3.再会
「こんなところで何してるの?」
「アルトを追っかけてきたニャ! でも途中でお金が無くなってアルバイトしてたニャ!」
「こんな小さな屋台で?」
相変わらず周囲からは羨望とか妬みとか、様々な感情のこもった視線が向けられている。
「おや、そちらの女性はあの時の……なるほど、若さとはいいものですな」
「いえ、彼女はそんな関係じゃ……」
「そうニャ! もうアルトのアレにメロメロニャ!」
「だから誤解を招く言い方やめて!」
先生も彼女とは面識がある。以前は僕のことを狙っていたのだが、既に敵対の意思は全く見られないので、ほとんど警戒していないようだ。でも先生、その『あとは若い二人で……』的な目で見ないでほしい。
「もう少しで今日の仕事が終わるニャ」
「じゃあそれまで時間潰してるよ」
「わかったニャ」
再び仕事に戻ったリタの後ろ姿を見送りつつ、ほかの露店を見て時間を潰すことにした。
【やはりあのネコは侮れません】
アオイが呟くように言葉を紡いだ。何がどう侮れないのかがいまいち理解できない。だが敵意が無い相手というのは僕も安心して接することができるので、再会できたのは正直嬉しい。追いかけてきたって言っていたが、こちらは船旅なので出会う可能性は非常に低い。とりあえず今はその運の巡りを大切にしていこう。
「お待たせニャ。久しぶりニャ」
「うん、久しぶり。で、やっぱり僕を追いかけてきたのは……」
「そうニャ! アレが忘れられないニャ!」
「ちょ……声が大きいよ!」
漁港近く、交易商人たちで賑わう食堂で僕とリタはお茶を飲んでいた。オルディアは僕の足元で大人しく干し肉を齧っている。彼女も不思議とリタに対して敵意を見せていないようだ。
『リタから嫌なニオイしないー』
とは本人の言葉だが、嫌なニオイというのは敵意とか殺意のようなものだろう。僕に対して敵意を持っていないので安心しているということだと思う。それに日常生活で無闇矢鱈に吠えると僕に迷惑がかかるということも理解してくれているらしい。もっとも戦闘時には僕の身を護ることを最優先にしてくれているので安心だ。ちなみに先生はまるで我が子の成長を見守る母親のような微笑みを浮かべながら僕たちを送り出してくれた。
「アレを食べてからどうもおかしいニャ。実家に帰ったら近所の男どもがよく声をかけてきて鬱陶しいニャ。本当に困ってるニャ」
「それは僕の責任なの?」
改めてリタを見ると、確かにあの時とは印象が全く異なっている。かつては肌は荒れ、髪は艶もなくぼさぼさでどこか獣臭のようなものがあった。だが今はそんな様子は全く見受けられない。
荒れ放題の肌はすべすべでシミひとつなく、色あせた黒髪は艶やかでしなやかに風にゆれる美しい黒髪へと変貌をとげていた。そして少々鼻についていた獣臭は消え失せ、うまく表現できないが良い香りがした。
「リタ、綺麗になったんじゃない?」
「ニャ……何を言ってるニャ……アルトまで里の男と同じこと言うニャ」
「だって前とは見違えるようだよ」
「うにゃ……」
正直な感想を言ったつもりだが、それを聞いたリタは顔を真っ赤にして俯いてしまった。こうして見るとただの女の子にしか見えず、だれが魔将だなんて思うだろうか。
【もう効果が出ましたか、さすがはアルト様】
(え? どういうこと?)
突然アオイの声が響く。その口ぶりだとリタの変化は僕が絡んでいるように聞こえるが。
【アルト様がこのネコに与えたのはバランスの取れた総合栄養食です。各種ビタミンが肌を整え、配合されたオリゴ糖と乳酸菌が腸内フローラを改善、栄養バランスの改善により全身の新陳代謝を促進、各種ハーブにより消臭効果を齎します。アルト様に相応しいネコになるにはこのくらい当然です】
(それって何かの呪文?)
どうやらリタの変化は僕があげた『ねこがまっしぐら』によるものらしい。だが見た目はとても健康そうなので毒ではなさそうだが。ちなみにアオイの言っていた内容はほとんど理解できなかった。
「どうやら僕があげたアレが原因みたい。やっぱりあげないほうがよかったかもしれない。もうやめようか?」
「そ、そんな事ないニャ! べ、別にそう言われるのは嫌じゃないニャ……特にアルトに言われると……」
「そ、そう? それならいいんだけど……もし何かおかしなところがあったらすぐに止めてね」
そう言って周囲を確認する。やましいことをしている訳ではないが、何もない場所から突然物が現れるのは見られれば騒ぎになるかもしれない。できるだけこの力は見られないようにしておきたい。
(アオイ、準備はいい?)
【どうやら餌付けは成功したようですね】
(餌付けって……『ねこがまっしぐらこくうまちきんあじ』)
周囲に気付かれないようにテーブルの下に隠した手に召喚すると、いかにも鞄から取り出したかのようにリタに手渡した。
「はい、食べ過ぎないようにね」
「新しい味ニャ!」
僕の手から奪い取るように紙の箱を受け取ると、頬ずりしはじめるリタ。こうしてみると魔将だなんて冗談のように思えてくるが、隠密行動は先生にも感知できないほどの実力者だ。
「そういえば……ヤムが倒されたって聞いたニャ。もしかしてアルトがやったニャ?」
ふとリタが訊いてきた。ヤムってあの魔将のことか。でもスクーアであった出来事なのにどうしてリタが知っているんだろうか。まさか敵討ちとか言い出すつもりか。
「心配しなくていいニャ、アタシはヤムとは全然付き合いが無いニャ。そもそもアタシはあいつらとは違う一派だから何も思うところはないニャ。それに……アルトが相手になるなんて不運にも程があるニャ。くだらない目論見をした自業自得ニャ」
「目論見って?」
リタが言った言葉が妙に気になった。目論見ということは魔将が何か画策しているということなのか? それってヤムが人間をオーガに変えてしまったことといい、魔将ヘドンが用意したという魔道具といい、人間に対して何か行動を起こそうとしているのか?
「知らないニャ」
「え?」
「違う一派とはほとんど交流が無いから何を考えているかなんて知らないニャ。魔王様に黙って勝手に画策してる連中がどうなろうとしったことじゃないニャ」
「へー……魔王か……って魔王?」
突然リタの口からとんでもない大物の名が出た。それも魔王……これって僕が聞いて良い内容の話なんだろうか。
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