部活
次の週に入ると、部活動の勧誘期間が幕を開ける。
だが、各地にある魔法高等学校には、部活動に関して共通の悩みがある。
それを何とかしたいと思っている生徒会長の小川玉梓は、月曜日の早朝に一つの策をうつために、放送室の設備を起動した。
「私立関東魔法高等学校の生徒諸君、あ、いや、今回用があるのは一年生だな。私は、生徒会長の小川玉梓だ。さて、今日から何が始まるか知っているか? ああ、チーム実習と答えた生徒、確かに正解だ。もっとも、仮チームが大半だがな。まぁ、何とか息のあう相手を見つけてくれ。だが、私が校内放送をしてまで言いたいのはそこではない。今日から、部活動の勧誘期間が始まる。魔法科の生徒に関しては好きにしろ。問題は、技術科の生徒、お前達だ。毎年毎年部活動の参加者は、かなり少ない。というか、3割にも満たない。それに、生徒会にも風紀委員会にも推薦しても拒む始末だ。そして、揃いも揃って自主制作やら研究のための時間が欲しいと吐かす」
本来部活動への参加者を増やすための放送であるが、それは次第に玉梓の愚痴へと変化した。
「特に、真木匠、お前は入試では技術科1位のくせして、私が勧誘に行っても話をする前に断る。いい加減どこかに所属しろ」
「あの、会長……」
玉梓の放送が予定していた内容からずれると、生徒会のメンバーの声が聞こえ、放送の内容が元に戻る。
「おっとすまん、とにかく、部活動に参加しろ。他者のデバイスを弄ることで何か得るものがあるはずだ。以上」
この放送の効き目があったのかはわからない。けれど、例年技術科の生徒の獲得を諦めている部は、生徒会のお墨付きを得たと勘違いし、技術科の生徒へ積極的に勧誘をすることになった。
「はい、生徒会長から、技術科の担任にも入部を促すよう言われています。ちなみに、僕は、研究部の顧問をしています」
担任である蘆屋道欠が、顧問をしている部活を紹介するが、本人はしっかりとした勧誘をする気がなく、見た目からしてもやる気が見えない担任だった。
その日の放課後、技術科の生徒が校舎を出ると、そこには勧誘の準備をした数多の上級生が所狭しと待ち構えていた。
「来たぞ、捕まえろ!」
どことなく物騒な声が聞こえ、校舎から出た生徒が捕まって行く。
ただし、前もって取り決めがあったようで、技術科の校舎へ押し入ることはなかった。
運悪く先頭にいた生徒達を捕まえることが出来た幸運な上級生は、そのまま数人で取り囲み、延々と勧誘を行っている。
そして、その光景は瞬く間に伝わり、技術科の生徒達は、校舎に立てこもってしまった。
「匠、どうする……」
「こんな時に1階に実験室や調整室しかないのが裏目に出たのか」
技術科の校舎にある実験室や調整室も、実験棟の部屋と同様に申請した生徒しか入れないので、そこの窓から逃げるという選択肢が取れない。
また、窓があったとしても、そこが見張られていないとも限らない。
「2階から飛び降りるか?」
「そう都合のいい魔法を持ってるか?」
二人はそんな魔法をデバイスに入れておらず、この校舎から脱出する方法を模索することになった。
その合間にも多くの生徒が突撃し、無残に散っていく。
次第に、校舎に残っている生徒と、待ち構えている生徒の両方の数が減っていった。
そして、匠はひと通り確認し、切り出す。
「このくらいなら、行けそうだな」
「でも、もう少し待てば、もっと減るんじゃないか?」
「いや、最初に捕まった生徒が降参すれば、捕まえていた側の手が空く。かなりの時間が経ってるから、そろそろだろ」
匠の答えに納得した鉄也は、頷くことで賛成を示した。
ただ、匠の言葉に耳を傾けていた周囲の生徒達も、同様に飛び出す準備を始めている。
「それじゃ、言い出した俺が最初に行くか」
そういうと、匠は何気なく校舎を出る。
あまりにも堂々とした動きのため、一部の生徒は上級生が通ろうとしていると勘違いし、道を開ける。その勘違いが勘違いを生み、素通りを許している。
「あれ? 1年の真木じゃないか?」
誰かが何気なく呟いた一言に、その場の雰囲気が一変した。
匠は、声が聞こえた瞬間に走り始め、上級生達は、その反応を見て、追いかけ始めた。
けれど、上級生達は出遅れているため、リードを許してしまう。
匠を追うために動き出した上級生の隙を付き、他の生徒達も飛び出す。
