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第17話

 言葉が乱れ飛んで何も聞こえない。自分の声さえ聞こえないほどだったが、破流姫が片手を挙げると、潮が引くように騒音が消えて行った。

「頼もしい味方がこれほどいれば、私はこの上ない大きな力を得たも同然だ。世界広しと言えど、私ほど恵まれた者もいないだろう。皆の好意に感謝する」

 言い終えた途端、激しい地鳴りのような轟きが辺りから沸き上がり、破流姫はもちろん、三杉でさえも耳を塞いだ。

 男たちは拳を突き上げ、空に向かって吠え、破流姫の名を叫び、ある者は笑いながら涙を流した。


 破流姫は耳を塞いでもなお耐えられずにしゃがみ込んだ。しかしその表情は面白いと言わんばかりに綻んでいた。

「姫様! 姫様、大丈夫ですか!?」

 三杉が耳を塞いだまま傍らに跪く。

「ものすごい騒ぎようだな!」

 楽しそうに言うその台詞は、耳を塞いだままの三杉には届かなかった。だがその顔を見れば、怖がってはいないことがわかったので安心した。

「もうお部屋に戻りましょう! ここにいては危険ですから!」

 そう叫ぶ三杉の声も、同じく耳を塞いだ破流姫には届いていなかった。


 波打つようにうねる雄叫びは一向に収まる気配はなく、破流姫も三杉もしばらくそのままで身動きしなかった。そのうち耳が麻痺してきたのか、騒がしさに慣れてきた。二人はお互いに顔を見合わせ、そして破流姫はニヤリと笑って立ち上がった。

 サッと手を上げると輪の中心から音が消えて行き、少し時間はかかったものの、最後には耳鳴りが聞こえるほど静まり返った。

「面白いな、これ」

 破流姫は自分の手を見て言った。

 三杉もようやっと立ち上がって、そっと手を外してみた。キーン、と耳の奥で何かが響いている。

「はぁ……。うるさ過ぎるぞ、お前たち。姫様が困っている」

 そう言いながら、困っているのは三杉のように見えた。


 男が一人、満面の笑みで三杉の肩をバシバシ叩いた。

「こんなに嬉しいことがあるか、お前。破流姫様に感謝されたんだぞ?」

「俺もう、破流姫様のためだけに働こうかな」

「俺は専属になってもいい」

「親衛隊作ろうぜ」

「それいいな!」

 俺もやる、俺もやる、とまた騒ぎ始めたところを、三杉がひと際大きな声で静めた。

「静かに! お前たちが徒党を組んだら姫様の品位が下がる。大人しくしているのが一番だ」

 無下に言い放ったが、聞いているのかいないのか、

「三杉が親衛隊長な!」

 という無責任な声がどこからか聞こえた。

「三杉が頭にいれば心配ないだろ?」

「何を言ってるんだ。私はそんなことはしないぞ」

「そうだ。三杉は駄目だ」

 破流姫が加えた一言で、盛り上がった場が急に萎んで行った。

 しかし男たちは肩を落とす暇もなく、次の瞬間には言葉を失った。


「三杉は我が夫となる身だ。私のものだ。お前たちにはやらん」


 これには三杉も息を飲んで、そして止めた。

 時間すら止まった。誰もが破流姫を見つめ、三杉を見つめた。

 呼吸を止めたままの三杉が苦しくなって咳き込み、それで時間も動き出した。


「み、三杉、お前……!」

「破流姫様と……!」

「け、け、結婚!?」

 どよめきが四方八方から聞こえてくる。

「違う! 違うんだ。これは何かの間違いで――」

「すげーな、三杉! 何て運のいい奴!」

 三杉の肩を、背中を、みんながバシバシと叩く。頭を小突いたり、肩を小突いたりする者もいて、三杉はあちらへこちらへとフラフラよろけた。

「三杉が結婚かよ!」

「破流姫様と!」

「うわー、信じらんねぇ!」

「違う、嘘だ。姫様の冗談――」

「一目惚れから結婚だぜ!」

「やるな、三杉!」

「お前はいつかすごいことするって思ってたぜ!」

「だからそれは――」

「俺たちの中からお姫様と結婚する奴が出るとはな!」

「しかも破流姫様だぜ! 俺たちも鼻が高いってもんだ!」

「いや、だから――」

「三杉万歳! 破流姫様万歳!」

 万歳、万歳とまた騒ぎ出し、三杉の言いたいことなどこれっぽっちも聞きはしなかった。



 ◇



 部屋を用意する、と言った破流姫に、全員が首を振って辞退し、宴の後片付けをしたその場所で雑魚寝となった。さすがに城の客室は恐れ多くて寝た気がしないから、という、何とも庶民的な気がかりだった。

