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第8話

 対抗意識を燃やされたとは知らない華青は、後ろ手をついてだらしなく両足を投げ出し、話しを続けた。

「そしたらあのおっさん、城の兵士全員に勝ったら自由にしてやるって言うからさ、その話に乗ったってわけだ」

「全員って……」

「どれだけいるか知らないけど、ひとりずつ潰せばできないこともないだろ?」

 数もさることながら、上から下まで実力の差は甚だしい。それをわかって軽く言っているのだろうか?

「でも、禎那様もそうだけど、副隊長とか隊長補佐とか部隊長とか、手強い人たちもたくさんいるぞ?」

「それはわかってるさ。だから腕慣らしも兼ねて下っ端から倒してるんだけど、調子よく潰してる途中でアイツが乱入してくるんだ」

 怒りがぶり返してきたのか、急に目つきが険しくなった。

「三回邪魔されて三回とも負かされた。何なんだ、アイツ。バケモノか?」

 いくら華青といえども、ちょっとやそっとで近衛隊長に勝てるわけがない。勝ってしまったなら、それはそれで大問題である。

「だからさ、大人しく禎那様についていればいいんだよ。華青ならきっとよくしてもらえるよ。禎那様直々に剣の稽古もつけてくれるかもしれない」

 羨ましいな、とちょっとだけ思った。が、華青は思い切り跳ねつけた。

「嫌だ! 誰があんなおっさんの部下になるか! いいからアイツの弱点を教えろ!」

 華青は目を吊り上げて三杉に飛び掛かり、胸倉を掴んで揺さ振った。

「く、苦しい……華青、苦しい……」

 三杉に禎那を見ているのか、コノヤロウ、と悪態を吐きながら、ギリギリと締め上げた。



 ◇



 我ながらよくできた。案外、芸術の面に向いているのかもしれない。


 三杉はひとりほくそ笑みながら、満足気に完成した世界地図を眺めた。

 仕事の合間や寝る前の数時間を地図の製作に当て、今日で五日目だった。乱入しては地団太を踏む華青を宥めすかし、凝り固まって上がらない肩を揉み解し、座りっ放しで伸びない腰を庇いながらよたよたと歩く姿をジジクサイと言われながらも、ついに世界地図は完成した。

 これを見て破流姫は何と言うだろうか。よくやったとか、上手く描けているなとか、何か労いの言葉があれば感慨もひとしおだが、恐らくは軽く流して次の宿題を押しつけるだろう。


 自分で満足できる仕上がりなのだから、それでいいじゃないか。


 三杉はひとつ頷いて後片付けを始めた。

 破流姫の授業が終わるまでまだ時間はある。これが終わったらお茶でも飲んでひと息入れようと、気持ちにも余裕が出た。


 しかし、そううまく事が運ぶわけもなかった。


 扉が控え目に叩かれ、何の疑いもなく開けた。年若い近衛兵だった。

「どうしました?」

 近衛兵が訪ねてくるなど珍しい。破流姫に付き従っている三杉に、兵士たちと親しくする余裕はなかなかない。時折剣の相手をしてもらっていたが、それも段々と少なくなり、今では挨拶をするか、何かの折に立ち話をする程度だった。

 ご相談が、と辺りを憚るように声を押さえて言った兵士を部屋の中へ促したが、両手と首を振って辞退された。

「あの、城門前に人が……姫様にお会いしたいと、ガラの悪い集団が……」


 ガラの悪い……。


 ありえない訪問客に思わず言葉が詰まった。

 なぜそんな者たちが破流姫に会いたいのだろうか? どこで知り合ったというわけでもないだろうに。知り合えるはずもない。王族の姫君とガラの悪い集団となど。


「その人たちは何を……どうして姫様とお会いしたいのでしょうか?」

「何でも、頼まれを持ってきたとか」

「頼まれ物? 姫様が頼んだのですか?」

「よくはわからないのですが、それを渡す代わりに姫様に会わせろと」

 何とも強引な取引だ。得体の知れないもののために、破流姫を差し出すわけなどないのに。

「何を持ってきたのですか?」

「わかりません。何だか話が通じなくて」

「え……その人たちは一体どういう人たちなんでしょう?」

「それもよくは……すみません」

 彼が悪いわけではないだろうが、肝心なことが何もわからず、兵士は恐縮して小声で謝った。

 わかっているのは、何かを持って破流姫を要求していることだけだ。

「なぜ姫様にお会いしたいのか、持ってきたものが何なのかわからないのでは、姫様に会わせるわけにはいきません。お帰りいただいて下さい」

 訪問客があるのなら事前に知らされているはずだ。それがなかったのだから帰してしまっても問題はない。

 そう判断したが、兵士は殊更声を潜めて驚くようなことを言った。

「ですが、どうも人質を連れているようでして……」

「人質!?」

 裏返った自分の声に驚いて、三杉は口を手で塞いだ。


 人質とは穏やかではない。きっとあってはならない反乱が起きたに違いない。

 誰がそんな荒事を企てたのか。破流姫はもとより、国王も他人から憎しみを買うようなひとではない。破流姫を引き出して一体何を企んでいるのだろうか。


 三杉の脳裏にふとひとりの男の姿が浮かんだ。

 まさか隣国の第二王子? こっ酷く罰を与え過ぎて、その腹いせか。それともまだ破流姫を手に入れようと画策しているのか。


 サァッと青褪めた三杉に、兵士は恐る恐る言った。

「どうしたらいいでしょう? 人質がいる以上、無下に追い返すわけにもいきませんし、かと言って姫様にお知らせするのも危険ですし。それで三杉さんに相談しようかと」

 破流姫に言えばすぐさま飛んで行ってしまうに違いない。三杉にはしばしば冷たいが、根は優しいのである。危険とわかっている場に飛び込ませるなど、三杉にできるはずはない。

