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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第四章 古流の名家
22/24

京都合宿・2

 京都に来て二回目の朝、昨日同様、匠達は朝早くに朝食を食べているが、一つだけ違うことがあった。

「たっくん、賀茂川付近でのデートコース考えてくれた?」

「あー、植物園とか興味ないだろ」

「ないよ。特別どこかにいかなくても、たっくんがいれば楽しいんだよ」

 昨日と違い、木葉がしっかりと起きている。

「それじゃあ散策だな。土御門、そういうことだ」

 匠が向けた視線の先にいる土御門は、匠の言葉を受け、どこかに連絡をしている。

「散策か。賀茂川から離れないなら、監視も……、周囲の確認もしやすいな」

 土御門は監視と言った時の木葉の視線に耐え切れず、すぐさま訂正した。

「それで、土御門君達はどうすることになったの?」

「家に働きかけて市井の術者を動かす。建前として、古流の術で一般人を襲った術者の仲間が行動を起こす可能性があるということだ」

「それで、木葉に対して怪しいそぶりを見せるやつを尾行するのか」

「二人の顔は俺達の直接的な関係者しか知らない。だが、大まかな特徴は伝えてあるから、多少の視線は我慢しろ」

「ん? 私がそんな視線気にすると思ってんの?」

「そうだよな。そんなこと気にした俺が馬鹿だった。とりあえず、好きに回ってくれ。俺達も後で確認に加わる」

「それじゃ、よろしくね」

「ああ。それと真木、襲われたら少しでいい、時間を稼いでくれ」

「やってみる」

 匠が直接出来ることは少ないが、頼まれた以上、やらないわけにはいかない。

 匠達はこの日の予定を決め、行動へと移す。

 それに対し、鉄也と静江は昨日同様に学校へ提出するレポートを作るために、西岡と共同研究を行う。

 そして、アリシアとニアは、古流魔法使いの中心地である京都で大胆に動くことが出来ないため、マホラックと古式家の調整に追われることになる。





 賀茂川が鴨川へと変わる位置、そこから匠と木葉の散策が始まった。

 二人は上流へと向い、他愛のない話を続けながら二人の時間を楽しむ。

 連休中ということもあり、人が多いが、散策のために歩いている人は少ない。

 そんな二人を含め、賀茂川付近を歩いている男女の二人組を遠巻きに眺める視線が数多く存在した。

 その中には、嫉妬などから視線を向けているものもいるが、それとは違う視線も少なからず存在する。

「たっくん、私が腕に胸を押し付けてあるいてるけど、ここだと普通だね」

「ろっこ……、冗談だ。連休中だから、人もおおいな」

「それにしても、どこの名家かわかんないけど、あからさまな視線があるね」

「忍者じゃなくて古流魔法使いだからだろ」

 二人を監視する古流魔法使いの位置を把握しながら歩き続け、その視線の意味を考える。

 ただ、向けられた視線に込められた感情で判断することは出来ないが、春清達が用意した古流魔法使いと、賀茂の古流魔法使いを区別する方法があった。

「土御門君達の方は対象を知らないから視線が漂ってるけど、賀茂の方は私達ばっかり見てるね」

「問題は、相手がいつ手を出してくるかだな」

「そのうち何かしてくるんだから、その時に対処すればいいんだよ。だから、それよりも、デートだよ」

「それもそうだな」

