第22話
「姫様がさ、俺に護衛兵になってくれないかって言うんだ」
「それは最初から言ってただろう?」
「いや、違うんだ。なれ、じゃなくて、なってくれないか、って」
つまりは命令じゃなくて、懇願されたということだろう。流れ者の華青に王族の姫君がお願いするなど、ありえないことだ。驚くのも無理はない。
「姫様は本当に華青が欲しいんだろうな」
羨ましいと思った。愛想を尽かされ、放ったらかされている自分とは大違いだ。お願いしてまで側にいて欲しいなどと言われてみたいものだ。言われたら言われたで、舞い上がって何も手につかないだろう。そしてやっぱり役立たず振りを発揮するのだ。
ありえないことを夢想して遠い目になった三杉に構わず、華青は照れたように頭を掻いた。
「そうなのかな? あの姫様だから、何か他のこと考えてそうなんだけど」
そう思うのも無理はないが、そこまで深い意味はないだろう。単純に華青が欲しかったに違いない。
師匠と認めた男だし、三杉よりも気が合うようだし、剣の腕も確かだ。三杉を捨てて華青に乗り換えても仕方がない。
身分さえあれば、結婚相手に最適なのに。
そう思って勝手に落ち込み、勝手に嫉妬した。
「でもよ、それだけじゃないんだ」
いじけて視線も肩も落とした三杉に、華青はなぜか憚るように声を潜めて言った。
「家族を呼び寄せてもいいって言うんだ」
三杉は顔を上げて華青を見た。複雑な表情の華青は、それを本気にしていいかどうか迷っているようだった。
「おふくろさんと左利ちゃんか?」
華青は頷いた。
「二人を城下に住まわせて面倒を見ればいいって。顔が見たけりゃすぐ会えるし、左利にばっかり苦労させてきたから、これからは俺が親孝行してもいいんじゃないかって」
華青は言いながら萎れて行った。
一番大事にしている家族の話を出されると、置き去りにしている罪悪感からか、急にしょんぼりしてしまう。華青の稼ぎで暮らしているも同然だが、実際は母と娘の二人暮らしである。二人にお互いのことを頼み、自分は旅から旅への放浪暮らし。家に帰るのもままならないから心配ではあるものの、仕事として選んだギルドの傭兵家業をやめることもできないでいた。
「それはおふくろさんも左利ちゃんも安心するだろうけど、お前はどうしたいんだ?」
うーん、と唸ったまま、華青は黙ってしまった。
悩むということは、破流姫のお願いは魅力的ではあるのだろう。
「今まで通りギルドの仕事をするか、ここに腰を据えて家族のそばにいるか。経験者として言わせてもらえば、地に足のついた生活は安定と安心がある。城で暮らすのも悪くはないぞ」
三杉の場合は下心があってのことだったが、それを抜きにしても、毎日柔らかな寝台で眠れ、あたたかな食事が食べられるのは幸せだと思った。
「勤め人なんて窮屈じゃないか? 規律とか暗黙の了解とか、腹の探り合いとか」
「それはどこにいてもあることだろう? よそは知らないが、ここはそういったことでぎすぎすしたりはしない。というか、お前、今それを意識してるか?」
「……してない」
「そういうことだ」
破流姫にぞんざいな口をきき、近衛隊長をアイツ呼ばわりするのが、本来は不敬罪で捕まってもおかしくないほど無礼であるのだが、何のお咎めもないのがいい証拠だ。
「でもよ、ど田舎の婆さんと娘が暮らして行けるか? 大都会ではないけど、何たって城下町だからな」
「あの街がそんな差別するように見えたか?」
破流姫のお供で卵ケーキを食べた、あの街の明るさと親切さを思い出せば、華青は何も反論しなかった。
「他には?」
家族を呼び寄せてここで暮らして行く不安が募って三杉を訪ねたらしかった。自分の身の振り方、家族の生活、三人の暮らしがかかっていては、そう簡単に決められるものでもなかったのだろう。離れていても華青は家族をとても大事に思っていた。天涯孤独の三杉には羨ましい限りだった。
