エフィ=ガルシアーノ
ちょっとした閑話を……
王都の中心部、そこは貴族たちの集まる地であり、一般の庶民などよほどの火急の要件でもない限り立ち入ることのない場所。そして当然の如く、魔法の才のある者たちもまた集まってくる。それは五王家やその関係筋にあたる家系への士官や有力な貴族への士官を望む者、商機を見出そうとする者などの大人ばかりかというと実はそうでもない。将来を見据えて才能ある子供を集めた学校というものも存在する。それが王立騎士学園と王立魔法学園である。
騎士学園は正統王家を始めとする有力な一族への士官を目指すために日夜厳しい訓練を行い、魔法学園は魔法の才能にさらに磨きをかけるための研究をすることで王国へ貢献するという役割を持っていた。
だがいつの時代もそういった組織というものは様々な思惑が入り組んだ存在になってしまい、本来の役割というものを見失うことがある。事実、この二つの学校もその例に洩れずに名前だけが独り歩きしてしまい、中身が伴っていないものへと変化しつつあった。しかしまだ変化の途中、本来の姿を貫こうと真摯な態度で勉学に勤しむ者も少なからずいるのである。
「……あの、これから図書館に行きたいんですけど……」
「そんなものはどうでもいいじゃないか、貴女のような方がかび臭い図書館に籠るなどあってはならない」
「ここは学校ですよ? 学ぶために図書館に行くことは大事なのでは?」
「そのようなものは必要ありませんよ、いざとなれば僕が貴女を護って差し上げます」
「……結構です」
魔法学園に併設された図書館へと向かう渡り廊下で話す二人の男女。男は制服らしきものを着ていることから学園の生徒なのだろう、時折金髪をかき上げながら女子生徒の行く手を塞ぐように立つ。
一方の女子生徒は淡いブルーの髪をそよ風に揺らしながら、あまり感情の籠っていない声で男子生徒の誘いをはねのけている。それもそのはず、女子生徒には男子生徒の思惑などとうに見抜いているのだから。
「私はガルシアーノの者としての役割があります。勝手な行動は許されておりません。それでもどうしてもと言うのなら、正式にガルシアーノ家へ話を通してくださいませ」
「そ、そんなこと出来るはずないだろう!」
突如声を荒げる男子生徒。おそらく彼はどこぞの貴族の子息なのだろう、普通の女子生徒であれば、なかなかに良いルックスと家の力で靡かせることができたのかもしれない。だが今回は相手が悪かったとしか言いようがない。
ガルシアーノは五王家の一角、正統王家を支える五本の柱の一本である。貴族家とは完全に切り離された存在であり、如何な高位の貴族であってもその立場は対等以上になることはないという特殊なしきたりの上に成り立っている。つまり家の力を使って従わせるということができないのだ。
「用が無いのでしたらどいていただけませんか? 今日の課題について調べものをしなければなりませんので」
「……くそ! 覚えておけよ」
先ほどの態度とは打って変わって乱雑な言葉をぶつけると、忌々しそうな表情を露骨に浮かべて立ち去る男子生徒。その背中が校舎の中へと消えていくのを確認すると、女子生徒は大きな溜息をつく。
「はぁ……またガルシアーノに関わろうとする人たちですか。敵にしろ味方にしろ、私はそういうことにうつつを抜かしている余裕などないのに……」
そう呟きつつ、図書館へと急ぐ女子生徒こそ、ガルシアーノ家の血を引く聖属性魔法の使い手、エフィ=ガルシアーノである。ロッカにてアルト達と離れた彼女が何故こんなところにいるのか、それはエフィが王都に戻ってきた時にまでさかのぼる。
「叔父様、私を魔法学園へ入学させてください」
真剣な眼差しのエフィが真っ先に向かったのはガルシアーノ本家の当主執務室、つまりガルシアーノ家のトップへの直談判のためだった。エフィの視線の先には厳格そうな壮年の男性が執務机に向かっている。この男こそガルシアーノ家当主、リカルド=ガルシアーノである。リカルドはエフィに全く視線を合わせることなく書類の山を片付けていた。
「一体どういう風の吹き回しだ? あれほど学園を嫌がっていただろう?」
「……っ!」
徐にペンを走らせていた手を止めてエフィを見るその目は五王家でも辺境の統治という過酷な任務を請け負っている一族の当主たる風格と威圧感を併せ持つ。その鋭い視線に晒されて一瞬言葉に詰まるが、すぐに強い意志の籠った目で見つめ返した。