匠自身は、運動神経に優れているわけではない。けれど、追いかけている上級生は団子状態になっているので走りづらそうにしている。
その結果、匠は実験棟へ到着した。
「鉄也、死ぬなよ」
安堵から、後からくる友への言葉を残し、予約してある実験室へ向かった。
次の日、治せない怪我人は出なかったものの、技術科の生徒全体に影響が出たことを鑑み、校舎を取り囲むことを禁止された。
「まったく、よく逃げられたな」
「まぁ、運がよかっただけだ。鉄也だって、逃げ切ったんだろ」
「俺は撒いたんだよ。それで、例のアレ、入れてくれたか?」
「ああ、当然だ。ポイントは高くついたがな。今度、ギミック検定受けてみるか……」
最後にそう呟きながら、匠は、ポケットから少し大きめのサイコロ型デバイスを取り出した。
ただ、1辺が3センチほどあるため、携行性に難がある。
「準備はしてたけど、外装を突貫でしあげたから、2個づつか」
「ああ、タイミングを間違えるなよ」
前日と比べれば条件が緩和されたとはいえ、同じように逃げきれるとは考えていなかった。
そして、放課後、校舎の入口からは上級生が見えないが、校舎から出る生徒達は、常に周囲を警戒している。
匠は鉄也と別れ、別の道を歩いている。最短ルートを使わないのは、そこが大きい道だからこそ、待ち構えている上級生が多いことを警戒してのことだった。
その考え自体は間違っていない。ただ、運が悪かった。
「たっくーん」
背後から大量の人の気配と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。
匠が後ろを確認すると、立ちふさがる上級生を器用にかわしながら部活の勧誘に追われている木葉が、匠へと手を降っていた。
「何で追いかけられてんだよ」
「かわいいから?」
「……そうだったな、お前一応1位って言われてたな」
匠は、木葉が入試の総合成績で1位といわれていたことを思い出した。
そして、木葉が追いつくのを待つと、一緒に走り始める。
優秀な生徒が二人揃ったことで、行く手を遮る上級生たちの眼の色が変わり、匠は、ポケットの中にあるデバイスに手を伸ばした。
「怪我させると厄介だよ」
「これの場合、そうなったら自業自得だな。引っ張るから、転ぶなよ」
匠は、前方にいる上級生が射程圏内に入ると、取り出したサイコロ型のデバイスに魔力を流し込み、地面へと叩きつけた。
その瞬間、インストールされていた煙幕を張る魔法が起動し、煙が辺りを包み込む。
「あー、見えないー」
「黙ってないと音で気付かれるぞ」
匠達は足を止めず、走る方向を変え、その場から逃げ出す。
「くそ、なんだこれ」
「どこに行った」
上級生の声が聞こえるが、人が多い中、無闇に動くのは危険と判断し、足を止めているようだ。
この後、無事に実験棟へ到着することが出来たが、木葉にサイコロ型デバイスを作ることを確約させられた。
そして、数日は同じようなことが続き、追う上級生達は、風の魔法を使い、煙幕を払うという知恵を付けていたが、魔力を込めて叩きつけるだけの匠と違い、魔法を発動させるという手間が必要な上級生達に匠達を捕まえることは出来なかった。
金曜日、午後、チーム実習のため、匠達は授業が行われる大型の工作室へ足を運んだ。
「たっくん、あのサイコロまだ?」
「サイコロ? もしかして、あの爆発するデバイス、完成したんですか?」
木葉だけでなく、アリシアも興味があり、この話に食いついてくる。
「まだテスト段階だ。まぁ、中身は煙幕系の魔法にして、再利用出来るはずなんだが、誰かに持ってかれたんだよな」
「全部なくなっちゃってね、今は俺達用しかないんだよ」
地面に投げつける衝撃で、歪みはするが、修理できないわけではないため、元々は再利用するつもりで回収に向かったが、誰かに拾われたようで、影も形もなかった。そのため、木葉用を作れずにいる。
「それよりも、実習やろうぜ。デバイス本体なら、俺がすぐに修理するから、まずは、二人にやってもらおうぜ」
鉄也がそういいながら、授業用に配布されたデバイスを見せる。
作業台の上で分解を始め、部品単位で丁寧に広げた。
「さて、この黒い箱、ワイズマンカンパニー製のブラックボックスだ。名前の通り、ほんとに黒くしてるんだよな。ちなみに、これに手を出すと、やばいから、絶対に触らないように」
