8.罠
船は大河の流れに乗って緩やかに下ってゆく。下流域にさしかかったらしく、川幅は今まで以上に広くなり、うっすらと川岸が見えるほどになっていた。こんな場所を航行できるのは辺境伯自慢の大型船だからだろう。食料などの物資を大量に積み込んでいるおかげで安心して進むことができる。
「これだけ岸から離れればそう簡単に襲われないニャ。迂闊に来れば戻ることは不可能ニャ」
「確かに食料が底をつきそうだね」
リタが船べりに寄りかかりながら説明してくれた。川幅が広すぎるので、小舟では追いつくことも出来ないらしい。そもそも小舟程度では食料の備蓄など微々たるもので、下手をすれば乗っている全員が飢え死になんてことも十分考えられる。となるとこれだけの大きな船で大河の中心部分を行くということはただそれだけで敵を遠ざけることになるのだろう。
「でも大きな船はデメリットもあるニャ。それは小回りが利かないことニャ。だから岸近くを航行する時が一番危ないニャ。でもこの船には魔法に長けた者が多く乗ってるからいざとなれば障壁を張れるニャ」
「でも障壁を破る敵が来たら?」
「その時は戦うしかないニャ」
リタが遠い目で言うが、補給のための接岸以外では岸辺に近づくことはなく、補給場所には既に周到に準備がなされている。そう簡単に近寄ることはできないんじゃないか?
「ところでアレはどうするつもりニャ?」
「え? ああ、アレね。だってそのままにしておく訳にもいかないでしょ?」
リタがちらりと一瞥をくれた方向を見ると、船の後部から延ばされたロープで曳航されている小さな船。それは盗賊たちが乗っていた船であり、そこには無力化した盗賊たちが縛られたまま転がされていた。
「放っておけばよかったニャ」
「ダメだよ、こいつらは根っからの盗賊なんだから」
あの漁村付近に出没する漁民くずれの盗賊とは訳が違う。漁民くずれの盗賊は漁民たちを殺そうとはしないし、ましてや船を燃やすなんてことはしない。ある意味での共存をしていると言ってもいい。だがあいつらは根こそぎ奪おうとする。そんな危険な連中を放っておいていいはずがない。
「でも大した情報も持ってない連中ニャ。どのみち王都に行けば死罪が確定するニャ。いっそのこと殺してやった方がよかったニャ」
「そうもいかないよ。それにあいつらに話を持ちかけた奴の顔はわかるんだし」
リタの言う通り、あいつらは大した情報を持っていなかった。話を持ちかけたのもおそらく首謀した貴族とのつなぎ役だろう。だがそいつの顔を見ているということが唯一の収穫だった。
「でもあんな連中、失敗するのは目に見えてるニャ。全然手ごたえ無かったニャ。よくあんな連中を使う気になったニャ」
「よほど人手不足なのかな」
「もし本当にそうならアタシも安心できるニャ。でもこれだけの船を独自に保有している貴族相手に仕掛けてくるような連中がこれで終わりにするとは思えないニャ」
そう言うとしきりに周囲を警戒しはじめるリタ。だがここは大河のど真ん中、こんな場所まで来ることなど普通の船ではまず不可能だ。鳥のように空でも飛べるなら話は別だが。それにこの広い川でこの船を探し出すことは至難の業だと思う。
【アルト様、微弱な魔力を検知いたしました。発生源は後方、曳航中の船からです】
(え? それってまさか……)
【はい、ご推測の通りこの船の場所を報せているものと思われます】
突然アオイの警告が頭に響く。おそらくあの盗賊連中は最初から捨て駒で、うまく仕留めれば御の字といったところだったんだろう。うまくいかなくても情報を得るためにこちらが生け捕りにすることも見越していたのか? いや、もしうまくいっても口封じのために始末するために何らかの仕掛けを施していたのかもしれない。
「リタ、大変だ! あの船をすぐに切り離して! あの船から微弱な魔力が出てる!」
「え? ほ、本当ニャ!」
「とりあえずすぐに切り離そう! 先生はどこに?」
「どうなされましたか?」
慌てる僕を見て異変を知ったのか、先生が船の前方から僕のところにやってきた。僕の様子から状況が深刻なことを理解したのか、先生の顔はいつもの優しい先生ではなく冒険者バーゼルの顔になっていた。
「あの船から魔力の反応があります。きっとこの船の場所を報せています! すぐに切り離してください!」
「何と! わかりました、すぐに対処しましょう!」
先生とリタは即座に駆け出すと、船の後部から伸びているロープを斬った。元々こちらの船で曳航していただけなので、小船は見る見るうちに離れていった。まだ盗賊たちが乗ったままだったが、こちらの場所が知られることに比べたら優先順位が全く異なるので、申し訳ないがここで見捨てさせてもらう。そもそもあいつらは僕たち全員を殺すつもりで襲ってきたのだ、反撃されたらどういう末路を行くのか覚悟はできているだろう。
早々に気づいて切り離したおかげで、小船はようやく視認できるくらいにまで離れていった。このままいけばこちらの場所を知られることはないだろう。こんな場所まで攻めてくる手段が無い。
【アルト様、巨大生物がこちらに接近中です。その数は一です】
「え?」
アオイの警告に思わず間の抜けた返事を返してしまった。こんな場所まで来る巨大生物とは一体何なのか? まさか水棲生物があの小船を餌と勘違いしているのか?
そんなことを考えている僕の視線の先で、小船が巨大な火柱を上げる光景が目に入っってきた。
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