 匠はそれぞれの古流魔法使いを意識しながら歩き続けた。

 しばらく平穏な時間が続く。

 そして、春清達が用意した古流魔法使い達も、次第に匠と木葉に気付いていった。

 そのせいもあり、近くにいる無関係の人達が意識から外れる。

 そのため気付かなかった、周囲にいる無関係の人達がいなくなっていることに。

 匠達は、二つの魔法の気配に気付くと同時に、周囲に人がいないことに気付く。

「『スタート:障壁』何か来るよ」

「ああ」

 二人は周囲を警戒し、木葉は周囲に障壁を張る。

 あちらこちらから魔法の気配を感じ取っているため場所の特定が出来ず、今回の目的が敵を追い返すことであるため、倒すのではなく、守り切るための方法を選んだ。

 だが、発動した魔法は二つ。

 一つは外部からの干渉を防ぐための結界。

 そして、もう一つは木葉達を見ていた賀茂の関係者以外への攻撃だ。

 あまたの呪符や古流魔法が飛び回り、春清達が用意した古流魔法使いを襲う。

 それに反応し、対抗しようとするが、既に放たれた魔法を迎撃するのに、これから魔法を発動しては間に合わない。

 それは、当然のことだった。

 匠は、自分には何も出来ないと諦め、春清の用意した古流魔法使いが倒される光景を眺めている。

「さて、小川木葉だな。大人しく着いて来てもらおうか」

 術者達が二人を包囲し、主犯と思われる術者が前に出る。

「ねぇねぇ、何でこの人達はこれで着いて来ると思ってるのかな?」

「自分達が有利だと思ってるんじゃないのか?」

 木葉達の反応を拒否と受け取った術者達は無言で呪符を撒き、攻撃を始めた。

 最初の襲撃でも勧誘を失敗しており、これ以上は無駄だと判断しての行動だ。

 説得に応じないなら強引な手段で。

 それは、襲撃者としては当然の行動だった。

 けれど、術者の魔法は、木葉の障壁に全て防がれている。

「うーん、魔力で修理する必要もないほどの攻撃。こんなんで神降しが手に入ると思ってるのかな?」

「実力も理解も足りてないな」

「しょせんは分家ってことだね」

 二人の会話に苛立ちをつのらせていく術者達は、それを隠そうともせず力任せに魔法を発動させ続ける。

「急々如律令」

「どれだけやっても無駄なのに」

 木葉は障壁を維持し、耐久力が落ちた時のみ魔力を注ぎ、補修する。

 けれど、それに飽きてきた。

「たっくん、どうする?」

「一人捕まえるのもありか?」

「土御門君達の用意した人も、のされちゃってるし、それがいいね『スタート:火仙龍(かせんりゅう)』」

 木葉がデバイスに魔力を注ぎ込み、魔法を起動させる。

 ほんの数秒で魔法が発動し、炎の竜がその頭を上げる。

 術者達はその光景に息を呑む。

 この魔法を古流魔法で発動させる場合、魔力操作による高速化が進んでいても、数秒で発動させることなど出来ない。

 それは理解していたが、現代魔法使いが発動させる魔法は、その大半が現代魔法であり、翻訳した魔法を目にする機会自体が少なかった。

「抵抗するのであれば、こちらも容赦はしない」

「そんな震えながら言っても説得力がないよ」

 術者達の中には、戦意を失っている者もいる。

 けれど、逃げようとしない。

 匠は、術者達のそんな様子が気になり、頭から離れない。

「木葉、少し気になることがある。この状態を維持してくれ」

 術者達に聞こえないように小声で話した匠に対し、木葉は小さく頷き返す。

