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第14話

 ◇



 青い顔で死んだようにソファに横たわるルニーに、三杉が憐みの目を向ける。

「大丈夫か? 水、飲むか?」

 ルニーは辛うじて首を横に振った。

 飲んだ水ごと出る、と聞き取れるかどうかのか細さでルニーは答えた。


 初めは逃げ出すための口実だと思っていた。華青の肩で腹を圧迫され、吐きそうだと元気に喚いていれば、誰も本気になどしない。しかしこの談話室へ運び込む頃にはプラプラと揺られるだけになって、それが事実なのだとようやく気がついた。


 ルニーは拘束されたままの姿で長椅子に寝かされ、血の気の無い顔でぐったりとしている。大丈夫かなどと訊くまでもなかった。ルニーもまた何かを言える状態ではなく、言っても全然関係のないことだった。

「三杉……本当にお城で働いてたんだ……」

 消え入りそうな言葉を、耳を近づけて拾う。

「あ、あぁ。もう二年になる」

「破流姫様、なんだ……一目惚れ……」

 これに関しては何とも返事のしようがなくて無言で返した。

「でしょ……?」

 具合が悪いのにしつこく食い下がってくる。

 三杉は聞こえない振りをして立ち上がった。


「姫様はまだ授業中だから、しばらくここで待っていよう」

「それじゃ、王様に」

 そう言った禎那を片手を挙げて止め、三杉ははっきりと言い切った。

「まずは姫様に。ルニーを指名手配したのは姫様です」

 どこでそれがわかったのか、まだ疑問の半分が解けていない禎那が驚く。

「なぜ姫様なんだ?」

 三杉はやや困ったように眉尻を下げ、

「何となく」

 という、まったく根拠のない答えを返した。

「俺も姫様だと思う。何となく」

 華青は三杉に便乗しただけのように見えなくもないが、何度も頷いて自分で納得していた。

「何だかわからんが、連れてきた奴らはどうする? 姫様にお会いしたいと言っていたが」

「姫様が会うと言えば会わせるしかないでしょうね。どのみち報酬を渡さなければ帰りませんから、ひとまず前庭で待たせておきますか?」

「そうだな。こちらの依頼を受けてもらったのだから、礼をしなくてはならないな」

 禎那は廊下に顔を出した。部下を探しているのか、辺りを見回し、そしてそのまま出て行ってしまった。

 三杉はしばし扉を見つめていたが、部屋の中へ視線を戻した。


 華青がソファの傍らに座り込んで、青白いルニーの頬をつついていた。

「何をしてるんだ? 具合が良くないんだから苛めるな」

「いやー、ルニーがくたばってるのなんか、羽目を外して飲んだくれた翌朝しか見たことないなー、と思ってさ」

 ルニーは姿に似合わず大酒飲みである。どこで許容量を超えるのかは誰も知らない。全員が酔い潰れてもまだ陽気に飲み続けている、とは酒場の店主の話だ。しかし稀に、死んだような姿を発見することがある。本人に飲み過ぎたという自覚はあるようだが、最中には気が付かないらしい。起き上がれなくなって初めて思うそうだ。

