不運再び
日曜日、匠は本来であれば、デバイス製作にあてるはずの日だが、アリシアとの約束を優先させられ、昼前に待ち合わせの場所へ向かっている。
場所はアリシアが決めるということで、何があってもいいように財布の中身だけ多めにしていた。
待ち合わせの場所にはまだ誰もいない。
そもそも、20分も早く着ていれば、相手が来ていないのは当然だ。
そして、10分が経過した。
「何で匠さんはもう来てるんですか?」
「5分前行動しそうなアリシアの裏をかくため」
「今10分前ですよ」
「気にすんなよ。それより、さっさと行こうぜ」
匠はどこへ行くかわかっていないが、適当に歩き出した。
そんな匠へ、アリシアは慌てて声をかける。
「そっちじゃないです」
「そうか。ああ、私服かわいいんだな」
こうして匠はアリシアの示した方向へ歩き出す。
「あ、ちょっと待ってください。場所わかってないじゃないですか」
アリシアは照れくさそうにしながら匠の後を追った。
その姿は、まるでデートをしているようだ。
二人は、アリシアの道案内の元、お目当ての店へ向かった。
そして、歩いた先で目的の店を見つけると、匠は呆れた表情を見せた。
「なんで、ファミレス?」
「えっと、その……、入ってみたかったんです」
そういうアリシアの様子は、先程とは違った意味で照れくささを感じているようだ。
「まぁ、安上がりになるから、いいけど」
「そうですよ、豪華なランチじゃないんですから、感謝してください」
「はいはい」
アリシアは豊富なメニューに迷いながら嬉しそうに笑っている。
匠は、そんなアリシアを見ながら笑っていると、アリシアに睨みつけられ、慌てて知らんぷりをした。
「何がおかしいんですか」
「いや、日本語上手いから、ずっと住んでるんだと思ってたんだけど、そうでもなさそうだなって思っただけだ」
「そんなに変ですか?」
「変というより、微笑ましいって感じだな。まぁ、何か設定作ってたはずだから、踏み込まないでおくよ」
「設定ではありません」
アリシアの目付きが鋭くなり、匠は弄りすぎたと判断し、話を切り替えた。
「それで、決まったのか?」
「ええ、これにします」
「そっか、じゃあ呼ぶぞ」
匠がテーブルに備え付けてあるボタンを押すと、アリシアは不思議そうにしている。
「ん? どうした?」
「それで、呼べるんですか?」
「ああ、押したかったのか」
「そうじゃ――」
「ほら、来たぞ」
「お待たせいたしました」
「え、あ、はい」
アリシアは、慌てて注文を始める。
その初々しい姿を、匠は笑いながら眺めていた。
「まったく、先程から失礼ですね」
「そうか? まぁ、荷物見てるから、ドリンクバー、先に行ってこいよ」
「ええ、でも、どうやるの?」
二人の間に流れる時が止まる。
けれど、アリシアは何故そうなったのかわからず、匠はただ呆然とするだけだった。
「あ、ああ、そうだな。ファミレス初めてだったな。それじゃあ一緒に行くか。説明するから」
「その前に、そのかわいそうな人を見る目をやめてください」
二人はドリンクバーへ向かい、アリシアは小さなことの一つ一つに感動していた。
「一つ選んで、コップ置いて、ボタン押してる間だけ出てくるから、注ぎ終わったら、席に戻ればいいんだよ。そんで、飲みきったら、また取りに来る。それだけだ」
「説明している間に注ぎ終わって戻ろうとしないでください。しかも、紅茶って何か説明したのと作り方違ってませんか?」
「基本はかわらんぞ。それに、臨機応変って言うだろ」
そういいながらも、匠は先に席へ戻る。
後から戻って来たアリシアは、ふてくされながらも、初めてのファミレスに浮かれていた。
「随分と手慣れてましたけど、よく来るんですか?」
「最近は来てないけど、昔は家族で来てたな。妹が温かいのを飲みたがったから、自然と覚えたんだ」
「妹がいるんですか?」
「ああ、全寮制の魔法科中学に言ってるから、連休くらいしか帰ってこないけどな。そういうアリシアはどうなんだ?」
匠の問に対して、アリシアは表情を暗くした。
「いっぱいいますし、いっぱいいました」
けれど、それ以上は口にしなかった。
二人の間に、周囲の騒音と、飲物を飲む音だけが響く。
沈黙を破るように料理が運ばれてくると、それをきっかけに自然な会話を取り戻した。
「匠さんは、女の子の買い物に付き合ってくれますか?」
「かまわねーけど、奢らねーぞ」
「そこまでたかりませんよ」
「木葉みたいに雰囲気と気分で即決してくれると、助かるんだけどな」
「きっと、可愛い、駄目、の一言で決まるんですね」
アリシアの考えが、木葉の行動そのままだったため、匠は、静かに笑っていた。
「少し惜しいな」
「ああ、そうですね、たっくんの好み。が抜けてましたね」
「そういうことだ。それで、買い物に付き合えってことだけど、どこに行くんだ?」
「それはですね、デバイスのメンテナンス用の機材が欲しいんです」
「ん? 学校の使えばいいんじゃないか? それに、魔法のプログラミングが出来るんだから、それくら持ってるだろ」
匠は首を傾げていた。
魔法高等学校にある多種多様な機材は、生徒に開放されており、それを使っている生徒は多い。さらに、オリジナルの魔法を持っているアリシアが、機材を持っていないことを匠は疑問に感じた。
「機材はイギリスに置いてきてしまいましたし、5月の初めにある大型連休に入ったら、メンテナンスのために学校に行くのも面倒なので」
「まぁ、それもそうか。学校にいれば、メンテくらいするけど、家で出来たほうが楽だよな」
「はい、それに、日本は奇抜な機械が多いので、凄いものがあるのではないかと」
いつの時代も、機械類で日本には驚くようなものがあると思われおり、それは、現代魔法に関わるものでも、同じだ。
「まぁ、俺が知ってる所で良ければ、案内するけど、アリシアのデバイスって、イギリスの国営企業製だったよな」
「はい、そうです。匠さんのは、ワイズマンカンパニー製ですよね」
「外装はそうだな。中身は、ほぼごちゃまぜだけどな」
「それ、大丈夫なんですか?」
「ハード面は鉄也に教わったから、何とかなったな。その分ソフト面はかなり教えたけど」
匠と鉄也はお互いの得手不得手がはっきりしているので、お互いの短所教わり、長所を教えていた。
そのおかげで、一般レベルを遥かに超える知識を持っている。
「私は魔法使いとしての能力に偏っていると言われたので、技術系は、疎いんです」
「木葉は、テストで点は取れるけど、実際にやったら事件になるぞ。俺と鉄也が勉強してる横で睡眠学習してた結果だけどな」
アリシアは、思いがけないところで、木葉が高い順位を維持している理由を知った。
それと同時に、そんなことで勉強になる木葉に驚愕している。
「羨まし限りです。ですが、木葉に機材は触らせないと誓います」
「そうしてくれると助かる。何だかんだで、たまに触りたがるからな。それで、本題だが、イギリスの国営企業製なら、ワイズマンカンパニー製の機材にした方がいいぞ。流石に日本以外だと、俺も詳しくないから、相性とかに不具合が出ても、対処出来なくなる場合がある。最悪、鉄也を呼んでの大仕事になるからな」
「そうですか。では、ワイズマンカンパニー製で選んでもらっていいですか?」
「ああ、わかった。ところで、分解メンテはするか?」
「分解メンテナンスは学校の設備でするので、簡易メンテナンス用の機材でお願いします」
二人は、ファミレスを出ると、ワイズマンカンパニーの直営店にある、メンテナンス機器の売り場へと向かった。
二人が向かった直営店にあるのは、ワイズマンカンパニーの純正品だけなので、簡易メンテナンス用の機材は、そう多くない。その証拠に、メンテナンス用品のフロアの一角に、小さく飾られているだけで、店員すらいない。
そして、そこに並んでいる最新型は、蓋のないスキャナーの様なものだった。
「大型のデバイスを持ってないなら、大きいのはいらないよな」
「そうですね、PDA型のデバイスしか持っていませんから」
普通の機械と違い、デバイスの簡易メンテナンスは、電気的、魔力的な回路の検査と、ソフト面のゴミ取りが主な内容になっているので、それらを一度に確認出来るようになっている。
ただ、アリシアは並んでいる機材を目にして、目を丸くしている。
「イギリスでは、こんなのありませんでしたよ」
「そりゃ、ワイズマンカンパニーの日本法人だからな」
匠の回答でアリシアは納得しきれなかった。
ワイズマンカンパニー本社だけで全てを見ることが出来ないので、ある程度は、現地法人にまかせている部分がある。そのため、日本法人では、手が届いているわけではないが、痒いところに手が届くように商品開発をしている。
その結果が、アリシアの反応だった。
「それで――」
突然、大きな音と共に建物が揺れた。
アリシアがバランスを崩し匠の腕に抱きつくようになったが、匠は腕に当たる感触に気を取られないように周囲を見回す。
音の正体が、何かの破壊音や悲鳴だとわかるようになると、二人はデバイスを確認し、周囲を警戒した。
「なぁ、今度お祓い行こうぜ」
「効果があればいいんですが」
現代では、幽霊や悪魔といったものは、漂っている魔力と、撒き散らされている感情によってもたらされた物だと解明されている。
そのためお祓いの効果も実証されているので、何かあるとお祓いに行く人は多い。
匠は、2度も事件に遭遇したため、今度の休みは、必ずお祓いに行くと決めた。
「とりあえず、人質になるしかないか」
「何で最初から諦めているんですか」
「わかってるだろ。魔法使いとしては、凡人なの、俺は」
アリシアは、匠の言葉を否定できずにいる。
同じチームにいる魔法科の三人は、成績上位者ということもあり、ずば抜けているので、比べるのは可哀想だが、どんなに取り繕っても、技術科の二人は、普通の域を出ない。それは、チーム実習で証明されている。
「まぁ、ここの警備員に期待しましょう」
そういいながらも、慎重に移動を開始する。
出会い頭に何かされてはたまらないという考えのもとだった。
二人が階段へ向かうと、下の階から銃器の音と共に足音が近付いてくる。
そのため、他の逃げ道を探すが、見当たらず、犯人と思わしき人物が視界に入った。
「アリシアお姉様、デートですか?」
そして、先頭を切って上がってきた少女の声に、アリシアは体を凍りつかせた。
その少女は、アリシアと瓜二つであり、アリシアにとって思い出したくない記憶を思い出させる。
「何で、貴女が……」
アリシアに声をかけた少女は、この建物を襲撃した犯人を引き連れており、明らかに仲間といえる関係にある。
けれど、立っている場所は、引き連れているというに相応し居場所であるが、実際は、前を歩かされているだけだった。
「フェイル・ワン、お前の知り合いか?」
「うるさいわね、私の維持費分は働くんだから、少しくらい好きにさせなさいよ」
「他の階の制圧も進んでいる。我々も早く終わらせるぞ」
フェイル・ワンと呼ばれた少女は、二人へ向かってデバイスを持った手を伸ばした。
匠は、動揺しているアリシアをよそに、デバイスに魔力を流し込み、少女の様子をうかがうと、少女は、一瞬、後ろにいる犯人を視界に収める。
「さて、私の魔法をどうやって防ぐのかな?『スタート:フレイムアロー』」
「『スタート:金侮火』」
火属性の魔法に対して、金属性の力をぶつける。
古流独特の方法故に、現代魔法しかしらない少女は、自らの魔法が打ち消されたという結果しかわからなかった。
「うーん、東洋の古流魔法か、それはわからないな」
「なら、諦めてくれるか? 逃してくれると、嬉しいんだが」
犯人達は、少女による制圧が出来ないと判断すると、身につけている銃器に手を伸ばした。
匠は、自身の力では抵抗出来る範疇を超えていると判断し、交渉の糸口を探す。
「だめだよ。それに、アリシアお姉様は、最初の成功体だから、立場上逃げるわけにいかないよね」
少女の言葉に、アリシアが大きく身震いした。
「アリシア、どうした?」
アリシアは匠の声を聞き、動揺が微かに収まる。
けれど、冷静な判断が出来るとはいえない。
「すみません、ただ、彼女を相手にするのは不味いです」
「そうか、まぁ、流れに任せるしかないか。なぁ、人質はどっかに集めてるんだろ。そこに連れてってくれよ」
「人質? 取らないよ。だって、邪魔だし、必要なのは、機材だけだから」
犯人達は、少女の言葉に合わせ、銃口を二人へ向ける。
匠は、その行動に対して、話し合う余地はないと判断し、アリシアの手を引いて、一気にかけ出した。
「なら、ついでだ」
ポケットからストレートタイプの携帯電話型デバイスを取り出し、魔力を纏わせた状態で、地面へと叩きつける。
その行動によって、内部に保存されていた魔法が発動し、一気に煙幕を張る。
「逃げるな」
少女の声と共に銃声が響くが、このフロアには、メンテナンス機器が展示されているため、遮蔽物は大量にある。さらに、機材が目的ということもあり、銃声もまばらで、傷付けないように気を付けているようだ。
その御蔭で、匠達は物陰伝いに移動することが出来た。
ただ、一つ問題がある。
「流石に裏には入れないし、階段もエスカレーターも塞がれてるって、詰んでるじゃねーか」
「強行突破するしかありません」
「そうなんだけど、せめてもの救いは、機材が必要って言ってたから、手当たり次第に破壊してくることはないってことだな」
二人共隠れつつも、小声で会話している。
大きな声を出せばすぐに見つかってしまうため、迂闊に動くことは出来ない。
犯人達は、どうせ逃げられないと判断し、機材を運び出すことを優先している。
「私が囮になります。その隙に逃げてください」
「捜査官だからか?」
匠の言葉に、アリシアは驚愕を示す。
アリシアは匠に、自らの正体を知られているとは思っていなかった。
「いつ気付いたんですか?」
「確証を得たのは、さっきだ。アリシアのことを成功体と言った少女、フェイル・ワンだっけ? 普通に考えれば、失敗作ってことだろ。何の計画かはわからないし、今は深く考えることじゃないけどな。とにかく、何か関係があるってことだ。そんで、一番重要なのは、立場上逃げられないって言葉だ。ここを護る正規の人間じゃなけりゃ、後はマホラックの捜査官ぐらいだろ」
「でも、それだけじゃ……」
「そもそも、前回の時、肝が座りすぎなんだよ。普通は怯えるもんだ」
それは、根本的なことだった。
普通の魔法使いでも、場数を踏んでいなければ、強盗の相手など出来るわけがない。
一つ一つは疑うにも足らないことでも、数が集まれば、十分な証拠になる。
「そうですか。でも、これで設定じゃないって証明出来ましたね」
「そうだな」
二人は隠れている機材から少し顔を出し、状況を確認する。
そこから見る限り、二人を探してるようには見えず、周囲を警戒しながらも、機材を運び出していた。
「匠さん、一つ訂正します。私は、マホラックの捜査官ですけど、Bランク、つまり、一人前の捜査官じゃないんです。私が魔法高等学校に通ってるのも、それに関係してます」
「あー、マホラックってそんな制度あったな。ランクの詳細は知らないけど、A以上が、正式な捜査官だって。でも、Bランクなら、立場上逃げてもよくないか? 対処出来ないから、Bランクなんだろ」
匠に、新たな疑問が浮かぶ。
正式な捜査官ではないのなら、事件に対処出来るとも限らないため、逃げて報告することも、任務の一つのはずだ。
「まぁ、そうなんですが、私がジーニアス・プロジェクトの成功体だから、逃げられないんです」
アリシアは俯きながらも呟いた。
その様子に、匠は聞いていいのか迷ったが、逃げられる状況でもないため、周囲を警戒しながらも、アリシアの言葉に耳を傾けた。
「イギリスは、現代魔法発明直後、古流魔法に拘ってしまって、現代魔法開発において、出遅れてしまったんです。そのため、現代魔法を開発するのではなく、現代魔法使いを開発することになったんです。ここまで話して難ですけど、口には出来ない研究のオンパレードですよ。私は、そこの最初の成功体として、No.Aと名付けられました。だから、私が使えなければ、妹達が使えないと判断されてしまう。だがら、逃げられないんです」
「なるほどな。でも、何であの娘は、テロリスト何かに使われてるんだ?」
「わかりません。私達は、ジーニアス・プロジェクトが公になりそうになった時に、公表しないことを条件に、マホラックの国連推薦捜査官として、駆り出されました。ですが、いなくなった姉妹については、何も知らされていないんです」
「何か俺、口封じされないか?」
匠は、重くなった空気を何とかしようとするが、それでもどうにもならなかった。
「口外しなければ、知らないも同然ですよ」
アリシアは、笑いながら言うが、目が笑っていない。
それは匠もよくわかったようで、無言で首を縦に振り続けた。
「さーて、隠れてないで、出っておいでー」
少女の声で、残り時間が少なくなっていることに気付いた。
機材が運ばれているので、段々と居場所が絞られていく。
けれど、二人に有効な手立てはない。
「しょうがないなー、男の方、この面白いデバイス、作り方を教えてくれるなら、逃してあげるよ」
仲間割れを誘発させることは、どんな相手であろうと、有効な手段として作用する。それが、命に関わる場面であれば、尚の事。けれど、それを使うのが犯人側であるかぎり、その言葉を信じることは出来ない。
「アリシア、捕まえるのは、諦めたほうがいいと思うぞ。何であれ、生かす余裕はない」
「わかってます、でも、でも……」
「これ以上詳しくは聞かねーよ。だから、一つだけ。昔からよく言うだろ、人は二度死ぬって」
「二度?」
「一度目は死んだ時、二度目は、覚えている人がいなくなったときだそうだ。まぁ、知り合いが生きてる俺が言っても、説得力はないけどな」
最後は茶化すように言い放った。
けれど、アリシアには何か思う所があったようで、その瞳に強い意志が宿る。
「最後の一言がなければ、かっこ良かったですよ」
「そうかい、それで、どうするんだ?」
「倒します、協力してください」
「わかった。けど、相談してる余裕はなさそうだ」
運びだされていない機材は、匠達のいる一角だけだった。
つまり、向こうにも匠達の居場所がばれていることを意味する。
その証拠に、犯人の数が増え、匠達の方に銃口を向けていた。
「日本人らしい作戦を立てました。臨機応変です」
アリシアが笑うと、それを合図に二人が機材の両側から飛び出す。
「『スタート:アイスブリット』」
「『スタート:炎夢』」
二人はデバイスに魔力を流し込み、インストールされた魔法を起動させた。
いくつもの氷の弾丸が犯人達に襲いかかると同時に、幻術の炎が広がる。
「防げ」
「わかってる。『スタート:ストームウォール』」
少女は、氷の弾丸と迫り来る炎を暴風の壁で防ごうと考えた。
そして、その目論見は半分成功し、氷の弾丸を弾き落とす。けれど、幻術の炎は風の影響を受けず、少女と後ろにいる犯人達へ襲いかかるよう見えた。
「何で……」
少女はその結果が理解出来ず、取り乱す。
さらに、追い打ちを掛けるように、炎による痛みを感じているせいで、まともに考える事が出来ない。
「『スタート:ブリザード』」
アリシアが氷の破片の混じった吹雪をまき散らす。
取り乱したせいで、風の壁を維持できなかった少女は、その破片により、苦痛で顔を歪めることになった。
「何なの、この炎は。あんた達、早く許可出しなさいよ」
犯人達の仕掛けにより、自由に魔法を使えない少女は、吹雪によって消されぬ炎に違和感を覚えながらも、魔法の使用許可を求める。
けれど、炎に体を焼かる痛みを感じているせいで、少女以外の犯人は、悶え苦しむことしか出来なかった。
「考えて答えが出ればいいな。『ファインド:カノン:ダウンロード』」
そう言いながらも、匠は小さく舌打ちしながら魔法を起動させた。
近くに残っていた大型の機材に魔法をかけ、弾丸として撃ち出す。
それは、犯人を狙いながらも、命中せずに背後にある壁にめり込んだ。
「アリシア、破壊しろ」
「はい。『ファインド:エクスプロード:ダウンロード』」
アリシアは、匠が撃ちだした機材を破壊するために魔法を発動させる。
多少の時間はかかるが、その一撃によって壁に大きな穴が空いた。
「それで、どうするんだ? お前、自由に魔法使えないんだろ」
少女は、焦りの中、ひとつの結論をだした。
匠とアリシアが炎による影響を受けていない。正確には、見えていないと言った方が正しい。
それはつまり、この炎が幻術によるものだということ。
「何故、幻術と理解しても消えない!」
「さぁな」
現代魔法の幻術は、これが幻術によるものだと理解し、魔力を持って抵抗すれば、逃れることが出来る。けれど、『炎夢』は、古流魔法を翻訳したもの。古流魔法の幻術の中には、厄介な物がある。それは、解くための特定の手順があり、手順を踏まずに解くには、使用者の力量を遥か超える力を持っていなければならないということだ。
けれど、現代魔法の幻術しか知らない少女に、古流魔法の幻術を解くすべはなかった。
「魔法なんかなくても」
匠が少女に近付く中、少女は体を焼かれる痛みに気絶した犯人が持っていた銃を拾い、匠へ向ける。けれど、痛みに手が震え、狙いが定まらない。
「このくらいなら、動けるんだよ」
匠は、射線から外れるように動き、ゆっくりと近付く。そして、銃を持った腕を外側へ弾き、懐へ入ると同時に、もう片方の腕を振り抜き、顔を殴った。
格闘技の経験があるわけではないので、意識を刈り取ることも出来なかったが、それでも少女を倒すには十分だった。
そして、起き上がる前に銃を持った少女の腕を踏みつける。
「この、どけ」
「アリシア、どうする」
匠は、暴れる少女を無視し、アリシアに決断を迫る。
「それは……」
アリシアは、この状態にすることが出来ると思っていなかったため、決意が鈍る。
「出来ないなら、俺が殺るぞ」
「……その必要はありません。こちらで回収します」
「なら、何とかしろ」
「『ファインド:スリープ:ダウンロード』」
少女は抵抗するが、眠らせるためだけの魔法により意識を奪われる。
「捜査官特権ってやつか?」
「ええ、そうです。とりあえず縛るので――」
「そこの二人、手を上げて大人しく投降しろ」
二人がこの場をどうするか考えていると、大きな音と共に、二人が開けた穴から特殊部隊が突入してきた。
二人は犯人と間違えられているようだが、匠は一切の躊躇いなく両手を上げた。
アリシアはその様子を見て、何かがっかりしたような視線を向けている。
「刑事さん? で、いいのかな? 俺達被害者なんですけど」
けれど、特殊部隊員は、匠の言葉を無視し、倒れている犯人達に駆け寄った。
そして、部隊の隊長が後から二人の元へ歩いてくる。
「状況としては、そのようだな。それはさておき、その少女を引き渡せ」
「それは……」
「それは出来ません」
匠が言い淀んでいると、アリシアがはっきりと断る。
隊長がアリシアへ目を向けると、アリシアは身分を証明するものを取り出した。
「マホラック所属、国際魔法著作権捜査官、アリシア=ジーニアです。上からの命令でこの場で待機し、テロリストを無力化しました。よって、引き渡しを拒否します」
「本物のようだが、一人でやったのか?」
隊長は匠へ目を向けるが、匠は無反応を貫いた。
公的な権力同士のいざこざには関わりたくないという考えが見て取れる。
「彼は協力者です。まぁ、そちらにも面子というものがあるでしょうから、この少女以外は、引き渡しましょう」
マホラックとの協定で、捜査官が捕まえた犯人は、マホラック側が預かることになっている。ただ、そう何人も捕まえても、結局はその国の該当部署に任せることになるので、数人の重要人物を預かるだけで、その大半は、引き渡している。
アリシア自身、この少女の身柄さえ抑えることが出来れば、他の犯人に興味はない。
だからこその申し出だ。
「わかった」
隊長は、今までの慣習通りの対応にほっと一息付き、二人の元を離れ、部隊に指示を出す。
アリシアも、携帯電話を取り出し、マホラックの支部に連絡を入れた。
周囲が忙しそうに動くなか、匠は、腕を踏んだまま立ち尽くしている。
ただ、少女をこのままにしておくわけにもいかないので、隊員が近くを通った時に、少女を拘束するための道具を借り、拘束する。
「匠さん、付きあわせてしまって申し訳ありません」
「うーん、それじゃあ、貸一つな」
「怖いですね」
二人がそんな話をしていると、マホラックの護送車が到着したようで、隊長がそのことを伝えに来た。
匠は、アリシアと協力し、意識のない少女を運ぶ。
そんな中、匠はふと、口を開いた。
「なぁ、アリシア、その娘、名前あるのか?」
「いえ、失敗作と呼ばれている姉妹に名前はありません」
アリシアの言葉を聞き、匠は少女が何と呼ばれていたかを思い出す。
確か、Fail・Oneだったな。
そして、そこから一つの単語を思い出した。
「なら、Fineでいいだろ」
「匠さん、それイタリア語ですよ」
「そ、それじゃあ……」
匠はバツが悪そうにしていると、アリシアが小さく笑った。
「でも、この娘が戻れないなら、それもありかもしれません。ここ娘に確認する必要はありますが……」
「そうか。まぁ、そこから先に俺が立ち入る権利はないな。でも、微力だが、俺の力が必要なら、そう言え。出来る範囲のことは、やってやるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そのまま少女を護送車に乗せ、アリシアは、乗ってきた職員と何か話している。
匠は、近くで話を聞いてしまうと、何かに巻き込まれそうな気がしたため、聞こえないように離れた。
「匠さん、それでは」
「ああ、また明日な」
匠は、アリシアが何か言い返す前にその場を去る。
アリシアは嬉しそうな笑顔を向けているが、匠は振り返らなかったため、その笑顔を見ることは出来なかった。