「木葉、わかったな?」
匠は、念を入れて木葉に注意を促した。
過去に、何度か触ろうとして惨事を引き起こしているため、匠は木葉の動向に注意している。
「まったく、私だって学習するんだからね」
「その言葉、信じるぜ。それで、続きだが、二人共、故障箇所わかるか?」
鉄也は重要な部品を脇にどかし、木葉とアリシアに見せる。
ただ、故障箇所は一目瞭然だった。
「ねぇ、あからさまにケーブルが切れてるんだけど」
「本当に初歩的な授業内容ですね」
「まぁ、始まったばっかりだし、チームの入れ替えが激しいから、こんなもんだぜ。流石に技術科の生徒で、デバイスの分解が出来ないやつはいないはずだから、魔法科の生徒に教える余裕があるかどうかだろうな」
そのまま鉄也が二人に説明しながらケーブルを繋ぎ直す。
匠は、それに加わらず、他の部品を確認するという仕事をしていた。
金曜日のホームルームが終わり、後少しでこの生活から解放されると考えていると、担任である蘆屋が何かを思い出したように口を開く。
「ああ、真木君、平賀君、ちょっと」
「何ですか、先生」
二人が教壇に近付くと、蘆屋はポケットから大きめのサイコロを取り出した。
「君達面白いもの作ってますね」
「どうりで回収しようにもなかったわけか」
「それで、問題でもあるんすか?」
「いやいや、何の問題ありませんよ。まず、この外装、衝撃を受けるとスイッチが入る仕組みですが、絶妙な調整です。仕掛けが柔らかすぎると、握っただけで発動してしまいますし、硬すぎると、発動しない可能性がある。実にいい仕事です。そして、中のデータですが、使い捨てという面を考慮し、魔法の発動と同時に全てを消去するよう仕掛けてありましたね。綺麗に消えていたので、うちの部員が復旧出来ないと嘆いていました」
二人の腕を褒められているが、目的がわからず、迂闊に声を出せずにいる。
ただ、話を進めないわけにはいかないので、匠は意を決して口を開く。
「それで、どんな用件ですか?」
「ああ、すいません。二人共、僕が顧問をしている研究部に入りませんか?」
二人は顔を見合わせる。けれど、その考えは、決まっていた。
「俺達は、俺達がやりたいことをしているだけなので、部活には……」
「いえいえ、そこは心配ありません。研究部は、行き詰まった時に助言しあうための相互扶助組織のようなものです。共同で何かを研究しているわけではありませんし、部活への出席を強制してもいません。まぁ、専用の実験室があるのと、実験棟の使用申請が通りやすいというメリットはありますよ」
「ちょっと相談させて下さい」
匠がそういうと、二人は相談を始めた。
周囲にその声は聞こえないが、漏れ聞こえている内容から、概ね好意的に捕らえている節がわかる。
そして、一つの結論が出された。
「今日、仮入部させてください」
何事にも慎重にならざるを得なく、蘆屋の説明からはデメリットがわからなかったという点が、この結論を導き出した理由だった。
「それでは二人の電子生徒手帳にデータを送っておくので、確認して下さい。それでは」
それだけ言うと、蘆屋は教室を後にした。
「とりあえず、仮入部してれば、今日は回避出来るな」
「確かにな、そもそも、今日は予約取れなかったし」
蘆屋がいなくなると、打算的な理由を一つ、口に出していた。
無所属の生徒の取り合いはあるが、どこかに所属しそうな生徒を奪い合うことはしないという協定が結ばれていることは、ここ数日で1年生の誰もが理解している。
「それじゃ、木葉達に連絡しとくか」
二人は、木葉とアリシアに仮入部の件を連絡し、実験棟へ向かった。
二人揃っているため、途中で上級生による勧誘を受けるが、仮入部の話をすると、すぐに引き下がった。
ただ、あまりにも勧誘の数が多く、うんざりしている。
「ここか」
「何で実験棟の最上階を部室に出来るんだ?」
二人が蘆屋から送られた情報を元にやってきたのは、以前入ることが出来なかった実験棟の最上階へ続く扉の前だった。
階段の前が大きな扉でふさがっており、他の部屋に付いているのと同じインターホンが付いている。
匠が機械に電子生徒手帳をかざすとインターホンが鳴り、声が聞こえた。
「はーい、どなたですか?」
「1-Aの真木と平賀です。蘆屋先生の紹介で来たのですが」
「ああ、聞いてますよ。今開けるので、入ってきて下さい」
