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後編

 そうか、カナタは呼べたのか、この俺を。


 召喚魔法陣は、魔物側が呼び出されることに同意しない限り発動しない。俺は期待にニヤリと笑って、召喚されることにした。その瞬間周囲が歪んで、魔法陣が眩しく光る。目を細めながらも見ていると、ぐにゃぐにゃしていた陣の外の景色が輪郭を持っていった。


 召喚が終わると、そこは天井のない建物のような、不思議な場所だった。俺を中心とした十メートルくらいの範囲に、召喚陣が描かれている。


「カナタ・リンファルドぉ!」


「お?」


 俺の声でも、カナタの声でもない。叫ぶようなその声がした方を見ると、陣の外側から何やら慌てた様子でこちらを見ている人間が三人ほど。


「教官命令です、カナタ・リンファルド! すぐにその魔物を送還しなさい! ソレはあなたの手に負えるような魔物ではない!」


 その中の一人、眼鏡をかけた線の細い男が騒いでいる。その視線を辿って、俺はようやく同じ陣の中の……そいつに、目を向けた。


「……カナタか」


「はは、その声……。本当にナギなんだな、お前。随分と様変わりして……大きくなってるじゃないか」


「当然だろ、俺は強ええって言っただろうが」


「強いは強いでも、まさかA級レベルだなんて聞いてないから」


「……ところでお前、大丈夫か? 召喚陣の維持で死にかけてるように見えるんだが」


「ナギが強いから、陣が重いんだよ」


「なんで座り込んでるんだ?」


「重すぎて立っていられなかったんだよ、うるさいな」


 そう、カナタは陣の中でぐったりと座り込んでしまっている。


「さっきからずっと、教官とやらが早く俺を送還しろと騒いでるが、いいのか?」


「うーん……良くはないかな」


 その割には堂々と無視してんなぁ、カナタ。


「ナギ、元気だった?」


「当たり前だろうが」


「そうか、なら良かった」


 外野の教官とやらが早く送還しろやれ送還しろ殺されるぞと叫んでいるが、カナタが無視するつもりならいいんだろう。俺も奴らのことは無視することにしよう。


 俺は改めて、陣の維持で疲弊しているカナタを見据えた。


「ところでよ、カナタ。お前さあ、従魔召喚の儀の流れって知ってるか?」


「知らなかったら召喚なんてできないだろ」


 俺はゆっくりと歩いて、カナタに近付く。


「だよな。ならこんな危うい状況、俺に殺される可能性とか考えねえのか? 馬鹿もそこまでくると救えねえぞ」


 儀式では、人間の側が魔物を呼び出す。魔物が承諾したら、その魔物は陣の中に召喚される。そこで魔物と人間が同意すれば従魔契約がなされ、儀式は終了。もし上手くいかなければ、魔物は元いた場所に送還される。


 ここで重要なのが、同意の過程だ。実は儀式の間、術者と対象の魔物以外は陣の中に入れず、なおかつ魔物は陣に守られているので何をされても害されることがない。そこで人間側は、召喚陣を維持しつつ戦っても勝てる程度の魔物を召喚して、戦って力を示して自分を認めさせることがほとんどだ。儀式中は攻撃しても魔物側が傷つくことはないからな。だが力関係が逆なら……つまり、人間の方が弱ければ。魔物を認めさせることができなければ、人間は殺されてしまう可能性が非常に高い。学校とやらで、数年学んで力を付けてから召喚の儀をやるのも、この辺りの事情があるのだろう。


 このことを考えると、このバカナタは本当にバカナタだ。こいつは身の丈に合わない俺を召喚したせいで魔力の大半を持っていかれて、戦うどころか立っていることすらもできなくなっている。


