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第11話

 奥で転がって泣いている少女を抱き起すと、まぶたも唇も固く閉じ、息さえ詰めてしゃくり上げるのを堪えているようだった。

「大丈夫か?」

 そう声をかけると、詰めていた息を吐き出し、子供のようにえぐえぐと泣きながら、

「殺されちゃうよぅ」

 とか細い声で訴えた。


 囚われの身の恐怖心は計り知れない。

 やはり人質なのかもしれない。


 禎那は安心させようと優しく言った。

「心配ない。そんなことはさせない」

「ほんと?」

 涙に濡れた大きな目で見上げられては、憐憫の情が湧いてくる。

 命の危険が回避されてよかった。人質にしろそうでないにしろ、意味不明なまま死人を出しては後味が悪い。ましてやいたいけな子供をむざむざ死なせてしまったら、悔やんでも悔やみきれない。


「これ取ってよ」

 何を言い差しているのか一瞬わからなかったが、もぞもぞと身を捩って、これこれ、と何度も言われ、幾重にも巻かれた紐のことだと気がついた。

 可哀相なほど執拗に巻きつけられ、縛り上げられている。これでは身動きも取れず、苦しいだろう。現に、身体を揺り動かすしかできていない。

「ひどいな。何でこんなに縛りつけるんだ」

 いくつもある紐の結び目に手をかけると、外で男たちが口々に叫んだ。

「駄目だ、解くな!」

「逃げちまう!」

「噛みつかれるぞ!」

「そのままにしておけ!」

 恫喝と言うよりは忠告めいて聞こえた。

 禎那は苛立ちを交えて大げさなほど溜め息を吐き、無駄とわかりつつも男たちに訊ねた。

「それは一体どういう意味かと、初めから俺は訊いているんだが?」

「だから駄目なんだって!」

「あんたが危ない目に遭うぞ!」

「そいつから離れろ!」

 やはり理解できることは何もなかった。それどころか、今度は脅しているように聞こえてきた。

「お前ら、この俺に喧嘩売ってんのか?」

「何でそうなるんだよ! 俺たちはあんたのためを思って言ってんだ!」

「そうだ! 黙って言う通りにしろよ!」

 男たちの怒鳴る声が重なって、何を言ってるのかよく聞き取れなかった。禎那は敢えて無視し、少女を拘束している紐を解きにかかった。

 やめろ、やめろと言う声が引っ切り無しに飛んでくるが、誰一人力づくで止めようとする者はいなかった。


「あぁ、苦しい……早く取ってよぅ」

 悲壮な声で少女が訴えれば、外の男たちが一斉に罵声を浴びせた。

「てめぇは黙ってろ!」

「今更何言ってやがる!」

「白々しいな、お前は!」

 なぜそんなにもこの少女に凄むのか理解ができなかった。それに、口ではひどい攻撃をしてくるのに、誰も手を出そうとしない。元よりこんなにもがんじがらめにしておく意味もわからない。


