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第2話

 ◇



「おい、待てって! ……じゃなかった、ちょっと、えーっと、姫様、手を……」


 城まで、と言って連れてきた華青を馬から降ろし、破流姫はすかさずその腕を掴んで城の中へと進んで行く。


「あの、姫様。姫様? 俺は城の前までで……おい、三杉!」

 華青は後ろからトボトボとついてくる三杉に救いの手を求めるも、当の三杉は暗い表情で俯いているばかりだ。


 破流姫への配慮のない言葉で激怒させてしまい、一時は絶望感に苛まれたものの、謝り倒して何とか城へ戻る許しをもらった。だが破流姫自身には許してもらえず、ここまで空気のような扱いをされてきた。自業自得とは言え、心が軋むように傷んでなかなか前が向けないでいた。


「三杉! しっかりしろよ、お前! 破流姫様を剥がしてくれ!」

 そう華青にこっそり怒鳴られても、まったく耳に入ってこなかった。


 敬礼をする衛兵、立ち止って頭を下げる侍女たちを素通りし、やってきたのは彫刻が見事な大きな扉の前だった。両脇に剣を携えた兵士が立っている。

 特別な部屋であることは間違いなかった。


 まさか、この中へ……?


 華青の頭から血の気が引いた。

「姫様、もしかしなくてもその部屋に入ろうとしてます? そこはちょっとマズイのでは?」

 無礼にならないような言葉を探しているうちに、成す術もなく部屋へ引っ張り込まれてしまった。

 華青の嫌な予感は的中した。


「父上! ただ今戻りました!」

 扉を大きく開け放って遠慮もなく入ったその部屋は、紛れもなく国王の執務室である。

 大きな机の向こうに、威厳を身に纏った壮年の王が座っている。横に執政官をつかせて何やら書類を読んでいた王が、鼻先まで降ろした眼鏡の上から破流姫を見た。そしてはっとして目を見開き、眼鏡を取って立ち上がった。

「破流! そなた、今までどこへ行っておったのだ?」

 父王も知らない無断外泊。

 幾日も姿が見えなければ、心配されて当然である。人の親であればみなそうだ。一国の姫君であれば尚更だ。叱られても言い訳もできないだろう。

「申し訳ありません、父上。少々隣国へ行っていました」

 父王の心配もよそに、いまだ華青の腕をしっかりと掴んだままの破流姫がさらりと言った。

「隣国? まぁ、どこでもいいが、出かけるなら行き先を言って行かなくては駄目ではないか」

 どこでもいいのか……と思ったのは、この親子を知らない華青だけだ。


 日頃から好き放題に飛び回る破流姫に、放任主義の父王。だがそこにお互いの強い信頼があることを誰もが知っている。二人の対話を初めて目の当たりにした華青だけは、どこかおかしいと違和感を感じるのだ。


 しかし今回ばかりは父王も放ってはおけなかったらしく、珍しく小言を言った。

「黙って出かけるにも限度があるのだぞ、破流」

「申し訳ありません」

 破天荒な姫には似合わない殊勝な返事に、華青はその横顔を盗み見た。真っ直ぐに父王を見据えて立つ破流姫には、反省の気配などまるで感じなかった。


 形だけだな。


 これまでの行動から、華青はそう読み取った。


 王もそこはわかっているのか、気づいていないのか、愚痴のような小言のような言葉を続けた。

「そなたと夕食を共にしようと思ってもどこに行ったのか見当たらない、三杉に訊ねようとしたが三杉もいない。またどこかへ遊びに行ったのかと放っておいたら、そのまま何日も姿がない。誰に訊いてもそなたたちの姿を見たものがいない。よもや駆け落ちでもしたのかと思ったが、そなたはともかく、三杉に限ってそんなことはしないだろう。ならば三杉が連れ出された方かと、少し心配していたのだぞ」


 華青は喉元がムズムズするのを、生唾を飲んで何とか堪えていた。話しているのが王でなければ、台詞のひとつひとつにツッコミを入れていたところだ。


「遠出をするならするでなぜ私に言わないのだ? 父を放っておいて自分たちだけ遊びに行くとはひどいではないか」


 最終的にはやっぱり愚痴だったようで、余計にむず痒くなった。


「王様、ご自分も行きたかったと仰っているように聞こえます」

 傍らの執政官がこっそりと窘めると、王はわざとらしく咳払いをし、黙って腰を下ろした。


「それで、そこの男は誰だ?」

 いきなり王の視線を受けて華青は逃げ腰になったが、破流姫の手は華青を逃がすどころか、前に引っ張り出した。

「わたくしが見つけてきました。腕の立つ男です。三杉の友人でもあります」

「ほぉ。名は何と言う?」

 直々に問い掛けられ、華青は自分の名前をしどろもどろに答えた。

「して、この華青をどうするつもりだ?」

 破流姫へ向けられた問いに、破天荒な姫はどこか得意気に、良く通る声ではっきりと言った。

「今は兵舎に入れておき、行く行くはわたくしの近衛にしようかと思っています」

 それを聞いて三杉も華青も目を丸くした。特に寝耳に水の本人は衝撃が大きかったようだ。

「はぁ!? 何言ってんだ、お前! そんな話、聞いてないぞ!」

 華青の怒鳴り声に、一瞬にして場が静まり返った。


 あまりの静けさに華青ははっとした。

 国王の前で姫君を怒鳴りつけてただで済むわけがない。

 怒鳴られた破流姫はどこ吹く風と言った様子で澄ましていたが、無礼、不敬が極まりないのは、自分でもよくわかった。


 恐る恐る前を窺うと、王も執政官も呆然として華青を見ていた。王と目が合うと血の気が引いた。慌てて膝をつこうとしたが腕を取られたままだったので、思い切り頭を下げて怒鳴る以上に声高に謝罪した。

