6.お約束
「よう、ちっとばかしツラ貸しな」
ギルドを出て案内図を頼りに宿を探していると、背後から突然声をかけられた。振り向けば先ほどギルドで僕を見ていた冒険者の一人が立っており、僕の行く手を遮るように壁に片手をついている。
「何か用ですか?」
「大したことじゃねぇよ、まだ駆け出しみてぇだから色々と教えてやろうと思ってよ。報酬は……お前の持ち金全部で勘弁してやるよ」
「……そういうことは間に合ってますので」
ギルドの受付で報酬を貰ったことを見られていたらしい。報酬はかなり高額だったのでスリや追剥に気を付けていたんだが、まさか王都の冒険者に絡まれるとは思っていなかった。放っておいて振り切ろうとすれば前方にも仲間と思われる冒険者が二人、同じように行く手を遮るように立っていた。二人より一人のほうがやり過ごすのは容易だと思い振り返れば、背後の冒険者はさらに二人増えていた。
「おっと、逃がさねぇよ」
「!」
前に二人、後ろに三人、全員ギルドで見た顔だ。おそらくギルド指定の宿は彼らもよく使うのだろう、地の利を活かして先回りしていたというところか。
「女だったら良かったのにな」
「でもこいつ可愛い顔してるぜ」
「お前はどっちでもいけるからなぁ」
下卑た笑みを浮かべる冒険者たちは背筋が凍るようなことを口にしている。誰がこんな連中の慰み者になどなるものか。それにこの報酬は正規の依頼によるものであり、僕が働いて得たものだ。どうしてこんな連中に渡さなければならないのか。敵意の籠った目で男たちを見るが、その表情には全くと言っていいほど焦りの色は見えない。
「Fランクのガキに睨まれたところで怖くもなんともねぇよ」
「弱いくせに高い報酬もらいやがって」
「だから俺たちにはいい仕事が回ってこねぇんだよ!」
男たちは口々に言う。後半は愚痴のようなものになっているようにも聞こえるが、それに同情してやるほど間抜けではない。そっとオルディアに手を添えると、男たちはさらに続ける。
「その犬っころも俺たちが貰ってやるよ。FランクはFランクらしくその辺の野良犬でも連れてろ」
「毛皮も高く売れそうだな」
「焼いて喰ったら美味そうだしな」
今何て言ったんだ、こいつらは。オルディアを食べる? 僕の大事な家族を? 毛皮を売る?
許せない。僕の貰ったお金だけならまだしも、大事な大事な家族を奪おうとするなど許せるものか。
『ご主人様ー』
「大丈夫、絶対に渡したりしないよ」
オルディアは僕に向けられた敵意のようなものを感じ取って臨戦態勢を整えて見上げてくる。こいつらは彼女の強さすら感じ取ることが出来ない雑魚だ、彼女がその牙を汚すほどの相手じゃない。こいつらは僕の手で……
【上空から魔力反応接近中です。ですが敵意は感じられません】
(え? 上空?)
アオイの声に思わず男たちに向けていた意識が散漫になる。上空からということは屋根伝いに移動しているということなのだろうか? もしかしてリタが来ているのだろうか? だがリタとは第三の街で別れたはず、ここに来ているはずがない。
「悪いけどそこまでにしてくんない?」
聞こえてきたのはリタとは異なる女性の声。どこか聞き覚えのあるその声はのんびりした口調のようでもあるが、その奥底に切れ味の良いナイフのような危険な雰囲気が感じられる。見上げれば確かに人影があるが、逆光でその顔までは確認することができない。だがその声にはこちらに対しての明確な敵意は感じられない。その女性は静かに僕の前に降り立った。
『変なやつ来たー」
「大丈夫、たぶん敵じゃないよ」
「ふーん、やっぱりか」
毛を逆立てて警戒するオルディアを撫でて落ち着かせる。敵意が感じられないからこそ、彼女の正体に何となくだが目星がついた。そんな僕のつぶやきが聞こえたのか、その女性は振り向くことなくどこか納得したような声をあげる。だが彼女の正体に気付かない男たちは一瞬動揺を見せるが、その人影が女性とわかると再び下卑た笑みを浮かべる。
「女が一人増えたところで何が出来る、思いっきり楽しんでやるよ」
「ふーん」
男たちの獣欲の籠った声にも特段変わらない様子の女性。こいつらが稼ぎが悪いのもわかる気がする。どうしてこんな単純なことに気付かないのか。もしかしてこいつらは魔法の勉強をしていないのか? 人間が空から降りてくるなんてことが普通にあると思っているのか?
