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第3話

 うむ、と王の唸る声が聞こえた。さすがにこんな提案は黙っていないだろうと、ちらりとその表情を見遣れば、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

 やや期待を込めて言葉を待った。


「それは私も考えないでもないが……」


 考えないで下さい! という叫びが競り上がったが、喉に引っ掛かって咽た。


 どこの世界に娘に既成事実を作らせる親がいると言うのだ。そして何のために既成事実が必要なのだ。政略的な結婚を拒否して愛する人の元へ走るために、と言う話を聞いたことはあるが、破流姫の場合は政略どころかまったくの自由意思だ。しかも伴侶に決めた三杉の意思など完全に無視である。既成を必要とするのは破流姫ではなく、逃げ腰の三杉に、だ。


 そこまで考え至って、三杉は大いに照れて、大いに怖くなった。


「やはりそこは、成り行きに任せた方がいいのではないか?」

「成り行きですか」

 三杉の動揺など知る由もなく、王と執政官は淡々と既成事実について話を進める。

「三杉にその気がなければ既成も何もないだろう?」

「あぁ、確かに。三杉は生真面目な男ですからね。その辺は考えもしないでしょう」

「そういうことだ。まぁ、あればあったでそれに越したことはない。責任を取らせて確実に婿にもらう」

「王様のご期待に添えるように、私共も手を尽くしましょう」

「頼んだぞ、揮世」

 王と執政官はフフフと笑い合った。


 当人を前に大っぴらな悪巧みである。

 破流姫の結婚を喜ぶというより、三杉を逃すまいとする策略を巡らせているだけのようだ。


「私は万が一の場合に備えて、御子の準備もしておきます。乳母に侍女に、あぁ、まずはお部屋を用意しなくては」

「孫の名は私が付けてもいいだろうか? やはり父親が付けるべきか? 破流の名は私が付けたのだ。先代の王はすでにいなかったからな。どうだろう、三杉?」

「え……わ、私は、あの……」

 急に話を振られて声が裏返った。

 子供とか既成事実とか、それ以前に結婚話など聞いていないと言いたかったが、動揺してうまく言葉が出てこない。

 三杉が何かを答える前に、破流姫が言葉を奪い取ってしまった。

「それは後々ゆっくり話し合いましょう、父上。子供が生まれるかどうかもわかりませんから」

「何を言う! そなたたちにはたくさんの子をもうけてもらいたいのだ。私には破流しかいなかったからな。孫に囲まれて余生を送るのが私の夢なのだ。それをきっと、亡くなった伽耶かやも望んでいる」

 ここで急逝した王妃の名を出すのはずるい、と三杉は思った。王妃を引き合いに出しては、三杉に嫌と言う余地がなくなってしまう。かと言っていいとも言わないが。

「父上の夢を叶えて差し上げたいとは思いますが、それこそ成り行きに任せませんと、何ともしようがありません」

「そうだ、そなたの言う通りだ」

 王は執務机に寄りかかったまま、破流姫へ手を伸ばした。破流姫もその手を取るべく歩み寄った。

「だが、少しは期待してもいいだろう?」

 華奢な白い手を王の大きな手が包む。慈しむように撫でると、白い手は大きな手をぎゅっと握った。

「父上のために精一杯頑張ります」

 健気な言葉だが、またも三杉の意思は彼方へ追いやられていた。

 そのせいか、どこか他人事のようにこの親子を見ている三杉であった。


「さぁ、これからとてつもなく忙しくなります」

 どこか遠くを見ながら執政官が指折り言った。

「各国への招待状、式の段取り、姫様の御衣裳、披露宴のお食事、お客様をお迎えする準備、それから……あぁ、やることがたくさんあります。まずは三杉、懇意にしている方々の……はっ、私としたことが! 本人に式の準備をさせてどうする!」

 執政官は皺の深くなった額をぺちりと叩いて、自分自身にツッコんだ。

 もはや三杉は反論する意思もなく、誰のことを話しているのかさえわからなくなってきていた。


「すげー。王様すげー。三杉を婿にとか、凄過ぎる」

 唖然として無遠慮に言い放った華青に、王は特段咎めもせずに言った。

「何が凄いのだ? 好き合った者同士、そうと望めば一緒になって当たり前ではないか」

「ですが、三杉では身分が釣り合いません。それに、姫様は国と国を結ぶ方なのでは?」

「そなた、破流をよその国に人質に出せと言う気か?」

 王が憮然として言うと、華青は慌てて首と手を一緒に振った。

「いいえ、違います! そういうことではなくて、世のお姫様たちはそうしているなぁ、と……」

 ふむ、と一言唸って、王は破流姫の肩に流れた髪をそっと払った。

「そういう事例は山ほどある。それが世の習いでまかり通っていることも事実だ。しかし可愛い一人娘をつまらない男のもとに嫁がせるなど、国民が許しても親の私が許さない。三杉の身分が何だと言うのだ? そんなもので人間の良し悪しが決まるものではない。破流が望むならどこぞのごろつきでも構わぬ。位が必要なら与えるまでだ。よそはよそ、うちはうちだ」