「も、申し訳ございません!」

 無意識に後退ったが、それ以上動けなくてやっぱりほんの数歩だった。

「つい口が滑ってしまって……俺は、あ、わ、私はですね、その、教養のない人間でして、それでその、思ったまま口にしてしまったというか、姫様ということを忘れて、えーと、無礼なことを口走って、そのぅ、今のお話が初耳でして、それで驚いて今までのように……あ、いいえ! 姫様を馬鹿にしてるとかそういうことではなく、ま、まぁ、知らずにそんなこともあったようななかったような……あ、違います! 姫様とわかっていればもっと敬意を払ってですね――」

「よい。わかっておる」

 王は笑いながら、華青の支離滅裂な言い訳を途中で遮った。

「破流がそなたに面倒をかけたのだろう? この子は早くに母を亡くして一人気ままに育ってきたから、少々我が儘なところがあるのだ。三杉も苦労している。そなたは遠慮なく破流を叱ってくれたのだ。礼を言う」

 処罰どころか感謝されてしまった。何て器の大きな人だ、と華青は感動してしまった。

「これからも破流を頼む。まずは一兵卒からになるが、働き次第で昇格して行くことはできる。破流が望んだときには側で守ってやってくれ」

「え? え? 王様?」

 初耳だと言ったのに、それで怒鳴りつけてしまったのに、なぜか決定事項になってしまっている。

「華青はすぐに部隊長になるかもしれません。この者はギルドの最高クラス保持者なのです」

 そう破流姫が持ち上げると、王は感嘆の声を上げた。

「ほぉ、それは素晴らしい。左耳のダイヤがその証だな?」

「父上、ご存じなのですか?」

「あぁ、知っているとも。私も若い頃はギルドに通って――」

 懐かしそうに昔を振り返る、王とは思えない言葉を、執政官が咳払いで止めた。

「あー、まぁ、期待しているぞ、華青」

「はい。……いいえ!」

 国王からの期待、という名誉に思わず肯定してしまったが、慌てて否定した。しかしすでに国王は話を締め括って聞いていなかった。


「それからもうひとつ、ご報告があります」

「ん? 何だ?」

 椅子に座り直して眼鏡を手に取った王が、破流姫に目を向けた。


「三杉がわたくしの伴侶となってくれます」


 その場の誰もが時を止めた。またも静寂に包まれる。

 破流姫はなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべて三杉を、三杉は目を見開いて破流姫を、そのほか三人はポカンと口を開けて交互に若い二人を見た。


 王の手から滑り落ちた眼鏡が、書類の上で乾いた音を立てた。

 その小さな音で我に返ったのは、まず三杉だった。

「ひ、ひ、ひ……」

 言葉にならないらしく、意味をなさない音しか出なかった。


 次に王が動いた。机を叩いて勢いよく立ち上がった。

「三杉!」

 それから机を回って三杉の肩に手をかけると、引き寄せてぎゅっと抱き締めた。

「よくぞ決心してくれた! 私から頼んでもなかなかいい返事がもらえなかったが、そうか、やっと決めてくれたか」

 良かった良かった、と三杉の背をバシバシ叩き、喜色満面で喜びを表す王だった。

揮世きせ、私もとうとう舅になるのだな。孫を抱けるのはいつだろうな。王子がいいな、いや、姫だって飛び切り可愛いぞ」

 執務机の向こう側で目頭を押さえている執政官に、王が言った。

「それはまだまだ先の話です、王様。まずは国民に周知し、良き日を選んで盛大な式を挙げませんと」

 冷静な指摘に王は気まずそうに照れ笑いをした。

「そうか、そうだな。式が先だな。いつがいいだろう? 明日か? 明後日か? どうだ、三杉?」

「いえ、あの、あの……」

 肩を揺すって返事を急かせる王に、三杉は何を言っていいやら混乱して言葉にならない。

 助け舟を出したのは執政官だ。

「王様、それはさすがに早過ぎます。準備もありますから、せめて半年か一年後です」

「そんなに後か! グズグズしていたら三杉に逃げられるぞ。心変わりをされたらどうするのだ?」

 いったい何の話だ、と耳を疑いたくなるような台詞を、王が吐いた。と思いきや、執政官までも真面目な顔でとんでもないことを言った。

「先に御子をお作りになるのはいかがでしょう? 既成事実を作ってしまえば確実です」


 三杉は悲鳴を上げそうになって口元を押さえた。


 何てことを考えるんだ、この人は!


 あまりにも突飛な発言に、一瞬で頭が沸騰した。周りの目が恥ずかし過ぎて、合せないように俯いた。居た堪れずに逃げたくなったが、王の前であるということが辛うじて足をとどめた。


 御子って……既成事実って……私が? 破流姫様と? ……そんな、無茶苦茶な……!


 心臓が異様にうるさく鳴る。顔が熱い。頭がくらくらする。


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