15.王都へ
エピローグ的なものです。
「うわあ! 風が気持ちいいです!」
「この船スクーアでも随一の河川航行船じゃからな! 王都までの移動には常にこれを使っておる」
「王都まではどのくらいかかるんですか?」
「だいたい二十日くらいだな、この時期は天候も安定しておるからもう少し早いかもしれん」
川面を抜ける風が太陽に照らされて少々暑くなってきた甲板を吹き抜けると、うっすらと汗ばんだ体を程よく冷やしてくれる。毛皮を身に着けているオルディアは日陰で舌を出して息を荒くしていたが、ようやく落ち着いてきたようだ。
『すずしいー』
「よかったね、オルディア。陸路だったらもっと暑かったと思うよ」
「陸路の場合は砂漠地帯を抜けることになりますからな」
僕らは今、スクーアの港を出て大河を下っている。本来なら陸路を馬車で進む予定だったのだが、辺境伯のご厚意で王都に向かう専用船に同乗させてもらったのだ。
「このまま川を下り、海へと出た後で王都を流れる川へと入ります。この船は辺境からの物資の運搬も兼ねておりますので、特別に王都の港の使用許可が下りているのです」
「辺境の品々は王都の貴族や豪商連中が大枚はたいてでも欲しがるからのう。ちなみにお前が倒したサイクロプスの素材も運んだぞ?」
「それでこの大きさですか」
今乗っている船はスクーアに入る前に丘の上で見た大きな船だ。だが実際に近くで見て、さらには乗船してみるとその大きさが実感できる。辺境伯の屋敷よりも大きい船はたくさんの船室があり、その室内も舟とは思えないほど立派なものだった。
「食堂や浴場まであるなんて信じられません」
「長旅になることが前提だからな、このくらいは当然だろう?」
食堂では専属の料理人が腕を振るい、いつもと変わらない食事を楽しむことが出来た。浴室はさすがに屋敷の大浴場と同じではなかったが、それでも船の中とは思えない広さだった。
「このために魔法に長けた者を数多く雇い入れておる。この船の動力も水魔法と風魔法の複合じゃ。詳しいところは秘密だが」
「それで船内でも自由に水が使えるんですね」
水が自由に使えるなんて旅をしているとは思えない快適さだ。だが一番驚いたのはこの船の大きさにだった。なにしろ屋敷よりも大きいというのは船の上物だけで、船倉部分は含まれていない。上物だけでも巨大な船の船倉がどれほど大きいかと言うと……
「まさか馬車を馬ごと入れても全然余裕があるなんて……」
「運搬船も兼ねておると言っただろう? 辺境でも随一と言われるスクーアの交易量を甘く見るでないわ。あの程度の馬車など食料備蓄庫でも余裕で入るわ!」
ちなみに馬を飼育するための馬小屋まであるというから驚きだ。そして何故辺境伯がこれほどの好待遇で乗船させてくれたかというと……
「アルト、今回お前に同行してもらうのには理由がある」
突然辺境伯が声を潜めて言う。辺境伯が態々王都まで出向くということはめったにない。主に領地でガルシアーノからの連絡を受けて行動しているためだ。だが今回の王都行きが急遽決まったということは、王都に行かなければならないほど重要な事案が発生したということだ。その事案というのはもちろん……ルーインのことだ。
「今回、強引に船旅を誘ったのは、相手の出鼻を挫くという意味合いが強い。この船は積載量も多い、そして今回は交易品の類はほとんど載せておらん。その分食料を多く積んである。よほどの遠回りをしても問題ない」
「……つまり、その間に敵の出方を窺うと?」
「うむ、船旅というものは便利なものでな、そう簡単に攻め込むことが出来ん。この船に仕掛けるとなればそれ相応の船でなければならん。それほどの船が所有者を特定できないということはあり得ん」
そう、ここは広い大河の上。襲撃しようにも船がなければ近づくこともできない。泳いでくるということも出来ると思いがちだが、水中には獰猛な水棲の魔物がひしめいている。泳ぐ人間などエサにしかならない。
「それにな、もぐりこんだネズミがいずれ尻尾を出す。ルーインと襲撃者たち、そしてアレはそのための撒き餌だ」
辺境伯がにやりと笑う。アレというのはもちろん……
「魔将ですか?」
「うむ、あれほどの素体、完全な状態で出回ればどれほどの価値になるかわからん。こんないい手土産はないだろう? こちらにとっても、奴らにとっても」
魔将ヤムの遺骸は辺境伯の一声で王都に運ばれることになった。だが正確に魔将とは明言していない。ただ非常に稀少価値のある素材が完全な状態で手に入ったので献上したいと連絡しただけだ。だが敵対勢力にとってはこれほど美味しいものはないだろう。
「この船の戦力は決して低くは無いが、争い事に絶対というものは存在せん。そのためにもお前の力を貸してほしい」
「……僕も撒き餌の一つ、とは言わないんですね」
「お前を撒き餌扱いすることはできん。一連の事件の証人である以上、お前は警護対象だ。そのために乗船させたんだ」
それにお前はスクーアを救った英雄だからな、と辺境伯は笑う。さすがに辺境伯となれば色々と裏で画策していることもあるということか。この笑顔もどこまでが本当なのか計り知れない。
「アルト殿、そう深く考えないほうが得策です。まずはこの船旅を楽しむことを前提ししてはいかがですか?」
「そうですね、襲撃なんてそうそうあるものではないでしょうから」
王都までおよそ二十日間、庶民や一介の冒険者では絶対に味わうことが出来ない経験をすることになる。ならば思い切って楽しんでしまおう。今まで色々なことがありすぎて心が休まる時間も少なかった。ちょっと羽根を伸ばしたっていいかもしれない。そう心に決めてやや気が楽になった僕の頬を風が優しく撫でていく。
これで七章は終わります。
読んでいただいてありがとうございます。