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入学式の朝

「おはようございます、フランお嬢様」


侍従のニコルの声で、私は目が覚めました。

いつもなら、起こされる前には目を覚ましているのですが、どうやら体に疲れが残っているようです。


「ふわぁ…… おはよう、ニコル。ごめんなさい、少し寝すぎてしまったみたいですね」


「いえ、いつものフランお嬢様が早すぎるだけですわ。今日は大切な日ですから、準備に時間がかかると思い、お眠りのところ声を掛けさせていただきました」


今日は、学園の入学式の日です。

今日からまた学園生活が始まると思うと、楽しみでもあり、憂鬱でもあります。


「ニコル」


「はい、なんでしょうか」


「今日からまたよろしくお願いしますわ」


「はい! こちらこそ、よろしくお願い致します」


ニコルは、わたくしには勿体無いほどよくできた侍従です。

本当に、わたくしは恵まれています。


わたくしは、ニコルに手伝ってもらいながら身だしなみを整え、朝食の席へと向かいました。


「おはよう、フラン」


「お、おはようございます。お兄様」


そこには、既にお兄様とお姉様が座っておられました。


「お兄様がお待ちですよ。フラン、少し遅いのではなくって?」


「申し訳ございません、お兄様、お姉様」


わたくしに気が付かれたお兄様は、優雅な所作で立ち上がられました。


「あぁ、気にしなくていいさ。今日は急に王都へ出向く用事ができてね。でも、フランの顔を一目見たくて待っていたんだ。」


「そうだったのですか! お待たせしてしまって、申し訳ございません」


わたくしは、慌てて謝罪しました。


「いや、本当に気にしないで。それに、見送りはいいよ」


「ですが…… 」


「見送りに来られると、寂しくて、僕は離れたくなくなってしまうよ。フランにしばらく会えないと思うと、悲しいんだ。去年までは、会おうと思えば、いつでも会えたのにね」


「…… お兄様」


お兄様は昨年、学園を見事Sクラスの次席で卒業されました。

今では、王都で働かれています。


「まぁ、お兄様ったら、フランにばかり甘いんですから! それに、わたしには会えなくても寂しくないですの?」


「ハハハッ、ごめんよ、クレア。クレアに会えないのも寂しいよ」


お姉様とお兄様は、大変仲がよいのです。

もちろん、わたくしもお兄様をお慕いしています。


「二人とも、学園でも元気でね。それじゃあ、行ってくるよ」


「「いってらっしゃいませ、お兄様」」


わたくしとお姉様は、手を振ってお兄様とお別れをしました。

わたくしも、一年もお兄様と会えないのは寂しいです。


そこへ、ちょうどお兄様と入れ違うようにして、お父様がお見えになられました。


「おはようございます、お父様」

「おはようございます」


「うむ、おはよう」


お父様がわたくしと目を合わせて下さらないのは、おそらくわたくしの気のせいではないのでしょう。

あれ以来、お父様とは気まずくてほとんど会話していません。


「クレア、いよいよ今日から学園が始まるね。期待してるよ」


「はい、精一杯頑張らせていただきますわ」


クレアお姉様は、昨年はSクラス首席の成績を挙げられました。

卒業されたお兄様も、Sクラスの次席という素晴らしい成績でしたが、クレアお姉様はそれ以上の成績を期待されていました。

そして、お姉様ならお父様のご期待に応えられることを屋敷中の皆が、口に出さずとも確信していました。


お兄様やお姉様のお姿を見て、学園が始まる前には、わたくしも根拠なくSクラス首席の座を夢見ていましたが、今となっては余りにも分不相応な夢です。


「フランソワ」


「は、はい!」


お父様はお姉様のお言葉に鷹揚に頷くと、ふと気付いたようにわたくしに声を掛けられました。

お父様がわたくしに話し掛けられるのは、珍しいことでした。

わたくしは緊張して、少し返事が固くなってしまいます。


「くれぐれも、留年などはせぬ様に。もしも留年するようなことがあれば、お前はもう侯爵家の人間ではない」


お父様の目は本気でした。

その瞳は、わたくしの方を向いているようで、わたくしのことを見ていないような気がしました。

分かりきっていたことですが、お父様はわたくしに、一切の期待を掛けていらっしゃらないことを再確認した思いでした。


「はい、肝に銘じます」


わたくしは気分が悪くなって、空っぽの胃からこみ上げてくるものをぐっとこらえました。



☆★☆★☆★☆★☆★



学園へと向かう馬車の中で、わたくしは考えていました。


親は無条件に子を愛するものだと、聞いたことがあります。

しかし、だとするならば、わたくしはお父様に愛されているのでしょうか?


もちろん、食べるものや着るものが無くて困ったことなど生まれてから一度も記憶にございません。

それらは全て、お父様がわたくしのために用意してくださったものです。

ですから、お父様はわたくしにも平等に機会を与えて下さっているということは理解しているつもりですし、感謝しています。


ですが、わたくしはお父様のご期待に答えることができていません。

そのようなわたくしを、お父様は一体どのように思われているのでしょう?

お父様が愛しているのは、お兄様やお姉様だけで、わたくしはただの穀潰しのように思われているのでは、と考えると、耐えられないほど惨めな気持ちになってしまいます。


お父様は、「結果」を見て物事を評価されます。

わたくしは、それが正しい評価であると思う一方、その「過程」を評価してはくださらないことに、不満を感じたことがないと言えば嘘になります。


お兄様やお姉様が努力しておられるのは、わたくしもよく存じております。

その努力が実って、お二人とも輝かしい成績を挙げられました。

お父様も、お二人のことを評価され、「おまえを誇りに思う」とおっしゃられました。

その言葉は、わたくしにとって、喉から手が出るぐらいほしいものでした。

そして、わたくしが今まで一度も、あるいはこの先も永遠に、得られないものでした。


一年間の学園生活を送って、結果的にCクラスに降格して、わたくしは身に染みて分かりました。

どうやらわたくしには、お父様や他の人たちの期待に応えることはできないようです。


それでも、わたくしは諦められませんでした。

ここで諦めたら、わたくしが今までやってきたことが全て無意味になってしまいます。

その方が怖かったのです。


この春休みの間、わたくしは家庭教師の先生にご協力いただいて、徹底的に戦闘訓練をしました。

訓練は、わたくしの想像を絶するほどに辛いものでしたが、乗り越えた今となっては、やって良かったと思えるものでした。

この経験があれば、2年生では落ちこぼれずに何とかやっていけるかもしれないと、少しは前向きに考えていました。


しかし、たった今のお父様のお言葉は、わたくしの心を再びどん底に突き落とすのに十分なものでした。


わたくしは、急に怖くなってしまいました。

いくら頑張ったところで、昨年、あれだけやってAクラスからCクラスに転落したわたくしが、今年留年しないとは言い切れません。


そして、留年も怖いですが、お父様がそれを本気で仰っていることに動揺が隠せません。

お父様にとってのわたくしは、その程度の価値しか無いということです。


「うっ…… 」


「大丈夫ですか、フランお嬢様!?」


そう考えると、猛烈な吐き気に襲われました。

ニコルが心配しながら背中を摩ってくれます。


わたくしは、最悪の気分で二度目の入学式を迎えることになりそうです。

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