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中編

 俺がカナタに拾われてから、三日間が過ぎた。カナタは学校があるので日中はおらず、夕方頃に帰ってくる。異常なまでのお人好しぶりを見せるこいつの将来が不安でならないぞ俺は。それから、ここの居心地が驚くほどいいことにも不安を隠せない。あんまり長くいると出て行けなくなる予感がする。馬鹿の馬鹿さにつけ込んで居座ってしまいそうだ。


 ……傷もほとんど塞がったし、そろそろ潮時だろう。これ以上いたらダメになりそうだ。その日、俺はカナタの帰りを待ち構えた。


「ただいま、ナギ。いい子にしてたか」


「おかえりカナタ、当たり前だろうがボケ」


「口が悪いな相変わらず」


 カナタは、ここ数日でほんの少しだけ口調が砕けた。元が対子供用の話し方で、それが仲のいい友人に話しかけるようなものに変わったんだとしたら、純粋に嬉しいと思う。


「……カナタ」


 真剣に呼びかけると、俺の雰囲気を感じ取ったらしいカナタが俺の近くに座った。


「なに、ナギ」


「助けてくれたこと、感謝している。……傷はもうほとんど治ったから、今晩、夜に紛れて出て行く」


「そうか。……ほんと、早いなぁ。まだたったの三日だぞ」


「俺の傷の治りは、お前の方がよく知ってるだろうが」


 そう、この馬鹿な人間は、朝と夜の一日に二回も俺の傷にせっせと薬を塗って包帯を巻き直すのだ。


「……なあナギ。もっとここにいても、いいぞ」


「いや、行く」


「そっか」


「ああ」


 この馬鹿過ぎる人間が、タダ飯食らいの俺に馬鹿みたいに情をかけていることは知っている。馬鹿な生き物だ、俺に便利な一時の宿として利用されてるのは明らかだろうに。


「ナギ」


「なんだ」


「お前さ、死ぬなよ」


「誰が死ぬかよ。傷はもうほとんど治ってる。魔力は全快には遠いが、それなりには戻った。俺は本来強ええんだよ」


 信じないカナタにいつものように笑われるかと思ったが、カナタは黙っている。どうしたのかと思ってそちらを見ると、真剣な瞳と目があった。


「本当だな?」


「え」


「死ぬなよ、ナギ」


「……おう。お前も馬鹿なりに上手く生きろよ、バカナタ」


 魔力がそれなりに戻っているのは本当だ。それなのにここは安全だからと信じて、とっさの事態に反応がし辛いガキの姿で居続けているあたり、俺にもこいつの馬鹿がうつったんだろう。二日目の朝には、本来の姿に戻れる程度には回復していたのに。


「なあ、カナタ」


「ん?」


「お前さ、従魔持ってないだろ。騎士になるなら普通いるんじゃないのか」


「ああ。一年半後に、従魔召喚の儀がある。学校を卒業するちょうど一年前だな。より強い従魔を召喚できるように、それまでに心身と魔力を鍛えるんだ。そんで学生最後の一年で従魔との絆を深めて、晴れて卒業って流れ」


 一年半、一年半か。カナタが今から順調に強くなったとしても、少し短いな。だが、仕方ないか。


「なら一年半後に再会だ、カナタ。ま、たった一年半でお前が俺に釣り合うような強さを手に入れてるとは思えねえけど……。一発目の儀式の時に、試しに俺を呼べよ。もしお前が俺を上手く呼べたら、従魔になってやる」


「……言うねぇ、ナギ」


 大きな手が頭上から降りてきて、頭を撫でられる。この感じにもたった三日で慣れたもんだ。


「もちろん、呼び出されてみて俺の方がカナタに釣り合わないような事態になってたら大人しく身を引くぜ? あり得ねえけどな」


「はいはい、期待してる」


 信じてねえなこいつ。一年半後に、目にもの見せてくれる。


「ナギ」


「なんだ?」


「召喚の儀は、魔物を呼び出して即従魔契約が決まるものじゃない。双方が納得した場合に従魔契約を結ぶんであって、納得しなければそのまま送還可能だ」


「……いや、まあ、知ってるが」


「だから俺、初回は必ずナギを呼ぶよ。契約するかしないかは別としてな。絶対に健康体でいろよ」


「何を言い出すのかと思ったら、そういうことかよ。当たり前だろうがボケ。というか、何度も言うが俺は強いぞ。魔力不足で召喚すらできないようなことにならないように、せいぜい鍛錬しておくんだな」


 実はこれ、相当リアルにありそうで怖いんだが。カナタが一年半で実力を付けてくれることを祈るしかない。


「はは、確かに。ナギが高位魔物の幼生なら、この一年半の成長によってはとんでもなく強くなるかもな。……安心しろよ、ちゃんと呼んでみせるから」


 最後の一言で見せた笑顔に免じて、信じてやろうじゃねえか。


 俺はその日、たった三日間を過ごした居心地のいい住処を出て行った。






 それからの一年半には、まあ色々とあったが、わざわざ言葉にするようなエピソードはほとんどない。今まで通り、野生の魔物として生きただけだからな。


 今までと違うことといえば、生き残ることを最優先に縄張りは持たず、フラフラと各地を放浪したことくらいか。縄張りなど持たなくても、群れを作らない俺は自分の食い扶持くらい適当に調達できる。縄張りを持つということは、奪う時にも守る時にも戦わなくてはならないということだ。俺はもともと、足には自信がある。縄張りを守ろうとして戦うから怪我をするんであって、手強い相手から逃げるという形で戦いを回避することは全く難しくない。もっとも、俺レベルになると手強い相手なんてそうそういないのだが。


 なら以前は何故縄張りを持っていたのかというと、惰性とプライドとしか言いようがない。昔偶然迷い込んだ山でそこの主と戦って勝利し、縄張りを得た。それを惰性で守ってきたのだ。実際、縄張りの中の地理はだいたい把握していたから、そこでの狩りは楽だった。だがよく考えたら、地の利なんざなくても大抵のものは簡単に仕留められるのだ。


 縄張りを奪った奴らに襲われた時には、自分のものを奪われるということをプライドが許さなくて戦った。結果奴らの数を半分以下にまで減らしてやったが、こちらも大打撃を受けた。狼のような魔物だったが、奴らは群れだったから弱い者にもしっかり食わせるために縄張りを必要としていたのだろう。屈強なオスを半分以上失った奴らがどうしているのか、上手くあの山に収まっているのかは知らないが、どうにも興味がわかないので放置している。行けば奪い返すことは不可能ではないんだろうが、よく考えたら縄張りなんざ別にいらん。


 そういうわけで俺は各地を放浪しながら、第一に生き残ること、第二に強くなることを目的に過ごした。正しい日付など分かるはずもないが、とりあえず一年半が経つことを俺は待っていた。


 従魔召喚の儀は、基本的に術者よりも少し弱い魔物が召喚される。だが、術者が具体的に召喚したい魔物をイメージすることで特定の個体や種族の魔物を呼び出すことができる。ただし、術者より魔物の方が圧倒的に強いと呼び出すことができない。……今回の場合、明らかにこの制限に引っかかりそうで非常に心配だ。というか自分でカナタをけしかけておいてなんだが、十中八九無理だろうと思う。


 明らかに一年半以上経っても音沙汰がない場合には一度様子を見に行ってやろう。


 半ば以上諦めの念を抱いてそんなことを考えつつ、適当な森の奥で休んでいた時だった……足元の地面が光り、魔法陣が展開されたのは。


「……⁉︎」


 俺は自分でも驚くほどの反射神経でもって飛び起きた。じっと自分の体の下の魔法陣を見つめる。……そうか、一年半が経ったのか。


 この魔力には覚えがある。一度噛んで血を舐めているから、とても鮮明に覚えているのだ。……そう、カナタだ。カナタが、呼んでいる。

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