異例の首席挨拶
入学式は、つつがなく進行しました。
新入生は学園長に一人ずつ呼称され、緊張した面持ちで歩いていきます。
「見ているこちらがドキドキですねっ、フランソワ様」
「ええ、本当に」
わたくしの隣に座っているのは、メランダ=クリフトさん。
今年から同じCクラスということで、先ほどわたくしに話し掛けてくださったのです。
メランダさんは、新しいクラスでは初めての友人です。
ぜひ、仲良くさせていただきたいと思っております。
「でも、上級貴族の子たちは流石ですわね」
新入生の中でも、一部の上級貴族の子たちは、それと一目で分かる洗練した動きを見せていました。
昨年のわたくしは、こんなに堂々と歩けていたのでしょうか。
もう、ずっと昔のことのようで、詳しくは覚えていません。
思い出すのは不安と緊張。
そして同時に、確かな希望を抱いて入学式を迎えたということです。
分不相応。夢見がち。愚か。
そう言われても、今や全く反論できません。
わたくしは、今朝の出来事と合わせて、今日何度目か分からない溜息をつきました。
「あぁ、私も溜息が出てしまいますっ」
メランダさんの視線は舞台上に釘付けです。
そして、彼女はわたくしの溜息をいいように勘違いをしているようです。
というのも、たった今、
ちょうど、生徒会長による新入生歓迎の挨拶が始まったところでした。
堂々とした佇まい。
凛とした声の響き。
思わず、聞き入ってしまいます。
「あのお方が、マクレール=ラスト様っ…… 」
メランダさんはポーッと顔を赤くして、思わずといったように呟きました。
彼女は少しミーハーなところがあるようです。
ただそれも、不思議なことではありません。
マクレール様のゾクゾクするほどの美しさ。
あの、ある意味妖艶な雰囲気を目の当たりにすると、わたくしも見入ってしまいそうです。
ラスト公爵家の長男、つまり最高峰の家格。
おまけに、抜きん出た美貌と優秀さを兼ね備え、生徒会長をされているマクレール様。
貴族令嬢の憧れと尊敬を一手に集めるのも、納得の一言です。
マクレール様によるご挨拶が終わり、拍手が今まで以上に大きく聞こえるのは気のせいではないのでしょう。
見事なご挨拶でした。
次は、新入生代表の挨拶の番ですが、この後というのは可哀想でした。
「続きまして、新入生挨拶。新入生代表、レイモンド」
この瞬間、おそらく広間中の皆が、強い違和感を覚えたことでしょう。
「はい!」
その元気のいい返事には、薄っすらと緊張が含まれているのがわかりました。
同級生の多くは声変わりしているので、久しぶりに聞いたボーイソプラノのその声。
広間の全員が注目しました。
一瞬の静寂。
それは途端に崩壊し、そこら中でざわめきが起こりました。
「フランソワ様、あの子、もしかして平民ですかっ?」
「ええ…… そのようね…… 」
今のメランダさんとの会話と似たようなやりとりが、広間のあちこちでされていることは想像に難くありません。
苗字があることは、貴族の証です。
裏を返せば、苗字無き者は貴族ではないということ。
先ほどは確かに、苗字を呼ばなかったように聞こえました。
「ロズワルト公爵家や、クフィート侯爵家を差し置いて、首席をとったっ? 平民が!? 」
メランダさんは、何やらショックを受けている様子です。
正直、わたくしも大変驚いています。
大貴族の子らは、幼い頃から厳しい英才教育を受けるものです。
くわえて、大貴族の血統。
受け継ぐ魔法の才能も、普通は並の魔法使いの比ではありません。
座学と実技。
両分野に置いて隙はなく、特に入学時には、他の生徒とは一線を画します。
このわたくしでさえ、入学時はAクラスに抜擢されたのですから、そのアドバンテージはかなりのものです。
したがって、学年首席として、新入生代表の挨拶を務めるのは大貴族の令息というのも恒例化していました。
少なくとも、平民の子が首席というのは、前代未聞です。
「こんなのは不当だ! 何か汚い手を使ったに決まっている!」
「そ、そうだ! 平民ごときが、俺たちを代表するのは納得がいかない!」
「平民のくせに、でしゃばるな!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
最初の一人を皮切りに、汚い野次が飛びまわります。
この学園で、不正が通用するとも思えませんし、わたくしはむしろ首席の彼を賞賛すべきだと思っています。
正直、聞くに耐えません。
『静粛に!!!』
学園長が、おそらく風の魔法を使って、大音量で注意を促されました。
野次は収束していきましたが、彼らには、学園の品位を落とすような真似は控えて貰いたいものだと強く思います。
「ゴホン、ゴホンッ。えーっ、おはようございます。この春の良き日に--」
挨拶が始まりました。
先ほどまで野次が飛んでいた中で、速やかに始めたあたり、図太いというか、肝が据わっているというか……
…… いえ、どうやらそういうわけでもないようですね。
彼は単純に、緊張していて、そんなことは頭に無いのでしょう。
暗記してきた文章を、何とか伝えようとしていることが伝わってきます。
先ほどの完璧とも言える生徒会長のご挨拶と比べると、緊張で早口になっていたり、噛んで詰まったり、決して上手な挨拶とは言えませんが、彼なりに一生懸命なところに好感が持てました。
ただ、 メランダさんはどうやら、平民の彼のことを良く思ってないようです。
苦々しい表情で、睨んでおられましたから。
わたくしは、今度こそ溜息を吐くのを堪えました。
メランダさんと本当の意味でお友だちになれる日は、まだまだ先のことなのかもしれません。