扉の鍵が開く音が聞こえ、二人は中へと入る。
扉の内側にある階段を登ると、作り自体は他の階と同じようになっており、この階の案内板がかかっていた。
そして、その中で休憩室と書かれた場所に灯りが点滅している。
まずはそこへ顔を出すべきだと考え、二人は休憩室へと向かい扉を開けると、インターホンから聞こえたのと同じ人物の声が出迎えた。
「ようこそ研究部へ。私は、二年で副部長の響音羽です」
ヘッドホンを首から下げたショートカットの少女は、自己紹介をすると、そのまま身振りだけで椅子を勧めた。
「翻訳者志望の真木匠君とデバイスマスター志望の平賀鉄也君ですね。蘆屋先生から聞いてますよ。仮入部と言っても、ここは好き勝手にしている部活なので、聞きたいことがあれば何でも聞いてください」
二人は進められた椅子に座り辺りを見回すが、研究部という雰囲気を醸し出しているのは、棚に置いてある本だけだった。
「部室って、この階全部なんですか?」
「そうですよ、驚きますよね、私も驚きましたよ」
「ハイハイ、えっと先輩はどんな研究してるんですか?」
「平賀君は元気なんですね。私の研究内容は、音にかかわる魔法とだけ言っておきます」
音羽は口の前に指を立て、内緒話をするようにして答えを濁した。
そもそも、遊びの研究でなければ、具体的なことを隠すのが普通なので、それは当たり前の反応だった。
「それじゃあせっかくんなんで、入部した場合のデメリットってありますか?」
「デメリットですか。人それぞれですけど、蘆屋先生がたまに他の部のデバイスの調整とかを引き受けてくるので、人によってはそれをデメリットに感じますね。ですが、ほとんどの人は、条件の中で好き勝手出来るって言いながらやってるので、嫌がる人は少ないですよ」
匠達にとって他人のデバイスを調整するというのは、苦ではない。
そもそも、木葉のデバイスは、基本的に匠が調整しており、アリシアのデバイスも見るという約束をしている。
数にもよるが、その条件次第では、メリットにもなりうる。
「それにしてもさ、こんな部があるなら、技術科の生徒は入りたがると思うんだけど、何でちゃんとした勧誘してねーの?」
鉄也の疑問ももっともである。
取り合いになる実験室を部でいくつか所持しているのであれば、自主制作をしている生徒は入りたがるはずだ。
「研究部は、入部条件が厳しいんです。成績上位は当然として、顧問の先生の推薦が必要なんですよ。お二人は、このデバイスが理由です」
そういって音羽が出したのは、サイコロ型のデバイスだった。
二人が使ったデバイスの大半は研究部に回収されたようで、形を維持したものと、程度は違えど分解されたものがいくつかある。
「通りで……、使ったのが一つも見当たらなかったんですよ」
「全部とは限りませんけどね、スペルマスターを目指している私としては、この中に記録されていたはずのデータが気になりますね」
スペルマスターは、新しく現代魔法を作る研究者のことを指し、実際にその資格を得られるのは、一握りだと言われている。
「ああ、復元出来なくて嘆いてたって聞きましたね」
「本当ですよ、使い捨てとはいえ、念を入れすぎです。まぁ、簡単に復元出来たら、内容によっては推薦されませんでしたけど」
音羽と話を続けていると、匠が携帯の着信に気付く。
断ってから確認すると、木葉からの連絡だった。
「あー、俺達のチームメイトが見学したがってるんですけど、さっきの条件を聞くと、無理ですよね」
「見学だけなら大丈夫ですよ。ただ、今からだとインターホンに登録出来ないので、手動で開ける必要がありますけど」
音羽に確認し、扉の前まで来ていた木葉を迎えに行く。
そして、匠が木葉を連れて戻ってくると、人数分のお茶が用意されていた。
「むむ、出来る先輩だ」
「開口一番失礼だろ」
「気にしなくていいですよ」
「木葉ちゃん、アリシアちゃんはどうした?」
「アリっちは、部活見学で回ってるよ。私は興味ないから、こっち来ただけ」
木葉が来たことにより、雑談が増えたが、匠と鉄也は聞きたいことを聞けたため、この時点で入部を決めていた。
木葉は最初に入部の条件を聞かされており、チームメイトに研究部の部員がいる場合、一緒に休憩室へ来ることは黙認されているので、無理を言い出すことはなかった。