「こんな連中に君の力はもったいないよ、だからここは私に任せてほしいワケよ。理解?」
「……お願いしてもいいですか?」
「王都にこんな連中がいるのは私たちの責任もちょびっとはあるワケだからね。ゴミ掃除くらいはしておかないと」
「何だと! このアマ!」
「……だからゴミだって言ってんの、理解?」
これまで穏やかだった彼女から突如猛烈な殺気が放たれる。と同時に突風が路地を吹き抜け路傍の木の葉が舞い上がり、彼女が手袋をはめた右手をゆっくりと前に出す。ただそれだけ。
「ぎゃあ!」
「ぐあ!」
「ひいっ!」
「手足の筋を切ったから動けないわよ、ギルドに報告しておくから厳しい処罰は覚悟して。理解?」
彼女が右手を前に出した、ただそれだけで突風は男たちだけを壁に叩き付け、尚且つ舞っていた木の葉が的確に男たちの手足の筋を切り裂いた。なんという魔法のコントロールだろうか。こんなに緻密に威力を抑えることが出来るということは、やはり彼女は並外れた技術を持った魔法使いということだろう。
「……ありがとうございます、えっと……クレアさん……でしたよね?」
「颯爽と現れて驚かそうと思ったんだけど、もうバレちゃったか。流石はお師匠が気に入る逸材だわ、理解理解」
「どうしてここに?」
「魔法尋問が終わったから呼んできてってお師匠に頼まれたワケよ。そうしたらここで絡まれてるの見かけてさ、危なかったから助けたワケ。理解?」
「もう終わったんですか?」
クレアさんの言うお師匠とはやはり先生のことだろう。先生は僕の家庭教師をする前に各地を放浪していたことがあるらしいので、きっとその時に世話をしたのかもしれない。だが魔法尋問ってこんなに早く終わるものなのだろうか。もう少し時間がかかるかと思っていた。
「あいつに関しては以前も魔法尋問受けてるでしょ? 一度受けるとそれ以降は簡単にかかるのよ、だからあっさりと終わったワケ。理解?」
「なるほど……わかりました」
「ところでさ……君、あいつらのこと殺そうとしなかった?」
「……」
クレアさんが倒れている男たちを一瞥しながら聞いてくるが、僕はそれに答えることが出来なかった。確かにあの時、僕は手加減という言葉が意識から完全に消失していた。大事な家族を奪うと言われて、自分を見失いかけていた。その結果、この男たちがどうなるかなど全く考慮していなかった。だからクレアさんの問いにただただ黙ることしか出来なかった。
「……やっぱり助けに入って正解ね。こんな連中は君のいた辺境じゃ死んだところで誰も気にしないだろうけど、ここは王都なの。王都の法律では王都内の殺人は余程のことがない限り許可されないのよ。正当防衛って言いたいだろうけど、その魔獣だけでも完全に過剰防衛になるワケ。理解?」
「……はい」
「理解の早い子はお姉さん大好きよ、じゃあ行きましょ、こいつらは簡単には動けないから後でギルドに連絡して回収してもらうから。……そうだ、空の旅なんてどうかな?」
「え? それって……うわぁ!」
『飛んでるー』
クレアさんが僕のことを急かすように言うが、一体何のことか全くわからなかった。そして考えが纏まらないうちに僕とオルディアの身体は地面から急速に離れていった。
駆け出し冒険者が絡まれるのはもう様式美ですね
読んでいただいてありがとうございます




