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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第四章 古流の名家
21/24

京都合宿

 土御門との会話の後、匠はアリシアとニアに連絡をつけた。

 二人は、それぞれの立場から協力を快諾する。

 匠は、二人の旅費を出そうと考えていたが、二人は捜査官という立場柄、高給取りと言い張り、匠の申し出を辞退した。

 二人の発言が真実かどうかを匠が知る手立ては、今のところないが、二人がそう言う以上、追求しようとしなかった。

 さらに、鉄也と静江に連絡をしたところ、チームメイトの一大事と言い張り、二人共同行することになった。

 匠は、危険な目に合わせたくないと考えているが、本人がそういう以上、無理に置いていって古流の名家に狙われた場合、アリシアとニアに頼んだとはいえ、何か起こるのであれば、目の届かないところよりも、目の届く範囲の方がましと考え、二人も連れて行くこにした。





 連休の初日、匠達は早朝に新幹線の駅へと集合した。

 本来、大型連休の初日に京都行の切符など簡単には取れないが、古流の名家の一つである土御門家の力を持ってすれば、7人分の切符を取ることは造作もない。

 それだけ、魔法が証明された社会で、魔法という伝統を持つ家の力は大きい。

 ただ、公共の乗り物を使っているため、作戦会議などをするわけにもいかず、周囲からはただ旅を楽しむ一団としか見れなかった。

「それで、土御門君の家って京都のどのへん?」

「だいたい北の方だ。本家の場所は有名だが、分家はその周辺に散らばっている。口で説明してもわからないだろうから、楽しみに待ってろ」

 実際、木葉は口で説明されてもわからないと考えている。

 あくまでも話の取っ掛かりであったため、土御門の返事に何かを思うわけもなく、そのまま次の話題へと移った。

「まー、そうだよね。でも、こうしてみんなで出かけるのって、合宿みたいだね」

 だが、その言葉に匠は呆れるしかない。

「木葉、チーム全員だから、合宿申請だして、連休の合間にある平日も京都にいれるようにしただろ。説明したはずだが、忘れたのか?」

「たっくん、私がちゃんと理解してるはずないんだよ。忘れたの?」

「そうだったな」

 匠は、諦めた。

「技術者として、俺は呪具の類には興味があるんだぜ」

「私も、ソフト面がメインですが、呪具がどんな働きをするのか、ちゃんと見てみたいです」

 古流の名家である土御門家に行くということもあり、合宿の理由として呪具の研究という仮の目的を作り、申請している。

 そのため、二人は仮の目的を遂行するために安全なはずの場所で別行動をとることになっていた。

 陰陽庁によって市販されている呪具は、あらゆる点で簡易化されているため、古流魔法について詳しく理解するための役には立たない。

 だからこそ、鉄也と静江は古流の名家である土御門家で使われている呪具に興味があった。

「許可は出てるが、余計なことはするなよ」

「わかってるって」

「ああ、それと新人戦の時に知り合った古都校の技術科のやつにも声かけてあるから、技術交流でもしててくれ」

 匠は、そう言って事前に連絡しておいた西岡の連絡先を鉄也に教える。

 京都についてすぐに別行動になるわけではないが、後回しにすると、忘れる可能性があった。





 京都に着き、そのまま北部にある土御門の家へと向かう。

 その道中で襲撃を受けるようなことはなく、安全な時間が続く。

 匠は、襲撃を行うような家が少ないからこそ、古式系の古流の本拠地である京都で迂闊に動けないと考えた。

 そして、それを証明するかのように、何も起こらないまま、土御門の家へと着いた。

 そのまま土御門の門をくぐると、そこで匠達は思いもよらぬ歓迎を受ける。

「昨年の新人戦優勝チームのみなさん、お久しぶりです」

「古式……先輩」

 そこには、古式系古流魔法の中心である古式家長女、古式咲が立っていた。

 さらに、隣にはその婚約者である土御門四季もおり、異様な威圧感を放っていた。

「小川玉梓さんはいないようですね。少し楽しみでしたが、しかたありませんか」

「あー……、紹介はいらないと思うが、紹介しておく。古式咲先輩と、うちの長男の土御門四季兄貴だ」

「はじめまして」

 匠を筆頭にそれぞれが思い思いの挨拶をするが、新人戦出場チームだったということもあり、いまさら名乗るようなことはなかった。

「今回はゆっくりしていけ。直接手伝えることは少ないが、古流全体の問題になりかねない以上、出来る限り協力する」

「は、はい」

 匠は、ただただ緊張している。

「ねぇねぇ土御門君……あ、土御門春清君、あー、言いにくい。三男だよね。次男の人はいないの?」

「夏彦は、北海道校に行っている。向こうの……、アイヌ系の古流の相手を見つけて、いろいろな準備をしている」

 木葉の疑問に対し、答えたのは春清ではなく、四季だった。

 そもそも、質問の中身が土御門家にかかわることだったため、春清が口にしていい内容ではなかった。

「そうなんですか。じゃあ、雑談はこのくらいにして、話を聞かせてもらいましょうか」

 木葉はにこやかに告げた。

 だが、その表情からは感情が消えており、拒否を認めないという考えが見て取れた。

「俺達は立会人だ。話は全て春清に伝えてある」

 そう言うと、四季と咲はそのままどこかへ行ってしまう。

 それを追いかけるように、春清は匠達を案内した。

 春清が案内した場所に足を踏み入れた瞬間、全員が何かしらの力を感じ取る。

 だが、敵意はなく、それが中と外をしきるためのものだと全員が判断した。

「これは結界だ。どこに間者がいるかわからないからな」

 同じ古流というふうにはくくられているが、その中でも対立がある。

 それを全員が察したが、古流のゴタゴタに巻き込まれたくないため、誰も口にしなかった。

 全員が座ったのを見計り、春清が口を開く。

「まず、ここで聞いたことは他言無用だ。古流の面子を潰されたと因縁をつけられる可能性がある」

 全員が頷く。

 そもそも、木葉の神降しを狙う集団から身を守るために話を聞くのであって、襲撃者が増えては元も子もない。

 それは、誰もが理解していた。

「それでは話す。まず、襲撃者は大まかに分けて二つの派閥にわかれている。小川を殺そうとした奴らと、その力を手に入れようとしている奴らだ。殺そうとした奴らは、信仰心の強い家の分家が集合したものだった。だが、力を手に入れようとしている奴らに仲間を殺されたことで、元々揃っていない足並みがさらに乱れ、組織としては勝手に消えたことを確認した。残っている奴に、一人で挑もうとする気概のある術者はいない。その点については、安心してくれ」