次の週に入ると、部活動勧誘期間が終わり、多くの生徒から安堵の溜息が漏れた。
匠と鉄也は、クラスメイトから研究部について聞かれているが、答えられるほど知らないので、それも一過性のものに過ぎない。
「真木君、お客さんだよ」
昼休みをクラスメイトと過ごしていると、入口付近にいた生徒が来客を知らせる。
木葉やアリシアであれば前もって連絡があるので、誰かわからず首をかしげながら向かうと、見知らぬ生徒が待っていた。
「えっと、誰?」
「私は、ニア=マギリと、言い、ます」
銀の長い髪に赤い瞳の小柄な少女は、それだけ言うと黙りこんでしまう。
匠は、その暗い瞳に違和感を覚えながらも、用件を聞くことにした。
「マギリさん、それで、何の用?」
「ニアで、いいです」
「……ニアさ――」
「ニアで、いいです」
匠は既視感に襲われている。
表情は違えど、自らの主張が通るまで延々と続ける。それは、木葉と同じ行動だった。
そのため、抵抗するのは無駄だと理解している。
「ニア、それで、何の用?」
背後が何故か騒がしくなったが、それを気にする余裕はなかった。
「これです」
ニアは、ポケットから直方体の箱を一つ取り出した。
匠にはその箱に見覚えがある。
「ニアにも拾われてたのか」
匠がそれを受け取ろうとするが、ニアがそれを離さない。
「返す、とは、言って、ない」
「そうか、それで、何の用?」
何度目になるかわからないが、匠は続きを促す。
「匠さん、貴方は、翻訳者。デバイス、本体の、知識は、普通。デバイスマスターと、組んでる。二人に、頼みが、ある」
ニアはそこで言葉を切る。匠は、ただ黙って続きを待つが、一向に口を開く気配を見せない。
「あー、その内容を聞かないと、答えようがないんだけど」
「ここでは、話せない。詳しく、話したい。場所は、用意する。都合、教えて」
「何だ匠、お前だけじゃなくて、俺も含めてのお客さんじゃねーか」
「ニア=マギリと、言い、ます」
「平賀鉄也だ。よろしくな、ニアちゃん」
「よろしく、おねがい、します。鉄也さん」
鉄也の呼び方は問題がないようで、繰り返しの訂正はなかった。
「とりあえず、放課後の実験室でいいんじゃねーか?」
「まぁ、そうだな。端末にデータ送っとくから、放課後に来てくれ」
「わかり、ました」
そして、この日の放課後、匠達が自主制作を行っていると、ゲスト用のインターホンが鳴る。
二人は手を休め、ニアを中に入れた。
「それで、話って何?」
「まず、これを」
ニアは、携帯端末を操作し、データを二人に送る。
そこには、PDA型の一般的なデバイスとは違う、使用用途にもとづいて、何かを模したデバイスの図面が記されていた。
「狙撃銃型のデバイスか」
「でも、魔力弾を放つんじゃなくて、実体弾だな。普通に銃刀法で捕まるレベルだぜ」
「使用、許可、取れば、問題、ない」
「いや、普通下りないから」
実体弾の使用許可など、魔法高等学校の生徒であっても、許可が下りることはない。
そもそも、魔法による弾丸を飛ばすことができるので、そんな許可が必要ないという面もあるが、それを言うのであれば、法律など意味がなくなる。
「競技用で、許可、下りてる」
「いやいや、スペックからしておかしいから。何で許可下りてんの」
「ニアちゃん、俺達に犯罪の片棒を担げと?」
「実体弾に、拘らない。そこは、本題とは、違う」
そういってニアが示した部分、それは、撃った弾丸に対してかける魔法の部分だ。
「跳弾を、行うための、魔法。そこの、改造が、本題」
実体弾であれば、昔からの銃刀法の範疇であるが、魔力弾を飛ばす類のものは魔法に関する法律で決められているのため、高校生のうちに実体弾の銃型デバイスを作ることはまずない。
「魔力弾でいいんなら、そもそも誘導弾でいいって話にならないか?」
「弾道制御に、余計な、リソースを、割きたく、ない。それと、魔力弾なら、弾丸に、特殊効果、付与」
「まあ、デバイスを一から作るんなら、俺がメインになるよな」
「プログラムは手伝えるんだけどな。でも、これ、時間かかるぞ」
「ああ、一朝一夕で出来るもんじゃないし、所々で細かい測定も必要だ」
デバイスの図面を見せられた匠と鉄也は、法律に関することを頭の隅に追いやり、その製作工程に思いを馳せている。
話がデバイスの中身に移ると、実験室の扉が開く音がした。
