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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
8章 王都への旅編
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10.紅蓮飛竜

 紅蓮飛竜の頼みの内容に僕は一瞬茫然としてしまった。魔将のリタですら難色を示したほどの強固な鱗で守られた巨躯と強力というよりも凶悪と表すほうがしっくりくるブレス、そんなもので己の身を守る存在をどうやって殺すというのか。そもそもどうしてこの紅蓮飛竜は自らの死を望んでいるのか。


(どうして僕があなたを殺す必要があるんですか?)

『……私の声を聞く者よ……私の行動は決して本意ではない……』

(どういうことです?)

『……私は……この人間に使役させられている……忌々しいことだが……』

(使役? あなたのような強者を?)


 さらに紅蓮飛竜の語った内容は信じられないものだった。だが強制的に使役されているのであれば術者を倒せばいいのでは? おそらく背中に乗っているのが術者なのだろう。


「アルト、こんな時にぼーっとしてどうしたニャ? 早く安全な場所に行くニャ」

「リタ、あの紅蓮飛竜は操られてるみたい。自分を……殺してくれって言ってる」

「紅蓮飛竜の言葉が分かるニャ? 使役されてて、殺してほしいって……もしかするとアレかもしれないニャ」

「アレって?」

「闇属性魔法に他者を操る魔法があるニャ。でもその手順が卑劣すぎて使う者はほとんどいないはずニャ」

「洗脳ってこと?」

「洗脳は即座に結果が出るかわりに解除術も研究されてるニャ。でもこの術はゆっくりと隷属させていくニャ。最初に身体の自由が奪われるニャ、そして次第に心を書き換えられていくニャ」

「……あの紅蓮飛竜は助けられるの?」

「無理ニャ。アレは地獄の苦しみを味わいながら術者の操り人形に堕ちていく術ニャ。最初の頃ならともかく、体の自由を奪われてからはもうどうすることもできないニャ」


 聞いていて思わず吐き気を催してしまった。それほどにリタの語った術の内容がおぞましいものだったからだ。自分の意思ははっきりしているのに、身体は術者の思うままに動かされている。それがどんな非道なことでも、どれほど自身が嫌悪感を持っても身体が勝手に動いてしまう。その苦しみがいかほどのことか全く理解が追いつかない。


「しかもこの術はかける相手に無理矢理術を受け入れさせることから始まるニャ。大概は人質をとったりして強制的にかけるニャ。そして最終的に心を折るニャ。そうなれば従順な操り人形の完成ニャ」

「どんな方法で……心を折るの?」

「……一番効果的なのは人質を殺させるニャ。どんなに拒否しようにも身体が勝手に動くニャ。まさに地獄ニャ」


 ついうっかり聞いてしまったが、すぐに後悔した。それほどに衝撃的な内容だった。この紅蓮飛竜もその術をかけられているのだろうか。


(あなたは操られる術をかけられているのですか?)

『……そうだ……私は……我が子を盾にされて……どうすることもできなかった……しかし奴らは……私に我が子を……私はこの手で……ぐうぅっ!』

(大丈夫ですか!?)

『もうすぐ私の……心も完全に奴の……制御下に……おかれてしまう……今しか……頼めぬ……のだ……』

(そ、そんな……)

『……頼む……お前の持つ力なら……術者もろとも……』

(……わかりました)


 この紅蓮飛竜は自分がされていること、自分がしていることを理解している。それが己の誇りを汚泥に塗れさせる行為であることも。そして自分が堕ちた先にある結末も。それを回避するために選んだ方法が……強大な力で己の存在ごと消し飛ばしてもらうこと。


 だが果たしてそれでいいのか? もし僕がこの紅蓮飛竜を倒したとして、一体誰が救われるというのか。ここにいる皆が助かることは確かに大事だが、僕にとってはそれだけでは意味がないことだ。


 きっとこの紅蓮飛竜は僕たちが王都に到着することを快く思っていない連中の手によって陥れられた被害者だ。殺してしまうことで本当に救うことになるのか?


【方法は……あります。ただ……アルト様の身に危険が……】

(いいよ、やろう)

【ですが……この方法は極限までアルト様の力を使います。危険です】

(安全な方法なんてどこにも存在しないよ。でも……ここでこの紅蓮飛竜を殺してしまったら……それは敵に屈したことになると思うんだ)

【アルト様……】

(大丈夫、うまくいくさ。僕とアオイなら)

【……わかりました。準備を開始いたします】


 アオイの声が聞こえなくなった。対処をするための方法を見つけようとしてくれているんだろう。


(飛竜さん、これからあなたを……救います)

『……そうか……すまない……ありがとう』

【アルト様、……が……ました。この方法は……を……します】

(わかった、ありがとう)


 紅蓮飛竜の言葉は次第に小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。おそらく完全に心を制御下に置かれてしまったのだろう。アオイが最後に伝えてくれた言葉は全部を聞き取ることができなかったが、彼女の選択した方法だ、これまでと同様にうまくいくはずだ。僕はそのための魔力を供給するだけだ。


「リタ、あいつを倒すよ」

「何言ってるニャ! そんなの無理ニャ!」

「大丈夫だよ。リタにお願いがあるんだけど、少し無防備になるから……」

「……わかったニャ。アルトを信じるニャ。安心して専念するニャ」

「ありがとう、リタ」


 改めて紅蓮飛竜を見れば、既に心を制御下に置かれたようでこちらに敵意まるだしの目を向けている。威嚇するように大きく開かれた顎からはブレスの準備をしているのだろうか、真っ赤な炎が見える。あれが解放されれば僕たちはひとたまりもないだろう。


 だがそんな結末は絶対に認めない。自分たちの欲望や保身のために紅蓮飛竜の誇りを穢し、自分たちは安全な場所で高見の見物など絶対に許せない。そのためにも紅蓮飛竜を救わなければならない。如何なる手段を使ったとしても。


【アルト様、準備できました。表示されるすべての言葉を詠唱してください】


 アオイの声とともに、透き通るような青色に輝く本が現れる。だがその輝きはいつもより強く感じた。キーワードではなく全ての言葉というところも少々気になるところだが、それはこれから僕がやろうとしていることがこれまでより遥かに大変なことだということだろう。だがそれがどうした。今ここであいつらの好きにさせる訳にはいかない。


「古の輪より離れて新たな輪へ誘う者、『あーちゃーしょうかん』、新たなる輪は我が元にあり」


 いつもに較べてより複雑に、より長くなった詠唱を唱えると、圧倒的なまでの脱力感が僕を襲う。だがここで気を失う訳にはいかない。必死に身体中の力を振り絞ってふらつく体を支える。すると僕たちの乗った船の周囲に濃密な気配を纏う何かが近づいてきた。

「あーちゃー」は「あーちゃー」です。……鯖ではありませんよ?


読んでいただいてありがとうございます

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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