圧倒的拡散力
渡辺コウキは本当に私を待っていた。
部活が終わる時間はどの部も大体同じなので、教室には生徒が沢山。
そんな中、私の席に座って待っていた彼は教室に戻った私を見るなり走り寄ってきて「おかえりー!」と言いながら私を抱き締めた。
「!!!」
私が固まる。近くにいたクラスメイトも固まる。
それに連鎖するように、じわじわとクラス中の視線がこちらに向けられていくのを感じた。
さっきまでざわついていた教室が静寂に包まれる。
誰かが尋ねた。
「え、なに、お前ら……付き合ってんの?」
その問いかけに、彼が私を抱き締めながら「うん!」と言った瞬間、さっき以上のざわめきが教室を埋め尽くした。
噂が広まるのに時間はかからなかった。
次の日には学年中が知っていた。
渡辺コウキの噂は有名で、友達には散々心配された。
一部仲の良い友人には付き合う事になった理由を説明したけど、興味本位でたかってくる面々に一々説明するのは面倒なので「本当に付き合ってるの?」の問いに対しては「うん、まぁ」とだけ返事をしておく事にした。
「あー…、よくもまぁ人の恋愛にあーだこーだと」
「まぁねぇ、恋愛ネタって一番関心ある話題だしねぇ」
朝から質問攻めで疲弊しきっている私の向かいでイタズラな笑顔を見せているのは私の隣の席で同じ部活、そして私が渡辺コウキと付き合った本当の理由を知っているアスカだ。
「…面白がってるでしょ」
「いやぁ~?そぉんな事ないよ、ぜぇんぜん!」
その言い方が既に面白がっている。
はぁ、とため息をつくと、ごめんごめーん!なんて軽すぎる謝罪が聞こえた。
「でもさぁ、言わされて付き合っただけならスグ別れちゃえばいいんじゃん?」
「そのつもり。本当は今日やっぱナシって言うつもりだったけど、なんか周りが盛り上がっちゃってるし落ち着いてからのがいいかなって…」
「あー、まぁ、昨日付き合いましたで今日別れました、だとまた色々うるさそうだよねぇ」
「でしょ?……あー、なんで私なんだろ。本っ当わけわかんない!」
「案外本気なのかもよー?………とか言ってたらホラ、来たよ。」
アスカの視線の先には渦中の人物、渡辺コウキ。
アスカだけじゃない、クラスの殆ど(特に女子)の視線が一点に集中するのがわかる。
そんな状況にも関わらず、相変わらずヘラヘラしながら私に手を振った。
その瞬間、「ホラやっぱり!」とか「キャー!本当にそうなんだ!」とかいう囁きがどこからともなく飛んできた。
「アンナ、今日も一緒に帰ろ。」
私が激しくうんざりした顔なのは気にしない方向で、また帰りの約束を取り付けてくる。
それよりも…
「私の名前知ってたんだ。」
「当たり前じゃん!」
「知らないと思ってた。」
「名前も知らないのに告白する訳ないでしょー!」
……それって、名前さえ知ってれば告白するって事?
と聞こうとしてやめた。
私はこの男に興味ないし、そんな事聞く意味もない。
「……あー、ごめん、今日アスカと一緒に帰るから無理」
「あっいいよいいよぉ、彼氏と一緒に帰りなよぉ~!」
……この裏切り者。
「えっ、本当?ごめんね佐藤さん!ってことで、今日も部活終わるの待ってるから。」
恨めしそうにアスカを睨む私の頭をクシャッと撫でると手をヒラヒラさせながら行ってしまった。
「良かったねっ!」
「良くないって…何してくれてんのアンタ」
「エヘヘ!」
「いや褒めてないから…」
結局、また一緒に帰る事になってしまった。