仕返し準備
週が開け、学校が始まる。
この日、木葉達は普段より早く家を出た。
匠達は、木葉がいつもより早く出てくるとは思っていなかったため、慌ただしく準備を終わらせた。
その上で、早く出てきた理由を問いただしても、木葉は一向に答えようとしない。
今日早く家を出た理由以外は、普段通りだったため、匠は疑問を頭の片隅に追いやるしかなかった。
「それじゃあたっくん、後でね」
「おにー、気を付けてね」
「ああ」
匠は包帯を巻いた手を軽く振ってみせる。
医者からはしばらく巻いておくよう言われているが、痛み自体は引いているため、二人に気を使わせないよう振る舞う。
それは、二人に伝わっているようで、手を振り返しながら魔法科の校舎へと入っていった。
匠は、教室に着けば、包帯について聞かれると思い、上手い言い訳を考えながら教室へと向かう。
木葉が教室へ着く。
だが、その様子に教室の中はざわつく。
普段であれば、開口一番に元気な挨拶が響く。
けれど、この日、木葉は静かに入り、教室を見渡した。
そして、目的の人物を見つけ、近付く。
その様子にただならぬものを感じ取った面々は、その様子を眺めるしか出来なかった。
「土御門君、聞きたいことがあるの」
「小川か、どうした?」
「場所、変える?」
土御門は木葉の纏う雰囲気に違和感を覚える。
それは、その違和感が嫌な予感に変わるのは、自然なことだった。
「ああ、使える教室を探す」
土御門は電子生徒手帳を操作し、生徒会の権限で使える教室を探す。
だが、朝のホームルーム前ということもあり、探す必要はなく、近い教室を選ぶだけで済んだ。
その様子に教室は再びざわつぐが、二人はその反応を気にしない。
土御門は無言で歩く木葉に対し気味の悪いものを感じ取っているが、それをどうすることも出来ずにいた。
二人が空き教室へ移動すると、木葉がすぐに要件を口にする。
「昨日、襲われたの」
土御門は返答に困った。
理由は簡単だ。いつかは木葉が匠を襲うと思っていたが、まさか匠が誘惑に負け、木葉を襲うとは考えていなかった。
「……それを俺に報告してどうする」
けれど、そんな土御門の考えは的外れにも程がある。
「私とたっくんを襲ってきたのが、古流魔法使いだから。様子のおかしい他家ってのがどこか教えて」
「な……、そんなはずがあるか。確かに古式家の命で古流の名家全体がお前の家について調査している。だが、名家全体での指針は決まっていない」
家単位で独自に動いているところはあるが、全体としては、古式家が方針を決めかねている。
だが、そんなこと、木葉に関係ない。
「でも、確かに私達は襲われた。それは事実。だから、情報を出して。どんなことでもいい」
「だが……」
土御門は迷っている。
いくつかの方針を決めた家の情報は持っている。だが、それを今の木葉に伝えた時、何が起こるのか、想像するのが怖かった。
土御門が迷っている時間はわずかだ。
だが、木葉は、その僅かな時間すら待つ気はなかった。
「土御門君、忘れたの? 新人戦の出場チームを決める前の模擬戦、私に負けたよね。なら、土御門君は私に絶対服従だって言ったはずだよ……。だから、大人しく話せ」
木葉は声をいちだんと低くし、土御門に迫る。
その様子に土御門は、恐怖し、抵抗を諦めた。
「大半は、神降しという秘術に対して、不干渉を貫く気だ。あの力が敵として降りかかるのを恐れている。だが、掛け値ない信仰……、いや、行き過ぎた信仰を持つ家は、神そのものを降ろす術の存在を許してはいない。それと、野心を持った中核に近い家は、その力を手にしようと考えている」
土御門は、気付かれないように嘘を混ぜる。
神降しという魔法は、今の古式系の名家の成り立ちに深く関わっているため、迂闊に口にすることが出来ない。
そのため、表現としては嘘だが、間違っているというわけでもなかった。
「じゃあ、その二つか。それで、なんて家?」
「……しばらく待ってくれ、情報を精査する。間違った情報を渡して、無関係な家を潰されては困る」
「いつまでかかる?」
土御門は時間を引き伸ばし、強行に及ぼうとしている木葉を落ち着かせる算段を考える。
だが、土御門はどうすれば木葉を落ち着かせることが出来るのかわからない。
それは、しかたのないことだった。
