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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
9章 初めての王都編
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2.実験

 第三の街へ入ってすぐにアルト達と別れたリタは険しい表情を浮かべて通りを歩いていた。やや俯き気味のためにその視線の先はわからないが、せわしなく動き続ける耳が何かを探っているということを現している。そのまま数分通りを進むと、突然細い路地に身を躍らせた。猫魔族の特徴でもある発条のようなしなやかな身体と類稀なる敏捷性を駆使して壁を蹴って進み、建物の屋上へ出ると走る速度をさらに上げて進む。

 アルト達の乗る馬車の隊列を背にして走ること数分、リタは視線の先に人影を見つけた。


「いたニャ!」


 その人影は闇を体現したかのような漆黒のローブに身を包み、深く被ったフードのため全貌はわからない。身体は大きくもなく、かといって小さくもない。しかしリタはその人物が誰であるか確信しているかのように一直線に進んでいった。


「お前! こんなところで何してるニャ!」

「あらリタじゃない、私がどこで何をしていようと勝手でしょう?」

「ふざけるニャ! 魔導研究所の主任研究員の一人がどうしてこんな所まで出張るニャ!」

「どうしてって……研究の成果を見るためには実験は必要よ。今はいくつかの実験のデータを取っているところなの。まさか実戦でぶっつけで使うわけにもいかないでよう?」

「……確かお前は洗脳魔法を研究していたはずニャ、まさか魔族の持つ魔法を売ったニャ?」

「そんなこともあったかしらね……」

「答えるニャ! ネルヴァ!」


 怒りの表情を隠さないリタに対し、ネルヴァと呼ばれた者は悪びれることなく淡々と答える。その声から女性であることは間違いないのだが、フードの下でうっすらと口元に笑みを浮かべるその顔の肌は青みがかっており、一般的な人間の肌の色ではなかった。ネルヴァははぐらかすような言葉でリタを翻弄する。


「それに応える義務は無いわ。そもそも私たちは自由なはず、どうしてあなたに指図されなきゃいけないのかしら」

「人間に魔族の魔法を使わせたらどうなるかわかってるニャ? それは魔王様の意思に反する行為ニャ」

「魔王様ね……」


 ネルヴァは顎に指を当てて何か考えるような仕草をすると、徐にフードを外した。まだ陽も高く、強い陽ざしが降り注ぐ中、フードの下から現れたのは鮮やかな紫色の髪と尖った耳、そして耳の上あたりから生えているねじくれた角だった。ネルヴァはうっすらと笑顔を浮かべたまま、リタに話しかける。


「私は正直そんなのどうでもいいの、私が生み出した魔法が評価されてくれさえすればね。たとえそれが同じ魔族でなくてもいいのよ、その結果どこで誰がどうなろうとね」

「お前は……いい加減にするニャ!」

「それにね、私は自分の研究の邪魔をされるのが大嫌いなの。いいのよ、リタ、邪魔をするなら実験の場が猫魔族の里になるだけだから。そうねぇ、もうすぐ試作が出来上がる寄生虫の実験なんてどうかしら? 生きたまま醜い魔物に身体を作り変える能力を持つ寄生虫なんてきっと楽しいわよ?」

「や、やめるニャ! 里の皆は関係ないニャ!」

「なら邪魔しないでくれる? 私は研究成果が見たいだけなんだから」

「……わかったニャ、今回は見なかったことにするニャ」

「うふふ、聞き分けが良くて助かるわ。今度の魔法は戦争に適したものっていう依頼主からの指示だから見物よね。洗脳魔法の結果も上々だし、幾らで売れるか楽しみね……」


 リタが黙ったことで気分を良くしたネルヴァは、リタが訊きもしないのにこれから使われるであろう魔法について語りだした。どこかうっとりとした表情で語ると、未だ殺気を孕んだ視線を向けているリタのことは一切気に掛けることなく靄が晴れるかのように消えていった。残されたのは悔しさに拳を固く握りしめるリタの姿のみ。


「ごめんニャ……アルト……死ぬんじゃないニャ……」


 リタはがっくりと肩を落とすと建物の陰へとその身を隠すように下りていった。その後まもなく、上空を一羽の巨大な鳥が通り過ぎて行った。




**********



【敵性存在の接近を確認しました。南方より急速接近中、約五分で遭遇します】


 第二の街を囲む壁がはっきりと見えてきた時、アオイの警告が頭の中に響く。だが敵が接近してくるにしては妙に静かすぎるように思う。南と言えば僕たちが入ってきた門の方向であり、五分後ということは僕たちを追いかけてきたということなのか? でも門を突破されたとなれば門番たちがもっと大騒ぎしてもいいはずだ。


【上空より接近しています。大型の鳥類のようです】

(鳥? 紅蓮飛竜の時みたいに誰かが乗ってる?)

