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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
8章 王都への旅編
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11.外道

「ふはははは! どうやら抵抗は無意味と知ったか! この紅蓮飛竜を前にしてはどうすることも出来まい!」


 紅蓮飛竜の背に乗った男が勝ち誇ったような笑いながら言う。見た目は四十代ほどの男、やけに綺麗な身なりをしていた。こいつが紅蓮飛竜を操っているのは間違いないはずだ。


「こいつを罠に嵌めるためにどれほどの奴隷を使い潰したか! だがおかげでこいつの卵を盾に取って術をかけることに成功した!」

「何をしたニャ!」


 僕が言葉を発しないのを見て何かを察したリタが代わりに問う。彼女も言っていた、この術には相手の心を折る必要があると。そして紅蓮飛竜も言っていた、自分は我が子を……と。あまりにも惨い想像をしてしまい、思わず吐き気がこみ上げてくる。だがその男の発した言葉は僕の想像をはるかに超えていた。


「卵を喰わせたのよ、自分の産んだ卵をな! 卵も売れば莫大な富が手に入るが、それも一時的なもの! 完全に隷属させてしまえば卵など産ませ放題よ! それどころかワイバーンあたりと番わせて卵を孵化させれば誰もがさらに高値で買うだろうよ! これで私の地位も上がるというものだ!」

「げ、外道ニャ……」


 同じ人間として許せない外道だった。それどころかリタですら怒りを露わにしている。自分の意識がはっきりしている状態で無理矢理自分の産んだ卵を食べさせられるなど、これほどまでに酷い拷問はあるだろうか。しかも操られているので自死さえもできない。次第に傀儡として心が書き換えられていく中、僕の存在を知った紅蓮飛竜は藁にも縋る思いだったに違いない。


 でもそれではあまりにも哀れではないか。己の子を守るためにと選択した方法が、行き着く先に絶望しか待っていないなど。我が子を守りたいと思う気持ちすら利用し、罠に嵌められるなど……


「まずはここで貴様らを皆殺しにすれば私の地位も向上するというものだ! 五王家が無くなれば私も上流貴族の仲間入りも夢ではない!」

「そんな外道な魔法を使うような奴が上流貴族になったら国は終わるニャ!」

「その時は正統王家を傀儡にしてしまえばいいだけのこと! 幸いにも私には力がある!」


 こいつの言う力とは紅蓮飛竜のことを言っているのだろう。確かに紅蓮飛竜は大きな戦闘力を有している。はるか上空からの炎のブレスだけで街など消し炭になってしまうだろう。それを武器として正統王家に術を受け入れさせるつもりか。そして身体の自由を奪い、大事なものをその手にかけさせてしまえば……


「……そんなことはさせない」

「アルト! しっかりするニャ!」

「……大丈夫だよ、もう召喚は完了してるから、少し下がってて」

「……わかったニャ」


 僕の目がまだ戦う意思を見せていることを察したリタは素直に一歩下がった。いや、この濃密な気配に気づいての行動かもしれない。

 男は相変わらず高笑いを続けているが、既に勝った気分でいるせいか、その気配に気づいている様子はない。それどころか紅蓮飛竜にブレスを吐かせようとしていた。……だが残念なことに、それは叶うことがないだろう。既に僕の召喚したモノはすぐそばにまで来ているのだから。


 男は安全を考慮してか、船から一定以上の距離を保っている。攻撃魔法を放たれても十分回避できるだけの距離を確保するつもりなのだろう。だがアオイから伝えられた事前情報によると、この距離は僕にとっても好都合だ。


「……来たよ、リタ」

「……アレは何ニャ……」


 僕が指さした先を見たリタはあまりにも異様な光景に言葉を失う。それもそのはず、僕が指さしたのは大河の川面、ちょうど紅蓮飛竜の下あたりだが、そこには巨大な影がゆらめいていた。僕たちが乗る船が木の葉のようにすら感じるほど巨大な影だ。


「さあ! 燃え尽きてしまうがいい!」

『ゴアァァァ!』


 ……もう既に紅蓮飛竜には自我が消えてしまっているようだった。このまま終わりにしてしまうのはあまりにも哀れだ。だが僕にはここまでしかできない。これから先は僕の力だけではどうすることもできないのだから。後は紅蓮飛竜が苦しまないように終わらせることだけだ。


「……いいよ」

「ニャッ!?」


 僕の指示を待ちかねたように水面下で怪しい光を宿らせたのは巨大な目。巨大な魚の目がぐるぐると周囲を見回し、すぐにその目を固定した。そう、紅蓮飛竜に向かって。だがそこまで至ってようやく男のその存在に気付いたようだ。だが……


「どれほど巨大な魔物を呼びだしてもこの高さまでは届くまい!」

「……そうだね、どれだけ跳んでも届かないだろうね。……跳ぶならね」

「……何言ってるニャ?」


 男どころかリタまでも僕を不思議そうに見ている。普通に考えるならばそう考えるだろう。今見えているのはどう見ても魚の目であり、その攻撃方法としてすぐに思いつくのは捕食。だがそのためにはあの高さまで飛び上がらなければならない。しかしそこまで跳びあがるのは無理がある。


「水竜でも喚んだのかと思えば、いくら巨大でもたかが魚だろう」

「そうニャ! アルトは何を考えてるニャ!」


 確かに水属性のブレスを吐ける水竜ならば火属性のブレスを吐く紅蓮飛竜とは相性が良いかもしれない。でも水竜という選択肢はアオイの中に無かったらしい。しかし情報ではそれに匹敵する能力を持っている……らしい。


 それはゆっくりと水面下を泳ぐ。男はこちらの攻撃手段が自分の想像しているものと確信しているためか、こちらの打つ手を見守るつもりのようだ。きっと無力さを味あわせてから始末するつもりなのだろう、離れていてもニヤついた顔がはっきりと確認できて鬱陶しい。


「……アルト」

「大丈夫だよ、リタ」


 心配そうに僕を見るリタ。おそらく彼女だけならばこの場を脱出することなど容易いことなのだろう。しかし僕が戦う意思を示しているので離れることができない。さらに召喚したのがただの巨大な魚という事実が彼女の不安を煽っているに違いない。


 だが安心してほしい。これから行う攻撃は誰も見たことがない攻撃なのだから。

読んでいただいてありがとうございます

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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