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第21話

「いいなぁ、ルニー。姫様に信頼されてるんだね」

 羨ましそうに見上げるチゼルウィットに、ルニーはへへん、と胸を張った。

「ちいちゃんも行きたい?」

「え! い、いいの!?」

「いいよ、いいよ。仲間がいた方が旅は楽しいもんね。お勧めの場所とか人気の料理屋とか連れて行ってあげるね」

 勝手に同行者を決め、先輩風を吹かせているが、どうも楽しい旅行を計画しているように聞こえた。

「それじゃあ、ルニーは姫様に仕えるってことだな?」

 三杉が確認するように言うと、ルニーはきょとんとして、

「何で?」

 と不思議そうに返した。

 やはり本来の目的をどこかに放り投げてしまっていた。

「姫様の命で色んな国に行くんだろう?」

「違うよ。ちいちゃんに僕のお勧めを教えてあげるんだよ。僕は僕の心のままに生きるんだから」


 かつては三杉もそうだった。好きな場所へ好きなときに行き、好きなだけいる。将来を見据えることはできなかったが、まだ若かったから何の問題もなかった。むしろ自由が楽しかった。今思えば、何て場当たり的だったろう。城での生活を経験してしまえば、心の中に想う人がいれば、もう風に吹かれるままの生活など考えられなかった。


「やる気がないなら、気を持たせるようなこと言うなよ」

 そう言った華青の向かいに、肩を落とすチゼルウィットがいた。

 彼は兵士だ。城に仕える近衛兵のひとりだ。ルニーの気ままな旅になど同行できるわけがない。

「いいんだ。俺はまだまだ力不足だし。もっと訓練しないと、ルニーの足手まといになるし」

 人のいいチゼルウィットはそう自分を卑下したが、同時にぬか喜びをさせたルニーに文句を言っているようにも聞こえた。


 そんな風に取るのは自身の心内が卑しいからだと、三杉は自分で詰って傷ついた。チゼルウィットは純粋なのだ。捻くれた受け止め方をするのは失礼だ。


 華青はチゼルウィットの言葉の裏を探っているのか、じっと彼を見つめていた。逆にルニーは素直に受け止めた。


「あー、ごめんね、ちいちゃん。僕やっぱり兵士にはならないよ。縛られるのって窮屈だもん」

 よほどがっかりしたのか、チゼルウィットは俯いたままだった。それでもルニーを思いやっているのか、首を横に振った。

「ううん。気にしないでよ。きっといつか、ルニーの半分でも強くなったら、俺がその役目をやるから」

 明らかに落ち込んではいるが、台詞は前向きだった。

 まだ若いのに、素晴らしくできた人物である。ダメ人間と自他共に認める三杉とは、まるで正反対だ。


 あまりに眩しくて目を逸らしてしまった。


 ごめんね、ごめんね、とルニーは、部屋に入ってきたときと同じ台詞でチゼルウィットにまとわりつく。

 気にしないでよ、大丈夫だよ、とチゼルウィットはルニーを慮った。


「しかし残念だな」

 三杉はちょっとだけ――本当に少しだけ、意地悪になって言った。

「姫様の後ろ盾があれば、大抵の国なら歓迎されるだろうに。王宮にでも招かれれば、その土地の美味い酒にありつけたかもな」


 ルニーは背中の三つ編みがチゼルウィットを叩くほどに勢いよく三杉を振り返った。妙に嬉しそうな、キラキラと輝いた表情を見せる。


 思った以上の反応だった。


「あー、そうだな。王様の飲んでる酒なら、酒場のとは格が違うだろうな」

 華青も三杉に同調すれば、ルニーは急にチゼルウィットの怪我をしていない腕を引っ張った。

「ちいちゃん! 訓練しよう!」

「え……?」

 困惑顔のチゼルウィットは、それでも素直に腰を上げた。

「僕がビシビシ鍛えてあげるよ! すぐに上達させてあげる! それで隊長にお許しもらって、一緒に旅行しよう! 美味い酒をたらふく飲もうね!」

 俺は酒はあんまり……というチゼルウィットの呟きなど、喜色満面のルニーに届くはずもなく、半ば無理矢理引きずられて行った。


 開けっ放しにされた扉から二人の姿が完全に消え、少ししてから三杉が静かに言った。

「アイツ、旅行って言ったな」

 それに対して華青も声を潜めて言った。

「たらふく飲もうって言った」

 まさに心のままに生きているルニーだった。



 ◇



 破流姫はきっと愛想を尽かせたに違いない。


 毎日悶々と考え、結局そういう結論に至った。


 今日も破流姫は忙しそうだが、三杉は相変わらず暇だった。幾度となく理由を尋ねる三杉がうるさくなったのか、最近ではあまり顔を合わせてもくれなくなった。

 完全に避けられている。

 何が原因なのかはわからない。いや、寧ろ多過ぎて何が決定的なのかがわからない。このまま破流姫に無視され続けたら、この城にいるのが辛い。


 好きなときに出て行け。

 そういうことなのだろうか?