 そうも言っていられないのが国王ではないかと三杉は思うのだが、華青はすっかりこの王に傾倒してしまったようだ。

「かっけー! 王様、やっぱすげー!」

 目を輝かせて興奮気味に叫んだ。ひどく感動しているのはわかるが、あまりにも無遠慮過ぎる。目の前に立つのは友達でも同僚でもなく、国を統べる王なのだ。その王に対する畏敬の念が微塵もない。

 三杉は眉を顰めて口を開いたが、肝心の王が鼻高々といった風情で得意気に言葉を攫った。

「そうだろう、そうだろう。私はこれでも王だからな」

 どこからどう見ても立派に王なのだが、その中身は少々異質である。この親にしてこの子あり、とはよく言ったものだ。


 三杉は何だか目眩がするような気がして、片手で両目を覆い、項垂れて溜め息を漏らした。


「のぅ、三杉」

 王はご機嫌な様子で問うた。

「何がそなたの気持ちを変えたのだ? あれだけ断固として辞退していたのに。あ、いや! 責めているのではないぞ。単なる好奇心だ」

 何がも何もあったものではない。今初めて聞いた話を、とりあえず納得の行くように説明して欲しいのは三杉の方なのだ。

「いいえ、王様、私はそのようなこと――」

「父上」

 三杉の否定の言葉を、破流姫の凛とした静かな声が遮った。

「三杉は意を決してくれました。ですからもう、何を、どう言っても、聞く耳は、持ちません」

 なぜだか破流姫は最後の文章を短く切って強調し、意味有り気に言った。

「心配せずともよい、破流。何も咎めようと言っているわけではない。この話を一番嬉しく思っているのは父なのだから」

 国王も破流姫の言葉の意味に気がつかない。恐らく結婚式の段取りで頭がいっぱいの執政官も、感動で目を輝かせている華青も。しかし半分傍観者の三杉にははっきりと伝わった。


 泣いて許しを乞うても聞く耳など持たない。


 破流姫が三杉に突きつけた最後通牒だ。泣くほどのどんな恐ろしいことが待っているのかと、あのときは血の気が引いたのだが、こういうことだったのか、と納得した。納得して、そして無駄に足掻いた。

「王様、私は何も――」

「さぁ、旦那様。旅の疲れを癒して、今後のことをゆっくりと語らいましょう」

 この無茶苦茶な話を王から正してもらおうという、三杉の淡い期待は瞬時に、いとも簡単に壊された。

 破流姫は宣言通り、聞く耳は持たないらしい。


 むんずと男二人の腕を掴むと、

「では父上、これで失礼します」

 と執務室を後にした。


「破流。今夜の夕食を共に。三杉と華青も同席しなさい。旅の話をいろいろ聞きたい」

 話せるものがあるのかと心配する三杉とは対照的に、華青は一言弾んだ返事をした。



 ◇



「あー、満腹、満腹」

 三杉の私室で、三杉の寝台に、華青は転がった。


 華青のための客室を与えられたにもかかわらず、真っ直ぐにそちらへは帰らず、料理のひとつずつを挙げていかに美味しかったかを力説しながら、三杉と共にこの部屋へやってきたのだった。


「さすがに王宮のメシは美味いな! 昔、王宮の庭造りに行ったことあったけど、あれはこんな豪勢なメシじゃなかったなー。ま、あれもすごく美味かったけど」

 過去の仕事の話だろう。三杉はやったことはなかったが、ギルドには土木作業の依頼もある。剣の持てない者はこういった仕事をするのだが、ギルド公認のクラス保持者となるにはこういったものも種類を問わず請け負い、こなして行かなくてはならない。華青の場合は単に気分転換らしいのだが。


「王様、すごくご機嫌だったな。あんなに気さくな王様とは思わなかった。王様って人に会ったことなんてないんだけどよ」

 そう言って華青は大声で笑った。

 自分も随分とご機嫌のようだ。


 初めは緊張してちまちまと大人しく食べていたが、酒が進むにつれて酒場の様相を呈し、それに王も便乗して賑やかな食事となった。破流姫の結婚が決まって嬉しいのもあっただろう。お開きになるころには、王は珍しくほろ酔い加減だった。

 そんな王に水を差すのを躊躇い、遠回しにそれとなく言おうとすればすかさず破流姫が邪魔をし、三杉は結局、食事の席では何も言えず仕舞いだった。

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