 そのため、術者達は二人のやりとりに気付くことはなかった。

 木葉が炎の竜を操り、術者達の恐怖心を煽る。

 そして、匠は考え続けた。

 賀茂の目的は神降しの力を手に入れること。

 そのために、木葉を必要としている。

 けれど、襲ってきた術者を見ても、木葉を捕まえることが出来るとは思えない。

 さらに、搦め手を使ってくる気配もなく、無駄なことをしているようにしか思えない。

 いや、違う。

 匠は、一つの勘違いに気付く。

 そもそも、賀茂は神降しの力を欲しているが、掛け値なしの信仰心を持っているわけではない。

 そんなものを持っていれば、失敗したとはいえ、最初の術者のように、殺す気で襲ってくる。

 つまり、その力で、何かをするつもりだ。

「なぁ、あんた、賀茂の……、いや、あんたの家は、神降しの力を手に入れて、どうするつもりだ?」

 匠達にとっては、神降しの力を奪うことが目的に見えるが、それが力である以上、それを使う目的がある。

 それは、当たり前のことだ。

「知られていることはわかっている。だが、どの分家か知られてない以上、認めることはない」

「あくまでも仮にだが、目的次第では、手伝って貰えるとは思わないのか?」

「お前達は陰陽道の宗家の争いに加わりたいのか?」

「それはごめんだな」

 疑問を疑問で返されたが、古流の派閥争いに興味がない匠は、話を早々に打ち切る。

 それと同時に、いくつかの疑問が湧くが、それに関しては目の前にいる術者は知らないと判断した。

「木葉、古流の近代史、知ってるか?」

「んー、確か二つに分かれて、何かしたんだよね」

「ああ、そうだな。じゃあ、逃げるか」

「らじゃー」

 木葉はその何気ない返事と同時に、炎の竜で術者達を襲う。

 その炎は術者に高熱を感じさせるが、その身を焼くことはなく、魔力の塊で術者を吹き飛ばす。

 その結果、数人の術者が川へと落とされ、包囲に穴が空く。

「よし、逃げるぞ」

「ほいさ」

 匠は意識のある術者達に聞こえるように告げる。

 だが、術者達に二人を追う余裕はない。

 確かに意識はあるが、ただそれだけだった。





 匠と木葉は町中を適当に走る。

 元の場所に戻らないように気を付けているが、土地勘がないため、次第に現在地がどこかわからなくなっていった。

「ハァ……ハァ、た、たっくん。こ、ここ、どこ?」

「いや、わからん」

 二人は足を止め息を整える。

 走っていたため、周囲からは不審がられていたが、観光地でそこまで他人を気にする人は多くない。

 そのため、誰かの記憶に留まるようなことはなかった。

「ちょっと土御門に連絡しとくぞ」

 匠は報告のため、土御門に連絡をいれる。

 簡単な報告をした匠は、木葉とのデートを継続した。





 その日の夜、春清の家で作戦会議を開くことになった。

 だが、鉄也と静江は西岡との話が盛り上がったとのことで、遅くなると連絡が来ている。

 そのため、この場には、匠と木葉、アリシアとニア、春清と冬海が座っている。

 刀治は、手が離せないということで、来ていない。

「それじゃ、まずは俺達か。けど、襲撃については連絡してあるから、いまさら言うことないか」

「そうだな。じゃあその流れで術者からの報告をしよう。傷を負った術者はこちらで確保した。手当と取り調べをしているが、成果は出ていない。それどころか、逃げた主犯格の術者以外は、市井の術者だ。賀茂との関連を証明することは出来なかった」