 仮初めにも結婚を望んでくれたというのに、この手のひらの返しようは一体何なのだろうか? いらないならいらないとはっきり言って欲しい。いつもの破流姫なら当然そうするはずなのに……。


 三杉は癖になりつつあるため息を吐いて、寝返りを打ち、丸くなった。

 羽を伸ばして余りある時間をどうにも使い切れなくて、こうして寝台の上でゴロゴロしながら思い悩んでばかりいた。


 不要、と言われないのをいいことに、いつまでも未練たらしく城にとどまっている自分自身も情けなかった。思い切ってさようならと、大手を振って出て行ったら、さぞかし身も心もすっきりすることだろう。


 ……そんなの、無理に決まってる。


 想像するだけで泣けてきそうだ。


「姫様は何を考えているのか……」

 今までに半分もわかったためしがないのだが、今回ほど歯痒いことはない。


 はぁ、と殊更大きな溜め息を吐いて、じんわりしてくる目を擦ったとき、扉を控えめに叩く音が聞こえた。


 破流姫だろうか? いや、そうなら扉を叩かずに開けるはずだ。そもそも滅多に来ることはない。呼びつければ済むのだから。

 それすらもないから、こうしてひとりきりで悩んでいるのだが……。


 そう思ってまた落ち込んだところへ、再び硬い音が鳴った。


 誰だろう? また何か問題でもあったのだろうか?


 嫌な予感がして、扉を開けようかやめようか一瞬迷った。しかし居留守を使うのは気が引けた。

 損な性分の三杉は慌てて起き上がり、手が塞がっていてすぐに返答できませんでした、と言うふうに内心を繕い、そしてごく細く扉を開けてみた。


 扉の向こうには、神妙な顔をした華青が立っていた。


 ほっとした。また愚痴を言いに来たのだろう。予測のつかない面倒事より、華青を宥めるほうが遥かにいい。

 だが次に違和感を感じた。

 なぜ扉を叩いたのか。いつもなら無断で飛び込んで大騒ぎするのに。今日に限ってなぜ難しそうな顔をして廊下に立っているのか。

「どうしたんだ?」

 そう声をかけると、言い難いのか、視線を彷徨わせて意味のわからない呻き声を返した。

 変だ。やっぱり嫌な予感がする。


「とりあえず入れ」

 中へ促すと、華青は黙って静かに進み、部屋の中ほどに立ってからいつもの定位置にそっと座った。


 おかし過ぎる。毎度飛び掛かってきては喚き散らすのに、今はまるで別人のようだ。


「どうした? 何かあったのか?」

 何かなければこんなふうに人が違ったりはしないだろう。華青を大人しくさせる何があったのだろうか。

 俄かに緊張して、チクリと胃が痛んだ。その痛みに驚いて、早々と種明かしをして欲しくなり、思い当たる節を自分から振ってみた。

「もしかして禎那様に勝ったとか?」

 華青がこの部屋に飛び込んでくるのは、近衛隊長に打ち負かされた悔しさを当たり散らすためだ。態度が急変したということは、勝負がついたということかもしれないと思った。

 しかし華青はギッと三杉を睨みつけ、

「まだ部隊長ひとりだよ」

 とぶっきら棒に言った。

 近衛隊長との勝負は相変わらず負けているらしい。だが部隊長をひとり打ち負かすまでいったなんて凄過ぎる。

 おぉ、と感嘆の声を上げると、これ見よがしに溜め息を吐かれた。

「そんなことはいいんだ。今日は別の話」


 三杉のどうでもいい話で吹っ切れたのか、華青はぽつぽつ話し始めた。

「さっきさ、姫様に呼ばれて行ったんだけど」

 今度は三杉がムッとした。従者である三杉には声がかからないのに、なぜ華青は呼ばれるのか。いずれ護衛兵にする目論見ではあるが、今はまだただの兵士だ。何の話があって二人は会わなくてはならないのか。

「あぁ、そうか」

 三杉も素っ気なく返したが、華青はそこには頓着しなかった。

「俺、やっぱり護衛兵になったほうがいいかな?」

 いつもの華青とは違う、しんみりとした口調だった。

 どういう心境の変化か、断固拒否していた破流姫の無茶苦茶な決定を考え直し始めたようだ。

 三杉は自分のことは棚に上げて、華青の無駄な足掻きを笑った。

「みんなお前は兵士だと思ってるし、いずれ姫様の護衛兵になるって知ってるよ。いまだに否定してるのは華青だけだ」

「何だと! 俺がいつ兵士になるって言った!」

 迷い始めたわりに、むきになって怒った。

「アイツが逃がしてくれるって言うから、ここの兵士をぶちのめしてるんじゃないか。昨日、ようやっと部隊長をひとり沈めたんだぞ」

「凄いな。禎那様まであと一息じゃないか」

 そう持ち上げると、華青の機嫌もやや回復した。

「だろ? 今じゃ、俺と奴らの勝負が賭けの対象にもなってるんだぜ」

 それはさぞかし盛り上がっていることだろう。それこそ近衛隊長の、ひいては破流姫の思うつぼに違いない。こうやって少しずつ華青の人となりや実力を知らしめ、最後には丸め込んでしまおうという魂胆だろう。


「んなことはどうでもいいんだ」

 華青は脱線した話をまた元に戻し、表情も真面目なものに戻した。


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