2.補給
なんとか更新できました。
大型船から三艘の小舟に分乗した僕たちはほとりの漁村に着いた。だが漁村といっても中型の舟ならば接岸できる規模の港があるせいか、かなりの活気を見せていた。その証拠に港には漁船だけでなく商人の使う交易船も複数停泊していた。
「長距離の航行は無理でもこの川の上流と下流の間の行き来くらいなら商人の持つ交易船でも可能です。こういった港から内地の各地方へと交易品が運ばれてゆきます。なのでこの規模の港は常に活気があります」
「壮観ですね」
港から村へと続く道の両側にはずらりと露店が立ち並ぶ。扱っているものは漁村だけあって魚介類などの水産品が大半だが、当然ながら肉や野菜、果物などの露店もある。そしてこれも当然だがそれらの食材を調理して売る露店もあった。
『いいニオイー』
「美味しそうな匂いだね、これは魚かな?」
そよ風に乗って漂っているのは魚の脂が炎で焦げる香ばしい匂い。すぐそばの漁港で水揚げされたばかりの魚をそのまま焼いただけの露店だが、船旅では基本的に干し肉や干したパンくらいしか食べ物が無いので交易船の乗組員や商人たちが群がって買っている。
「船での火気使用は原則禁止ですから仕方ないことです」
「木造船ですからね」
一部の豪華な船には魔法でのコーティングにより火を使えるものもあるらしい。だがそれはほとんどが軍船で一般人が見かけることはまずありえないらしいが。
『おさかなー』
「もう少し待ってて、一通り露店を見てからね」
魚を焼く匂いに我慢できなくなったのか、オルディアがおねだりしてくる。だがまだ露店を半分も見ていないので、オルディアにはもう少しだけ我慢してもらおう。
村に近づくにつれて露店が食料品を扱うものから武器や道具を扱うものへと変わっていった。だがこれにはきちんとした理由があるらしい。
「この界隈の漁村では賊の襲撃はほとんどが港からになります。ですので港に近いところでは水産品や農作物の露店がほとんどです。いざという時は放棄して逃げてもいいようなものを扱っております。その反面、武器や防具、高価な道具などは奥のほうに店を構えています」
「持って逃げるためですか?」
「それもありますが、一番恐れているのは賊に武器を与えてしまいかねないということです。もちろん迎撃する際の武器の供給元にもなりますが」
「領主の兵は何をしているんですか?」
「小さな漁村まで派遣している余裕がないというのが現状です。こうして交易船がいる間は彼らの私兵が対応しますが、さすがにいつまでも滞在するわけにもいきませんので」
先生の話によると、ここいらの賊は生活に困っている者が多く、食料品などを手に入れれば引き下がることが多いらしい。しかも連中は決して漁民を殺すようなことはしないとか。もし殺してしまえば領主だって放っておくことはできないし、自分たちにどこまでも追手が差し向けられることになるからだ。
「でも賊を放っておくなんて……略奪は行われている訳ですし……」
「賊のほとんどが、住んでいるところを魔物に襲われたり自然災害で失った者たちです。本来ならば領主が復興の手助けをしなければなりませんが、そこまで人員を回せないのでしょう。そのかわりという訳ではありませんが、交易船がここで仕入れる食料品は若干価格が高いです。いわば迷惑料込みといったところですな」
国内とはいえ辺境の大河そばの小さな漁村などは何か起これば即座に切り捨てられるのが実情だ。それに賊に身を落とした連中の事情も漁民たちは理解している。明日は我が身という思いが彼らに対して徹底的に争うという気持ちを起こさせないのかもしれない。
【アルト様、ネコがいます。左前方の屋台です】
突然アオイの声が頭に響く。指示された方向には料理や酒を提供する屋台があり、商人やその護衛たちが新鮮な魚介類を使った料理と酒に舌鼓を打っていた。結構繁盛しているようで、食欲をそそる匂いが流れてくるが、そこに発見した。発見してしまった。
「ナマズの香草焼きお待たせニャ! 葡萄酒のおかわりはもうちょっとだけ待つニャ!」
外に置かれた簡素なテーブルの間をダンスでも踊るかのようにすり抜けていくエプロン姿の女性。しかもエプロンの下はメイド服のような服。何故メイド服のようなものなのかというと、メイド服にしては妙に裾が短く、しかもふりふりした装飾が施されている。さらにその胸元は大きく開いていて、動きに合わせて揺れる双丘の谷間が男たちの視線を釘付けにしていた。極めつけは黒い頭髪から顔をのぞかせている猫のような動物の耳。どうしてこんなところにいるのか理解が追いつかない。
【ネコミミメイド……なかなかの完成度ですね。まさか長い時の旅路の果てにここまで純粋に進化発展したネコミミメイドを見ることが出来るとは、このネコは侮れません】
アオイの評価がなぜか高い。そしてなぜか発見が早い。危険度が低いと判断しているのか、僕に対しての警告は少々遅い気もするが。
「あ! アルト! 探してたニャ!」
「何してるの、リタ」
僕を見つけた彼女は途端に表情をより一層明るくした。大きな瞳が期待に輝くと、その姿に目を奪われていた男たちは一斉に僕に向かって強い嫉妬の感情の籠った目を向けた。
「あれからずっと探してたニャ! もうアタシはアルトのアレが忘れられないニャ! もうアルトのアレ無しじゃ生きていけないニャ!」
「妙な誤解を生む言い方しないで!」
その言葉を聞いた男たちの視線に殺意のようなものが混じり始めたのを感じて、あわてて言い訳をする。断じて周りの男たちの考えているような関係ではない。もしこれが彼女の予想していた展開だというのなら、やはり魔将は恐るべき存在だ。
そう、以前に地下迷宮【地竜の住処】で出会った猫魔将リタがいたのだ。なぜか小さな漁村の屋台のウェイトレスとして。
リタさん再登場! ちなみにリタのメイド服は自作です。
読んでいただいてありがとうございます。