13.王都へ
エピローグ的な……
「風が気持ちいいねぇ」
『涼しー』
船の甲板に置いてあるロープの塊を簡易な寝台がわりに寝転んでいるとオルディアがすぐに身体を寄せてくる。ずいぶん甘えてくるが、それも仕方ないことだろう。
紅蓮飛竜を倒した後、そのまま眠りに落ちた僕が目覚めたのは翌日のことだった。その間ずっとリタが膝枕してくれていたらしく、目が覚めた時にすぐ目の前で揺れる双丘の迫力に少々、というかかなり驚いてしまったが。だがずっと膝枕で僕の看病をしてくれたことはとても感謝している。
しかしそれを知って機嫌を悪くしたのがオルディアだ。彼女には先生と一緒に辺境伯の護衛をお願いしていたんだが、僕が倒れた時に傍にいられなかったことが相当ショックだったらしい。かなりリタに向かって吠えていたのを寝覚めの時におぼろげに聞いていた。
「アルトはまだ寝てなきゃ駄目ニャ! 静かにするニャ!」
『ご主人様は我が護るー!』
などという言い合いをずっとしているのでうるさくて目が覚めてしまった。ちなみにリタはオルディアの言葉が理解できるらしい。
「猫魔族は獣の言葉が解るニャ。猫獣人とは違うニャ」
そう言って胸を張って自慢していた。だがオルディアに心配をかけてしまったのも事実なので、こうして一日ずっと傍にいてもらっている。僕としても柔らかくてきれいな白い毛並みに触れるのはとても嬉しいので願ったりではあるが。
「アルト、身体の調子はどうニャ? 異常があったらすぐに言うニャ」
「ありがとう、リタ。でも大丈夫だよ」
そしてリタは十分おきくらいに僕の様子を聞いてくる。目覚めてからは食欲もあるし、身体に痛みを感じるところもない。若干のだるさは残っているが、それは魔力切れの典型的な症例なので、しっかり食べて身体を休めれば自然と戻ってくるはず。幸いにも僕の魔力回復のスピードも常人の域を超えているらしいので。
だが今回の件については僕自身の反省点も見えてきた。僕自身、自分の魔力量に安心しきっていたところがあったが、それはアオイが僕の今の魔力量でも十分対処可能なものを選んでくれていたということだ。
最後のほうを完全にアオイに任せてしまったが、もし僕の今の魔力量でも対処できない事態に陥ったらどうなってしまうのか恐ろしくて想像もできない。なのでこれからは魔力量を増やす訓練もしていかなければと思う。という訳で今は魔力量の底上げの真っ最中である。
「魔力量を増やすには一度使い切ってしまうのが一番ニャ。それだけでは足りないとアルトの身体が認識すれば、次第に多くなっていくニャ」
リタに相談すればそんな答えが返ってきた。一度使い切った後に魔力を回復させると、その総量が多くなるらしい。だが魔力切れは場合によっては命にかかわることでもあるので、そう簡単にはさせてもらえそうもないが。
「誰もいないところで魔力切れになって気絶したらどうするニャ! そんなの自殺行為ニャ!」
「でもこのままでいいはずないでしょ。今までの僕はそういう努力をしてこなかったんだから」
「ならアタシがいるところでならいいニャ。何かあったときに対処できるニャ」
というやり取りの末、リタが見てくれているところでなら魔力の訓練をしていいことになった。だが迂闊に召喚をする訳にもいかないのでリタのための食事を常に出すくらいしかできないのだが。
ところで気になったのだが、目覚めてから妙にリタの様子がおかしい。どこが、と聞かれればうまく言い表せないが、僕に対しての目が妙に優しい時と険しいときがあるように感じる。僕の自意識過剰かもしれないのでそれを口に出してはいないが。もしそれが見当違いであったら恥ずかしくて顔を会わせられなくなってしまいそうだ。
結局王都に連れてゆくはずの盗賊も、その後襲ってきた男も死んでしまった。だが先生曰く、それでも大きな手掛かりにはなるらしい。
「あれほどの飛竜を使役できるほどの腕前であれば、ほかにも魔物を使役している可能性はあります。となれば強力な魔物を従順になるように調教して売り払うようなこともしているかもしれません。ですが表立って出来ることではありませんので、必然的に裏のルートを使わざるを得ません。そういうルートならば私の得意分野でもあるのですよ」
「裏ルートは信頼が大事ニャ。長い付き合いのある情報屋なら何か知ってるかもしれないニャ」
「でもガセネタつかまされたりしないのかな?」
「アタシたち相手にガセネタ掴ますような情報屋がいると思うニャ?」
リタの言葉に先生も頷いていた。先生は元Sランク、リタは隠してはいるが魔将であり、情報屋ならばその正体をうっすらと掴んでいる者もいるかもしれない。そんな相手にガセネタを掴ませるなんて自殺行為に等しいだろう。
だが最初の襲撃の犯人であるルーインはまだ無事だ。まさかあの男の始末が失敗したとわかれば敵も迂闊には動かないだろう。というのもあれ以上の実力者を雇うということは足がつきやすくなるからだ。ならばこのまま王都で敵の親玉とぶつかることになるのか?
「そのあたりは辺境伯に任せるニャ。貴族の戦いは実力行使だけじゃないニャ。駆け引きが大事ニャ」
「今回はガルシアーノも動きます。五王家の一角が動くとあれば他の王家も追随することになるでしょうし、我々の出る幕は無くなります」
「そうニャ、だから王都に着いたら羽根を伸ばして楽しむといいニャ。アルトは全然知識が足りないからアタシが色々教えてあげるニャ」
と、そんなやり取りがあったおかげでずいぶん気持ちが楽になった。貴族の面倒くささは僕自身よく理解できているし、正直なところ関わり合いたくないのも事実だ。もし顔を合わせれば実家のことを色々と聞かれるかもしれない。
だが色々と考えてしまう。それは誰があの男に卑劣な隷属の魔法を教えたのかということも含めてだ。
「あの魔法はかなり大昔に創られた魔法ニャ。でもそれを知る者は限られているはずニャ。そもそも人族に伝わるはずがない魔法ニャ……何故ならあの魔法を創ったのは……魔族だからニャ。でもその非道さ故にすぐに封印されたはずニャ……」
何故魔族が創り、かつ封印したはずの魔法を何故人間が使っていたのか、それはリタにすらわからないという。だが王都ならば何らかの手掛かりが掴めるかもしれない。
「そっちのほうはアタシが調べてみるニャ。この件は魔王様にも報告が必要ニャ」
リタも今回の件では何か思うところがあるらしい。それは今回の裏に魔族がいる可能性があるからかもしれない。それも魔王に従わない魔族が……
「河口が見えてきたぞー!」
乗組員の誰かが叫ぶと船内から歓声が上がる。海まで出れば後は王都を流れる川をさかのぼれば船旅も終わりだ。ここから先は襲撃しようにも人の目が多すぎるので難しいだろう。後は辺境伯のお手並み拝見というところだ。
風に独特の香りが混じる。これが書物で読んだ潮の香りというものなのだろう。初めて嗅ぐ潮の香りに心躍るのを感じながら、王都を無事に楽しめることを期待するのだった。
これで第八章は終わります。ほんの少しだけアオイの秘密?が明らかになりました。
次章はたぶん王都編になると思います。
もうひとつの再会があるかどうかはまだ未定です。もしかすると幕間を数話挟むかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます




