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第13話

「待て、三杉! 落ち着け!」

 華青が三杉を止めようと羽交い絞めにし、

「離せ、三杉! 殺すな!」

 と禎那はルニーを抱えて引っ張った。

「こいつは……こいつは、姫様に……!」

「何だ! 何か知ってるのか!?」

 どうにか引き離し、飛び掛かろうとするのを必死に押さえて、華青は怒鳴った。

「この、この男は、姫様と通じていたんだ!」

 怒り狂う三杉を除く三人が時を止めた。恐怖に泣き叫んでいたルニーさえ、涙を止めて首を捻った。

「通じて……?」

 拘束する腕が緩んだところを、三杉はすかさず抜け出したが、ルニーに手が届く前にまた捕まった。

「どういう意味だ?」

 禎那がルニーを抱えたまま問うた。人形のように抱き抱えられているルニーは、涙で濡れた疑問だらけの顔を三杉に向けていた。

「私の目を盗み、姫様と……。気が付けなかった私も愚かだった。すぐそばにいたのに、何も知らなかった……!」

 吐き出した言葉には様々な感情が入り混じり、悲痛さを響かせた。

 涙を堪えているのか、三杉は深く俯いた。小さく呻き、そのあと大きくゆっくりと深呼吸した。暴れそうな感情を無理矢理押さえつけているようだった。


 ひとり葛藤する三杉を眺めながら、その他三人は無言で状況把握に努めていた。

 ルニーと破流姫、そして三杉。この三点がどうしたって線で結ばれない。ルニーと三杉、破流姫と三杉は繋がっても、ルニーと破流姫を繋ぐ線はどこにもないように思える。


 が、当のルニーは思いついた。

「あのー、もしもし、三杉さん?」

 三杉を刺激しないよう、そっと声をかける。

「もしかして孕ませたとかいう話を信じた?」

「は、孕ませたぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは華青だ。

「誰をだ! って、姫様をか!?」

「お、お前、うちの姫様に手を出したのか!?」

 禎那も驚き、思わずルニーを取り落とした。

「うわあっ! おじさん、気をつけてって言ったでしょ!」

 足元に転がったルニーを、すかさず三杉が踏みつけた。

「痛い、痛い! ちょっと、やめてよ! 違うんだよ! あいつらの出まかせなんだから!」

 ひとしきり踏みつけられるルニーを見かねて、華青はまた三杉を羽交い絞めにして引き離した。

「出まかせ? 嘘なのか?」

「当たり前でしょ! いつどこでどうやってお姫様になんか近づけるって言うのさ!」

 考えてみればその通りである。王家の姫君に下心を持ってそうやすやすと近づけたなら大問題である。王族や貴族の子息ならまだしも、一介の傭兵の身分で深窓の姫君と愛だの恋だの語り合えるわけがない。その上赤ん坊など、もうおとぎ話の世界である。

「そうだよな。あー、びっくりした」

 華青は心底ほっとして肩の力を抜いた。

「脅かすなよ。言っていい冗談と悪い冗談があるだろう?」

 王族の姫君の下世話な冗談など、下手をすれば不敬罪になる。近衛隊長を前にそんな無礼を働けば、即刻牢屋行きでもおかしくはない。幸い禎那はそうは取らなかったようだが。

「僕に言わないであいつらに言ってよ」

 ルニーははなから知らない、わからない、と言っていた。心当たりもなくこんな風に拘束されるのもおかしな話だが、ルニーと話しても何も出てこないと、華青と禎那はようやく理解できた。