「連休中には、確認が終わる……と思う」
「連休前に教えて」
一方的に告げ、木葉は教室へと戻る。
それとは反対に、土御門は頭を抱え座り込んだ。
土御門が木葉から感じ取った威圧感は、昨年感じ取ったものの比ではない。
それをどうやってなだめるか。
けれど、土御門が取れる選択肢は二つ。
一つは、大人しく情報を渡すこと。
もう一つは。
「真木を頼るか」
そう呟き、土御門は匠へ連絡した。
その日の放課後、木葉は匠が作業をしている工作室で作業を眺めていた。
だが、その雰囲気は、怒りに震えている。
「土御門が困ってたぞ」
「そう、話したんだ。なら、お仕置きだね」
「木葉、正直に答えろよ。誰のために動いてるんだ?」
「もちろん、たっくんのためだよ」
匠は、プログラム画面から目を離し、正面から木葉を見据えた。
「なら、やめろ」
匠は木葉の身を案じているからこそ、やめるよう告げる。
木葉の魔法使いとしての実力は、驚異的なものがある。だが、組織としての力は皆無に等しい。
だからこそ、匠は木葉の無茶をとめようとしている。
「でも、たっくんが危ない目にあったんだよ。なら、その報いを受けさせるべきだよ」
「俺の頼みでも、駄目か?」
「……でも、あいつらがこなければ、たっくんは怪我しなかった」
「すぐ治るんだ、気にするな」
事実、匠の怪我は、魔法的なものであるため、その影響さえ取り除いてしまえば、日常生活に支障はない。
それは、木葉も理解している。
だが、木葉は結果ではなく、その原因についての話をしている。
「もう、たっくんのこと、傷付けたくないの」
「別に俺は……」
「昔は、一流の魔法使いになるって言ってたよね。でも、私と一緒に練習してて、だんだん元気がなくなって、たっくん、魔法を使わなくなっちゃった……」
匠は、何も言い返せずにいる。
今でこそ翻訳者として周囲から高い評価を得ているが、かつては、一流の魔法使いという魔法を使える子供なら誰もが見る夢を見ていた。
そして、小川木葉という桁違いの才能を持った少女と自らを比べてしまい、魔法使いとしての道を自ら放棄した。
そのことが、木葉の中にしこりのような形で残っている。
「いずれ、才能の無さに気付いて、諦めてたことだ。木葉のお陰で、早くに気付けたんだ。感謝こそすれ、恨む気はない」
「嘘。それなら何で、滅多に魔法を使わないの?」
「無闇矢鱈に使うもんじゃないだろ」
「でも――」
「木葉、今してるのは、昔の話じゃない。今日は、帰ろうぜ」
匠は、起動したままのPCを閉じ、帰り支度をする。
だが、木葉の返事は予想外のものだった。
「ごめん、今日は一人で帰る」
そう呟くと、木葉は一人工作室を飛び出していった。
それを眺めることしか出来なかった匠は、しばらくして帰路につく。
周囲からは、匠と木葉が一緒に帰らないという物珍しさから、興味本位の視線を向けられていた。
その日の夜、匠と司は夕食の後片付けをした後、一息ついていた。
「おにー、今日は一人でさみしく帰ったんだって?」
「ああ、別に珍しいことじゃないだろ」
「いや、珍しいでしょ」
事実、匠と木葉が一緒に帰らないということは、ないわけではないが、そう多くはない。
さらに、木葉がいなくとも、鉄也が一緒にいる場合があるため、一人で帰るということは、まずなかった。
「それで、それがどうした?」
「喧嘩するわけはないから、私なりに考えたんだよ。そして導き出した結論は、昔のことで、傷付けただの、どうだのって話でもしたんでしょ」
司は、見ていたかのような自信を持って答える。
司の目から見て、二人が別々に帰る理由は、そう多くない。
「別に傷付けられたわけじゃない」
「おにーは才能がないのに自分で気が付いただけだもんね。一流の魔法使いを目指して、このねーの才能を目の当たりにした。まぁ、このねーの才能は、規格外だから、可哀想だけどね」
「魔法使いとしての技能は平均的。それを覆せる作戦を考えられるわけでもない。なら、俺には才能がなかった。それだけだ」
「それで、スペルマスターを目指した。うちには、翻訳系の資料が多いけど、スペルマスター系の資料も、少しはあったからね。でも、その道は、私が引導を渡したんだよね」
匠は、ソフト面の才能を持っていた。
だが、独創性を必要とするスペルマスターには、妹である司という高い壁が存在した。
一つ年下で、自らより才能も資質も持っている司と競うことを諦め、匠は周囲に競う相手のいない翻訳者を目指した。
匠は、自らの才能に気付く前に、打ちのめされ続けた結果、他者と争わないようになっていた。
「昔のおにーは、自信満々だったのに、だんだん自信なくしたよね。鉄也にいとは、競おうとすらしなかったし」
「何が言いたい」
「おにーは、いつまで逃げるの?」
「逃げてなんか……」
「逃げてるよ。だから、今回のことも、マホラックとかに任せっきりにしてるんでしょ。確かに、それは正しいことだけど、相手が古流の名家である以上、正解とは言えないよ」
普通の事件であれば、捜査を警察などの関係機関に任せるのが普通であり、正解だ。
だが、魔法関係の事件で、犯人がその国の古流の名家と関わりが深い場合、そこからの妨害がはいることが、まれにある。
そのため、仕返しはしなくとも、伝手を使い、古流の名家と話をつけるという方法が取られる。
けれど、匠はそれすらしようとしていない。
「おにー、普通は自分を打ちのめした相手と一緒にいないよ。でも、おにーはこのねーと一緒にいるんだから、ちゃんと安心させてあげなよ」
匠は、司の言葉を受け止め、静かに考えている。
それは、ほんの短い時間だが、決意するには十分だった。
「司、俺が協力を頼んだら、手伝ってくれるか?」
「もちのろんだよ」
「それじゃあ、考えとくか」
匠が決めたことは一つだけ。
それを実行するために、まずは手を集めることにした。
匠と司が話をしている頃、向かいにある小川家では、感情を消し下を向いている木葉と、木葉の母親が向かい合っていた。
「木葉、そんな顔してたら匠君に嫌われるわよ」
「たっくんは、嫌いだなんて言わないよ」
「ねぇ、木葉、その力、余計だった?」
その言葉に対し、木葉は顔を上げると同時に首を横に振った。
「それはない。魔法使いとしての力があるから、たっくんと仲良くなれたし、魔法が伝わってるから、一緒にいられるんだもん」
匠と木葉は幼なじみだ。だが、どちらか一方に魔法使いとしての力がなければ、今のような関係になっていない可能性があった。
だが、他にも魔法使いとしての力を余計と思わない理由がある。
「それに、可能性を狭めないためにしてくれたことでしょ。なら、それを余計なんて言わないよ」
「そう。それじゃあ、どうするの?」
木葉はずっと考えていた。
けれど、結論が出る様子はない。
だからこそ、木葉は匠と顔を合わせられずにいた。
「とりあえず、人を集めとく」
「そう、なら、力のことも含めて、全部好きにしなさい。ただし、危ないことするまえには、連絡すること」
こうして親子の会話が終わった。
次の日、匠は朝の時点で木葉に逃げられたため、登校時には奇妙なものを見る目を向けられていたため、匠は、周囲に怯えながらアリシアとニアを呼び出した。
そして、放課後、二人は呼び出された理由を考えながら、指定の教室へと向かう。
だが、古流の名家による襲撃、それが関係しているということは、二人共通の見解だ。
余談だが、匠が呼び出しに使った教室は、偶然にもニアが匠達を呼び出すのに使った教室だった。
「二人共、呼び出して悪かったな」
「問題、ない」
「出来れば要件も教えておいてもらえると、助かります」
「そうか、次からはそうする」
一度口を閉じると、匠は意を決し、言葉を続けた。
「ニア、ワイズマンカンパニーは俺をどう評価してる?」
「上は、有能な、翻訳者を、欲してる。でも、ワイズマンカンパニーに、入れば、一社員、扱い。そこで、出世するかは、匠さん、次第」
「それは当たり前だな、俺はただの高校生なんだから。それでだ、俺が将来ワイズマンカンパニーへの入社を希望すると確約し、そのための不安要素を取り除く手伝いを頼んだら、支援してもらえるか?」
「内容に、よる」
「これの原因を取り除くことだ」
そう言って匠は包帯を巻いた左腕を軽く振った。
詳しいことは、話すまでもなく知っている。
そのため、その仕草だけで二人に意図が伝わった。
「程度に、よる」
「古流の名家、その中でも襲ってくる奴らを相手にする必要がある。程度で言えば、その家には退場してもらうくらいかな」