「あのリーダー逃げたの? 吹き飛ばしたからそう簡単には動けないはずなのに」

 あの場にいた術者は熱と衝撃により、大半が意識を失うか呆然としていた。

 そのため、主犯格の術者が逃げられるとは思っていなかった。

「逃したんだ。主犯以外が寄せ集めだと想像するのは容易だ。始めから主犯しか眼中にない」

「それで、どうだったの? 逃したってことは、後を付けたんだよね」

「ああ、隠れ家は見つけた。後は人が出払った時に証拠を見つけるだけだ」

「隠れ家ってことは、まだ時間がかかるのかな?」

「そうだ。けれど、もう時間の問題だ」

 隠れ家に逃げた主犯格の術者は手負いだ。

 ならば、一度は拠点に戻る。

 そう考えてのことだ。

「それでは、次は私達ですね。マホラックが京都で動くのは難しいですが、一部の名家と協力するという形で動くそうです」

「名家も、術者が、人を、襲う。その、悪評が、怖い」

「まず、この場にいる私達が、今回の件で使った魔法に関して、マホラックは一切問題にしません。ただ、各種特権を新たに与えることはないそうです」

「後、増援、ない」

 つまり、マホラックは古流の名家の問題とし、一切の不干渉を貫くということ。

 だが、今回は土御門や安倍からある程度の協力を得られるため、匠にとってはそれで十分だった。

「まぁ、下手にマホラックが動いて、古流対現代なんてことになって、よくわからない争いに巻き込まれないんだ、よしとしようぜ」

 事実、京都は古式系古流魔法にとって特別な意味合いを持つ。

 そのため、マホラックやワイズマンカンパニーも京都では大きく動こうとしない。

 マホラックの京都支部も、形だけのものとなっており、あまり機能しておらず、陰陽庁に任せっきりにしている。

「真木、後は何かあるか?」

「んー、直接の関係はないんだが、賀茂の目的って何だかわかるか?」

 その言葉に春清は意外そうな顔をする。

 まだ、春清達にとって賀茂の目的は神降しの力を手に入れることだからだ。

「何って神降しだろ」

「いや、それを手にして、何をするのかって話だ。賀茂のやつは、陰陽道の宗家の争いに関係があるって言ってたけど、その辺りが俺にはわからないんだ」

 匠も歴史として表に出ている部分は知っている。

 だが、古流の内情について、知る方法はない。

「陰陽道の宗家の争いと、神降しか。心当たりはあるが、俺の想像通りなら……」

 春清は口をつむぐ。

 もし、想像通りであれば、それこそ古流の名家同士の争いに発展しかねない。

 そのため、それを口にだすことが出来ずにいる。

「土御門君、話してくれないの?」

「いや……、だが」

「春清君、もしかして」

 戸惑う春清に対し、冬海も同じことを思い浮かべた。

 それはつまり、古式系の古流に属する者であれば、想像がつく理由だということだ。

 春清は戸惑いの余りに気付いていなかった。

 木葉が静かな怒りを抱いていることに。

「まさか土御門君が私の言うことを聞かないとは……。もう、あの手しかないね」

「ま、待て。何をする気だ」

「それを言うわけないよね」

 木葉は楽しそうな笑みを浮かべているが、その細かい違いに気付いているのは匠だけだった。

「土御門、大人しく従ったほうがいいぞ。襲われた当日なんだ、木葉をなだめる自信はないからな」

 匠は手で顔を覆い、諦めたように見せかける。

 そうしなければ演技がバレると思ってのことだった。

「だが、これは俺達のことだ。お前達を巻き込むわけには」

「もう巻き込まれてるんだよ、二度も襲われてるんだから」

「わかった。だが、他言無用だ。それを約束してくれ」

 それは、この場にいる全員に向けての言葉だった。

 匠と木葉、アリシアとニアはもちろん、それを四人に教えたということを秘密にすることも含まれている。

 全員が了承したことを確認し、春清はその口を開く。

「これには今の古流の成り立ちも関わっている。陰陽道の宗家、今では古式家だ。だが、歴史上では違う。阿部家と賀茂家、この二つが宗家として君臨していた。このくらいは知っているだろう」

 事実、この程度であれば、歴史の授業で習う範囲だ。

 ただ、習うと言っても、その詳しい理由を学ぶことはない。

「詳しく話すと土御門家も関わってくるが、今は気にする必要はない。古流の名家は、宗家を中心として、ある失われたとされる秘術の研究を続けている。それが、神降しだ。そして、それが行き詰まっている最中、新しい魔法の系統が生まれた。情報技術を元に作られた現代魔法だ」

 ワイズマンカンパニーは現代魔法を科学の到達点の一つと言っているが、開発されたばかりの頃は、まさしく魔法のような物だった。

「それに危機を感じた名家は、家ごとに行っていた研究を取りまとめ、神降しの研究を専門とする家を作ることにした。だが、名家にはそれぞれの誇がある。そのため、陰陽博士の世襲を始めた安倍と賀茂の二つを中心にまとめることになり、それぞれが新しい家を作り上げた。当時は名がなく、安倍と賀茂と呼ばれていた。だが、賀茂は、神降しの研究に失敗し、その家を滅ぼしてしまった。その後、安倍側の神降しを研究する家を成功例とし、古流魔法と呼ばるようになったことに対する皮肉も混ぜ、古式家と呼ぶようになり、宗家としての力を与えた。実際、完成度は低いが、神降しの術は出来上がっていたから、どこも反対出来ないということもあったらしいがな。だから、古流の名家の中では、古式家の次に安倍家の影響力が大きい。そんな中、賀茂が小川の神降しを手にしたら、どうなると思う?」