「疑問に思うことは全部解決しておけ。私でわからなければ、わかる人に訊いてやるから」
華青は視線を彷徨わせ、言い難そうに口籠って言った。
「今更兵士になりますとか、ふざけんなって思わない?」
子供みたいな気がかりについ吹き出してしまった。
「な、何だよ! 気になるんだよ!」
華青は真っ赤になって怒った。三杉は悪いと思って堪えたが、堪え切れずに口元がにやけてしまい、片手で覆い隠した。
「考えてもみろよ。今まで兵士をぶっ飛ばしてたのに、今日から新兵です、よろしくって、おかしいだろ?」
「そうか?」
「全員ぶっ飛ばしてやるからな、覚悟しとけ、って啖呵切って暴れてたんだぜ? 今日から仲間だ、よろしくなって握手できるか?」
「華青ならできるよ。大丈夫だ」
負けた兵士たちは悔しい思いをしているだろうが、部隊長を負かすまで上り詰めた華青の実力を羨んだにしても、恨んだり嫉んだり、そんな度量の小さい者はいないはずだ。城の警備を預かる近衛兵は、そんな個人的な感情に捕らわれていてはならないのだ。
そもそも華青は兵士として採用され、いずれ破流姫の護衛兵になると誰もが思っているのだから、他の兵士たちとは一線を画しているのも理解しているはずだ。
「お前はそのままで勝負し続ければいいんじゃないか? 恐らく禎那様を乗り越えれば、そのときに晴れて護衛兵になれると思うぞ」
きっとそれが破流姫の思惑だろう。実力を測るにも十分だし、兵士たちと打ち合うことで訓練にもなる。禎那が毎度華青の鼻っ柱を折って努力と根性を上げさせているに違いない。
「簡単に言うなよ。あのバケモノに勝つなんて無理」
華青は口をへの字に曲げて不貞腐れた。
「お前が禎那様に勝てるようになるまで、禎那様はお前に稽古をつけてくれてるんだ。近衛隊長に勝てるようになったら、お前は姫様を守るのに相応しい力をつけたことになるんだよ」
それほど見込まれているんだ。
そう言ったら華青は驚いた表情で三杉を見た。
「俺の知らないあいだにそんなことになってたのか?」
「あくまで私の想像だ。でも間違ってはいないと思う。ほら、姫様の先読みは素晴らしいって、経験済みだろ?」
城へきた初日の大失態を思い出し、華青は、あー、と声を漏らしてバツが悪そうに頭を掻いた。
「まったく、姫様の先読みは空恐ろしいものがあるな」
参った、完敗だ、と華青は手足を投げ出して脱力した。
三杉は何となく嬉しかった。破流姫の素晴らしさを改めて知ってもらえた喜びと、華青と共に同じ主に仕えて働ける楽しみ。ルニーも――中身はどうであれ――破流姫に仕えるのだし、気心の知れた者同士が一緒に働けるというのは、遠慮も気兼ねもなくていい。
清々しい気持ちになったところへ、華青が重大な台詞を吐いた。
「姫様と言えば、あとで部屋に来いって言ってたぞ」
三杉は椅子を倒して立ち上がり、
「どうしてそれを早く言わないんだ!」
と叫んで部屋を飛び出した。
◇
息せき切って破流姫の部屋までやってきて、危うくその勢いのまま扉を開けるところだった。はっとして手を挙げたが、踏み止まれなくて扉に体当たりをしてしまった。二、三度深呼吸し、バクバクと鳴る心臓は押さえようがないと割り切ってから扉を叩いた。
すぐには返事がなく、もう一度叩いてみようかと思ったとき、入れ、と聞こえてきた。
そっと開けると、破流姫はなぜだか緊張した面持ちで立っていた。
三杉の姿を認めるとホッと力を抜き、
「何だ、三杉か」
と言って椅子に腰を下ろした。
その何でもない仕草を久し振りに見ながら、あぁ、破流姫様だ、と感動してしまった。
「お呼びだそうですが」
上ずった声にならないよう、落ち着き払ったように見せかけて言った。
「大きな音がしたから驚いた。誰かが扉を蹴破るのかと思った」
勢い余って体当たりした音が破流姫を驚かせてしまったらしい。