 旅慣れているだけあって、遅くまで騒いでいたわりに寝つきは素晴らしくよく、朝日が昇って間もなく全員が起き出した。

 立派な朝食を食べ、日持ちする食料と少々の路銀を土産に、男たちはそれぞれの暮らしへ帰って行った。帰り際、

「結婚式にはまた来るからな!」

 と三杉の肩を叩くのを忘れずに。


 勝手に盛り上がる仲間たちに、言い訳も訂正も否定も聞いてもらえず、三杉は途方に暮れたまま朝を迎えたが、全員を見送ってからはたと気づいた。


 口の軽い奴なら、あちらこちらで言い触らすのではないだろうか。


 今更青くなっても後の祭りである。

 今日から三杉は、破流姫の結婚相手として全世界に名を轟かせるだろう。

 胃がシクシクと痛む。頭まで痛い気がした。


 もうどうすることもできない。諦めて結婚してしまおうか……。

 いや、もっとずっと相応しい相手を見つければいいのだ。そうすれば、一介の従者など捨ててしまっても、誰も文句は言えまい。


 問題は、誰が相応しいのか、ということだ。

 隣国の第一王子が良さそうだとは思うが、破流姫はまったく関心がないようだった。しかも三杉が悪いとはいえ、王子絡みで激怒させてしまったのだから、候補からは外すべきかもしれない。

 以前の、花見と称した見合いの場で、破流姫に群がっていた王子たちの顔を思い浮かべながら吟味する。

 優しくて包容力があって、しっかりと手綱を握っていてくれる人。少々神経が太い方がいいかもしれない。胃をやられて倒れられたら破流姫が可哀相だ。

 うーん、と唸りながら、王子ひとりひとりを破流姫の隣に並べてみる。


「なぁ、三杉。あれ、見てみろよ」

 傍らで華青が暢気に言った。


 広い中庭で散歩をしつつ考え事をする破流姫に付き従い、三杉は片隅にあるあずまやで控えていた。いつもの如く不機嫌になった華青に目敏く見つけられ、文句を言い散らかすのを上の空で聞いていた。不貞腐れてテーブルに突っ伏してからは静かになったが、三杉は破流姫の結婚相手を探すのに忙しくてまったく構っていなかった。


「聞いてんのか?」

「聞いてるよ」

 面倒臭そうに華青を見れば、華青はテーブルに顎を乗せ、両腕を伸ばしてそのずっと先を見ていた。


 視線を辿って行くと、遠くに破流姫がいた。初夏の風景に鮮やかな青と白のドレスがよく映えている。

 その隣にいつの間にかルニーがいて、何やら楽しげに話をしていた。


「ああやって見ると、お姫様同士の語らいみたいだな」

 ルニーは簡素な服装だったが、なぜかおさげを解いてふわふわと風に泳がせていた。その様が破流姫と並んでも違和感がないのが怖い。

「破流姫様、隣の国の王子様は素敵な方だそうですわ。あら、ご存じなかったの? わたくしは一度お会いしたことがあるのよ。まぁ、破流姫様、羨ましい。とかなんとか言ってそうな雰囲気」

 声音を変えて二人の会話を想像する華青は気持ち悪かったが、確かにそんな話をしていてもおかしくはない雰囲気だ。

「だけど実際は物騒な話でもしてるんだぜ」

 ルニーが剣を振るように腕を振った。

「……そのようだな」

 間違っても色めいた話などするはずがない。

 恐らく、背格好の似たようなルニーの剣技なら、自分にもできるのではないかという算段に違いない。現に、二人で打ち合うような素振りをしている。


「もしかして、ルニーを師匠その三にするために帰さなかったのか?」

 まさか、という言葉は出なかった。

 男たちに混じって意気揚々と出て行こうとするルニーを捕まえたのは、破流姫だった。何かを企んでいるように見えたのは、恐らく三杉だけだったろう。何をするつもりかはまったく想像もできなかったが、せっかく手に入れた三人目だ。そう簡単に手放すわけがないと思った。

「そうだとしても、ルニーの技術はものにはできないだろうな」

 だてにダイヤを身に着けてはいない。軽やかに舞うようなルニーの剣技は、誰にも真似のできないものだ。華奢であるからこそ身のこなしは素早く、だが男であるからこそ両手に剣を持って戦えるのだ。大柄な男では速さが足りないし、かと言って女性では力が足りない。両方の良いところを合わせ持っているのがルニーなのだ。

「いやいや、姫様ならやれると思うな。誰しも訓練すれば上達するもんだ」

 それはその通りなのだが、余計なことは言わないで欲しかった。

「間違っても姫様にそんなこと言うなよ」

「何でだ?」

「姫様は姫様だからだ。剣士になられては困る」

 あー、と納得したような声を出し、華青はそのまま口を噤んだ。


 ルニーは破流姫に剣術を指南しているようだ。剣の構え方、重心の取り方、足の運び方など、三杉のものとは違うやり方で破流姫を動かしている。


 その役目は自分のものだったのに。


 少々寂しく、少々腹立たしい三杉だった。


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