 ゆっくりとカナタに近付いていた俺は急加速して残りの距離を詰め、柔らかい首筋に鋭い牙を押し当てた。外野から悲鳴が上がった気がしたが、無視無視。


「なあ、簡単に殺せるぞ、カナタ。お前はもう少し危機感ってもんを持つべきだ」


 首に弱く噛み付いた状態で喋ったら予想以上に牙が食い込みかけて、慌てて必要以上に口を開いた。皮膚薄いな相変わらず。壊れ物かよ。


「今回に限っては大丈夫だろ、別に」


「急所に牙食い込まされながらよく言えたな、あア? 召喚しようとした段階で許容量を超えた魔力を持ってかれたんなら、普通そこでやめんだろ。俺を召喚すんのは無理だって分かっただろうが。何で無理やり召喚()んだ?」


 カナタは薄く笑った。


「無理じゃない、実際ちゃんと召喚できただろ」


「だぁぁから、簡単に殺される状況はちゃんと召喚できたとは言わねえんだよ」


「……はは」


 俺は座り込んだカナタの首に、牙を押し当てている。うっかり口を閉じれば動脈にグサッといく位置だ。それなのにこいつは何故か優しげに笑って、俺の頭を撫でてきた。


「いやお前本当なんなの生存本能狂ってんのか?」


「俺さ、人を見る目には自信あるんだよな。まあお前人じゃないけど」


「はあ?」


「ナギは義理堅いところがあるから、一応命の恩人である俺を殺すことはできないとみた。実際今も、こんなことしてるけど殺すつもりなんてさらさらないんだろ。だから問題ない」


「…………なっ、…………ちっ」


 俺は首を解放して盛大に舌打ちをすると、カナタの隣に伏せた。


「……ふん」


 ああなかったさ殺すどころか傷付けるつもりもないさ! そんなに分かりやすいかよ。尻尾が不機嫌そうにビタビタと地面に打ち付けられているのがわかる。


「……俺はな、ナギ」


 そっと背を撫でながら話しかけられたが、せめてもの抵抗としてそちらは見ず、耳だけをカナタに向けた。


「お前を従魔にできるとはさすがに思ってない。ちょっと格が違いすぎたな」


「……一年半前の段階から、お前が俺に釣り合うとは思ってなかったぞ俺は」


「そうか。まあ、だから、呼んだのは従魔とか関係なしに、元気な姿を見たかったからなんだ。そしたらお前予想をはるかに超えて逞しいし、安心したよ。……元気でな」


「カナタ、お前さては勘違いしてんな?」


「へ?」


 俺はニヤリと笑って、カナタの目の前でスッと立ち上がった。ちなみに、この瞬間をシミュレーションして立ち姿ができるだけ凛々しく見えるようにと一人で練習したのは一生ものの秘密だ。何が何でも冥土まで持っていく。


「雷を纏って地を駆ける獣。種族は雷獣、名はナギ。お前らの基準で言うならA級魔物だ。……お前が死ぬまで、この俺が付き合ってやるよ、カナタ」


「へ、…………え?」


「従魔が俺じゃ不満か? まあ問題はあるかもしれねえが、頑張って何とかしてくれ」


「そんな適当な……というか、お前も俺なんかじゃ釣り合わないって思ってるんだろ。事実釣り合わないし」


 けっけっけ、慌ててる慌ててる。癖になりそうだ。


「一年半前の段階から、お前が俺に釣り合うとは思ってなかったっつったろ」


「いや、だから……」


「それでもあの時、俺は言っただろうが。召喚の儀でお前が上手く俺を呼べたら、従魔になるって」


「……」


 お、これはしっかり覚えてた顔だな。良かった良かった。


「俺じゃ力不足か」


「いや、そんなことは」


「じゃあ決定で、」


「ナギ」


 真剣な声で呼ばれて、見つめられて、俺は言葉を切った。


「……いいんだよ。釣り合うとか釣り合わないとか、外から見た事情だろ。俺がいいならいいだろ、別に」


「お前、俺に命を救われたからそう言ってるんだろ。契約したって、俺はお前の枷にしかならない」


「今のままなら、こと戦闘においてはそうかもな。嫌なら強くなれよ。別に戦闘だけが人生じゃねえけどな」


 たとえ送還されたってここまで戻ってきてやる。そんな強い気持ちがあった。理由は俺にもわからない。


「初対面から平等じゃねーんだよ、俺たちは。お前のが上だ。俺の命は言わば、お前に貰ったもんだからな。でもだからって、俺だってお前が気に食わなければ従魔になろうなんて思わねえ」