 二つの脅威の内、一つはかってに滅んだ。

 何とも出鼻をくじかれる展開でばあるが、戦う可能性のある相手が減るということは、匠達にとっては幸運だった。

「そして、もう一つの派閥、小川の……、神降しの術式を手に入れようと手に入れようとしている奴らだが、その中心は、賀茂の分家だ」

「賀茂ねー。分家の仕業かもしんないけど、本家は何してんの?」

「本家は決断しかねている。そのせいもあって、分家の動きを見張れていない」

 春清は真面目に言い返すが、木葉は少し気を落としていた。

 その理由は、この場にいるほとんどがわかっていない。

「中心が賀茂ってのはわかった。だが、他の分家もいるかもしれないんだろ」

 その言葉は、匠の優しさだった。

 だが、匠は木葉のダジャレよりも、体調の方を気にしている。

 本人が何も言わないため、口にはしないが、気が気でない。

「賀茂の下に集まっているのは、名家から外れた連中だ。烏合の衆とも言えるが、どんな術者がいるのかまではわからない」

「敵が、判明。なら、場所も、わかる。後は、しかける」

「そう上手く行けばいいんだがな。分家ということはわかった。けれど、怪しい動きをしている分家が多いせいで、どれが中心か、わかっていないんだ」

 春清は地図を取り出し、賀茂家が集中している区域に印をつけた。

 地図上で見れば狭いが、実際に行くとかなりの広さがある。

 そこから闇雲に探すわけにも行かず、手詰まりとなっていた。

「あれ?」

 ぼんやりと地図を眺めていた木葉が一つの事実に気付いた。

「土御門君、賀茂家って目と鼻の先?」

「ああ、ここも北側といえるからな。だが、ここは土御門だ。襲われる心配はない」

「うーん、ならいいんだけど」

 木葉は古流の名家については詳しくない。

 だが、名家から外れた連中がいるなら、相手が名家でも襲ってくる可能性があると考えていた。

「小川木葉、どうやら心配しているようだが、所詮は烏合の衆だ。襲ってきた所で、何か出来るわけではない」

「土御門先輩、ここにいる間は頼っていいんですか?」

「言ったはずだ、ここは土御門だと。襲ってくる相手に容赦はしない」

 土御門四季は、力強く言い切った。

 だが、匠は四季の言う『ここ』が、どこまでか測りきれいない。

 そのため、遠回しに確認する。

「わかりました。安全な寝床は確保出来ているなら、安心して行動出来ます」

「ちゃんと理解出来ているなら問題ない。春清」

「はい。相手の本拠地は引き続き調べている。そこで、まずは学校に提出するレポートを終わらせる。異論はないな?」

「やっと話に加われるぜ。そりゃあもう、古流の呪具なんて興味しかないんだから、俺がちゃんとした論文に仕上げるぜ」

「私も、戦力にはなりませんが、レポートなら任せて下さい」

 鉄也と静江がここぞとばかりに主張し始めた。

 そもそも、この二人は、このためだけに着いて来たといっても過言ではない。

「私とニアさんは、こちらにあるマホラックの支部に顔を出したいのですが?」

「協力、依頼。行動の、黙認」

「まぁ、それは二人にしか出来ないよな。アリシア、ニア、任せるぞ」

「任せて下さい」

「はい」

 こうしてこの日はお開きとなり、土御門の家で一夜を過ごす。

 ただ、匠はどことなく体調が悪そうな木葉を気遣いながらも、そのことを口には出せずにいた。





 京都に来て最初の朝、土御門家の朝は早く、木葉が寝ぼけ眼をこすりながら朝食を食べている。

「は、はやいよ……」

 朝日が完全に登り切る前に起こされたため、木葉は静かに過ごしていた。

「木葉、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。でも眠いから肩貸して」

 木葉は匠によりかかろうとしたため、匠はそれに合わせて体を動かし、木葉が頭を預けやすくした。