退場、匠は簡単に言うが、それは、話し合いによる解決から、力による解決まで、幅広い選択肢を取ることが出来る。
匠はどの程度のことをするかは決めておらず、得られる支援によって方針を決めるつもりだった。
そもそも、匠に相手をどうにかする力はなく、誰かの力に頼る他はない。
「上からの、通達。上は、組織の、力に、興味、ない。けれど、優秀な、人材、特異な、魔法、これらには、興味、ある。それが、手に入るなら、私の、権限で、許される、限り、支援、する」
「そうか、ありがとう」
匠は、感謝の言葉を口にする。
だが、特異な魔法、この言葉には、警戒するべきだと考えた。
「それで、次は私ですか?」
「ああ、アリシア、俺の将来は決まったけど、マホラックにも、協力してもらいたい」
「彼らは公共の場で魔法を使い人を襲いました。それだけで、マホラックが動くには十分です。それに、マホラックの半分はワイズマンカンパニーですからね」
マホラックは魔法著作権に関する組織だ。
だが、魔法犯罪に関わる国際的な捜査機関という面も持っている。
普段は、その国の組織に任せているが、標的がワイズマンカンパニーやマホラックの場合、もしくは、魔法犯罪を犯した犯人が、その国と深い関係のある魔法組織の場合、一般人の安全を目的に動くことが出来る。
後者の理由で動くことは滅多にないが、決まりがある以上、動くことに問題はない。
さらに、上位組織であるワイズマンカンパニーが動く以上、動かざるをえない。
「助かるよ。詳しい方針も、敵がどこかも定かじゃないが、二人が協力してくれるなら、それだけで安心だ」
「油断、大敵」
「そうだな。気を付ける」
「それにしても、二人共想い合っていますね」
「同感」
匠は、何を今更と思い、二人の言葉に首を傾げる。
だが、深く追求して墓穴を掘るのを避けるため、匠はただ笑ってごまかした。
そのため、二人がその言葉に含ませた意味に気付くことはなかった。
次の日、昨日は好奇の視線にさらされ続けていたため、周囲の目が気にならなくなっている匠は、好機の視線の中、前もって木葉の教室まで行き、放課後に開いている教室に来るよう告げた。
その結果、二人は空き教室で顔を合わせている。
「木葉、この前の続きをしないか?」
「私の考えは変わらないよ」
匠も、こんな短時間で木葉の考えが変わるとは思っていない。
つまり、木葉の言葉は、匠にとって想定の範囲内だ。
「具体的な方法は決まってるのか?」
「何も」
木葉は匠が怪我をしたという事実に重きを置き、その責任を取らせるという滅論は出ているが、その過程が決まっていない。
「でも、たっくんといられなくなるのは、嫌だから」
そのため、木葉は思いの丈を口にした。
それが、木葉の行動の理由であり、全ての源となっている。
「なら、別の手を探そう。こっちには土御門や安倍に対する貸しもある。上手くいけば、神降しについての不干渉を約束させられるはずだ」
「そんなに上手くいく?」
「無理だろうな」
匠は、自らの言葉を即座に否定した。
土御門や安倍に対する貸しといっても、貸しがあるのは、土御門冬海と安倍刀治、そして、木葉が絶対服従を取り付けた土御門春清の三人だ。
その三人の力だけで、古流の名家全体に影響を及ぼすことは出来ない。
そこで、司は外部の力を借りる方法を示す。
「そこで、アリシアとニアだ。これ以上古流が木葉に危害を加えようとするなら、その目的のものをワイズマンカンパニーに渡すといえば、向こうも手荒なことは出来ないだろ。まぁ、渡す気はないから、ニアに協力してもらう必要はあるけどな」
だが、これも机上の空論だ。
二人の協力は取り付けたが、本当に神降しの秘密を教えろと言ってくる可能性もある。
そんな希望的観測まみれの考えだった。
だが、匠が方針を決めた。
木葉にとってはそれで十分だ。
「じゃあ、先に手を出したのは向こうだから、たっくんの安全のために、潰れてもらおうか」
「木葉、潰すんじゃない。退場してもらうんだ」
「はーい。あ、そもそも古流に神降しがバレたのは玉姉のせいだから、いろいろ協力してもらおうね」
「まぁ、玉姉も無関係じゃいられないし、木葉の安全のために協力してもらうか」
匠は普段とは違う方向への頭脳労働を強いられるが、木葉のためと考えると、自然とやる気が出てくる。
その意味を自覚しながらも、木葉には告げずにいた。
