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第10話

「ところでさぁ、三杉」

 身体を斜めに起こし、見上げるようにしてルニーが言った。

「一目惚れしたお姫様のお城に潜り込んで働いてるって噂、あれ本当?」

 せっかく終息した話題を持ち出されて、三杉はまた慌てた。

「何言ってるんだ、そんなこと……」

「だってさぁ、ここんところ三杉の姿見ないし、もしかしたら噂が本当で、今頃お城で鼻の下でも伸ばしてるのかなぁ、って」

 鼻の下を伸ばしてるとは心外である。自分の駄目さ加減に愛想を尽かしつつも、楽しく暮らしていたのは事実だが。

「ば、馬鹿なこと言ってないで、そもそもこうなった原因を言え。お前がみんなに邪険にされた話じゃなく」

「何だよ、いいじゃないか。気になるだろ?」

「ならない。いつまでもこうして門前にいたら邪魔だ。追い返すぞ?」

「いいよー。僕はその方がありがたいし」

 ルニーは暢気に言って、またゴロゴロと転がり始めた。


 話にならない。ルニー自体が意味不明である。


 誰かが三杉の腕を引いた。

「あのな、コイツ、指名手配されてんだ」

「指名手配!?」

 また物騒な台詞が湧いて出た。


 いくら自由過ぎる身の上でも、犯罪にまで手を出しているとは思わなかった。少々気が短いが、陽気で楽しい男だ。可愛らしさも相まって、どこにいても場が和んだ。そのくせ剣の腕前は確かで、三杉、華青と並ぶダイヤクラスの称号を持っている。ギルドの称号を得るには、腕だけでなく、人となりも重要な要素である。そんな男がよもや犯罪を犯すなど、とても信じられなかった。


「どうして……何でルニーが?」

「さぁな。本人も覚えがないって言ってるけど」

 男は殊更声を潜め、耳打ちした。

「どうも破流姫様を孕ませたらしい」

「はぁ!? は、は、はらま……」

 予想だにしなかった言葉に驚き過ぎ、喉が詰まって咳き込んだ。


 いったい、いつどこで破流姫とルニーが会ったのだろう? 会っただけでなく、二人の間に子供まで……。まったく気がつかなかった。それほど自分は暢気にしていたと言うのか。毎日顔を合わせ、言葉を交わしていたというのに、何も気がつかなかったというのか。

 何て自分は馬鹿なのだろう。破流姫を慕っているつもりが、ほんとうにただの『つもり』だったようだ。肝心なことに何も気が付かず、優しくされれば喜んで、叱られれば落ち込んで、ただそれを繰り返していただけだ。破流姫のことなど何もわかっていなかった。そばに仕えて、それで何でもわかっていると思っていた。そばに置いてもらえるだけで満足してしまっていたから、わかろうともしなかったのだ。

 きっと子供ができてしまったから、結婚話をやむを得ず持ち出したのだ。急がなければ子供の存在が周囲に知られてしまうし、父親が誰かと尾ひれ背びれがついて噂が立ってしまう。相手がルニーでは公にもできないだろうし、かといって未婚で出産など、世間体が悪過ぎる。そこで白羽の矢が立ったのが三杉なのだ。四六時中そばにいるのだから、間違いが起きてもおかしくはない。決して褒められたことではないが、話のつじつまは合わせられる。

 だから婚前交渉などという話が持ち上がったのか? 王も認めるところであれば、世間が騒ごうとも収まりがついてしまう。知らない仲ではないのだし、やや強引にでもまとめてしまえば、無事に子供を産み、育てられる。

 何と言うことだ。知ってか知らずか三杉のひた隠しにしていた恋心を利用し、何事もないかのように丸め込んでしまおうとは。


「おい、どうした、三杉?」

 とうとう膝をついた三杉を、周りが親切にも気遣ってくれる。こうしてあたたかい声をかけてくれるのは、結局昔馴染みの仲間たちだけなのかもしれない。


「姫様が……」

 勘違いで幸せを噛み締めていた過去が、音を立てて崩れて行く。気高く美しい破流姫も、所詮は男との恋に走り、密かに愛を育んでいた。心の中でも、身体の中でも。

「はは……私は馬鹿だな。本当に馬鹿だな」

 他の男を想っている破流姫に、ひたすら片思いをしていた。どれほどの愛を持っていたのかも知らず、暢気に幸せを感じていた。結婚を望まれるほど気持ちを傾けられているなどと、ありもしない幻想を見ていた。破流姫のために、ひいては国のために、自分は潔く身を引くのだと馬鹿馬鹿しい正義感に陶酔していた。


 消えてしまいたい。夢も希望もなくなった。利用されるだけの価値はあろうとも、能天気に受け入れる度量はない。


「大丈夫か? どうしたんだ?」

 かけられる言葉がやけに優しく響いて、涙が込み上げてきた。


「ねぇ、三杉ぃ。この紐、解いてくれない?」

 転がり飽きたのか、ルニーはもぞもぞと身体をくねらせて荷台の端に寄ってきた。

 破流姫の愛した男なら祝福してやらなければならないが、あまりにも突然であまりにも衝撃的過ぎて、素直に喜べない。知っている男だからなおさら裏切られたような気がして悔しい。


 人の目を盗んで逢引など……その上子供まで……!


