時、ようやく巨人のとった構えの意味がわかった。


 巨人は接近する巨岩から全く目を離すことはなく、担ぐようにしていた棍棒を両手で強く握りしめると横薙ぎに一閃した。巨岩めがけて勢いよく振られた棍棒はその細さにもかかわらず、折れることなく振りぬかれた。そして残るのは甲高く澄みきった音のみ。巨岩は跡形もなく僕たちの前から消えていた。


『な、何が……ぶぎゃ!』


 消えた巨岩はどこに消えたのか、それは異形の無様な断末魔の声とともに判明した。巨人はあの細い棍棒で巨岩を打ち返したのだ、勝利を確信していた異形に向かって。落下した時より勢いを増した巨岩を防ごうとしたのだろう、異形は両腕を突き出すがその勢いを殺すことが出来ずにまともに巨岩の直撃を受けた。だが異形にぶつかっても巨岩の勢いは止まらない。異形を張り付けたままの巨岩は全く勢いを落とすことなく上昇していき、やがて見えなくなっていった。


【さりし夢 神宮の杜に かすみ草】

「よくわからないんだけど……」


 アオイが意味のわからないことを言う。その言葉を合図にしたかのように巨人がゆっくりと走り出す。おそらく敵を倒したことで召喚の制限時間がきてしまったのだろう、巨人の進む先には漆黒の召喚ゲートが現れる。気が付けば周囲で見守っていた護衛たちが声援を送っているが、巨人は小さく片手をあげてそれに応えるとゲートの中に消えていった。後に残されたのは巨人の持っていた棍棒のみ……と思っているとゲートの中から巨人と同じような恰好をした小柄な巨人が小走りに出てきた。その巨人は残された棍棒を大事そうに抱えると再び小走りでゲートの中へと消えていった。あれは一体……


【バットの片づけもボールボーイの仕事です】

「何を言ってるのかわからないんだけど……」


 アオイが何を言っているのかわからない。ただ言えることは、脅威だったあの異形を倒したということ。そして幸いなことにこちらの死者はゼロ、負傷者は多数いるようだが、深刻な状態の者は見当たらない。おそらくクレアさんが一番重症のようだが、命の危険がある訳でもないようだ。


「……お師匠が認めるワケだ、その強さは本物だね。理解理解」

「クレアさんは大丈夫なんですか?」

「このくらい問題ないワケ。理解?」

「援護ありがとうございます。おかげで倒せました」

「うーん、先輩として言わせてもらえば術に集中する時に無防備になるのは頂けないかな、そこを突かれれば術がどんなに強くても意味がないワケ。術が完成しなきゃただの人なワケだし。理解?」

「はい」


 クレアさんが教えてくれたことは僕が懸念していたことでもあるので素直に受け止める。僕自身は決して強くない、オルディアがいて、アオイがいて初めて僕は力を使えるのだ。そのことを忘れてしまえば僕は簡単に命を落としてしまうだろう。


「ま、とにかく今は敵を倒したことに素直に喜んでおこうよ。理解?」

「はい」


 今回はクレアさんのおかげで勝てたが、冒険者として生きていく以上は如何なる状況でも十全の力を発揮できるようにならなければいけない。それが僕のこれからの課題であり、強くなるための絶対条件でもある。既に赤色から藍色に変わりつつある空を見上げて決意する僕を励ますようにオルディアが顔を舐めてくれた。ありがとう、オルディア、そしてアオイ。


『大丈夫ー』

【我が叡智はアルト様と共に】

「うん、頑張ろうね」


 さて、今夜の宿を探さないと……まだ宿を決めていないことを思い出したのだから……

燕軍団のスラッガーと言えばやはりこの人でしょう。


読んでいただいてありがとうございます

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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