 その行動が無言で行われたため、始めは誰も気付かなかったが、その様子が視界に入った途端、何かに納得し、視界から外した。

 その間にも、寝入っている木葉を起こさないように匠は朝食を食べ続けた。

 しばらくして木葉が幸せそうな顔をしながら目を覚まし、朝食の続きを食べ始める。

 その様子からは、匠以外は木葉が不調だと感じ取ることが出来なかった。

「それじゃあ出発か」

「先方には連絡してあるから、急ぐぞ」

「それでは、私達は別行動しますね」

 匠達は呪具師の名家ヘ向かい、アリシアとニアはマホラックへと向かう。

 しばらくして、木葉と最後尾を歩いていた匠が、春清へと声をかけた。

「なぁ、土御門、今から行くのって新人戦にいた西岡って呪具師の家だよな」

「ああ、お前が話をつけたんだからな」

 春清は今更何をという受け答えをしている。

 匠はそんな言外の疑問に答えようともしない。

「そこって神社仏閣とかの、神域的なものはあるのか?」

 今回、匠の言う神域は、魔法を無効化する魔法ではなく、一般的に使われる、宗教的な意味合いでの神域だった。

 それを文脈から判断した春清は、さらなる疑問を抱えながらも、真面目に答える。

「呪具を作るのに、他宗派の魔力が邪魔になることがあるから、あの辺りにはそういった周囲に影響を及ぼすものはない」

「そうか、なら安心だな」

 それは、木葉に向けての言葉だった。

 この場にいる面々で、匠の言葉を理解出来るのは鉄也だけだが、その詳細までは知らない。

 だが、この場でそのことについて深く追求する気はなかった。

「もう着くぞ」

 春清が示した先には京都において一般的な屋敷がある。

 だが、その屋敷には何にも染まっていない純粋な魔力が染み付いていた。

「うわ……、周囲にないどころか、屋敷もあれだし、気持ち悪いほどまっさら」

 木葉は西岡の屋敷を見て失礼な感想を漏らした。

 けれど、春清もその感想に異論がないため、とっさに注意することが出来ずにいる。

 西岡の屋敷の前へと到着すると、木葉はまっさらな魔力の中に異質なものを感じ取った。

「中から複数の魔力の波長を感じる。複数の家から呪具の制作を依頼されてるの?」

「俺は知らない。土御門が依頼してはいるが、名家が何を依頼したか教える義務はないし、呪具師も口を開くことはない。あくまでも可能性があるという程度だ」

 春清がそう告げながら、中へ来訪を知らせる。

 その直後、待っていたかのように扉が開く。

「なかなかに鋭いお嬢さんだ。何重にも結界を施した蔵で作っておるというのに」

 姿を現したのは、杖をついた老人だった。

 その動きには無駄がなく、呪具師というよりは、歴戦の魔法使いという印象を受ける。

「はじめまして。小川木葉です」

 木葉を皮切りに、それぞれが挨拶を口にした。

 そんな中、老人の視線が、木葉の腰付近に集中している。

「ワシは、西岡又太郎(またたろう)じゃ。まぁ、翁と呼ばれることの方がおおいがのう。それと、お嬢さん、その呪符は、屋敷の中では抜かないでくれるかのう?」

「何も無ければ出しませんよ」

「何もなければいいのじゃがのう」

 木葉の正直な答えに翁は安堵を見せる。

 木葉の呪符について何かを感じ取った。その結果、只者でない翁が、より高みの存在だと思い知らされた。

「それでは、ついてくるがよい」

「お邪魔しまーす」

「元気がよいのう」

 匠達は翁に案内され、屋敷へと入っていく。

 木葉が感じ取った魔力の波長を発している蔵とは違い、特定の魔力の波長を放つものがなく、呪具を作る際の影響を押さえるための工夫がところかしこに見られた。

 通された部屋でお茶を用意され、話をつけた匠ですら、何が始まるのかわからずにいた。