 三杉はキッとルニーを見据え、ゆらりと立ち上がった。覚束ない足取りで荷馬車に歩み寄ると、ルニーの胸倉辺りを掴み上げた。

「え? 何?」

 されるがまま引き起こされたルニーは文字通り手も足も出ず、表情の硬い三杉をビクついて見た。そして拳が振り上げられた瞬間、叫んだ。

「ちょっと待って待って待って! 何で殴られるのー!?」

 さすがに周りの男たちも予想だにせず、驚いて三杉を止めた。

「落ち着け、三杉。どうした?」

「一発殴らせろ」

「何でだよ!? 僕が何したのさ!?」

「自分の胸に訊いてみろ」

「身に覚えはない!」

 即答したのが気に入らず、三杉は激しくルニーを揺さ振った。

「うわー! やめてー! 助けてー!」

 男たちが三杉を取り押さえ、ルニーを引き剥がす。荷台に押し戻す瞬間、三杉は足を伸ばして蹴り込んだ。

「きゃう!」

 可愛らしい悲鳴を上げて、ルニーが転がって行く。それを追い駆けて三杉が荷台へ上がろうとするのを、数人がかりで押し止めた。

「どうしたんだ、三杉! お前らしくないぞ!」

「私らしいとは何だ? 何が私らしいと言うんだ?」

「そんな乱暴な奴じゃなかった!」

「お前はいつも諭す方だったじゃないか!」

「殴って解決なんかしないって言ってた!」

「時と場合による」

「まあ、待て! 落ち着け! 落ち着いて話そう。話せばわかる」

 そう言った男よりも、三杉の方が落ち着いて見えた。ただその表情は感情が欠落して怖いほど冷えている。視線を受けた正面の男は言葉を失って固まった。

「うわーん! 三杉が怒ってるよぅ。殺されちゃうよぅ」

 ルニーがちょうど布団の上まで転がって行き、そこで突っ伏したかたちで泣いている。

 無表情の三杉は泣き声が癪に触ったのか、荷台を何度も蹴った。荷馬車は小さく揺れ、奥で泣いているルニーの悲鳴が大きく上がった。それもまた神経に触ったらしく、荷台に片足をかけて乗り込もうとする。

「やめろ、三杉! おい、みんな、三杉を止めろ! 向こうに連れて行け!」

 数人がかりで三杉を押さえるも、引きずって引き離そうとすると抵抗した。全員の手を振り解いてまた荷台に上がろうとする。それを引き止めるとまた暴れ出す。

 泣いているルニーなど、誰も関知していない。



 ◇



「何をやってるんだ、三杉は?」

 この場を三杉に任せて傍観者となった禎那が、荷馬車の陰で始まった騒ぎを良く見ようと首を伸ばす。

「さあ……何だか怪しい雰囲気になってきましたね」

 隣で同じ方向に目を向ける兵士が言った。

「ちょっと見てくる」

「お気をつけて」


 禎那は騒ぎの始まった荷馬車の陰に視線を注ぐ男たちを掻き分け、その波に潜り込んで行った。

「おい、お前たち、一体何をやってるんだ?」

 最後の人垣に割り込み、その中心で数人に取り押さえられている三杉を見つけた。

「どうした、三杉?」

 知り合いの三杉でも話し合えなかったのではないかとヒヤリとした。

「あ、隊長さんよ、三杉を連れて行ってくれ。死人が出るぜ」

 そばにいた男が忠告する。


 やはり無駄に終わったようだ。


 警戒もせず、男たちのど真ん中に入り込んでしまったことを後悔し始めた矢先、

「三杉、落ち着け! 先ずは話をしよう!」

「とりあえずアイツを見るな! こっちにこい!」

「アイツは後にして、俺たちと話をつけようぜ。な?」

 男たちの口から上るのは三杉を宥めるもので、すぐにこの騒ぎの原因は三杉だとわかった。

 三杉は宥められて大人しくなるも、隙を突いては荷台に上がり込もうとして止められる。それを繰り返していた。


「三杉、こいつらの言い分はわかったのか?」

 何がどうなったのかまったくわからない。何を話してこの状態になったのか、見当もつかない。珍しく冷めた目をした三杉に見据えられ、禎那はさらに不可解になった。

「どうした? 何があったんだ?」

「どうしたもこうしたもありません。私は自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きました」

「どういう意味だ?」

 禎那の問い掛け半ばで三杉はまた荷台に乗り込もうとし、男たちに慌てて止められた。


 三杉まで訳が分からなくなった。

 知った相手だからと任せたのがよくなかったのだろうか。しかし自分たちではあのまま二進も三進もいかなかったに違いない。三杉なら話が通じると思ったが、通じるどころか、三杉までもおかしくなってしまった。では一体どうすれば事が先へ進むのか。


 三杉が何かをしようとしている先から泣き声が聞こえる。荷馬車を覗き込んで、そのすっきりと快適に纏められた中の様子に一瞬呆気に取られ、それから奥で泣いている人らしい物体を見つけた。

「あれは人質じゃないのか?」

 三杉の様子からはとてもそうは思えないが、人質の少女がいるという報告は受けていた。

 全身を縛りつけられ、怖がって泣いていれば、どう見ても人質の少女である。

「やめろ、三杉。人質を助けなくては」

 三杉は禎那を一瞥して冷やかに笑った。

「人質ですか。面白い冗談ですね」

 いつもの三杉らしくない、冷めきった態度にますます訳がわからなくなった。

 あれが人質ならこんな風に脅したりするわけがない。とは思うものの、拘束されている少女は人質然として泣いている。あれは本当に人質なのか。違うのならなぜあんな風に拘束され、怯えて泣くのか。

「もう何が何だかまったくわからん。誰でもいいからわかるように説明してくれ」

 三杉ほか、周りを見渡して問いかけるも、誰もそれに応えてくる者はいなかった。

 最初から話が通じなかった相手に今更期待もしていなかったから、早々に諦めた。


「取り敢えずお前はそこに大人しくしていろ」

 三杉にそう言い置いて、禎那は荷台に乗り込んだ。


 妙に居心地良く設えられている中は、何となく甘い菓子の匂いがした。


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