「ガルシアーノの血を引く者としての……役目を果たしたいと思います」
「……いいのか? 少なくとも兄上はそのようなことを望んではいなかったが」
「代役がいるのであればそれでもいいのかもしれません。私のような素性の者が出る幕などありませんから。ですが代わりがいないということは……外部の介入を許すということになります。五王家による正統王家の支援が揺らぎます」
「……そこまで理解しているか」
リカルドはエフィの強い意志を悟り、大きく溜息をつく。エフィはリカルドの兄が市井の一般民に産ませた娘であり、彼が遺した子供はエフィだけである。本来なら彼が当主となるはずだったのだが、自由奔放な性格が災いしてふらりと旅に出た際に暗殺されてしまったのだ。兄からの手紙でエフィの存在を知ったリカルドは当主になると同時にエフィを兄の娘として認知したのだ。エフィを護るために……
「兄上はお前が政争に巻き込まれることを嫌っていた。俺は兄上の遺志を尊重するつもりだ」
「ですが……叔父様には……」
「ああ、子供がいない。まさかこんな時にお役目が回ってくるとは……」
「それは仕方のないことです」
「だが教会絡みの連中が黙っていないぞ? 暗殺に失敗したとなればどんな手段に出てくるか……」
「そのために学園に行きたいのです。聖属性魔法をもっと強力にすれば……正統王家が動くはずです」
「……聖女の再来か。確かに正統王家は動くだろう……だがどうして急に?」
「……私も強くなりたいんです」
「……そうか」
リカルドはそれ以上何も言わなかった、いや、言えなかった。お役目の重要性はリカルドが最もよく理解している。だがそれをそのまま受け入れることも出来なかった。それだけお役目の持つ意味を、そしてお役目の内容をエフィに押し付けることが出来なかったのだ。尊敬する兄の遺志でもあり、兄がエフィについて最も危惧していたことでもあったからだ。
エフィにもお役目については話していた。それ故にエフィを出来るだけ社交界に出すことなく生活させ、場合によっては別荘に避難させたりしていたのだ。それを理解した上での決意ともなれば、リカルドに止める理由がない。ガルシアーノ当主として、だが。
「わかった、学園については手配しておこう。くれぐれも面倒事に関わるなよ? あいつらはそれが狙いだからな」
「学生の身分で叔父様に刃向かおうとする者がいるとは思えませんが」
「違いない」
そう言うと顔をほころばせるリカルド。当主としてはエフィの決断は願ったり叶ったりであり、ガルシアーノの、そして五王家の懸念材料が消えることになるのだ。それによりどれ程の関係者が安堵の息を吐くことができるか計り知れない。
「従者としてヘルミーナを連れていくといい。王立魔法学園なら従者が入っても文句は言われまい、本来はそういうことは禁止なんだがな」
「ありがとうございます」
こうしてエフィの魔法学園入学が決まった。本来騎士学園も魔法学園も家柄を主張することは禁じられている。家の格差により才能の芽を摘むことはあってはならないという主義のもとで決まったルールなのだが、今は形骸化してしまっている。だがそれはエフィに有利な方向に働いていた。
「エフィ様、またですか?」
「ええ、正直困ってるわ。どのみち私の出自が知れたら皆逃げていくんでしょうけど……」
「エフィ様……」
最悪の事態を防ぐべく潜んでいたヘルミーナは不快感をあらわにしていた。エフィに言い寄ってくる連中は皆貴族家の力を誇示してくる者ばかり。ガルシアーノの者となる以前のエフィならもしかすると靡くことがあったかもしれないが、今のエフィにはそのような男達に全く価値を見出していない。
「……アルト君、元気かなぁ……」
「きっと大丈夫ですよ、アルト君なら」
思い出されるのはロッカで出会った特異な力を持つ少年。特異かつ強力な召喚という方法で戦う少年のこと。彼女の命を救った少年が別れ際に見せた表情、それがエフィを突き動かした。もしもう一度会えたのなら、そのことを謝りたい。そのために身も心も強くなりたい、その一心が彼女を行動させたのだ。
エフィもヘルミーナもまだ知らない、アルトが王都に向かっていることを……
彼女の秘密は追って明らかになる……はず?
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