第18話
ルニーが全開の笑みで首を横に振ると、破流姫は構えを解いて髪を払った。そしてまた何事かを話しながら、こちらに向かって歩いてきた。
「あ! 三杉ぃ! 華青ぇ!」
ルニーと目が合うと、そう叫ばれた。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、両腕を大きく振っている。
「あいつが男じゃなきゃ可愛いなって思うんだけどなー」
華青はそう言ったが、三杉にはよくわからなかった。
ルニーは破流姫を置き去りにし、飛び跳ねながらこちらにやってきた。
「二人して何してんの?」
「別に何もしてねえよ」
不貞腐れた格好のまま華青が答えた。
「お前、その頭はどうした?」
視線だけ上げてルニーを見れば、ルニーは自分の頭を掻き回し、
「さっき洗ったから乾かしてるの」
と無邪気な笑顔で言った。
「また伸びたんじゃないか?」
「そうなんだよねー。ばっさり切ろうかとも思ってるんだけど、どう思う、三杉?」
「へ?」
ルニーの髪の長さなどどうでもいい。聞き流していたのに急に振られて変な声を出してしまった。
「へ? じゃなくてさ、僕のこのふわふわした猫っ毛は長い方が似合う? それとも短くした方が可愛い?」
本当にどうでもいい。好きにしろと言いたい。
「私は長い方がいいと思うぞ」
追いついた破流姫が後ろから言った。
三杉はさっと動いて破流姫のために椅子を引き出した。
ドレスに気を遣いながらそれに腰掛け、背に凭れかかると、途端にそこだけが気品高い空間のように見えるから不思議だ。
「流しても結ってもいいし、飾り付けることもできる」
そっかぁ、と納得しかけているルニーだが、その必要があるのかは疑問だ。
「それに、短いと侍女に化ける場合に不都合がある」
「おやめ下さい」
咄嗟にツッコむ反射神経が上がったのではないだろうかと、三杉は自分に感心した。
「そうだね。じゃあ、もう少しこのままでいる」
どこに納得したのか、ルニーは現状維持を選んだ。
面倒がまた一つ増えたような気がした。
「ねぇ、ねぇ、破流姫様が卵ケーキ奢ってくれるんだって。二人とも行く?」
ルニーははしゃいでそう言ったが、誰が行かなくとも三杉だけはどこへでも破流姫のお供をしなくてはならない。ケーキがあろうとなかろうと。
「卵ケーキねぇ」
華青が面倒臭そうに言った。
「嫌ならいいんだよ。華青の分は僕がもらうから」
唇を尖らせて拗ねたルニーに、
「俺は酒の方がいいなぁ」
と言えば、ルニーもそっちがいいと思ったのか、文句は出なかった。
「私がお供します」
ぶれない三杉の言葉にはっとして、ルニーは華青より破流姫を選んだ。
「破流姫様が奢ってくれるなら何でもいい」
調子のいいルニーだった。
◇
破流姫の黒馬は今日も子供たちに大人気だ。ちゃっかりルニーまで乗っていたが、馬上ではしゃぐ子供たちの面倒を見ていたので、三杉は楽だった。
いつものように鍛冶屋へ行き、華青を交えて――結局ついてきた――武器談義に花を咲かせ、菓子屋へ行って約束の卵ケーキを買ってもらい、ルニーが身の程も弁えずにねだった砂糖菓子も買い、今は三人とも興味のない宝飾店に、破流姫がひとり、物色に行っている。
男三人は外で子供たちに纏わりつかれながら、卵ケーキを頬張っていた。
「これ、美味しいね。ここの名物?」
「さぁ? 昔ながらの素朴なお菓子だと店主は言っていたが」
「そういうのが一番美味いんだよな」
乗り気ではなかった華青までも、卵ケーキに舌鼓を打っている。
「綺麗な砂糖菓子も美味しそうだったよね」
えへへ、と笑うルニーに、三杉は冷たい目を向けた。
「お前はふてぶてしいな。姫様にねだるやつなんて初めて見たぞ」
「うそ!? 三杉はおねだりしたことないの?」
「するわけないだろう」
大仰に驚いて見せるルニーに向かって溜め言いを吐いた。
「姫様なら何でも買ってくれそうなのに」
だからと言って、どこの世界に王族の姫君に砂糖菓子を買ってくれとねだるやつがいるのか。
「三杉になら好きなもの買ってくれるんじゃない? 旦那になる相手なんだし」
口の端にケーキの屑をつけ、もぐもぐと口を動かしながらさらりと言った。
「お前……! 余計なことを言うな!」
三杉はルニーに詰め寄り、声を落として窘めた。
「何が? みんな知ってるんだからいいじゃん」
ルニーはあっけらかんと言い、またケーキにかぶりついた。
三杉の懸念通り、街中誰もが破流姫と三杉の結婚話を知っていた。会う人みんなに、おめでとう、と笑顔で言われたら、曖昧に返事をするしかできなかった。