「それでじゃ、おぬしらの相手は(まさる)に任せるつもりじゃったんじゃが、今日も学校でのう。観光向けの資料がある。それを見て、待っとってくれ」

 いくつかの資料を運び込んだ翁は、そういうと出て行ってしまう。

 けれど、鉄也は観光向けの資料であっても、目を輝かせていた。

「くっそー、これすげーぜ。観光用って一般人の観光じゃなくて、将来の顧客向けの資料だぜ」

「凄いですね。かなり細かいところまで書いてありますよ」

 盛り上がる鉄也と静江をよそに、木葉は資料を眺めながらも、匠の横顔を眺め続けていた。

「真木、その状態でよく集中出来るな」

「土御門君、私の楽しみを奪うとは、いい度胸だね」

 木葉は春清の言葉に表情から感情を消し答えた。

 だが、匠はそんな木葉の様子を気に留めようともしなかった。

「いつものことだからな。話しかけるわけでもないし、ただ眺めるだけなら気にならない」

「まぁ、真木がそれでいいなら余計な口出しだったな。それで、レポートは盛り上がってる二人に任せるとして、明日からの行動を決めないか?」

「いいか。まずは、そっちの調査が、どの程度、進むか……だ。確かに、敵をあぶり出す、方法は、ある。でも、なるべくなら、その方法は、取りたくない」

 匠は、視線を春清に向けるが、時折、資料へと戻しながら返事をする。

 その様子に、春清は相手が技術科だということを思い知らされた。

 土御門家による調査に終了の目処はついていない。

 そもそも、賀茂の分家という正体はわかっていても、分家というだけでは、絞り込むのは不可能に近い。

 何故なら、古式系古流魔法の名家全体としての方針が決まらなければ、他家に干渉するなど、不可能に近いからだ。

「たっくん、その取りたくない方法、当ててみよっか? 私が賀茂家の近くを歩きまわるんでしょ。そうすれば、功を焦った人が出てくるかもしれないって」

「……だから、その方法を取りたくはない」

 匠は躊躇いを見せたが、誤魔化しても意味は無いと判断した。

 そもそも、取りたくないと言っている以上、その方法が採用されることは、まずないと判断してのことだ。

「囮……か。確かに取りたくない方法だな」

 匠の意見に春清も同意する。

 そもそも、今回の始まりは匠と木葉が襲撃されたことが発端となっている。

 敵を見つけるという点においては選択肢に入るが、それでは元も子もない。

「まぁ、そういうことだ。だから、正直な所、今は待つしかない」

 匠は資料を閉じ、辺りを見回す。

 それに合わせ、木葉も何かに気付いた。

「これは……、ご飯の匂い」

 それと同時に、部屋の外から足音と杖をつく音が聞こえた。

「本当に鋭いお嬢さんじゃのう。もうじき大も帰ってくるはずじゃ。遅くなったがお昼にするとよい」

「ありがとうございます」

「いいんですか?」

「若いもんが遠慮するんじゃないわい」

「それでは、ありがとうございます」

 匠達の会話で資料に夢中になっていた鉄也達も気付き、そのまま休憩がてら、名家の昼食を楽しむこととなった。





 昼食の時間が終わり、しばらくすると、遠くで扉が開く音が聞こえた。

 それと同時に、匠は聞き覚えのある声を聞く。

「ただいま」

「西岡が帰ってきたみたいだな」

 だが、それの直後に全員が聞き覚えのある声が聞こえた。

「お邪魔します」

「むむ、何か聞き覚えのある声が……。誰だっけ?」

 その後、何やら会話が聞こえるが、その内容を聞き取れず、とりあえず匠達は待つことにした。

 そして、しばらくすると、足音が匠達のいる部屋の前で止まる。

「お久しぶり」

「久しぶりだな」

「西岡、何故こいつらがいる!」

 その声の主は、匠達と新人戦で戦った安倍刀治だ。

「あー、安倍……安倍……、安倍君だ」

 安倍は春清に対し、嫉妬の入り混じった視線を向けたが、木葉の言葉に視線を逸らした。