「確かにな」

 今度は鼻を摘まんでいる華青の手を叩き落としながら、三杉は同意した。

 華青が遊んでいるせいか、一向に顔色が戻らない。

「仕事で怪我をしたとも聞かないし、病気をしたって話も聞かない。ルニーが倒れてるのを見るのは、飲み過ぎた翌日だけだな」

「だろ? 明日は大雨が降るぜ」

 華青はそう言ってケタケタと笑ったが、三杉はさすがに大笑いしては可哀想だと思い、忍び笑うだけに留めておいた。


 ルニーは抗議しているのか、声にならない声で唸った。

「吐きそうか? 医師を呼ぼうか?」

 華青の隣に腰を下ろし、顔を覗きこんで三杉は言った。それに対してルニーの返答は、同じ唸り声だった。

「もうちょっと遅かったら、俺の背中がヤバいことになってたな」

 華青は目の前で唸っているルニーではなく、危うく難を逃れた自分の背中の心配をした。

「逃げ口実としか思わなかったからな。こういうときに日頃の行いがものを言うんだ」

「いや、日頃の行いがよくても、こんな格好で現れて『指名手配されてます』なんて言われたら、俺はお前だって疑うよ」

「私は疚しいことはしない。だから逃げも隠れもしない」

「そりゃまあ、お前の心がけは大変ご立派だけどよ、突然指名手配なんかされてみろよ。思い切り狼狽えるぜ。それが普通」

「それはお前に何か心当たりがあるからだろう?」

「ま、まぁ、ないとは言えないかもしれないけど……。でもほら! お前だって姫様に顔向けできないんじゃないのか?」

「何がだ?」

「ルニーとデキてるって簡単に信じちゃったとか。子供まで作ったとか、信じる前に疑うだろ?」

「そ、それは……」

「ルニーに怒るより先に、真実かどうか確かめないか? それに、確かめる以前に、嘘を吐くなと突っぱねるぞ、俺は。まさか結婚しようと言ってくれた女が、他の男と子供まで作ってたなんて、とてもとても信じられん。よく簡単に信じられたな。つうか、そんなに信用ないのか、姫様は?」

「面白い話だな」


 突然の第三者の声に、華青も三杉も飛び上がらんばかりに驚いた。

 ものすごい勢いで振り返ったそこに、禍々しい空気を纏った破流姫が仁王立ちしていた。


「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」


 三杉は驚きと恐ろしさと、無意味にも必死で逃げ道を探して一言も発せず、華青もまた驚きと恐ろしさと、それから背後に気づかなかった自分の間抜けさを心の中で激しく罵るだけで、言葉など何一つ出てこなかった。


「どうした? 黙っていてはわからないぞ?」

 笑っているのに笑っていないという、世にも恐ろしい微笑みを前に華青は竦み上がり、三杉は、静かに立ち昇る怒気に煽られて胃がキリキリと痛み始めた。

「子供がどうしたって?」

 盗み聞きしただろうに、わかっていながら敢えて訊ねている。


 三杉は今度こそ絶体絶命だと悪足掻きを諦め、口癖になってしまった台詞を無意識に言おうとした。しかし破流姫ははなから聞く気はないらしく、自分を見上げて座り込んだまま、ただ黙って冷や汗を滲ませる二人を蹴散らしてソファに歩み寄った。

