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第19話

「姫様、三杉は放っておいて、もう帰ろう?」

 ルニーが得意の可愛い笑顔を作って、破流姫の目の前に立った。


 破流姫にとっては不愉快極まりない光景を遮ったのであるが、その捨て身の行動に感心した華青だった。自分ではちょっと気が引けて無理だと思った。


「いや、じきに三杉も戻るだろう」

 破流姫は三杉から目を離さずに言った。

 ルニーの笑顔が固まり、そのままそろそろと華青に寄って行った。


「ほんとに僕、知らないからね!」

 小声で華青に文句を言った。

「お前の胡散臭い笑顔も効かなかったな」

「胡散臭いってなんだよぅ。みんなうっとりする天使の微笑みだよ」

「姫様には効いてないけどな」

「そりゃまあ、姫様は女の子だし」

 むぅ、と唇を尖らせる様も可愛らしい。が、所詮男である。華青はケッと吐き捨てて無視した。


 花が咲いたような雰囲気の告白現場では、どうやらますます咲き乱れて、そこだけ別世界のようにも見えた。

 俯いてばかりだった紫弥は顔を上げてはにかむように笑っている。隣の友人もまた楽しそうに二人を繋ぐように会話をしている。罪作りな三杉はそうとは気づかず、鈍感なままの笑みを見せて二人と話している。


 三杉はともかく、可愛らしい女の子と話しているこの光景は羨ましい、と華青は思った。

 華青にも過去に幾人か付き合った女性はいたが、仕事柄長続きはしなかったし、打算的な付き合いもあって、今は気軽な独り身だ。話す相手と言えば酒場のおかみや定食屋のお姉さんぐらいなものだ。年頃の若い女性を見かければ、いつかはあんな女と所帯を持ちたい、と思うが、流れて暮らす自分には無理かな、とも思う。それ以前に、故郷で暮らす妹に幸せな結婚をさせてやるのが先だ。最高の花嫁衣装で着飾り、送り出してやるのが華青の夢なのだ。

 ちなみに初恋は三杉だったらしいから、残念ながら実らないことになる。


 三杉は二人に手を上げて背を向けた。話を切り上げたらしい。華青の傍らに破流姫の姿を見つけると、小走りで戻ってきた。

「すみません、お待たせして」

 破流姫は無表情に三杉を見上げたが、代わりにルニーが三杉を叱った。

「駄目だよ、三杉。それもらっちゃ」

 それ、と指を差された手の中のものを見て、三杉はなぜ? というように首を傾げた。

「女の子が手作りしたものを男にあげる意味、わかってる?」

 案の定、三杉は何の反応も返さなかった。

「これにはあの子の気持ちが詰まってるんだよ? 三杉のために作ってくれたものでしょ?」

 三杉はうん、と頷いた。

「いつ会えるともわからないから、毎日お菓子を作ってたそうだ。申し訳ないよ。苦労して作ったものなんだから、断ったら可哀想だ」

「それだけそのお菓子にはあの子の気持ちが込められてるってことでしょ?」

 それがどうしたという顔つきの三杉に、ルニーは、もう! と声を荒げた。

「だから! そのお菓子はお前を好きだっていうあの子の気持ちなの! お前はそれを受け取ったの! つまり、あの子の気持ちを受け入れたってことになるの!」

 三杉はようやく愕然とした表情になった。

「そ、そんな、大げさな……」

「まあね、あの子だって、三杉が破流姫様と結婚するってわかってるんだろうから、期待なんかしてないと思うよ。ただ、自分の気持ちを知ってもらいたかったっていう、健気な乙女心がそうさせたんだよ。そこには多少なりとも、もしかしたら、っていう期待だってあったんじゃない? それをお前は、いとも簡単に受け取っちゃったんだよ。彼女、すっごく喜んでただろ?」

 三杉はおろおろとして、そんな、まさか、考え過ぎだ、などと否定の言葉を口にしたが、すればするほど顔が強張って行く。ルニーの言うことの方に理があるとわかっているようだった。

