6,水中の……
今回は少々軽め?
男はその仕事の話を持ち掛けられた時、あまりにも美味い話なので絶対に裏があると考えていた。それほどまでに簡単な仕事の内容だったのだ。
男はこの近辺を根城にしている盗賊の頭であり、外部から流れてきて盗賊の頭に収まったという、ここいらでは珍しい存在だった。それゆえにこの一帯で行われている略奪行為の温さに辟易していたのだが、漁民あがりとはいえ大多数の盗賊の慣習を破って敵対することも危険すぎる。男にとって他の盗賊は弱者にしか見えなかったが、それでも数で大きく水をあけられては勝ち目も薄い。だが今更他の地域に向かおうにも先立つものがない。世知辛い話ではあるが、盗賊を生業とするにも金というものが必要になるのだ。
「本当にそんな簡単な仕事でこれだけ貰えるのか?」
「ええ、この近辺にはこういう仕事を頼める組織は多くありませんので。まぁ陸の盗賊との共同での仕事にはなりますが」
「いや、これだけあれば船の補修どころか新調だってできるかもしれない」
「対象の船にある金品はそちらで好きにしていただいて構いません。我々の目的は誰一人逃がさずに沈めることですから」
「ああ、任せろ」
その話を持ってきたのは王都のお偉いさんの使いだという胡散臭い初老の男。だが全額前金という気前のいい条件に男はすぐに飛びついた。ただ入港している船を沈める、ただそれだけの簡単な仕事だった。少なくとも今この時点までは。
「おい、誰も逃がすなよ。それから沈める場所は分かってるだろうな」
「もちろんでさ!」
数少ない部下に指示を出しつつ、炎に包まれる船を見つめる男。誰一人として逃げ出してきた者はいない。もしいたとしても水に飛び込もうとした時点で矢を射かけるか、飛び込まれたとしても呼吸のために浮かんできたところを狙い撃ちすればいい。本当に簡単極まりない仕事のはずだった。
「お頭! 陸のほうはどうなってんでしょうね」
「知るか。向こうは向こうで好き勝手やってるんだろうよ」
話によれば同時刻に陸の盗賊が村に襲撃をかけるらしい。その盗賊のことも男は知っており、残忍な性格の頭目が率いている。おそらくその盗賊に襲われればこんな小さな漁村など全滅してしまうだろう。だが盗賊に襲われて消えた小さな村など数えきれないほど存在する。男にとっては大したことではない。それよりも目先の獲物をしとめることが最優先だ。
「お、お頭、何か来ます」
「なんだ? 船なんかどこにも見えないぞ?」
「そ、それが……泳いできます!」
「なんだと!」
見張りの部下からの突拍子もない報告に男は一瞬己の耳を疑う。だが見張りと自分との距離は船も小さいのでほとんど離れていない。聞き間違えることなどあるはずがない。
至るところに流れている小川程度なら人が泳ぐこともできるが、ここは大河にある港だ。しかも港の入り口から泳いでくるということは大河を泳いできたということ。そんなことは正気の沙汰ではない。
大河には巨大な水棲生物がいる。当然水棲の魔物もいる。泳いでいる人間など恰好の餌でしかない。漁師ではない盗賊の彼らですら、大河に落ちるということは即自分の命が無くなることを覚悟しなくてはならない。そんな危険極まりない場所を泳いでくるなど何の冗談だろうか。
「本当に泳いでやがる……それも六人だと?」
船に近づいてくるのは六人の男。下着のようなもの一枚だけを身に着け、頭にぴったりとフィットする兜に目を保護する防具のようなものを着けている。そして先頭を進む男が持つのはこの場にそぐわない道具だった。
「毬だと? そんな玩具で何をしようというんだ?」
それは誰がどう見ても毬だった。毬など幼い子供が遊ぶ玩具である。それをこんなところで持ち出して何をしようというのか。全く取るに足らない相手、というか正直なところ関わり合いになりたくないというのが男の抱いた感想だった。
「ぶげっ!」
「な、なんだ?」
それは唐突に起こった。見張りをしていた部下が無様な悲鳴をあげて水に落ちていったのだ。何らかの攻撃を受けたのは間違いないのだが、それが何かを確認することができない。
「ぶぎゃっ!」
「……毬だと?」
再び部下が水に落ちる。その直前、先頭の男が何かを投げる姿が目に入った。その手に持っていたのは男の見間違いでなければ毬だったはず。たかが毬、そんなもので一体何ができるのか。それに部下たちは決して泳げない訳ではない。水中での戦闘も常人よりは得意である。あの集団の中に入ってしまえば難なく対処できるであろうと考えていた。
「このやろ……ごぼごぼっ!」
「てめ……がぼがぼっ!」
小ぶりのナイフを抜いて集団の中に入った部下たちの悲鳴が上がる。彼らは決して弱い部類には入らない。こと水中での戦いにおいては格上の冒険者ですら簡単に仕留めたこともある。そんな彼らが手も足も出ずに攻撃を受けて悶絶している。
「一体何が起こって……ぶべっ!」
何が起こっているのかわからずに混乱している頭目の顔面に毬が直撃する。だがそれは頭目の知っている毬の感触ではない。その衝撃はほんの一瞬だが頭目の意識を飛ばし、ふらつく足取りは揺れる船の上では簡単にバランスを崩してしまう。踏ん張りの効かなくなった足では身体を支えることもままならず、死に体となった状態で水に落ちてゆく頭目。
だが水に落ちたおかげで意識が戻った頭目はすかさずナイフを抜いて集団へと襲い掛かる。水中で大振りの剣を持つなど愚の骨頂、水の抵抗の小さいナイフでの超接近戦こそが最善の一手だった。彼の知る常識の範囲内では。
(……な、なんだこいつら……かすりもしない……だと?)
慣れているはずの水中戦闘のはずが、攻撃は悉く躱される。それほどまでにその男たちの泳力は高く、ありえないという表現がしっくりくるものだった。そして水中にて繰り出される拳、肘、足は的確に頭目の身体を捉える。数発は躱したものの泳力の差は歴然で、すぐに無数の攻撃に晒されることとなった頭目は、全身の至るところに走る衝撃に次第に意識が朦朧となり、やがては意識を手放していった。
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