「やっほー、インターホンじゃなくて開く設定ってことは、休憩中?」
「木葉か」
「おや、おやおやおや?」
木葉がそれだけいうと、突然ニアに抱きついた。
抱きつかれた側のニアは、何も気にせず鎮座している。
「二人共、こんな可愛い子を連れ込んでたのか。私も混ぜろー」
「始め、まして。ニア=マギリと、言い、ます」
「ニアっちね。私は、小川木葉だよ。それで、どうしたの?」
匠と鉄也は、ニアの許可を取り、今までの話を木葉に話した。
その結果、理解したのかはわからないが、いつもの様に思いつきで言葉を口にする。
「白いスナイパーライフルか、かっこいいね。こういうデザインって近未来的って言うのかな? ニアっちがデザインしたの?」
「はい、私の、設計」
「なるほど。ねぇねぇ、チーム組めば、時間とか気にしなくていいんじゃない?」
木葉の意見を聞き、三人はその方法について考えた。
今は、試しに組んでいるチームが多く、ニアも例に漏れず、周りにいたクラスメイトと組んでいる。
ただ、ニアがそのチームに満足していれば、この話には無理がある。
「私は、構いま、せん。今の、チームは、席が、近い。それが、理由」
「俺は時間が取れるなら、デバイスもチームもいいと思うぜ。匠はどうする?」
「この件のメインは鉄也になるから、鉄也がいいなら、断る理由はないな。それじゃ、木葉、後でアリシアに確認しといてくれ」
「らじゃー」
木葉はすぐにアリシアへ連絡する。
「それじゃあ、簡単な仕様は決めておくか」
「ニアちゃんから貰ったデータを元に、魔力弾に変えて、後は跳弾の魔法周りは、匠に任せるとして……」
「ねぇ、これってデバイスショップで特注しちゃダメなの?」
木葉の一言で場が凍る。
三人は、信じられないものを見る目で木葉を見つめた。
「いいか、デバイスショップの場合、こういうのは未成年相手には引き受けないんだ。何かあった時に、関わりたくないからって言われてるな」
「でも、部活単位で特注するところもあるよね」
「あれは、顧問が代理でやってんだよ」
形や性能によってはデバイスショップで受け付けてくれることもある。けれど、未成年相手に銃型デバイスを引き受ける場所は、公認を取っている店では、存在しない。
「小川さん、貴女は――」
「木葉だよ」
「小川さん、貴女は――」
「木葉だよ」
「小川さん、貴女は――」
「こ・の・は、だよ」
「小川さん、貴女は――」
「こ――」
「木葉、それは後にしてもらっていいか?」
無表情で同じ言葉を続けるニアとにこやかに笑いながら圧力をかける木葉、どちらも一歩も引かなかったが、匠は目の前でやられると話が進まないと考え、口を挟む。
木葉はむくれているが、匠は、今は相手をしないと決めたようで、話を続けた。
「それで、木葉がどうしたんだ?」
「小川さん、古流の、魔法使い。デバイスには、疎いと、判断」
「あー、間違ってないな。それに、一般的なPDA型のデバイスしか使ってない奴に銃型デバイスのことを言っても通じないだろ」
「でも、たっくんは、普通のだよね」
「技術科の生徒がPDA以外のデバイスを知らなかったら、終わりだ」
「でもね、私は、古流の魔法使いってわけじゃないよ。ただ、家に古流の魔法が伝わってただけなの」
「そう、ですか」
「それじゃあ、一段落した所で聞くけど、一発にかかるこの魔力量の基準、もう少しどうにかならない?」
鉄也は、一連の流れを尻目に、ニアの仕様書から、いくつかの確認事項を纏めていた。
「一般より、魔力量、多い。ただ、消費量の、多い、魔法を、使う。だから、譲れ、ない」
「そっか、出来るだけ機械部分は無駄の出にくいようにしてみるけど、ちょっとむずかしいな」
「こっちでも削ってみるけど、期待しないでくれ。それと、明日は実験室取れてないから、詳しい話は今度な」
「わかり、ました」
下校時間が近くなると、木葉にアリシアからの連絡が入る。
それによると。
「アリっちが実習のことも踏まえて、どんな魔法使いなのか聞きたいって」
「そう、ですか。では、匠さん達に、渡した、データで、分かる、範囲を、答えて、おいて、下さい」
成り行きでチームに加わるという話になったが、正式に決まったわけではない以上、手の内を完全に明かさないのは、当然のことだ。
結果的に、3人は頭を抱えながら帰ることになった。