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第12話

「道を開けろ! 通るぞ!」

 荷馬車を取り囲んで成り行きを見守っている男たちのあちらこちらで、華青だ、と驚きの声が上がる。華青が進むと、潮が引くように道ができて行った。


「何を積んできた……はぁ?」

 何かを期待して幌の中を覗き、そしてあまりにも予想外の様子に呆気に取られた。


 荷台の上とは思えない、こじんまりとした部屋の中央に、仁王立ちした三杉、その奥に妙な姿で泣く小さな人影、それを支えている近衛隊長。


「何してんだ、お前ら?」

 その声に振り返った三杉の顔からは表情が抜け落ちていてぎくりとした。


 何か怒ってる……。


 人のいい三杉が怒ることなどほとんど見ないが、怒りが頂点を超えると、怒鳴るでも当たり散らすでもなく、逆に無感情のようになって大人しくなる。だがその目は無機質なものを見るように冷え切り、表情も抜け落ちてまるで人形のようになる。それがかえって恐怖心を煽り、増長させる。

 ここまで怒ることは――というより、怒らせることはほとんど無い。誰が何をしてこんなにも激怒させたのか不思議だった。


「おっさん、何やらかしたんだよ?」

 とりあえず近衛隊長に訊いてみる。

 禎那は心外だとばかりに眉間に皺を寄せて言った。

「俺じゃないぞ。何がどうなってるのか、俺の方が訊きたい」

 それじゃあ、原因は毛布です巻きにされている奇妙なヤツか、とそちらをじっと見つめる。

 禎那と比べると異様に小さな人物がえぐえぐと泣いている。涙に濡れてはいるものの、その顔には見覚えがあった。

「ルニーか?」

 ルニーは泣きながら華青に目を向け、助けを求めてさらに泣いた。

「うわあぁ、華青ぇ」

「お前、何て格好してるんだ?」

 お互いを名前で呼び合うところから知り合いらしいと踏んで、禎那は一縷の望みを華青に託した。

「この子は何だ? 人質じゃないのか? どうしてこうなってんだ?」

「知るかよ。そいつに訊けよ」

「誰に訊いても要領を得ん。頼むから通訳してくれ」

 華青には禎那の言葉も意味不明だ。

「通訳って……何で話が通じないんだ? 三杉は?」

「三杉もわけがわからない」

 何を考えているのか、相変わらず泣いているルニーを無表情に見据えている。この状態ならさもありなん、と思った。


 面倒臭い。


 そんな風に目を細めたが、仕方なさそうに大きく息を吐いてから言った。

「まず、そいつはルニー。こう見えて男だぞ」

「……え?」

「しかも俺より二つ上だ」

 ゴン、と鈍い音が響いた。

「いったぁい! ちょっとおじさん! 急に手を離さないでくれる!?」

 華青の言葉に固まった禎那の手からルニーが滑り落ち、剥き出しの後頭部がいい音を立てた。

「あ、あぁ、すまん」

 禎那は我に返って、受け身も取れずにただ落下したルニーをもう一度抱き起した。

「気をつけてよね! 動けないんだから!」

 先ほどまで助けを求めていた相手に、ルニーは偉そうに噛みついた。

「悪かった」

 禎那は大きな手でルニーの後頭部をそっと撫で擦った。

「もう、やんなっちゃうな。どいつもこいつも」

 膨れて文句を言うルニーを、華青は呆れた目で見た。

「そうは見えないが、俺たちと同じ、ギルドのダイヤクラスだ」

 そう言うと禎那はさらに目を丸くし、腕に抱いたルニーを傾げてその耳を確認した。

 華青と三杉がつけるのと同じダイヤが光っていた。

「この子が……あ、いや、この男があのギルドのダイヤクラス?」

「見えないだろ?」

 禎那は唖然としてルニーを見下ろし、信じられないと言うふうにゆるゆると首を横に振った。

「失礼じゃないの、おじさん?」

 気を悪くしたルニーに、禎那はまた、すまん、と謝った。

 見た目と肩書きの大きな違いに、自分では何の違和感もないらしい。

「よもやダイヤクラスの男がす巻きになってるとは、誰も思わないだろうよ」

 華青が小馬鹿にして言うと、ルニーは不貞腐れて唇を尖らせた。


「で? 何でそんな格好してるんだ?」

「あいつらに捕まっちゃったの。ご褒美欲しさに売られちゃうんだよ」

「何だそりゃ? お前が簡単に捕まったのか?」

 片耳に同じ色の宝石をつけていながらの醜態に、華青は少なからず驚いた。意味がわからないのもあったが。

「最初は良かったんだけどさ、あんなのが束になって飛び掛かってきたら、そりゃあ、僕だって逃げ道なくしちゃうよ」

 あんなの、と顎で示した荷台の向こうに目を向ける。ルニーよりも背丈も体つきも遥かに大きな男たちが、みんなこちらに注目していた。

 友達、とまでは言えないまでも、全員が同業者で仲間だ。些細な諍いなら日常茶飯事だが、そんなものは後々尾を引く問題になったことなどない。そしてこれと言って大きないざこざが起こったという話も耳にしない。

 仲間たちが束になって飛び掛かるような、どんな大層なことをルニーは仕出かしたのだろうか。


「お前、他人の仕事でも横取りしたか? それとも分け前を独り占めしたとか」

「そんなことするわけないでしょ。規則違反じゃん」

「だよな。じゃあ、酒場で旅行者にたかって無一文にさせたか?」

「失礼だな。少しは残しといてやったよ」

「たかったのは事実か……」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。奢ってくれるって言うから、一緒に楽しいお酒を飲んだだけだよ」