早いうちに良い相手を見つけ、それとなく引き合わせてまとめなければ。
三杉は改めて決心した。
三杉の計画など、誰ひとりとして知らない。華青にも言っていない。破流姫に告げ口されるんじゃないかと疑心暗鬼になっていた。王にすら相談していない。三杉の前で大っぴらに婿に取る策略を巡らせていたくらいだ。知られたら最後、逃げられないように監禁されるかもしれない。
「いいか。みんなが知ってるからといって、まだ公表していない話を――」
ルニーに説教を始めた矢先、可愛らしい声に遮られた。
振り返ると、十代くらいの女の子がいた。
「あの、いきなりすみません。あたしの友達、三杉さんにお話があって、それで、ちょっとだけ聞いて欲しいんですけど」
破流姫のような長い黒髪を、裾の方だけ緩く巻いた、可愛らしい女の子だった。面識はない。
「あなたのお友達?」
「はい。紫弥って言います。ちょっとだけなんで、お話させてくれませんか?」
「そのお友達はどこに?」
あっち、と指差したのは、街の中心にある広場の噴水だった。そこに同じ年頃の女の子が立っていた。こちらはルニーのような栗色の髪で、ひとつに纏めて肩に垂らしていた。不安そうにちらちらと視線を投げかけてくる。
三杉は馬の手綱をルニーに持たせた。
「どんな話でしょう?」
「来てくれます?」
「ええ、いいですよ。長くは無理ですけど」
「やった! すぐすむと思うので大丈夫です!」
女の子は弾んだ声で言って、自分も足取り軽く駆け出した。紫弥と呼ばれた友達の元へ行き、何かを言って励ますように肩を叩いた。しかし紫弥の方は不安げな表情のままだ。三杉が向かって行く姿を見ると、なぜだか尻込みして後退った。
「あれってさぁ、もしかしなくてもあれだよね」
「十中八九あれだな」
華青とルニーは遠巻きにその様子を見ながら、『あれ』でお互いの言いたいことを理解し合った。
「あの子の口振りから、そうかなーとは思ったんだけど」
「だよな。どんな話でしょうなんて、訊くまでもないよな」
訊いた三杉は、人が呆れるほどの鈍感なのである。
辿りついた三杉が紫弥に声をかけると、彼女は真っ赤になって俯き、友人の背に隠れようとした。友人はそんな彼女を無理矢理押し出した。
三杉が視線を合わせようと腰を屈めると、紫弥はますます俯いてしまった。
友人が彼女を叱咤しているようだ。三杉が何事か言うと、紫弥は胸に抱き締めていた何かを突き出した。驚く三杉が手のものと紫弥を交互に見る。友人が紫弥に何かを言い、そして三杉にも言った。そのあと、三杉は紫弥に差し出されたものを受け取った。
「あー、もらっちゃった」
「もらっちゃったな」
「もらっちゃ駄目だよ、三杉」
「くれたから受け取ったんだろ」
「何をもらったんだ?」
「多分、手作りの焼き菓子ってとこかな……って、おい!」
華青の隣にいつの間にか破流姫がいて、一緒に三杉が告白されている場面を見ていた。
「あーあ、僕、知らないよー」
他人事のルニーは無責任に言った。
「確か、三杉は手作りに弱いと言っていたよな?」
抑揚のない破流姫の言葉に、どっと嫌な汗が吹き出すのを感じた華青だった。
「いや、弱いって言うか、単にありがたいなーって思うくらいで、ほら、自分のために何かしてくれたら嬉しくなるだろ?」
「あんまり弁護してるようには聞こえないよ、華青」
めずらしいルニーのツッコミに、華青はそれ以上何も言えなくなった。
「そうか、嬉しいのか」
ふうん、と言いながら破流姫は噴水前の三杉を見ている。
三杉は笑顔を見せて紫弥に声をかけている。紫弥は俯きながらときどき三杉に視線を上げ、そしてときどき頷いている。
はたから見るととてもいい雰囲気だった。
気が気でないのは華青とルニーだ。
じっとその様子を見ている破流姫の心中が、決して穏やかではないと思うものの、そんな素振りはまったく見えない。婿にと望んだ男が目の前で他の女性と仲良くしていれば、誰だって嫉妬するだろう。だが、破流姫と嫉妬がうまく結びつかない。三杉を取り返しに行くわけでもなければ、怒って文句を言うわけでもない。ただ黙って告白の様子を見ているだけだ。
黙って見ながら、その心の中で何を思っているのだろうか。
相手は可愛い子だな、という感想だろうか。
それとも、三杉もモテるのだな、という驚きだろうか。
夫になる身でありながら、他の女性との仲の良さを見せつけられた、という嫉妬だってないわけではないだろう。
安易に想像がつくのは、自分をないがしろにされたという怒りだ。




