第16話
「それで? ここにはきてくれるのか? 姫様がもてなしてくれてるんだろう? 何か一言言葉をくれるとかは?」
ルニーははち切れんばかりに口に詰め込んだ食べ物を軽く咀嚼し、
「知らない」
と一言で言い切った。
「知らないって何だよ? そこは、是非お顔を見せてやってください、ってお願いするところだろ?」
口にまだ食べ物を入れたまま、今度は一口大に切り分けられた卵と野菜の蒸し物をざっと皿に掬い流して、それも追加で掻き込んだ。
「何で僕がお願いしなきゃなんないのさ?」
よく聞き取れなかったが、そんなようなことを言った。
「お前ばっかりずるいだろ!」
「お前と俺の仲じゃないか。せっかく破流姫様のお城まできたのに、顔も見られないで返されるのはあんまりだ」
「けっ。よく言うよ」
次にこんがりと焼かれた肉の塊を大振りに切り取り、フォークを刺して齧った。
「大体さ、ひとのこと犯罪者扱いして連行してきたくせに、今更仲間面したって無駄だからね」
肉を刺したままのフォークで周りの男たちを指し示して、それから水のように酒をあおった。
「俺はみんなにくっついてきただけだぞ。お前をどうこうなんて思ってなかったからな」
「俺だって。何とかお前を逃がしてやれないかって考えてたし」
「お前が気の毒だって、みんなで言ってたんだぜ?」
なぁ、と隣に同意を求めると、周りから一斉に、そうだそうだと声が上がった。
ルニーは胡散臭そうに目を眇めて男たちを見ながら、口だけを忙しなく動かしていた。
半分減ったルニーのグラスに、酒瓶を持った男が縁まで注いで勧めた。
「ささ、たっぷり飲めよ。城の酒は最高に美味いよな」
へへ、と媚びた笑いを見せる男に便乗して、周りの男たちも次から次に他の酒や料理を持ってきては、やれ食え、やれ飲め、とルニーを持ち上げた。
「でもさ、僕に言ったって意味ないよ。友達じゃないんだから、そう簡単に会いに行けるもんじゃないし」
両手に色の違う酒を持たされ、味を比べるように一口ずつ飲んだ。右を差し出してこっちが美味いと言えば、飲んだ分だけ注がれ、こっちも美味いと左を出せば、零れそうなほど注ぎ足された。
「破流姫様はここにきたがってたような気がするけど」
そう言った途端にルニーを囲んだ男たちから歓声とも雄叫びとも取れるような声が上がったが、
「でも三杉が止めてた」
と言われて不満と非難の声に変わった。
「三杉のヤロウ! 独り占めか!」
「自分ばっかりいい思いしやがって!」
「誰か呼んでこいよ」
「ルニー、呼んでこい」
「やだよ」
まだ何か食べ物を口に入れ、ルニーはつんとして言った。
「アイツは破流姫様のことになると頭に血が上ってぶっ飛んじゃうんだ。もう死ぬほど怖い目になんか遭いたくないね。他の誰かが犠牲になりなよ」
そう言われたら誰も手を挙げる者などいない。お前が行け、とちらほら聞こえたが、それに対して同じ言葉で返されたら、次第にみんな口を噤んでいった。
いい案がないだろうかと考え始めた矢先、
「そうだ。華青に頼もう」
と誰かが妙案を出した。
「おう、そうだな。アイツなら適任だ」
なるほど、とみんなが納得して頷いた。
華青なら怒り心頭の三杉とも堂々と渡り合える実力と根性と精神力がある。そんな貴重な人身御供は華青意外にない。
「華青、どこ行った! おい、華青!」
頼みの綱は数人の塊のひとつで、酒を片手に談笑していた。
「華青! 頼みがあるんだ!」
何人かで華青に詰め寄り、うちひとりが華青のグラスに酒を注いだ。
「何だ、改まって」
「三杉に言ってきてくれよ。破流姫様に会わせろって」
「アイツが独り占めして会わせてくれないらしいんだ」
「ちょっとでいいんだ。姿を見るだけでも」
「頼むよ、華青。三杉に話をつけてきてくれ」
華青は酒を一口呷ってから言った。酒瓶を持った男が素早く注いだ。
「そんなもん、自分で言いに行けよ。何で俺に言うんだよ?」
三杉が怒り狂ったら怖いから、その矛先を自分に向けたくないから、とは誰も言えずに押し黙った。
あからさまに後ろめたいことを考えている、と誰もが思う沈黙だったが、華青と話していた赤茶けた髪の男――ジェイクが後ろから口を挟んだ。
「そういや、俺たちは破流姫様に会いたくてはるばる荷物を運んできたんだったな」
華青を取り囲んだ男たちはぱっと明るい表情を見せて、ジェイクに期待を寄せた。
「こうやって城の中にまで入れてもらえたんなら、もう一声欲しいよな」
そう言ってジェイクは華青を見た。
華青は頬を掻きながらうーん、と唸り、また酒に口をつけた。少しだけ減った分がすぐに注ぎ足された。
「わざわざ頼まなくてもくるんじゃないか? 姫様がくると言えばくるんだ」
「でも三杉が……」
「心配すんな。三杉がどう言ったって、決めるのは姫様だ」
言い切る華青に半信半疑の目が集中する。そうはっきり言える根拠はあるのだろうが、誰も納得はできていない。
「三杉が破流姫様を止めてたら、来る気があっても、やっぱりやめたってならないか?」
あることないこと言い募って怖がらせたとしたら、来る気も失せるだろう。それでなくても厳つい男たちが大勢いる場だ。酒も入って大いに賑わっているところへ、清楚な姫君が近寄るとは思えない。