「ものは言いようだな」

「ほんとだよ。意気投合して気前よく奢ってくれたんだ。遠慮なく飲めってどんどん注文してくれたんだから」

「社交辞令って言葉を知ってるか?」

「何それ? 聞いたことないなー」


 ポンポンと交わされる華青とルニーの進展のまるでない応酬に、痺れを切らしたのか三杉の低い呟きが割って入った。

「指名手配されているそうだ」

 華青はもとより、禎那も驚いて三杉を振り返り、二人そろって大きな声を上げた。

「指名手配!?」

 一見可愛らしく見えるこの男がなぜ、と禎那は支えているルニーを見下ろし、まさかそこまでとは、と華青は半ば呆然とルニーを見つめた。

「何でそんなことになっちゃったのか、僕にもさっぱりわからないんだけどねー」

 と、ルニーは他人事のように軽く言った。

 すると三杉はゆらりと動き、ルニーに一歩近づいた。

「きゃー、きゃー! 助けて、華青!」

 途端にルニーがぴちぴちと跳ね、不意をつかれてまた禎那は頭突きされた。

「近づくな、三杉!」

 禎那はルニーの心情を慮ってと言うより、自分の身の安全を求めて怒鳴った。


 華青が荷台に飛び乗り、三杉の目の前に立ちはだかった。そして慰めるようにその肩に手を置いた。

「お前の気持ちはよくわかる。そういう理由なら怒って当然だ」

 三杉が激怒している理由はルニーのこの裏切り行為だったのかと、華青はようやっと納得した。

 品行方正とまではいかなくとも、世間に顔向けできないことをするような傭兵はいない。仮にもギルドは客商売である。信用を落とせば本人ばかりか、ギルドにまで影響が及ぶ。だから不義不正が行われれば即刻クラスを剥奪され、ギルドからも追放されてしまう。

 かつて肩を並べていた仲間が、あろうことか指名手配などという不名誉に身を落としたことが、生真面目な三杉には許し難いのだ。よもやルニーが大罪を犯したなどとは思いたくないが、この姿を見ては否定しきれなくなった。

「なぁ、三杉。ルニーにも弁解の余地をやろう。何か理由があってのことかもしれないし」

 指名手配までされたルニーを庇うつもりはないが、能天気で屈託のないルニーが大罪を犯さざるを得なくなった切っ掛けを聞くことも必要だと思った。

 しかし三杉の答えはにべもなかった。

「関係ない。私は一発殴れば気が済む」

「うん、そうだな。だけど俺はこいつが処刑される前に何をやったか聞きたい」

「バカバカ! 人でなし!」

 悪態を吐くルニーを、三杉は冷たい目で見降ろすだけだ。

「話を聞いた上で、泣くなり、怒るなり、ルニーを殴るなり蹴るなり、好きにやれ」

「バカなの!? お前、ちょっと会わないうちにバカに磨きがかかったんじゃない!?」

 口だけは達者である。動きが制限されている分、言葉は淀みなく出てくるようだ。

「さすがに俺も犯罪に手を染めたりはしないからなー。三杉に怒られることはあっても、ここまで激怒させたことはないぜ。お前、大したもんだな。つうか、すげーよ。ある意味感心する」

 嫌味半分、感心半分。ルニーは目を吊り上げて怒鳴った。

「本当に知らないってば! 僕、何にもしてないんだから! 三杉が勝手に怒って、こんな可哀相な姿の僕を殴ろうとしたの!」

 自分で憐れんではあまり可哀相な気はしてこないが、その姿は確かに可哀相ではある。

「理由もなくす巻きにされるかよ」

「だって、仕方ないじゃん」

 拘束されることは受け入れてしまったらしく、唇を尖らせて言った。

「その原因はお前なんだろ? 何やらかしたんだか。とうとう天に見放されたか?」

「うるさいよ。僕はいつだって面白おかしく可愛らしく生きてきたけど、人様に後ろ指差されるようなことはしてないからね。今更ケチつけるとか、余計なお世話」

 自分の行動を省みるどころか、開き直って文句を言った。

「そうは言ってもなぁ。その恰好じゃ説得力ないぜ」

 華青は何の気なしに爪先でルニーを突いた。やめてよ、と蓑虫状態のルニーが身体をくねらせた。


「お前は何か大それたことをして、それで指名手配されたんだろ? 連行してくれば褒美がもらえて、その褒美欲しさにあいつらがここまで連れてきた、と」

 華青の要約に一筋の光を見た禎那は、ほぅ、と感嘆とも納得とも取れるような声を上げ、言った。

「なるほど、そう言うことだったのか」

 華青はやや小馬鹿にして鼻を鳴らした。

「何だ、そんなこともわかってなかったのか?」

「仕方ないだろ。頼まれ物を持ってきた、姫様に会わせろ、しか言わないんだから」

「何で姫様に会いたいんだ? 頼まれ物って、ここのお姫さんが頼んだのか?」

 そうルニーに訊くと、

「知らないよ。僕に訊かないでよ」

 と、こちらも鼻を鳴らして、ツンとしながら言った。


「こいつは……!」

 とうとう三杉が華青を突き飛ばし、抱えられているルニーの胸倉辺りを掴み上げた。

「ぎゃあ! 助けてー! 殺されるー!」

 一段と声を張り上げ、ルニーは可能な限り暴れた。


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