「木葉、安倍刀治だ」

「わかってるよ。親しみを込めたの」

 木葉はわかりやすい嘘をついた。

 それは、面識の少ない安倍にもわかるほどだ。

「小川木葉……、まぁいい。西岡、何故こいつらがいる」

「いや、ですから、今日はやめたほうがいいと言いましたよ」

「……だが、調整を繰り返す必要がある」

「調整ねー。私と土御門君が駄目にした式神を作り直して、その調整かな?」

 木葉は、知り得る情報から、推測し、口にした。

 だが、木葉にとってそれが事実かどうかは興味がない。

 それは、チームメイトの全員が理解しているが、この場にはそれがわからない人もいる。

「西岡……、いや、それは違うな、すまない。呪具師を侮辱するところだった」

 安倍の脳裏に西岡が古流魔法の秘密を漏らしたという考えがよぎる。

 だが、それはありえないという考えからすぐに訂正し、謝罪した。

 呪具師は、その仕事に誇りをもっているため、顧客の情報を漏らすことはありえない。

 それは、古流魔法に携わるものであれば、誰もが理解していることだった。

「何で古流魔法使いって沸点低いのかな? 当たり外れはともかく、白を切ればいいのに」

「木葉、それくらいにしとけ。それで西岡、忙しいなら出直すぞ」

 匠の言葉に西岡は考えるそぶりを見せる。

「先約は真木君ですけど、安倍君はお得意様だし、優先したいんですけど。でも……」

 西岡にとってはどちらも優先順位が高く、決め手にかけていた。

「いや、お得意様を優先しとけ。私用と仕事を天秤にかけると今後に関わるぞ」

 それは、翻訳者の両親を持つ匠の考えだ。

「いや、先約を優先するべきだ。俺は割り込む気はない」

 それに対し、安倍も自らの考えを述べる。

 正反対の考えに、西岡は頭を抱える。

 だが、西岡の考えを遮るように声が響く。

「お邪魔します」

 それは、この場にいる誰もが聞き覚えのある声だった。

「お、ふゆみんだ」

 その後、足音が真っ直ぐに匠達のいる部屋へ向かってきた。

 だが、開きっぱなしのふすまから安倍の姿が目に入ると、その足音が止む。

「安倍様、どうしたんですか?」

「土御門さんですか。俺は呪具の調整です」

 木葉は、安倍の態度に首を傾げる。

 それは、事情を知らない人間であれば当たり前のことだが、匠達にはその変化の理由を推測する情報があった。

「木葉、余計なこと言って傷口に塩を塗るなよ」

「たっくん、その発言は十分に傷口をえぐってるよ」

 二人の会話に安倍は苦虫を噛み潰した顔をしているが、その感情を表に出さないように耐えていた。

「冬海、わざわざすまない」

「春清君の頼みですから、気にしなくていいですよ」

「それじゃあ、西岡、冬海も来たから、お前は安倍の方を先に済ませてくれ」

「わかりました。では、安倍君、あっちの蔵へ」

「ああ」

 匠達は西岡と安倍を見送り、冬海を部屋へと招き入れた。

「ところでふゆみん、私服は和装じゃないの?」

「時代の変化ですよ」

 匠達も全員が私服であるため、一見すれば普通の高校生と区別がつかない。

 それが、魔法高等学校の生徒であっても、高校生だということの証だ。

「そういうものか。でも、着物とか巫女服とか……巫女服とか、持ってるんでしょ!」

「まぁ、持っていますよ。古流の人間ですから、受け継いだものもありますし」

「そのくらいにして、話を先に進めようぜ」

 匠は話がそれたまま時間がすぎるのを恐れ、強引に話を進めた。

「それもそうですね」

 冬海は自然な動作で春清の隣へと座る。

 それを見計らい、匠は話を切り出した。

「さて、話を先に進めると言ったが、情報がない。つまり、進めようがない。そこで、土御門冬海、何かないか?」