週末に近付いたある日、匠と木葉は土御門に呼び出された。
二人も近々呼びだそうと考えていたため、その要件におおよその検討がつく。
「呼び出して悪いな」
「今日呼び出されてなかったら、私が呼び出してたから別にいいよ。それと、難しい話なら、たっくんが受けるからね」
いつも通りの木葉に匠は胸を撫で下ろす。
この様子なら、話もまとめやすいと考えていた。
「そういうことだ。気にしたいんなら、情報で示せ」
「わかった、気にしない。それで、本題だが、お前達を襲った術者に関することだ。だが、これを話すには、条件がある」
その言葉を聞き、木葉は目を細めた。
「ほう、私の言うことが聞けないと?」
「ち、違う。どこで誰が聞いてるかわからないから、場所を用意するということだ」
土御門は慌てて否定した。
その理由に関しても、納得出来るものだったため、木葉が口を挟むことはなかった。
「で、どこに行けばいい?」
「うちに来て欲しい」
「今日か?」
匠の返答に対し、土御門は何かに納得したような表情を見せた。
「すまん、言葉が足りなかった。京都にある俺の実家、土御門の分家だ」
「土御門の実家か。ある意味敵地の中じゃねーか」
「土御門家全体にお前達と敵対する意思はない。それどころか、分家の一部は小川に感謝している」
木葉は、その意味が理解出来ていない。
古流の名家からすれば、神降しという魔法を持っているだけで何らかの言いがかりを付けられると考えている。
さらに、本人に悪気はないが、土御門冬海と安倍刀治の破談の原因とも言える。
それだけに、感謝される理由がわからなかった。
「不思議そうな顔だな。神降しに関して言えば、そんな秘術を持っているのは、古式家か今の古流の成り立ちに関わっている家だけだ。だから、土御門として口を挟むつもりはない。そして、冬海の件だが、安倍の術者の家ならともかく、あいつは武倍だ。武門の家に優秀な術者を嫁に出したくないという意見が多くてな」
二人共、古流の名家の内情には詳しくないが、土御門が嘘をついていないということだけは理解出来た。
そして、木葉に感謝している土御門家であれば、ある程度の安心は出来る。
「一つ確認したい。土御門家が敵じゃないってことは理解した。だが、道中の安全は保証出来るのか?」
「他家の術者に関しては保証する。ただし、俺に同行してもらう必要があるがな」
詳しい事情はわからないが、敵となっている家も、古流の名家同士の闘いはしたくないのだろうと判断した。
「そうか、ちなみに、他の同行者がいてもいいか?」
「別に構わないが、お前達二人以外の旅費が出るかはわからないぞ」
「あれ? 旅費出るの?」
木葉の疑問はもっともだ。
情報を提供するようには言ったが、いくらこの場で話せないから実家へと呼ばれたとはいえ、東京から京都への旅費は安くはない。
そのため、旅費が出るとは思っていなかった。
「古流全体の名誉に関する問題だ。そのくらいは出す。むしろ、それで済むなら安いほうだ」
二人は古流の名家としての挟持に口を挟むのをやめた。
「とりあえず、アリシアとニアだな。鉄也と黒田さんは、危ないことに巻き込むのもあれだから、注意だけうながしとくか。それで、玉姉はどうだ?」
鉄也と静江は、技術科の生徒ということもあり、魔法使いとしての実力はそう高くない。そのため、二人の安全のために、アリシアとニアに借りを作ろうと考えている。
「環境変わって忙しそうなんだよね。今、魔法大学で覇権争いしてるらしいから」
「……後方支援を頼もう」
匠は、無用な争いに巻き込まれる予感がしたため、玉梓を連れて行くことを諦めた。
戦力としてこれ以上頼りになる相手はいないが、それ以上に問題を引き起こす可能性がある。
今回の場合、それが致命的なことになりかねない。
そんな予感がしていた。
「それじゃあかなり急になるが、連休の初日に出発だ。いいな?」
「たっくん、連休中のデートは京都だよ」
「いや、その前に連休中にデートなんて聞いてないから」
「今決めたの。全部終わらせて、デートだ」
「はいはい、安全になったらな」
「お前達……」
土御門は、自分達のペースを崩さない二人に対し、呆れることしか出来なかった。
だが、その余裕が自らには足りないと考えていた。