「人質は無事なのですか?」

「何かを叫んでいたようですが、男に口を塞がれてよくは聞き取れませんでした。どうやら少女のようです」

 その少女の身が心配だ。このまま手をこまねいていては危険が増すばかりだろう。

「禎那様は?」

「隊長は集団と睨み合ってます。交渉しようにも、姫様に会わせろの一点張りで埒が開きません」

 少女は助けたいが、代わりに破流姫を差し出すなど以ての外だ。どうすれば二人とも救えるのか、三杉はものすごい勢いで考えた。

「あの、やっぱり姫様にお知らせした方がいいでしょうか?」

 おずおずと言った兵士の台詞を、三杉はきっぱりと押さえた。

「いいえ、いけません。代わりに私が行きます」

 破流姫のそばに仕えている者として、何か役に立つかもしれない。


 甚だ心もとない根拠だったが、三杉は兵士と共に駆け出して行った。



 ◇



「扉をすぐに閉めました。あの向こうに隊長たちがいます」


 いつもは開け放して、来るもの拒まずといった風情の大扉も、兵士の言う『ガラの悪い団体』があまりに不審過ぎたのか、ピタリと閉じられていた。

 何の物音も聞こえてこないが、どこかしら緊張した雰囲気が漂っているように感じた。

 こちら側で様子を窺っている兵士数人が、三杉に気づいて道を開けた。救いを求めるような目で見るので、三杉も俄かに緊張が増す。

 この場をうまく制することができるだろうか? 人質を救い、破流姫を守り、何事もなく厄介な訪問者たちを追い返すことができるだろうか? 役立たずを自認する体たらくで、そんなに都合よくできるとは到底思えないが、だからと言って尻込みするほど腑抜けたつもりはない。破流姫を守るためならどこへでも飛び込んで行く覚悟はあるのだ。


 よし、と心の中で小さく気合を入れ、兵士たちが開けてくれた扉の細い隙間から身体を滑り込ませた。

 現れた三杉を、何重にもなって行く手を遮っている近衛兵たち、押しかけた怪しい男たちが注目した。

「三杉、姫様は?」

 先頭の禎那が、ちらりと後ろに視線をやっただけでそう訊いた。

「お知らせはしてません。とりあえず私が様子を窺おうかと」

「それでいい。姫様のお耳には入れるな」

「ところで、状況は?」

 こう着状態は見て取れた。こちらも相手も睨み合ったまま一言も発しない。緊迫した空気が漂っていた。

「何を言っても聞く耳持たん。届け物だの、姫様を出せだの、訳が分からん」

 そう言った禎那の言葉に被せて、手前の男が口を開いた。

「おい、お前、三杉じゃねぇか?」

 名前を呼ばれたことに驚いて、よくよく男の顔を見た。

 頬にうっすらと長い傷があり、額に布を巻いて赤茶けた長い前髪を目にかからないように避けている。


 確か汗止めにも丁度いいとか言っていたような……。


「ジェイク?」

 見覚えがあるどころか、良く知っている男だった。

「おうよ。お前、こんなところで何してんだ?」

「何してんだって……それはこっちの台詞だ」

 張りつめた神経が一気に緩んだ。そのまま膝まで折れそうになったが、ふらついただけで堪えた。

「生きてたのか、三杉」

「今まで何やってたんだ?」

「突然消えてどうしたよ?」

 前の方から三杉の名が上がると、後ろへ向かって次々に伝播して行った。

 目の届く範囲までざっと見渡すと、全員が馴染みのある顔だった。

「知り合いなのか、三杉?」

 やや警戒を解いた禎那が三杉に訊ねた。

 こんな大騒ぎを引き起こした男たちと知り合いであると言うのが憚られたが、嘘の吐けない三杉はあっさりと認めた。

「全員、昔の馴染みです。お騒がせしてすみません……」

 禎那はほっと力を抜き、小さくなる三杉の肩を大きく叩いた。

「危険がないならいい。ここはお前に任せるから、こいつらの言い分を通訳してくれ」

 破流姫であれば怒鳴られていたところだ。それを覚悟して身を固くしたが、思いもよらない許しの言葉をかけられ、感激して泣きそうになった。

「禎那様……」

「俺ではずっと平行線だ。何を言いたいのかさっぱりわからん」

 禎那はお手上げだと言わんばかりに緩く首を横に振った。


 禎那の優しさに報いるべく、三杉は大きく息を吸って目の前の男たちに向き合った。


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