「そうですね。木葉さんを襲撃した家がある。その情報が広まってからの動きですが、大半の家が静観を続けるつもりです。神降しの力は欲しい。けれど、それを手にするためにその力と戦う必要があるのなら、諦める。結局は、そこに行き着くようです」

 神降しは古式系の古流では、古式家だけが所持を公表している。

 古式家を作るために古流の名家全体で神降しを研究していた。

 そのため、多くの家が神降しについてある程度理解している。

 そんな訳もあり、その力を欲する家は多いが、その力を打ち倒すだけの力を持っていない。

 そもそも、その力を打ち倒す力を持っていれば、神降しという力は必要ない。

 だからこそ、静観する家が大半を占めていた。

「その家は、分家まで考えを浸透させているのか?」

「家の中でもわかれているようですが、基本的には本家に従っています。それと、私達土御門家は、木葉さん対して、全面的に協力することになっています」

「随分と太っ腹だね」

「お礼、だそうです」

 土御門の中で権力を握っている人間は、術者という立場に高い誇りを持っているため、術者同士の婚姻は認めても、武門の家に嫁に出すということを嫌うことが多く、安倍刀治と土御門冬海の婚約には反対の意見が多かった。

 けれど、古流の名家同士の繋がり上、避けては通れない。

 そんな時、新人戦で嫁ぎ先の安倍刀治を別の分家の人間である春清が倒した。

 それが、その縁談を破談にする理由として活用された。

 その切っ掛けを作った木葉に対し、何らかの形で礼をする。それが、土御門家の方針だ。

「情報を集めてもらってるから、文句はないけどね」

「それと、安倍家ですが、安倍様の分家は顔を潰されたと思っているようですが、武門ということもあり、安倍様を鍛え直すことにしたようで、木葉さんに手を出してくる様子はありません。安倍本家も、分家のことということで、動きを見せませんし、古式家の成り立ちを考えれば、動く必要はありません」

「力を持った家が敵にならなくてよかったぜ」

 匠は詳しい事情に気付かないふりをして、心の底から安堵している。

 安倍家といえば、一般人に対して陰陽師の名家といえば、という質問をすれば、その大半が口にするほど有名な家だ。

 それだけに力も影響力も強い。

 その安倍家が敵になる状況など、考えたくはなかった。

「それと、安倍家の術者側においては、武倍の台頭を防いだということで、安倍様を倒した春清君に借りが出来たようです」

「そういうこともあって、俺から賀茂には協力しないよう要請しておいた」

 古流魔法の名家である安倍家、その中で武門を受け持つ分家の発言力が増すということを、呪術を受け持つ分家が許せるはずがなく、安倍刀治と土御門冬海の縁談を破談にしたという土御門家と同じ理由で恩を感じているが、その対象は、木葉ではなく、土御門家の春清だった。

 古流の名家として、素性の知れぬ木葉に借りを作るわけにはいかないという事情もある。

「どうせなら協力を頼んでくれればよかったのに」

「そこまですると、こちらが借りを作ることになる」

「しょうがない、そこは、聞き分けてあげる。それで、主犯が賀茂分家のどれかって言うのはわかってるから、問題は、どうやって炙り出すかだね」

「そればかりは、時間をかけて調査する以外、方法はありません」

「ふゆみん、賀茂の本家はまだ決断してないの?」

 木葉が小龍魔法使いの襲撃を受けた段階では、賀茂本家は対応を決めかねていた。

 だが、その話も広まり、土御門に襲撃犯が賀茂分家だと知られている。

 そのため、態度を決めたはずだと木葉は考えていた。

「それですが……」

「賀茂の本家は、自分達の分家が一般人を襲撃したとは認める気はないそうだ。二人を襲った術者も市井の者だったからな。無理に迫れば、賀茂は手下の家をまとめてこちらと敵対しかねない。それは、避けるべきだ」