【人間の存在は確認できません】


 アオイと心の中でやりとりしていると、後方の空に小さな何かが見えた。それは急速に大きくなり、僕の目でもはっきりと確認できる大きさになった。

 それは鳥、獰猛な目と鋭い嘴を持つ猛禽、だが問題はその大きさだ。禍々しいとさえ思える黒光りするかぎ爪は巨馬すら容易に握りつぶせるくらいに大きく、その巨体は先日の紅蓮飛竜ほどではないが十分脅威となるのは間違いない。


「先生! 鳥の魔物です!」

「まさかこんな場所でとは! 皆さん、戦闘準備を! 魔法に長けた者を中心に迎撃してください! 近接攻撃が得意な者は辺境伯とルーインの直衛に回ってください! 絶対にここを通してはなりません!」


 僕が声をかけるとほぼ同じくして先生も鳥の魔物に気付いた。相手は空を飛ぶ魔物、ここを通せば王都そのものが危ない。僕らはルーインと辺境伯を護衛しつつ、尚且つこの魔物をここで食い止めなければならないという不利な条件だらけだ。


「せめてルーインを引き渡してからならば良かったのですが……ルーインの始末が目的であればここで仕掛けてくるのは当然ですね……」


 先生の声の調子もやや低い。飛行型の魔物というだけでも厄介なのに、さらにこちらの動きを制限されることばかりで悪い展開が予想されるからだろう。だからといってルーインを差し出して逃げることはできない。そうなれば今回のことを企んだ連中の思う壺だからだ。


【相手を一時撤退させるという方法は如何でしょう?】

(そんなこと出来るの?)


 アオイが突然そんな提案をしてくる。ここで倒してしまうのが一番早いだろうが、それでは手掛かりが無くなってしまうかもしれない。そもそもこんな大きな鳥の魔物が王都まで態々来るとは思えない。エサが欲しければ森や山に行けば大型の獣などいくらでも見つかるので、紅蓮飛竜と同様に洗脳されている可能性が高いだろう。生かしておけば次は洗脳した術者が出てくるかもしれない。


【おそらく一回きりの手ではありますが、こちらが大勢を立て直して対策を練るくらいの時間は稼げると思います】


 アオイの提案は今の僕たちにとても都合の良いものだった。撤退させているうちにルーインを引き渡し、その間に次の襲撃に備えて準備することが出来れば問題はない。その際に術者なで仕留めることが出来れば猶更だ。


「先生、あの魔物を一度追い払ってルーインたちを引き渡してしまいましょう、そして次回の襲撃に備えておけばいいと思います。次はあの魔物を使役している術者も出張ってくると思いますので」

「ふむ……確かにあのような魔物が単独で王都に来るようなことは考えにくいですな。いいでしょう、こちらも後顧の憂いを断つことが出来れば撃退に専念できますが……出来るのですね?」

「はい、任せてください」


 先生が僕の目をじっと見つめる。その目はいつもの先生ではなく、元S級冒険者としての厳しい目だが、僕だって何の手立てもなくそんなことを言っている訳ではない。アオイの持つ叡智から選び出された最善の一手がるという自信が僕の心に大きな勇気を与えてくれる。先生の厳しい目にも負けない強さをくれる。


「……わかりました、先行隊はこのまま速度を落とさず第二の街に入ります、くれぐれも抜かれることなどないように」

「はい!」


 先生は僕とオルディアを残して先行隊の馬車に飛び乗ると、第二の街への門に向かって馬車を進めた。残されたのは僕とオルディア、そして今まで僕たちが乗っていた馬車が一台、当然だが御者たちも先行隊の馬車に乗っていった。鳥の魔物は残された僕たちを獲物として認識したらしく、進行方向を僕たちに定めた。だがそれはこちらとしても好都合、他に被害が出ないようにするには僕たちに集中してもらわなければならないのだから。


【こちらに集中してくれれば効果も高まります。アルト様、準備が整いました。キーワードを詠唱してください】


 アオイの準備も整ったようだ、ならば後は僕がそれを顕現させるだけだ。ここを任されたからには絶対に通してなるものか。軽く一息ついて心を落ち着かせると青く輝く本が現れ、勝手にページが捲られてゆく。そして止まったページに書かれている言葉を口にする。


『独眼の罠』

『きゃんっ!』


 僕のキーワードの詠唱とともにソレは現れた。そして何故かオルディアが小さく悲鳴を上げた。


 


 




読んでいただいてありがとうございます

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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