せっかく顔を合わせることができたというのに相変わらずの不甲斐なさで、舞い上がった気持ちが下降気味だ。
「すみません……」
しかし破流姫は怒ることなく、テーブルの上においてある白い布の包みを取り、三杉に差し出した。
「これをお前にやる」
それはハンカチと思しき白い布で、中に何かを包んで赤い紐で結わえてあった。
「何ですか?」
やや警戒して問うた。
下手に受け取ってあとから恩着せがましくチクチク言われるのは繊細な胃によろしくない。あるいは受け取ったが最後、何かしら訳のわからない責任までついてくるのではないか。タダより高いものはないのだ。
手をこまねき、訝しむ三杉に、破流姫は視線で訴える――いや、脅迫する。
射竦められて冷や汗が出てきた。
受け取るべきか否か。しかし三杉の立場で拒否権はない。主人がくれるというものを、いらないとは言えないのだ。そうは思うものの、足が動かない。破流姫の持つ包みが何なのかわからないから、おいそれと手が伸びない。
固まる三杉に焦れたのか、破流姫は自分から距離を詰めて、冷や汗を滲ませる三杉を見上げた。そして強引に手首を掴むと、その手に白い包みを乗せた。
ずっしりと重く感じたのは気のせいだろうか?
「これは……何ですか?」
戦々恐々として手のひらに乗ってしまったものをじっと見る。
何かが入っているのは間違いない。白い布を通して透けて見えないかと思いながら見つめる。
「私が作った」
破流姫の簡潔過ぎる説明が一瞬理解できなかった。
「……え?」
破流姫は今、『作った』と言った。しかも自分で。
何を作ったのだろう? 恐ろしいものだろうか? それとも奇妙なものだろうか?
「初めて作ったから失敗ばかりだった。なかなか難しいものだな」
破流姫に難しいと言わしめるものがこの包みに入っている。それはそれでまた怖いものがある。
「ようやく形になったら、今度は味が悪かった」
味……味と言ったか。ならば包みの中は食べ物だろう。
想像を絶する物体ではないことに、とりあえず安堵した。
「料理人の言う通りに作ったはずなのに、どうも味が違うんだ。何と言うか……違うんだ」
破流姫は料理などしたことがないはずだ。そんな必要もないから、ちょっとした調理の違いで味が変わることも、このとき初めて知ったのだろう。
何だが微笑ましくなった。
「それでも何度もやってみれば上手くなるものだな。何度目かで料理人たちの合格をもらったし、私も納得のいくものができた」
嬉しそうに微笑む破流姫を見ると、三杉もまた自分のことのように嬉しくなった。
「開けてもいいですか?」
「あぁ、もちろん」
何が入っているのか、期待でドキドキしながら紐を解いた。
中には一口大の焼き菓子が数個あった。丸や星形や、花の形をした可愛らしいものもあった。表面には木の実が乗っていたり、砂糖の大きな結晶を乗せたりして焼いてある。
「これを、姫様が?」
「そうだ。味は保証する。お前の好みを華青とルイに聞いて、あいつらにも味を見てもらった」
聞き慣れない名前が出てきたが、恐らくルニーのことだろう。それを指摘する余裕など、今の三杉にはなかったが。
「私の好みの……姫様が作って……」
感激で言葉にならない。初めて作ったお菓子が三杉のためだとは。しかも好きなものを調べてまで。
「ひ……姫様……」
嬉し過ぎて涙が込み上げてきた。
「お前の好みも難しいな。上にいろんなものが乗っていて、甘さは控えめ、サクサクと言うよりはほろほろと崩れるようなのが好きだと、華青が言っていた」
その華青は先ほども会ったのに何ひとつ言っていなかった。ルニー共々、黙っているように言われていたのだろう。三人で示し合わせていたなんてひどい。
「姫様がお忙しかったのは、このためだったのですか?」
「そうだ。先にばらすと驚かないだろう?」
確かに驚いた。ものすごく驚いた。そしてものすごく嬉しい。