「これは誰だ? 死んでいるのか?」

 確かに死んでいるように見えるが、そう思ったのならいきなり瞼を開いて目を覗き込むのはいかがなものだろうか。華青の悪戯よりひどい。

 ルニーは無理矢理目を開かされてそこに破流姫を見、うっすらと両目を開けた。

「あれぇ? 僕、死んじゃったのかなぁ? 天使がお迎えにきてる」

 寝惚けたような小さな掠れ声を発した。

「天使にしては迫力あるなぁ。地獄のお使い?」

 三杉はルニーの言葉にヒヤリとした。ただでさえ機嫌がよろしくない今、火に油を注いだら目をこじ開けるぐらいでは済まないことになる。

 しかしルニーは弱々しくも笑って続けた。

「すっごい美人だねー。どっちでもいいけど、美人さんがお迎えにきたのかぁ」

 喜んでいるようである。

 破流姫も何とも言いようがないのか、黙ってルニーを見下ろしていた。

 どういう反応をするのか、三杉も華青も、ルニーより破流姫に注目していた。

 破流姫は、だらしなくへへへ、と笑っているルニーを眺め、そして三杉に問うた。

「誰だ?」

 どうやら怒ってはいないようである。自分の分もなかったことになったらいいのにな、と淡い期待をしながら、三杉は細心の注意を払って静かに答えた。

「ルニーです。指名手配、しましたよね?」

 破流姫はルニーをまじまじと見て、

「した」

 と簡潔に言い切った。

 やっぱり、と三杉も華青も腹の中で納得した。

「いつ? 何で?」

 華青もまた二言で根本的な疑問を訊ねた。

「隣国のギルドで報酬をもらったときだ。お前たちの肖像画が並んでいただろう? もう一人も手に入れれば、私は上位三人、すべてを手中に収めたことになる」

 収めると何があるのか、その理由を二人は考え巡らせたが、恐らくはただそうしたかっただけに違いない。三杉はその可能性を無理に頭の隅に追いやって、きっと何か特別な理由があるはず、と思い込もうと努力した。

「姫様、何も指名手配までしなくてもよかったのでは? ルニーはひどく怯えてましたよ?」

 三杉に脅されていたときの方が怯えていたが、と華青は内心思ったが、黙っておいた。

「正確には私が指名手配をしたわけではない。早急にこの男を見つけて城へ連れて行って欲しいと頼んだだけだ。そうしたら受付のおやじが急に慌てて電報みたいなものを打って、指名手配をしたので間もなく捕まるでしょうと言ったんだ」

 自分の名前を出さずとも、城へ連れて行けと依頼すれば、ギルドの受付けは相当に慌てただろう。指名手配をするのも当然だ。

「しかし、随分肖像画と違うように思えるが、本当に本人か?」

「肖像画には手心が加えられていますから……」

 そう注文を付けたのはルニー本人である。ありのままを描くと可愛過ぎて割のいい仕事が来なくなるから、と尤もらしい理屈をつけて、少しだけ陰のある飄々とした雰囲気を出させていたのだ。


 破流姫の肖像画も、本人とは少々雰囲気が違うものが多い。それは破流姫が注文をつけたのではなく、絵師が破流姫の美しさに当てられて夢み心地で描くかららしい。

 三杉は常々、詐欺だ、と思っている。確かに美しさは引けを取らないが、柔かく微笑むだとか、あたたかみを醸し出す光や花々などで美しさを演出するより、剣を片手に彼方を見通す姿だとか、威風堂々とした、女王然とした姿の方がより実物に近い。ただ、それでは縁遠くなってしまうのが目に見えているから、やっぱり手心は加えるものなのかもしれない。


 破流姫も肖像画と本人のいくらかの違いについては理解しているのか、すぐに納得した。

「なるほど。ではこの恰好は何なのだ?」

 この、と指差したルニーは相変わらず芋虫状態だ。目を閉じてはいるが、にへらと笑っている。

「誰かさんが指名手配なんかするから、こんなになってんだよ」

 遠慮の欠片もない、敬意すらない、これまでと同じ調子で華青は言った。

 華青はもはや破流姫に対して敬意を払うことをすっかりやめてしまっている。慣れない華青がしどろもどろで要領を得ないし、当の破流姫が気持ち悪いと一蹴したためだ。

 大抵のことは何でも要領よくこなす華青だったから、貶されてほんの少しの間落ち込んでいたことは三杉の胸の中にしまってある。

「こいつを捕まえるだけでもひと苦労だったと思うぜ。こんなのでも実力はあるからな。どこから連れてきたのかは知らないけど、連行するとなるとこのくらいはしなきゃ、隙を見て逃げられるからな」

 ふむ、と破流姫は納得して頷き、そして言った。

「ではいつまでこうして縛っておくんだ? 見たところ顔色が悪いが、病気か?」

 三杉は、あっ、と叫んで、ようやくルニーを縛りつけている紐を解きにかかった。

「こいつが病気なんかしてるのは見たことないな。俺が担いで運んできたら酔ったみたいだ」

 華青は手伝いもせず、暢気にケラケラと笑った。

「お前たちは馬鹿なのか、薄情なのかわからないな。具合が悪いならさっさと解放してやるとか、医師を呼ぶとか考えないのか?」

「すみません……」

 医師を呼ぼうとはした。したが、結局呼ばなかったのだから、薄情と言われても仕方がない。


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