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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
1章 旅立ち編
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10.蹂躙

真打登場?


*本日2話目です。ご注意ください。

予約投稿まちがえたった……

『けもののおうこくのこくおう』


 そう唱えた瞬間、僕らの頭上に大きな闇が生まれた。夜の闇よりも異質な黒さを持つその闇は、周囲を侵食するかのように拡がり続ける。やがてオルトロスよりも大きくなったとき、その闇から何かが顕現しはじめた。


【空間固定……安定、魔力供給……問題なし、記録情報による再構築……再現率基準値クリア、縮尺補正……対象を基準に設定】


 アオイが何か難しいことを呟いている。きっとこの術式を制御しているんだろう、その証拠に僕の身体から魔力が抜かれる感覚がある。でもそんなに激しいものじゃない、これなら十分に自分を保っていられる。 


【再構築完了、状態に異常見られず、縮尺補正の誤差は規定範囲内を確認。リリースします】

「は、はい」


 思わず畏まった返事をしてしまった。アオイの言葉通りならもうすぐ実体が見えてくるはず。


『な……なんだこの魔力は! 貴様一体何をした!』

「何って……僕にもわからないよ!」


 オルトロスは目の前に揺蕩っている闇の正体がわからずに僕に文句を言ってきたけど、僕にだってアレが何なのか全く理解できていない。ただわかるのは、アオイの持つ知識を僕の魔力で再現するということだけ。でももうすぐその正体がわかる。

 

【リリース制限時間を対象沈黙までに設定……承認、最大リリース時間を五分に設定……承認、保有能力の制限全解除時間を対象沈黙までに設定……承認、すべてのリリース制限の解除を確認】


 アオイの意味不明の言葉が続くが、時折聞こえる制限とか解除とか承認とかはきっと召喚した何かの能力的なものだろう。つまりオルトロスを倒すまで全力ってことか。


 そしてようやく召喚したモノ『けもののおうこくのこくおう』が姿を現した。建物を超える大きさのオルトロスは得体の知れない気配に揺蕩う闇を睨みつけて唸り声をあげている。先ほど僕に向けたような威圧感は薄れていることから、オルトロスの唸り声が不安によるものだと理解できた。


「おじいさ……ん?」


 闇から現れたのは優しそうに目を細めたおじいさんだった。白髪を後ろに向かって撫でつけ、目には眼鏡がかけられている。くすんだブルーの動きやすそうな上下の服に身を包んだおじいさんが歩み出てきた。でも一番の問題は……


「おじいさん、でか!」

『なんだこの人間は!』


 おじいさんの大きさだった。建物よりも大きなオルトロスがおじいさんを見上げている。オルトロスはおじいさんの胸のあたりまでしかないが、服の袖口から見えるおじいさんの手首や襟元から見える首筋は決して屈強という言葉があてはまるような太さじゃない。ごく普通のおじいさんのように見える。身体が大きいとはいえ、オルトロスの攻撃が当たれば吹き飛んでしまいそうで不安になる。


【身体の大きさは縮尺補正によるものです。ご心配なく、この場に最適な存在を選択しました】

「本当に大丈夫?」

【あとはあの者に任せておけば問題ありません】


 いつもの調子に戻ったアオイが説明してくれる。問題ないとは言っているが、あれはどう見てもただのおじいさんで、この場をどうにかできる存在だとは思えないが……


『おや、珍しいワンちゃんですねー。頭が二つありますねー』

『ち、近づくな!』


 僕の不安をよそに、おじいさんは無造作にオルトロスへと近づいていく。オルトロスはまっすぐに近づいて来るおじいさんに威嚇の声をあげるが、おじいさんは全く臆することなく歩いていく。それどころか……


『このワンちゃん、お話できますねー。珍しいですねー、すごいですねー』

『来るなと言っているだろう! ひゃんっ!』


 すぐそばに寄るといきなりオルトロスの首筋に触るおじいさん。だがその触り方は決して悪意の篭ったものではなく、愛しい我が子に触れるような、そんな繊細さが垣間見える触り方だった。オルトロスはその触り方を全く予想していなかったのか、全く威厳のない声をあげていた。