 最初から何ひとつわかっていない。


 考えるのをやめて、禎那は結び目をひとつ解いた。

「やめとけって! せっかくここまで連れてきたのに!」

「逃げられたら昨日までの苦労が無駄になる!」

 頭を抱える男たちの方にも悲壮感が漂う。

 なぜ人質を取る悪人にそんなものを感じるのか不思議だ。

 無視し切れずに思わず手を止めた禎那に、

「怖いよぅ。殺されちゃうよぅ」

 という、言葉のわりにひっ迫した雰囲気が感じられない少女の声が、手を動かせと催促する。

「お前、黙ってないと三杉を離すぞ!」

 意味不明な脅し文句を誰かが言うと、少女はピタリと口を閉じた。


 三杉を離されると何だと言うのだろう? しかもその脅しはてき面に効いている。三杉自身も少女に凄んでいるし、もしかするとこの少女は人質ではないのではないか。


 その問いに答えてくれる者は、残念ながらここにはいないらしい。

「頼むから誰か教えてくれ。一体、何が、どうなって、こうなっているんだ?」

「だからそいつから離れろって」

「手を出すな」

 相変わらず同じ言葉の繰り返しだ。期待もしていなかったがうんざりした。

「その意味を教えてくれって言ってるだろうが」

 呟いた禎那の言葉に応えたのは、拘束された少女だった。

「あいつら馬鹿だから説明なんかできないんだよ」

 男たちに聞こえないようにか、ひそひそと教えてくれたが、そこはしっかり聞こえてしまっていたらしい。

「よし、三杉、行け。思う存分ぶちのめしていいぞ」

 解放された三杉が、ゆっくりと片足を荷台にかける。

「ぎゃあ! 助けてー!」

 途端に少女は身体をくねらせ、暴れ出した。

「こら、暴れるな。三杉が何だと言うんだ?」

 狂ったようにのた打ち回って逃げようとする少女を押さえつける。振り乱す頭で顎を強かにぶつけ、バタつく足で脇腹を蹴られた。

「いてて。何もさせないから落ち着け。三杉はそこで止まれ」

 三杉は大人しくその場で立ち止ったが、スッと少女に指を差し、静かに言った。

「そいつを渡して下さい」

「きゃー! いやー! 殺されるー!」

 少女はまるで打ち上げられた魚のようにぴちぴちと跳ねた。

「落ち着け!」

 また不意打ちを食らいそうなので、力づくで抑え込んだ。

 冷たい目をした三杉が少女を見据えたまま、

「私が静かにさせましょう」

 と言うと、少女は金切り声を上げて叫んだ。

「やめないか、三杉! 怯えているだろう」

「何をですか? 私は脅してなどいませんよ?」

 確かに脅しているようには聞こえないが、三杉の態度と声は背筋が寒くなるような不気味さを孕んでいた。

「うん、まぁ、その通りだが、とにかく離れてろ」

 三杉に一定の距離を保たせると、少女はビクつきながらも大人しくなり、三杉の様子を窺っていた。

 残りの紐を解こうと結び目に手をかけたところで、三杉が一歩踏み出し、少女が暴れ出した。

「おい、暴れるな! 三杉は近寄るな!」

「紐は解かない方がよろしいかと」

「なぜだ!」

「もっと暴れて手に負えなくなります」

 がんじがらめでこの暴れ様なら、手足が自由になれば押さえられなくなるかもしれない。

 一理ある、と納得しつつ、ではどうしたらいいのかと、ここでも途方に暮れそうになる。

 禎那は頭を掻きむしって唸った。



 ◇



「何だか進展がなさそうですねぇ」

「隊長は何をしているんだろう?」

 門前に佇む兵士が暢気に言った。

「俺も見てこようかな」

 興味をそそられた兵士が軽く言うと、押しかけてきた男たちの一人が真面目な顔で忠告した。

「やめといたほうが身のためだぞ。三杉と隊長さんに任せておけ。それで手に負えなかったら俺にもあんたにもどうにもできない」

 兵士はムッとしたものの、男の台詞の妙な不穏さに好奇心は潰されたようで、足は動かなかった。


 時折揺れる荷馬車と、その陰で蠢く男たちを眺めていると、不意に後ろで門扉が開いた。

「うおっ。何なんだ、これは?」

 周りの目が荷馬車から城門へと注がれ、現れた人物を見て押しかけてきた男たちだけが驚きの表情を見せた。

「何してんだ、お前?」

「お前こそ何してんだよ、ジェイク。コーディにリンツも。ずーっと向こうまで知ってる顔じゃないか。雁首揃えてどうしたよ?」

 現れたのは華青だった。

「怪しい奴らってお前たちのことだったのか。こりゃあ、怪しまれても仕方ないな」

 華青は能天気にカラカラと笑った。

「お前は随分と立派になったじゃねぇか」

 ジェイクが華青の身形を上から下まで眺めると、華青もまたその視線を追って自分の姿を見下ろし、そして嫌そうに顔をしかめた。

「これには深い事情があるんだよ」

「華青も破流姫様に一目惚れして城で働いてるのか?」

 ジェイクの隣に立つ、一回り小柄なコーディ―がそう問うと、華青は面白くなさそうに口をへの字に曲げた。

「けっ。冗談だろ。三杉じゃあるまいし」

 嫌悪感も露わに吐き捨てた言葉に興味をそそられたが、誰かがそれを口にする前に、華青は最後尾で不自然に揺れる荷馬車に目を遣って言った。

「何だあれ? 何を運んできたんだ?」

 高く幌をかけた荷馬車が間を置いて小さく揺れる。牽いている馬は疲れているのか、大人しい。周りを固める見知った顔は、どれも荷馬車を注視している。後ろに集まるものは幌の中に視線を注いでいるが、誰一人としてその場を動こうとせず、傍観している。

「行って驚け」

「見て驚け」

 ジェイクとコーディは華青の背中を押した。

「何だよ? 何があるんだよ?」

 嫌な予感がして足が止まり、華青はたたらを踏んで振り返った。

「お前なら行っても大丈夫だ」

「寧ろお前のほうがいいかも」

 二人がそう評価すると、周りから応援された。

「あれを何とかしてきてくれ」

「そして早く破流姫様に会わせてくれ」

「お前ならできる」

「任せたぞ、華青!」

 何が何だかわからないままに期待の声だけは高まって行き、華青は段々その気になってきた。

「俺がやるのか?」

「お前しかいないって!」

「お前じゃなきゃ駄目だ!」

「そう言われてもなぁ」

「頼む、華青!」

「お前だけが頼みの綱だ!」

「そうか? まぁ、そんなに言うなら……」

 華青はにんまりと笑って、泳ぐように荷馬車へ向かって行った。

 送り出した男たちのあいだに疲れたような空気が漂ったが、そうとは知らないご機嫌な華青は、大声を張り上げて自分の通る道を開けさせた。


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