「そりゃ……、古流の宗家として、返り咲けるな」

 古式家が神降しを行えるという事実が、宗家として君臨する理由となっている。

 ならば、神降しを手にすれば、宗家として君臨出来るはずだと考える家は多い。

 そのため、かつては宗家として君臨していた賀茂にとって、小川姉妹の持つ神降しの力は、喉から手が出るほど欲しいものだ。

「だが、分家が勝手に動くとも思えない。賀茂の本家か、暗部が動いているはずだ」

「あーもう、暗部とかおっかねーもん動かすな」

 匠は想像以上に根深い問題に頭を抱えている。

 本家や分家だけならまだしも、暗部などという不穏な存在を相手にしたくなかった。

「んー、つまり、賀茂はかつての失敗を取り返したいんだね。でも、神降しって相性とかいろいろあるから、うちの血筋じゃないと無理なんだよね」

「それを言ったところで、諦める相手ならここまでの苦労はしない」

「それもそうか。まったく、玉姉が口を滑らすから……」

 古流の名家に神降しを知られた理由は、古式咲の前で玉梓が使い、ボーダレスに対してガリレオを捕まえた場所で神降しを使ったのが木葉だと告げたことだ。

 それさえなければ、狙われたのは玉梓だった可能性もある。

 木葉もそうなればいいとは言わないが、ややこしいことに巻き込まれたことについては恨んでいる。

「とりあえず、今はこんなところか?」

「そうだな。後は報告待ちだ」

 この場の話し合いが終わり、一時解散となる。

 その後、鉄也と静江が帰ってきたため、二人を巻き込まないよう詳しい話をすることはなかった。





 春清の家は土御門分家の中でも広く、風呂に関しては、五人で入っても窮屈な思いをすることはない。

 そんな場所で今回集まっている女子がゆっくりと寛いでいた。

「ニアっち、痒いところある?」

「ない」

 古い家ということもあり、風呂場全体が檜で作られているが、シャワーなどの設備はきちんとついていた。

 木葉はニアの髪を洗いながら、泡で遊んでいる。

「冬海さん、将来的には陰陽庁の関係者になるんですか?」

「最終的には春清君次第ですが、一時的に陰陽庁に入ると思いますよ」

 冬海の言葉を聞き、アリシアは満面の笑みを浮かべる。

 だが、その表情は打算の上に成り立っていた。

「私は、アリシア・ジーニア、マホラックで捜査官をしています。ぜひ、覚えておいてください」

「え、ええ」

「アリっちがまた人脈を築こうとしてる」

「こっちの……、支部にも、名前……、売ってた」

「マホラックは大変な場所なんです」

 ニアの頭を流しながらの会話に、アリシアは必死の抵抗を見せる。

 ただ、二人に批難するつもりはなく、ただ感想を述べただけだった。

「でも、ニアさんもマホラックの捜査官ですよね。どうして、こうも違うんですか?」

「ニアさんは、ワイズマンカンパニーからの出向扱いですから、エリートコースなんです。国連とワイズマンカンパニーの共同設立と言っても、ワイズマンカンパニーの影響力の方が強いですから」

「アリシアさんも大変なんですね。私に出来る範囲であれば、お手伝いしますよ」

「私も、技術者として未熟ですけど、お手伝い出来るように頑張ります」

 湯船の方では、静江と冬海がアリシアを励ましていた。

「私とたっくんもワイズマンカンパニーを目指すことになったし、上手く行けばアリっちの上司かな?」

「その時は、私の、部下」

 ニアの頭を存分に洗った木葉がニアを連れ湯船につかる。

 だが、木葉の言葉に対し、アリシアは苦笑いを浮かべていた。

「ニアさん、それなら私も引き抜いて下さいね」

「それは、決まって、る」

 何を今更、そう言わんばかりの返答に、アリシアは安堵した。

 いくら人脈を築いたとしてもワイズマンカンパニーから来ている同期の魔眼所持者よりも先に上に行くことは不可能と言われている。

「みんなは先のことを考えているんですね。私なんて、どっちに進むかも決めてないのに」

「しずっちは、ソフト面が得意って聞いてるよ」

「比較、対象、鉄也さん」

「てつ君ってたっくんから教わってるせいで、ソフト面に関しては偏ってるよね。それでも、しずっちはスペルマスターみたいなある種の変態とは違いうから、ありがたいって言ってたよ」

 匠のソフト面に関する知識は翻訳者として必要な知識に偏っている。

 当然、お互いの得意分野を教え合っていた鉄也にも、その偏りが存在している。

 そのため、知識の偏りのない静江は、二人に重宝されていた。

「それ、褒められてるんですかね? 結局どこにでもいる普通の技術者ってことですよ」

「たっくん言ってたけど、知識なんて辞書引けば手に入るけど、発想力は持ってるものの組み合わせだから、ちゃんとした基本があるしずっちは、方向さえ決めれば化けるってさ」

