3.鳥
突然現れたソレを見たオルディアは一瞬だけ身体をびくつかせて子犬のような悲鳴をあげた。だがソレを見れば彼女がそんな反応を示すのは当然で、僕も自分で召喚していなかったら同じ反応をしただろう。実際はほんの少しだけ動揺したのだが、そこに何かが現れることを魔力の集まり具合で予想することが出来たために心の準備が出来た。
僕の力についてある程度理解しているオルディアでさえこの反応をするのだから、何も知らない鳥の魔物の驚き具合は僕の想像をはるかに超えるものになるだろう。しかも僕のことを捕食する気満々で来ているとなればその効果はより強力なものへと変化するはずだ。
『クェーッ!?』
既に捕食体勢に入って急降下を始めていた鳥の魔物は突然現れたソレに驚きの悲鳴をあげる。必死に体勢を立て直したおかげで墜落することはなかったが、周囲には激しい羽ばたきにより抜け落ちた羽根が舞っている。艶があって綺麗な羽根は何かの素材になるかもしれないので後で回収しておこう。
『ご主人様ー、怖いー』
「大丈夫だよ、攻撃したりしないから」
【攻撃する機能は一切持ち合わせておりません、使用後は土に還るので環境に優しいです】
危険性がないことをアオイが知らせてくれるが、攻撃することができないということはこの状況では非常に助かる。何故ならここは街の中、先生たちは先に進んだが一般の人々はたくさんいる。馬車の隊列を見て何があるのかと見物に来た野次馬がまだ残っているからだ。迂闊に攻撃して彼らを巻き込む訳にはいかない。最後の土に還るという意味が良く分からないが……まさかアレはアンデッドの一種なのか?
それは巨大な目玉のような物体だった、いや、あれは目玉なのだろう。濃く黄ばんだ白目、大きな黒目には赤い煌めきがあり、最も特徴的なのはその大きさだ。鳥の魔物は確かに巨大だが、あの目玉はその頭部よりはるかに大きく、あんな目玉を持つ者がどれほどの巨体を誇るかなど誰でもわかるというものだ。そして鳥の魔物もそれを理解してくれたらしい。
『クェー! クェー!』
「あ、逃げた」
鳥の魔物はもはやこちらに対しての敵意など微塵も見せず、無様ともいえるほどに不格好に羽ばたいて飛び上がると、来た方角に戻っていく。その速度から考えて王都の外から来たのは間違いないようだ。だが操っている術者はどこにいるんだろうか。襲わせるにしてもあんな魔物が人物の識別を出来るとは思えないので、きっとどこかでこちらの様子を見ているんだろうが、見回しても不審な人影は見当たらない。
【周囲に不審者の反応はありません】
「となるとやっぱりあの魔物は単独で来たのかな?」
【おそらく事前に場所が特定されていたのでしょう。どうやら第二の街への入口までのルートは一つだけのようですし。通る場所と大まかな時間が分かれば後は指示だけ与えれば可能です】
「そうか……これだけ広い道だと道順も特定できるよね」
第二の街へは広い道があるが、今通ってきたのは一番道幅のある道だ。馬車を並べて隊列を組む以上、それが可能な道幅のある通りしか通れない。地上から攻撃をしかけてくる相手であれば迎撃が十分可能なルートを選択したのだろうが、今回はそれが裏目に出た形になった。とはいえ空から仕掛けてくるなんて滅多にあることではないので仕方がないと言えないこともないが。
『ご主人様ー、鳥逃げたー』
「そうだね、それじゃ行こうか。あ、鳥の羽根を拾うの手伝ってね」
『わかったー』
魔物が逃げたことを確認したオルディアが尻尾を振りながら近づいてきたので、一緒に落ちている羽根を拾う。艶のある綺麗な模様の入った羽根はアクセサリーにでも加工すれば見栄えもよさそうだ。そんなことを考えながら羽根を拾いつつ馬車へと戻り、第二の街の門へと急いだ。
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「おい!どういうことだ!逃げていってしまったじゃないか!」
「知能の低い魔物じゃこの程度でしょ。そもそもあれは人間相手の魔法を改良しただけだし、魔物まで従えるように改良するなら追加料金で請けるけど?」
「ふざけるな! 紅蓮飛竜はうまくいったと聞いている!」
「あれはいくつもの条件が重なってうまくいっただけよ。それを期待されても困るんだけど」
第二の門への入口にほど近い建物の陰で言い争う男女の姿、男は簡素だがよく見れば上等な生地を使った服に身を包んでおり、身分の高さが伺える。女のほうは先ほどリタと話していたネルヴァである。だが今はフードを目深に被っており、見えるのは口元とその肌の色のみだ。どうやら男のほうは先ほどの鳥の魔物を使役していた主らしい。
「一体あの魔法にいくらつぎ込んだと思ってる! まともな結果すら出せていないだろう!」
「それ言われるとこっちも辛いんだけどね。でもまぁ実験台をたくさん用意してくれたし、ちょっとはサービスしないといけないわね」
「ふん、実験材料などいくらでも用意してやる。私兵の訓練の相手には事欠かないんでな」
「訓練……ね。小さな農村を襲撃する訓練ってどんな必要性があるのかしら」
「貴様にそれを知る必要はない!」
「ま、そうなんだけどね」
ネルヴァは男の剣幕にも全く動じることなくローブの懐を探ると、二本のガラスのような材質の小さな瓶を取り出した。その中には鮮やかな色の液体が入っており、それを小さく振って中身を確認すると無造作に男に手渡す。
「ま、今回は実験のデータも取れたし、まだ未完成のものを手渡したって責任もちょこっとはあると思うから……これを渡しておくわ。赤いのは『空を飛べるようになる魔法が使えるようになる』薬、青いのは『岩を作り出して落とす魔法が使えるようになる』薬よ。どちらも属性魔法をちょっとだけ弄ってるから簡単に対応されることはないはず」
「ふん! さっさと出せば良いものを……おい、これはどうやって使うんだ?」
「この説明書を読んでもらえばわかると思うわ……って聞いてないか」
「よし、これさえあれば奴を始末できる! 何としても奴がガルシアーノの本家に入る前に始末しなければ我々は……」
ネルヴァが懐から取り出した二枚の羊皮紙を半ばひったくるように受け取ると、何事かを呟きながらその場を後にする男。強引に羊皮紙を奪われたにも関わらず、全く動じる様子が見られないネルヴァは男が路地を曲がってゆくのを見送ると小さく溜息をつく。
「……あの薬、まだ試作品だから飲む順番を間違えないように言おうとしたんだけどね。それにアレ魔族用のままで全然調整してないから飲む量も注意するように教えようとしたんだけど……ま、いっか、どうなろうとこっちの知ったことじゃないしね」
特段困った様子のないネルヴァは自分に言い訳でもするように小さくつぶやくと、建物の陰に溶け込むように消えてゆく。後に残るのは立ち去った男の足跡のみ、ネルヴァがここに存在した形跡は全く残っていなかった。
よく畑にある黄色いアレですね。
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