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召喚士は今日も喚ぶ ―僕だけが読める謎の本―  作者: 黒六
8章 王都への旅編
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7.鎮圧

『すちゅうのかくとうぎ』


 僕がキーワードを詠唱すると、港の入り口にある気配を感じた。それは人間、だがその姿が尋常ではなかった。下着姿に帽子、そして目を保護する防具のようなものを身に着けているがほぼ裸である。しかも全身がしなやかな筋肉で引き締まり、とても屈強な男たちが六人。その六人がこちらに向かって泳いでくるのだ。人間すら容易く捕食する生き物がひしめくこの大河を泳ぐなんてありえない。


【あの者たちはアルト様の魔力により顕現した存在です。その濃密な魔力の残滓を感じ取っただけで魔物は逃げてゆくでしょう】

「そういうものなのかな……」


 近づいてくる男たちの中で先頭にいる男が脇に抱えているものが目に入った。あれは毬じゃないのか? 子供たちが蹴ったり投げたりして遊ぶ玩具だろう? そんなものでどうするつもりなのだろうか。


【さあ、訓練開始です】

「訓練?」


 アオイの言葉に従うように、男たちは泳ぎながら襲撃者の船を囲むように位置取った。立ち泳ぎの状態で胸から上を水から出して、毬を投げ合っている。遊んでいるように見えるが、立ち泳ぎでずっと同じ姿勢を保つのはとても難しい。僕も多少は泳げるが、あそこまで綺麗な立ち泳ぎはまず無理だろう。


 と、男たちは毬を襲撃者たちめがけて投げ始めた。毬は子供が投げるような緩い軌跡ではなく、低い風切り音を残しながら鋭い軌跡で襲撃者の顔面へと当たり、襲撃者は水の中に落ちてゆく。しかし毬は大きく弾み、再び男たちの手に戻る。男たちの動きが予想外に素早いため、襲撃者たちが矢を射かけるも全く当たる様子は見られない。


 水に落ちた襲撃者たちも水辺での盗賊らしく、水中での戦闘に切り替えてナイフを抜いて襲い掛かる。その動きは革鎧を着けているとは思えないほど滑らかだった。だが男たちはその数段上を行っていた。

 繰り出されるナイフの攻撃を容易く躱すと、襲撃者が苦悶の表情を浮かべた。まるで何かに攻撃されているように見えるが……


【アルト様、水面下に注目してください】

「水面下……あ!」


 アオイの言葉に水面を注意深く見ていると、平然と泳ぎながら水中で蹴りや肘を繰り出している姿が見えた。だが水から上はそんな素振りなど全く見せていない。


【レフェリーの見ていないところならば許されます。それも技術のうちです】

「レフェリー? 何それ? そんなのどこにもいないよ?」


 そんなやりとりをしている間にも、最後まで船に残っていたリーダーらしき男が毬の直撃を受けて水中に落下する。他の部下たちよりも手練れなのか、最初の頃は水中で互角の戦いを見せていたが、やがて一方的に攻撃を受けるようになった。そして数分もするとぐったりと動かなくなり、ほかの仲間たちと同様に水面に浮かんでいた。


「あ、できればこちらに連れてきてください」


 そのままだと溺死してしまうので回収を頼むと、彼らは快く引き受けてくれた。水を飲ませないように仰向けにしたまま泳ぎ、桟橋の上に積み上げられていく襲撃者たちの身体から武器を外し、手足に船を係留するためのロープを縛って動けなくしておく。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


 僕が礼を言うと、彼らは白い歯をのぞかせながら笑顔を見せ、颯爽と港の入り口のほうへと泳いでゆき、やがて見えなくなっていった。


「今回はずいぶんおとなしめだったんじゃない?」

【この程度の相手に大掛かりな召喚は不要です。それに実力はできるだけ隠しておくべきです】

「……ああ、そうか。そうだね、ありがとう」


 今回の召喚はアオイが配慮してくれたらしい。というのも今回は辺境伯との同行であり、誰がどこで僕を監視しているかわからない。とりあえず近辺には人がいないことは確認できたが、遠くから見る技術を持っていた場合はその限りではない。今回の旅の目的はルーインの王都への護送であり、敵の仕掛けもより苛烈なものになっていくと考えれば、切れる手札はより強いものを残しておくべきだ。


「とりあえず先生たちを待つしかないか」

『お腹すいたー』

「オルディアもありがとう。一緒に干し肉を食べよう」

『にくー』


 気づけば村のほうでの騒ぎは次第に収まりつつあった。先生は元Sランク、リタは魔将なので戦力的には十分すぎる。とりあえず桟橋に腰を下ろして周辺の警戒から戻ったオルディアと二人で干し肉を食べながら待つことにした。



**********



「ぐあっ!」


 村を襲撃していた盗賊の最後の一人がリタの爪で喉を切り裂かれて絶命する。他の盗賊は既に皆絶命しており、対処が速かったためか幸いにも村人に被害は及んでいなかった。だがいくつかの露店は破壊されてしまっていたようだが。


