5.襲撃
漁港へ着いた僕たちが見たのは辺境伯の船……によく似た交易船が炎を纏っている姿だった。そしてその周囲には小さな船に乗った男たちが火矢を放っていた。男たちはその船が辺境伯の船ではないと言うことに気付いている様子は見受けられない。
「おら! 一人も生かしておくんじゃねえぞ!」
リーダーとおぼしき男が部下を煽ってさらに火矢を放たせる。次々に放たれる火矢は船に突き刺さり、炎の勢いを強くさせてゆく。だがどうしてこいつらは気付いていないんだろうか。
「流石は辺境を領地に持つ貴族ニャ、船への備えも万全ニャ」
「え、どういうこと?」
「よく思い出すニャ、アルト。アルトはこの漁港にどうやって来たニャ?」
「え? ええと……あ!」
リタに促されて思い返してみる。確か辺境伯の船が大きすぎて港に入らないから小舟でここまで来た。そうだ、辺境伯の船は大河の中ほどに停泊したままだ。ではどうしてこの男たちはこの船を攻撃しているのだろうか。
「よく考えてみるニャ、商人の交易船が入っているような時に辺境伯が補給に来るなんてことがあると思うニャ? 誰が入り込んでいるかわからない港ニャ」
「そういえば……じゃああの交易船はいったい……」
「あの交易船は辺境伯の手配した船ニャ、きっと補給に立ち寄る港にはすべて用意した交易船がいるはずニャ」
「でも交易船だよ? 勘違いしてもすぐに気付きそうなものだけど……」
「それだけ辺境伯が今回の一件を危険視してると言うことニャ。あの船には特定の行動を取ろうとした者にのみ効果のある認識阻害がかけられているニャ。きっと辺境伯に敵意や害意を持つ者にはあの交易船が辺境伯の船に見えているはずニャ。なかなかの闇属性魔法の使い手がいるニャ」
「あ……」
心当たりは……ある。僕とリタから離れた先生は……港のほうへと引き返していった。きっと先生が仕掛けをしたのだろう。ということはあの船には……
「誰も乗っておりません」
「先生!」
「不審な船が入港しようとしているのを見かけまして、辺境伯の指示通りに認識阻害をかけました。ルーインは五王家の支える正統王家の統治を揺るがしかねない事件の証人でもあります。たとえ船を数隻失ったとしても守り切らなければならないのです」
「あいつらはこのままにしておくニャ?」
「おや、あなたは……まさかあなたも仲間ですか?」
「アタシの目的はアルトニャ! アルトを護るために冒険者として同乗するニャ!」
そう言って依頼請書を見せるリタ。先生も本気で言った訳ではないようで、その請書を一目見て小さく微笑む。
「どのような経緯があるのかは知りませんが、アルト殿を護るという点においてはあなたは信頼に足るようですな。さてあの者たち、あれがすべてだとお思いですか?」
「あれはどう考えても陽動ニャ。倒されることが前提の捨て駒ニャ。本人たちが気付いてないのが哀れニャ」
「貴女ならどう考えますか?」
「襲撃者を撃破して油断したところを狙うのが常套手段ニャ。おそらくもう村に入り込んで逃げ延びてくるのを待ち受けているはずニャ」
船に火を放たれたとなればいずれ船から逃げなければ焼け死んでしまう。襲撃者を撃破して逃げ延びて、一息ついたところをさらに狙う。確かに効果的ではある。しかも厄介なのは、既に入り込んだ連中が漁民たちの始末も行うかもしれないというところだろう。漁民たちを人質に取るということだってあり得る。
「となると両方同時に叩く必要がありますな。どちらか片方を残せばそちらの被害が大きくなってしまいます」
「先生、リタと一緒に入り込んだ連中を叩いてもらっていいですか? 僕ではまだ漁民と襲撃者を判別することができません」
「ですが……」
「アルトが任せろって言うならこの場は任せるニャ。アタシたちはネズミ退治に回るニャ」
「わかりました。アルト殿、彼奴等は火属性魔法を得手とする者たちです。それからあの交易船は既に今回の船旅の必要経費として処理されておりますので遠慮なく壊してしまってかまいません。ではお気をつけて」
「また後でニャ、アルト」
先生はいつもと変わらず落ち着いた様子で、リタは子供のような気軽さで言葉を残すと村のほうへと走っていった。さて、こちらはあの襲撃者を倒せばいいだけだ。あの船は無人だが、あいつらはそれを知らない。つまり元より乗船者を殺すつもりで攻撃しているのだから遠慮などする必要もないだろう。
「オルディアは周囲に潜んでいる奴がいないかどうか教えて」
『わかったー』
オルディアは一声吠えると港の周辺の警戒を開始する。アオイの索敵があるとはいえ召喚中は僕は無防備になってしまうので、オルディアには僕への攻撃を防いでもらうつもりだ。
【アルト様、準備が整いました】
まるでタイミングを計っていたかのようにアオイの声が頭の中に響く。既に港には漁民たちや商人たちの姿はない。辺境伯の船の乗組員たちの姿も見えない。
【周囲に人間の反応はありません。ここにいるのはあの者たちだけです】
「じゃあ心おきなく使えるね」
【はい、キーワードの詠唱をお願いします】
いつものように僕の手にアオイの姿が現れる。神秘的な蒼い輝きを放つ表紙の本がひとりでに開かれ、勢いよくページがめくられてゆく。そして最後に開かれたページに記されているキーワードを詠唱する。ただそれだけだが、その詠唱は僕の魔力とアオイの叡智が結びついたものだ。この場を鎮めるための最善の一手、あんな連中に止められるはずがない。
「いくよ、アオイ。出でよ『すいちゅうのかくとうぎ』」
キーワードの詠唱が完了すると同時に、襲撃者たちの乗る船めがけて港の入り口から泳いでくる六つの何かが見えた。
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