『毛並みもふわふわですねー、艶もありますねー、きちんと餌を食べている証拠ですねー。よーしよしよしよし』

『こ、この……気安く触るんじゃない、人間風情が!』


 オルトロスは首元をがっちりと押さえつけられているので、必死にもがこうとしているがおじいさんの腕は微動だにしない。あの細腕から繰り出されているとは思えない、想像を絶する力だ。

 押さえつけられているので自由に動くのは頭しかない。オルトロスは必死に首を伸ばして噛みつこうとするがそれすらも軽々と躱される。それならばと口の中に魔力を集め始める。


「ブレスが来る!」

【御心配なく】


 そう、オルトロスはブレスを吐くタイプもいる。そして目の前のオルトロスもそうらしく、二つの頭が同時にブレスの準備に入るが、おじいさんはそんなことお構いなしにオルトロスに抱きついていく。


『よーしよしよしよし、かわいいですねー。おりこうさんですねー』


 先ほどは首元だけだったのが、撫でまわすのが全身にまで拡がっていた。頭、顔、背中、そして腹、全身くまなく撫でまわされていくオルトロス。ときどき尻尾が振れているのは目の錯覚か?


『よーしよしよしよしよしよし』

『こ、こら、何をする! や、やめろ、そんなところを触るんじゃ……アッ―――』


 そこから先はまさに蹂躙と言い表しても全く遜色ないものだった。オルトロスは全身撫でまわされて恍惚とし、瞳は潤んで舌をだらしなく垂らしてされるがままになっていた。さらにおじいさんが撫でまわすと自ら寝転んで腹を見せ、撫でるのをねだるまでになった。尻尾はちぎれそうな勢いで振られ、魔物としての畏怖などどこかに消えてしまったかのように嬉しそうにおじいさんの顔を舐めまわしていた。そして―――


【リリース制限時間終了、敵性動物の沈黙を確認、術式を終了します】


 アオイの抑揚のない声に我に返ると、おじいさんは既に消え去った後だった。そして後に残ったのは……僕の腰くらいまでの大きさの犬が一頭いるだけだった。もしかしてこれがオルトロス?


【解析しました。大幅に魔力が失われている模様ですが間違いなく先ほどの個体です】

「ねぇ、さっきのって本当に必要だった?」

【はい、獣にはどちらが上位かをしっかりと教え込む必要がありますので】


 そうか、あのオルトロスはあんなにされて心が折れたのかもしれない。魔物でも上位に存在する自分があそこまで好き放題されて、しかも喜んでる自分がいて……


「待って、魔力が失われてってことは……いずれ元に戻るってこと?」

【そうなると思いますが……また思い知らせてやればいいのでは? そもそも既に敵意は失せていると思いますが? アルト様の足元をご覧くださればはっきりします】


 アオイの指摘に足元を見れば、尻尾を振りながら僕の足に身体をすり寄せてくるオルトロス。二つあった頭は一つになっていて、見た目はどこから見てもただの犬だ。


『ご主人様ー、撫でてー』

「え? 撫でるって……こう?」


 先ほどのおじいさんがやっていたように首元を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振って身体を寄せてくる。そこにはあの恐ろしい空気はどこにもなく、ただひたすら甘えてくる犬そのものだ。なにこのかわいい生き物。


「あれ? 僕のことをご主人様って」

【先ほどの存在を召喚したのはアルト様です。その事実を本能的に理解しているようですね】

『ご主人様ー、もっと撫でてー』


 相変わらずの調子のアオイと、さらに甘えてくるオルトロス。いきなりの展開に僕の思考だけが取り残されている。撫でられて嬉しいのか、腹を見せて喜んでいるオルトロスを見ながらため息をつく。


 おじいさん、あなた心の色々な部分をへし折りすぎですよ。


 そんなことを思う僕の顔をオルトロスがひたすら舐めていた。

登場した方はけもののおうこくのこくおうです。あの方ではありませんよ、ええ。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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