「真木君がそう言っていたなら、嬉しいですが、結局専門を決めないと駄目なんですね」

「黒田さん、誰しも、ある程度の取捨選択はしますよ。ただ、決めるのが早いか遅いかだけです。私達術者は、生まれた瞬間に魔力を読み取り得意な属性を判別するので、早い方ですが」

 冬海は氷や水を、春清は風の古流魔法を得意としている。

 現在の古流魔法使いの大半は、得意とする属性から連想される名前を付ける風習があり、魔力に似合った属性の魔法の練習に重きをおいている。

「まぁ、西岡君に聞いた話もためになったと思うので、自信の持てるものを見つけて、ニアさんの目に留まれるように頑張ります」

「その、意気」

 そのまま他愛のない話を続けていたが、かなりの時間が経っているため、そろそろ出ようという話になり、脱衣所へと移ると、木葉が驚きの声を上げる。

「ふゆみんふゆみん、この浴衣、用意してくれたの?」

「ええ、多めに用意したので、好きな柄を選んでください」

 全員が思い思いの浴衣を手に取り木葉と冬海がそれぞれの着付けを行う。

 ただ、ニアが何かを思い出したかのようにつぶやく。

「木葉さん、違い、分からないから、和服で、統一、してた」

「う……、でも、これは浴衣なんだよ。ニアっち可愛いから気にしなーい」

 そう言って木葉は手早くニアの着付けを行う。

 その様子に冬海は微笑みながらアリシアの着付けを行い、静江にその様子を見せていた。

「お正月にも見たのに……」

「こればかりは慣れですよ」

 何も手伝えず、落ち込んでいるが、慣れていないためしかたのないことだった。

「さて、ふゆみんも交えて夜通し何しよっか」

「言われていた通り、お菓子と飲物は用意したので、準備は出来てますよ」

 この後、女子が寝るために使う部屋は、夜遅くまで灯りが点いていた。





 木葉達が部屋で話している時、木葉は途中で抜け出し、外に接している廊下に座り夜空を見上げていた。

 木葉が静かな時間を過ごしていると、足音が近付いてくる。

「どうしたの、たっくん?」

「トイレだ。木葉こそ何やってんだ?」

「んーと、何かたっくんに会えそうな気がしてね」

 そう言いながら木葉は隣に座るよう促す。

 それに答えるかのように自然な動作で座ると、木葉と同様夜空を見上げた。

「そっちの部屋は楽しいか?」

「ぶー、他の女の子の話?」

 木葉は頬をふくらませながら匠の脇を小突く。

 匠はそんな様子を楽しんでいた。

「それじゃあまずは、浴衣似合ってるぞ」

「ありがと。じゃあ、質問に答えよう。楽しいよ。ふゆみんにいろんなこと聞いたり、しずっちにレポートのこと聞いて、後でごまかせるようにしてるから。でもさ、呪具の研究って言ってるけど、実際は逆翻訳についてだよね。あれ、たっくんもやりたかったんじゃないの?」

 魔法の翻訳は、古流魔法を現代魔法にすることだと思われている。けれど、本来は一つの系統に属する魔法を別の系統の魔法で再現することだ。

 だが、大半の翻訳者は、それぞれの古流魔法を現代魔法に翻訳することしか出来ない。

「まぁ、理論だけは存在してるし、現代魔法を古流魔法に翻訳出来たのは、ワイズマンカンパニーの創設者だけだから、興味はあるな」

 逆翻訳をするには、純粋な現代魔法が必要なため、翻訳に適した魔法が少ないという問題もある。

 そのため、静江はアリシアとニアに所持している現代魔法を見せてもらえるよう頼んでいる最中だ。

「たっくんは去年の夏に西岡君と知り合ってから、現代魔法を古式系の古流魔法への逆翻訳に挑戦してるよね」

 古流魔法に関する知識は、木葉の家に伝わっており、調べることが出来る。

 だが、呪具に関する詳しい資料がなく、昔から続けていた匠の挑戦は、進んでおらず。

 新人戦で知り合った西岡は、匠にとって渡りに船だった。

「まー、西岡との共同研究だったし、ある程度の目処がついたら鉄也も巻き込むつもりだったから、ちょうどいいさ」

「まぁたっくんがいいなら私が口を挟むことじゃないけどね」

 そういいながら木葉は匠によりかかる。

 匠はそれを受け入れ、静かに時を過ごした。

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