 カナタは難しい顔をして黙っている。


「魔物が一匹、お前のものだって言ってんだ。大人しく貰っとけ、掘り出し物かもしれないだろ」


「……いいんだな」


「おう」


 カナタの手が、そっと額に乗せられる。あの時はとても大きく感じていた手は、今は小さいくらいだった。カナタが何やら唱えて、契約の申し込みをしてくる。承諾の意思を返してやると、そのままわしゃわしゃと頭を撫でられた。


 従魔契約がなされたため、光を放っていた魔法陣が静かに消えていく。周りを見回すといつの間にか、陣の外には十人ほどの人間とその従魔らしき魔物が集まってきていた。


「そういやさっきから外野でギャアギャアと騒いでたな。無視したけど。おいカナタ、誰だこいつら」


「学校の先生方」


「ふーん。ところでお前、なんでまだ座ってんだ」


「……」


 カナタは目を逸らす。


「なるほど、立てねえのか」


 魔力の使い過ぎだろう。


「……うるさいな」


「まだ何も罵ってないだろバカナタ。……せっかくだから乗せてやるよ。よじ登れ」


 既に立ち上がっていた俺は、もう一度カナタの隣に伏せてやった。


「よじ登っ……って、大丈夫なのか?」


「逆に聞くが、何で大丈夫じゃないと思う? 人間一匹程度の重みでこの俺が潰されるとでも?」


「……ありがとう」


「別に」


 カナタが背中に乗ったのを確認して、俺はゆっくりと立ち上がった。


「カナタ・リンファルド」


 外野の一人が声を発したので、おもむろにそちらを向く。


「カナタ・リンファルドってのが、お前のフルネームか?」


「ああ」


「つまり、呼ばれてるな。向かうか?」


「ああ、頼む」


 カナタを乗せたまま俺が近付くと、外野の連中はどことなく身構えた。真ん中のジジイが一歩前に出たので、少し距離を置いて止まる。


「カナタ・リンファルド。契約に成功したのだな?」


「はい。……ナギ、やっぱり降ろしてくれ」


「立てんのか?」


「多分」


 伏せてやると、カナタはふらつきながらも俺から降りて真っ直ぐに立った。


「その魔物は、雷獣のオスだな。A級、しかも成体であるようだ……。雷獣は凶暴とまではいかないが、好戦的な種。間違っても大人しいとは言えない魔物であるが……御しきれるのか?」


「上手くやっていきます」


「しかし、一つ誤ればとんでもない被害になるでな」


 なんだこのジジイうぜえな。


「カナター、お前の命令聞いてなんか芸でもしてやろうか? そいつら納得してねえみたいだし」


「いや、いいよ。ちゃんと契約はなされてるんだから、そんな必要はない。契約関係に口を出す権利は、たとえ教官であってもないんだ。そうですよね、校長?」


「う、うむ……」


 カナタは俺の頭を撫でた。いや、大丈夫か? そこはかとなく歓迎されていないというか、ビビられてるぞ。


「……カナタ。俺がお前を殺して暴走しないかとか心配されてんじゃねーのこれ。いいのか?」


「いいも何も、お前そんなことしないだろ」


「しねえけど」


「じゃあ、いいだろ。決定的な問題を起こさなければ、それでいいんだ。……任せとけよ、問題があっても何とかしろって言ったのはお前だろ、ナギ」


「……随分と頼もしいじゃねえの」


 信頼を込めて腹部にグリグリと頭を押し付けてやると、相棒は楽しそうに笑った。

これで本編は完結です。

明日の19時に番外・カナタ視点を投稿します。

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