華青は男たちのそんな心配を軽く一蹴し、
「寧ろ面白がってくると思うぞ」
と冗談のような台詞を吐いた。
「でも三杉が……」
華青はまだ食い下がってくる男の背後に目を向け、
「ほら、きた」
と言えば、その視線が指し示す方向を、みんなで一斉に勢いよく振り返った。
客室と庭を繋ぐ、ガラスをはめ込んだ白い扉を開け、破流姫と思しきドレス姿の小柄な影と、それを押し止めるように立ち塞がる細身の男の影があった。
「いけません、姫様。このような場に近づいてはよくありません」
止めているのはやっぱり三杉で、それを押し退けつつ破流姫が強引にやってきたようだ。
「声をかけるぐらいいいだろう? 何が駄目なんだ?」
「あの者たちは傭兵です。粗野で乱暴者ばかりです。親しくしては姫様の品位に係わります」
声の聞こえない距離だからいいものの、三杉は遠慮もなく大勢の男たちを腐して引き止めようとした。
「随分な言われようだな。皆、お前の仲間だろう?」
「仲間だからわかるんです。礼儀を知りませんから、きっと行き過ぎた失礼をするでしょう。姫様の身にもしものことがあったらと思うと気が気ではありません」
「まさか城の中で無礼など働かないだろう」
「まさかなど通用しない奴らです」
三杉がきっぱり言うと、破流姫は考え直してでもいるのか、難しそうな顔で三杉を見つめていたが、そのうち鼻で笑って急ぎ足に三杉を通り越した。
「姫様! お待ちください!」
慌ててその背中を追い駆けたが、破流姫が途中で立ち止まったために危うく体当たりするところだった。
破流姫は目の前の光景に唖然としているようだ。視線の先の男たちも、現れた美しい破流姫に目を奪われ、静まり返っていた。
三杉がそっと、姫様、と声をかけると、破流姫は我に返り、
「こんなにもいたのか」
と驚きの声を上げた。
息遣いすら聞こえないほどの静寂の中、どこからか小さく食器のぶつかる音が聞こえてくる。ルニーだけが破流姫そっちのけでひたすら食べて、ひたすら飲んでいた。そのほか華青も含めて全員が破流姫に注目していたが、しばらくすると、どさり、と重い音が数回立て続けに聞こえた。そこここで気を失って倒れたらしい。しかし介抱する者など誰ひとりとしてなく、大きな男が幾人か地面に転がったままだった。
「破流姫様、ばんざーい」
華青らしき声が上滑りに響いた。すると男たちは、一斉に天に轟くかのような歓声を上げた。
さすがに破流姫も両方の耳を塞いだ。
三杉がすぐに間に立ちはだかった。
「静かに! 姫様が怖がっている!」
それで幾分音量は下がったものの、一度破裂した喜色はなかなか収まるものではない。
「破流姫様だ!」
「破流姫様の姿を拝めるなんて!」
「一生の宝だ!」
「三杉、退けよ! 破流姫様が見えないだろ!」
破流姫を目にした感激と、その姿を隠そうとする三杉への怒号が、目に見えない塊となって一直線に三杉にぶつかって行く。
思わず一歩下がると、背中を押す手の感触があった。
「大丈夫だ。ちょっと驚いただけだ」
背後に庇った破流姫はそう言って後ろから出てきた。
途端にピタリと声が止む。
破流姫は厳つい男たちのひとりひとりをゆっくりと眺め見て、それから深く息を吸って、よく通る声で言った。
「皆ご苦労だった。今夜は好きなだけ楽しんで行ってくれ」
割れんばかりの拍手と、もはや何を言っているのかわからない叫び声とで、破流姫はまた耳を塞いだ。三杉は再び破流姫の前に出て、静まるよう声を張り上げたが、三杉一人の声など簡単に掻き消されてしまった。それどころか、後ろの方にいた男たちが詰め寄り、それに押されて前が次第に距離を縮め、破流姫と三杉を取り囲む輪になった。
「破流姫様! 俺、姫様のためなら何でもしますよ!」
「俺だって! 何でも言って下さい!」
「使い走りでもやります!」
「手が欲しいときにはいつでも呼んで下さい!」
「どこにいても駆けつけますから!」
「近寄るな! 離れろ! 姫様がお怪我をしたらどうするんだ!」
「破流姫様! 俺、世柊って言います! 何かあったら俺を呼んで下さい!」
「俺は瀬沙です!」
「俺はエインです!」
「こら! どうでもいいから、姫様に近づくな!」
「三杉より頼りになります! 世柊を呼んで下さい!」
「う、うるさい! 余計なことを言うな!」
怒鳴る三杉など誰も意に返さず、我も我もと男たちは自分を破流姫に売り込んで行った。
破流姫は押し寄せる大柄な男たちに圧倒されて怖いのか、三杉の上着を握って背後に隠れていたが、その表情はどこか楽しげではあった。
何かを言ったように見えて、三杉は耳を寄せた。
「賑やかだな」
そう、破流姫は言った。
それを『うるさい』という意味に自動変換した三杉は、男たちに向かって静かにするように声を張り上げた。
辺りは浮き足立って静かになどならなかったが、破流姫はご機嫌な様子で騒ぐ男たちを見ていた。
姫様、姫様と遠慮もなく話しかけてくる男たちを、三杉は言葉で制し、力で押し遣った。ただ、興奮気味の彼らには、ほとんど意味をなさないものでしかなかった。