「これで最後ニャ。こいつらは大したことなかったニャ」

「こんな辺鄙な場所の盗賊を利用したのならこの程度でしょう。うまくいけば儲けものといったところでしょうか」

「ところで爺さん、なかなかやるニャ」

「お嬢さんこそ、流石といったところですな」

「アルトの方もそろそろ終わってる頃ニャ。でも盗賊を皆殺しにしたのはちょっとまずかったニャ。情報が取れないニャ」

「こんな連中から取れる情報は重要度が低そうでしすが……アルト殿なら殺さずに捕らえているでしょう」


 バーゼルはアルトが出来るだけ殺さずに無力化していることに心強さを感じているが、それとともに一抹の不安も感じていた。それが杞憂で済んでくれれば何の問題も無いのだが、おそらく王都に近づくにつれて敵の出方は過酷なものになる。もしその時が来た時に踏み切れるかどうかが問題なのだ。これまでの経験で人を殺める経験はこなしているようだが、完全に非情になりきれていないようにも見えるのだ。


「ええと……リタ殿でしたか。リタ殿はアルト殿をどうお思いですか?」

「ニャ?」


 突然名前を呼ばれたリタは一瞬動揺の色を見せたが、バーゼルの醸し出す雰囲気と真剣な表情、そしてお互いに裏の世界に精通する者としての勘とも呼べるものがその真意を見抜かせた。


「アルトはまだまだ子供ニャ。これからどうにもなれるニャ、良くも悪くもニャ」

「リタ殿はアルト殿をどうなさるおつもりで?」

「アタシがアルトを害することはないニャ。アルトの力は危険だけどそれは使い方を間違えた場合ニャ。アタシはアルトの命を狙うなんて馬鹿な間違いを犯そうとしたニャ。でもそれはアルトの力を暴走させかねない愚策だったニャ。だからアタシは魔王様からアルトを支えるように言われたニャ。もしかすると魔王様はアルトの力について何か知ってるかもしれないニャ」

「魔王……ですか。本当に魔王には敵対の意志はないのですね」

「もちろんニャ」


 魔王という存在については大昔から伝わるおとぎ話にしか出てこない。眉唾ものではあるが、魔将であるリタが言うのだから実在するのだろう。


「では以前遭遇した魔将は?」

「アレは魔王様を支持しない連中が好き勝手してるニャ。でも魔王様が力で押さえつけるといろいろと面倒なことになるニャ。だから敢えて放置してるニャ。でもこれだけは言っておくニャ。他の種族と敵対することは魔王様の本意ではないニャ」


 港へと戻る道すがら、リタはバーゼルに魔王について出来るだけの情報を渡していた。だが決して魔王を売った訳ではない。少なくともリタはバーゼルを危険な存在とは見ていなかった。それは先ほどアルトについて問われた時のバーゼルに納得できるものがあったからだ。


(この爺さん、アルトのために差し違える覚悟だったニャ)


 リタは魔将であり、全力を出せばバーゼルを凌駕することは容易い。それはバーゼル自身も理解できているだろう。それでもなお、あの時リタの返答がアルトに害あるものであれば相打ち覚悟で仕掛けてきただろう。彼もまたアルトを護りたいのだ。


「リタ殿は王都まで同行されるとのことですが……アルト殿をお願いできますか?」

「爺さんはどうするニャ?」

「私は元Sランクという肩書が邪魔になって自由に動けなくなる可能性があります。そんなときにアルト殿に何かあったら……」


 情報収集として人間社会に入り込むことが多かったリタは、大きすぎる肩書がその動きを制約するということを理解していた。バーゼルの名は彼女も聞き及んでおり、それほどまでに名の知れた者は数少ない。そしてその知名度はそのまま戦力としての信頼性の高さへとつながる。


 これからアルトが向かうのは陰謀渦巻く王都である。もしバーゼルが表立って動けば様々な権力がアルトの力を求めて動き出すだろう。そういう連中は自分たちの欲望を叶えるためならば手段など選ばない。非道な手段も平然と行ってくるだろう。もしそれでアルトが力を暴走させるようなことがあってはならないのだ。


「わかったニャ、アルトのことは任せるニャ。だからそっちは権力者へのけん制を頼むニャ」

「お任せください」


 リタは即座に答えた。リタは魔将という立場を隠している以上、権力者たちに対抗する手段がない。強引な力技は出来なくもないが、アルトの事を考えれば悪手でしかない。ならばその方面のことは知名度のあるバーゼルに任せ、自分はアルトの近辺守護に専念すればいいからだ。


「あ、アルトニャ。やっぱり無事だったニャ」

「流石ですな」


 二人が会話を交わしながら歩いていると、桟橋に座って手を振るアルトの姿が見えた。そしてその横には縛り上げられた盗賊たちの姿もある。やはりバーゼルの推測通り、アルトは盗賊を無力化して捕らえたようだ。その様子にリタはバーゼルの持つ不安の一部を知るに至った。


「暗殺者を殺さず捕らえるなんて、依頼した者からすれば真っ先に排除すべき存在ニャ。わかったニャ、アルトのことは任せるニャ」

「お任せしましたぞ」


 そんな二人の会話など知る由もないアルトは無邪気な笑顔を見せて手を振っていた。



人数が六人なのはキーパーがいないからです。正式には七人で行います。


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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