 三杉だけは違う方向で安堵していた。胸を押さえ、深く大きな溜め息を吐き、そのまま萎れてよろめいた。

「大丈夫か、三杉?」

 顔を覗きこまれて視線が泳いだ。咄嗟に塞いだ口元から思わず、嘘か、そうか、とくぐもった呟きを漏らしてしまった。

「もしかして信じたのか?」

 華青がそう確認すると、三杉はバツが悪そうに顔を背けた。

「信じるか、普通?」

 自分も信じかけておきながら、華青は呆れたように三杉を見た。

「そうか、それでか。好きな女がルニーに寝取られたとなっちゃ、腹が立って当然だよな」

「好き、って……」

「しかしまぁ、姫様も信用がないんだな。変わってはいるけど、常識はあるだろ」

 華青は腕を組んで、冷たい言葉と態度で三杉を責めた。

「た、頼むから姫様には言わないでくれ」

 まるで別人の弱々しい三杉が、華青に縋った。

「そりゃあ、言わない……というより言えない。恐ろしい……」

 何があるとも言えないが、恐らくないわけではないだろう。想像もつかないから余計に恐ろしくなり、華青は身震いした。


「あー、もしもし、三杉くん」

 足元から弾んだ呼び声がした。

 転がったままのルニーが満面の笑みで見上げていた。

「ちょっとこっちにきてくれないかな?」

 勘違いで殴ろうとしてしまい、三杉は罪悪感で一杯だった。謝ろうとルニーの傍らに膝をついた。

 その瞬間、太ももに噛みつかれた。

「いたたたたっ!」

 驚きで尻もちを着いたが、ルニーの強靭な顎は外れなかった。

「痛い! 痛いって!」

 グイグイと頭を押し遣ろうとするが、一向に離れない。禎那がルニーを抱えて引き剥がそうとするも、食い千切りそうな噛みつきっぷりだ。

「いたっ、いたた! 離せ、ルニー!」

 華青も何とかルニーを離そうと、その両頬を摘まんで思い切り引っ張った。

「いひゃい!」

 ルニーの顎は簡単に離れ、禎那がそのまま距離を取った。

「コノヤロウ! 気が済むまで噛みついてやる!」

 ルニーは強暴な獣の如く、歯を剥き出し、空を噛んだ。

「僕が味わった恐怖をお前も味わえ!」

 す巻きにされた格好で凄んでも滑稽なだけだが、目はギラギラと怒りに燃えて、さすがに三杉も文句は言えなかった。

 そうさせたのはほかならぬ自分なのだから。

「すまなかった……」

 消え入りそうな声で謝罪したが、簡単に打ち返された。

「すまんですめば役人なんかいらないんだよ!」

 返す言葉もなかった。

「落ち着け。な? 誤解が解けてよかったじゃないか」

 禎那が赤ん坊をあやすようにルニーを軽く揺さ振る。

「三杉がひとりで勝手に誤解してただけでしょ! 僕は何にも言ってもやってもいないからね!」

 切っ掛けが何だったのかを禎那は知らなかったから、何とも言いようがなかった。

「まぁまぁ、そもそも、お前がそんな格好してるから誤解するんだ」

 宥めるように華青が言えば、

「僕のせいじゃないし」

 フンっ、と思い切りそっぽを向き、取りつく島もない。

 華青は幌の外側でただ成り行きを見ているだけの男たちに訊いた。

「何でルニーを捕まえたんだ?」

 それに答えたのは真ん中にいた男だ。

「褒美がもらえるって聞いた。城で酒を飲ませてくれるとかって」

「宴だ。宴を開いてくれるんだ」

 隣にいた男が訂正すると、さらに後ろの男が言った。

「俺は賞金がもらえるって聞いたけどな。なぁ?」

 周りに同意を求めると、同意どころか口々に違うことを言い並べた。

「単に仕事だろ? 報酬もらって終わりじゃないのか?」

「褒美がなきゃ、こんな面倒なことするかよ」

「俺は破流姫様に会えるって聞いたぞ?」

「え、マジ? 会ってみたい」

「破流姫様が宴を開いてくれるんだよ」

「違うって。王様だ」

「俺は面白そうだからついてきた」

 聞くだけ無駄のようだ。

「何でもいいや。とにかくお前を連れて行けばいいんだな。王様か姫様のところに」

「やだよ。僕は行かないからね。何で捕まったのかわかんないまま死ぬのはご免だね」

 きっぱり言い切ったところで、逃げることも抵抗することもできない。口だけは良く回るが、文字通り手も足も出ない状態なのだ。

 華青は聞く耳持たず、ルニーを肩に担ぎ上げた。

「うわあっ! ちょっと!」

「暴れると落とすからな」

 若干ぴちぴちと跳ねて抵抗を示すも、脅しが効いてすぐにやめた。

「三杉! もう噛まないから助けて!」

 怒りをぶつけていた相手に、今度は助けを求める。なかなかに臨機応変な態度である。

「大丈夫だ。王様も姫様も理不尽なことはしない。……多分」

「最後の一言が怖いんですけど!?」

 三杉が目を逸らすと、今度は禎那に向かって叫んだ。

「おじさん! いたいけな僕を助けてよ!」

 しかし禎那は気の毒そうに見るだけだった。

 国王か姫君が出した命なら、近衛隊長の立場では勝手に反故にすることなどできない。

 ルニーにはそんな事情はどうでもよく、華青の肩の上で喚き散らすだけだ。

「誰かぁ! 助けてぇ!」

 逆さまになったルニーの三つ編みが大きく揺れていた。




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