 そして恐る恐る破流姫を見て、その無表情さに凍りついた。

「姫様は面白くないと思うよー。婚約者が他の女性と仲良くしてるところなんか見せつけられちゃったら」

「違う……そんなんじゃ……」

 消え入りそうな否定は、果たして女の子のことか、それとも婚約者のことか。

 青褪めた三杉は、まるで感情の無い破流姫に射竦められ、怖いだろうに目が離せなくなっているようだ。


 破流姫は唐突にくるりと背を向け、

「帰るぞ」

 という一言を残して歩き出した。

「ひ、姫様、姫様」

 三杉が追い縋るように名を呼んでも、止まる気配はない。その後ろ姿にはやっぱり怒りが見えるような気がして、華青もルニーも三杉を憐れんだ。

「お待ち下さい、姫様! 私は決してそのようなことは……!」

 三杉は手にした女の子の気持ちをルニーに押しつけ、あたふたと破流姫を追い駆けて行った。

 華青もルニーもその姿を見送りながら呟いた。

「あいつ、馬鹿だよね」

「そうだな」



 ◇



「暇だ」

 三杉が城へ来て初めての台詞を吐いた。

「なぜだ? なぜ暇なんだ?」

 自分で自分の境遇に納得がいっていないようだ。

「かつてこんなに暇だったことがあるか? あるわけない。私はいつだって何かをやっていた」

 冷静に分析もしてみる。

「姫様からの指示が何もないのが妙だ。何ひとつない。こんなことはいまだかつてなかった」

 のんびりと中庭で日向ぼっこがしたい、などと思っていた以前の自分が嘘のようだった。いざ時間を持て余してしまうと、どうしていいのかわからなくなってしまった。

「どうしたらいい? 何をしたらいいんだ、華青?」

「知るか」

 だらしなく浅く腰掛けた華青に、三杉は縋る目を向けたが、冷たい一言しか返ってこなかった。


「どうしてだろう? 私はまたも姫様に見捨てられたのか?」

「そうかもな」

「なぜだ? 街でのことならあっさり許してもらえたんだ。他に何がある?」

「俺じゃなくて姫様に訊けよ」

「訊いたけど、何もないって言うばかりなんだ」

「じゃあ、何もないんだろうよ」

「だけど暇なんだ。私に暇なんてあったためしがないのに」

「羽でも伸ばせ」

「どうやって?」

「知るか」

 会話が振出しに戻って、華青は苛々とテーブルを叩いた。

「俺は忙しいんだ! 下っ端全部潰して、次は部隊長だってのに! せっかく捕まえて喧嘩売ったのに、俺がお前に捕まってパアだよ!」

 どうやら近衛隊全滅計画は着々と進んで、とうとう部隊長クラスにまで上り詰めたようだ。

 一瞬、すごいな、と思ったが、すぐに自分の問題にすり替わった。

「私だって忙しい中、お前の愚痴を聞いてやったじゃないか」

 それを言われると、華青は返す言葉がなかった。

「なぁ、頼むよ。姫様に訊いてくれ。私が悪いなら謝るから。取り敢えず謝ったんじゃ、ただの口癖としか思われないんだよ」

 謝罪が口癖とは、自分で言ってておかしいと思わないのか、と華青は三杉の性分を可哀相に思った。同情心から、少しは優しくしてやる気になった。

「姫様が何もないと言うなら、何もないんだろ。何かあったらただじゃおかないと思うぜ」

 それはそうだが、と三杉は納得のいかない呟きを漏らした。

「結婚を破棄するんでもないし、追い出そうとするんでもないし、たまには休みでもあげようという、姫様の心遣いなんじゃねえの?」


 三杉は難しい顔で考え込んだ。

 破流姫の心遣い、というのが何だかしっくりこない。

 あまり表に現れないが、破流姫は基本的に思いやりがある。親切だ。ただ、一見そうは見えないのである。口は悪いし、少々気が短い。荒っぽいところもあるし、淑やかさとは無縁だ。男であれば豪気で頼れる存在にもなれようが、生憎破流姫は深窓の姫君である。外見の美しさに気を取られると足元を掬われるのが破流姫という人だ。だからふとした折に見せる優しさに、一瞬で堕ちてしまう。優しさどころか愛情さえ感じてしまう。


 それが確かに優しさだとわかれば迷うこともないが、今回の件はどうも不可解なのだ。

 膨大な宿題が終わってからというもの、破流姫は何一つ三杉に言いつけない。お茶、の一言すらない。破流姫の私室に控えていても、仕事はない、と言って追い出されてしまう。仕方なく自室にいても、一日中声がかからない。こちらから声をかけても、遊んでいろ、と返ってくる。そのくせ自分は部屋を開けたままどこかへ行っている。外出している様子はないが、何でもないとしか言わない。

 明らかに三杉を避けているようだった。街での一件でまた怒らせてしまったようだが、嘘だと思うほどあっさりと許してくれた。逆に怖くなって何度も頭を下げたほどだ。仕舞いにはうるさいと言って怒られた。だからそこが原因ではないと思うのだが……。


「おかしい。絶対におかしい。私はまた何かをしたに違いない」

 きっぱりと言い切る三杉に、華青は呆れた口調で言った。

「んなこと自信持って言うなよ」

「しかし、そうじゃなきゃ説明がつかない」

「じゃあ、何したって言うんだ?」

「わからない。わからないから困ってるんだ」

 三杉は眉尻を下げ、心底困っているように見えた。

 気の毒な気もしないではなかったが、華青は力になってやろうと思う以上に、面倒臭かった。

「ルニーに頼めよ。あいつ、妙に姫様と仲がいいだろ。それに、することが無くてヒマだと思うぜ」


 ルニーはいまだ城に居残っている。破流姫が帰さない、という話を、三杉は破流姫付きの侍女に聞いた。華青のように自分の側に置いておくつもりで、その交渉をしているのかもしれなかった。

 ルニーはと言えば、特に悩んでいる様子もなく、嬉々としてあちこち飛び回っているから、交渉云々は三杉の思い過ごしかもしれないが。


「あいつは客人扱いのくせに、私よりも忙しそうだぞ。昨日は厨房で好物の説明をしていた」

 近いうちに、ルニーの好きな料理が食事に出されるかもしれない。

「いいな、自由で」

 華青は遠い目をした。

 三杉も倣ってぼんやりしてみたが、視線を向けた扉が大きく開いて若い兵士が入ってきて、我に返った。


「あれ、三杉さん。珍しい」

 三杉は華青に愚痴兼相談するために、兵舎の詰所に来ていたのだった。

「お邪魔してます」

 立ち上がって一礼すると、兵士も直立して頭を下げた。


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