「下の手綱を握れていないと知られれば、古流の中で賀茂の立場が悪くなるということか」

 匠は、打つ手のない状況に頭を抱える。

 日数的な余裕はあるが、先の見通しが立たず、微かな苛立ちを抱えていた。

 全員が次の手を考えてるため、部屋が静寂に支配される。そのせいもあり、廊下を歩く足音が余計に響く。

「お前達、まだ悩んでるのか?」

「すぐに解決出来る問題じゃないんですから」

 西岡はそのまま鉄也達の方に近付き、手にしている資料を下ろす。

 安倍は冬海に近付き過ぎないように気を付け、適当な場所に腰を下ろした。

「お前達の目的は何だ? そこから逆算すれば、答えは出るだろう」

 匠はその言葉を噛み締め、目的を思い出す。

 匠にとっての目的は、木葉の安全。古流魔法使いに襲われたというのが原因であり、古流の力関係は、匠にとって考える必要のあることではない。

 土御門の面子も、安倍の事情も、賀茂の影響力も、何一つ関係ない。

 何より、自身の安全は、二の次だ。

 だが、一つ致命的な問題がある。

 匠自身が賀茂の周囲をうろついても、囮としての役目を果たせない。

 囮として通用する木葉と一緒にいれば、木葉の足を引っ張るのは目に見えていた。

「たっくん、まずはデートだよ」

「今か?」

 突然のことに周囲は驚いているが、匠はいつものことと割り切り、いつものように返事をした。

 それに対し、木葉は首を横に振る。

「明日。場所は、賀茂川付近」

「待て、そこは――」

「だって、あいつらを何とかしないと、たっくんが危ない目にあうから。言っとくけど、私がたっくんと一緒にいないって選択肢はないよ」

 木葉にとっての目的は、匠の安全。古流魔法使いに襲われたというのが原因であり、匠と一緒にいるということは、考えるまでもないことだ。

 匠と一緒にいる時間を邪魔する相手の都合を考える必要もない。

 匠は、木葉に真剣な眼差しを向けられ、何も言い返せない。

 そして、折れた。

「わかった。ただし、やり過ぎるなよ。明日のデートは、相手の本拠地を見つけるのが目的だ」

「大丈夫だよ。それじゃあ土御門君、ふゆみん、ついでに安倍君、貸しとかいろいろあるから、手伝ってね」

「わかってる」

「わかりました」

「待て、相手が賀茂なら――」

「私達に負けたんでしょ。それに、古流の歴史なんて関係ないよ」

 春清達は三者三様の反応を示す。

 そして、唯一断ろうとした安倍に対し、木葉は最後まで言わせなかった。

「……わかった。けれど、家を動かすのは難しいぞ」

「安倍様の事情はこちらで考えましょう。それで、木葉さん、具体的に何をしますか?」

「ん? 何って私とたっくんのデートを見守って、怪しい人を発見したら、後を付けるだけだよ」

「待て、それは俺達だけで出来ることじゃない」

「古流の都合なんて知らないって言ったよ。私は、貸しを返してもらって、絶対服従の相手に命令してるだけだから」

 木葉は気付いていた。

 賀茂は古式系の古流に属している。

 それは、土御門も安倍も同じだ。

 なら、遠慮する必要はないと。

「あー、木葉がそこまでいったか。まぁ俺から言えることは、諦めろ。それだけだ」

「わかった。小川が、あの玉梓前会長の妹という時点で諦めるべきだったな。安倍刀治、冬海、分担を決めよう」

「刀治だ、春清」

 安倍は、自身よりも厄介な物を背負った相手に対し、嫉妬の入り混じった視線ではなく、哀れみの視線を向けていた。

 だが、その言葉に他意はない。

「わかった、刀治。だが、哀れむのはやめろ。小川からの苦労など玉梓前会長からの苦労と比べれば……、比べれば……、く、比べれば……」

 その仕草に対し、全員から哀れみの視線が向けられたことに、春清は気付かなかった。

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