日曜の不運
日曜日、匠は、デバイスの基板を手に入れるため、一人で街へ繰り出した。
目的の品は、正規の流通ルートに乗り、動作が保証され、不具合があってもサポートを受けられる様な品物ではなく、全てにおいて自己責任で対応しなければならないジャンク品である。そのため、目指す場所は、ワイズマンカンパニーのデバイスショップではなく、中古品などを扱う店だ。
匠は、何か理由があったわけではないが、ワイズマンカンパニーのデバイスショップの前を通ると、そこで、見覚えのある人影を見つけた。
「アリシアじゃねーか」
その人物に声をかけると、驚くような反応を示し、ゆっくりと匠の方へ振り返る。
「た、匠さん、どうしたんですか?」
「俺は、鉄也との自主制作用の材料集めだ。アリシアは、メンテか?」
デバイスショップは、デバイスの取り扱いとメンテナンスを請けをっている。簡単な定期メンテは無料で出来るので、休みの度に利用する人は多い。ただ、メンテナンスだとしても、デバイスショップから出てくるには時間が早かった。
「違います。折角チームを組んだのですから、今度、匠さん達の腕前を見せてもらおうと思って、今までの調整データを貰ってきました」
そう言ってアリシアは少し大きめの封筒を見せてきた。
A4の紙が入るくらいの封筒で、少し厚みが出ている。
その中には、アリシアが使っているデバイスの詳細なデータが記録されている。
「見た目からして、紙媒体か。何故わざわざそんなもんで……。まぁ、期待には答えないとな。でだ、何で制服?」
匠達が通う私立関東魔法高等学校には、外出時に制服を来なければいけないという校則は存在しない。一部の生徒は、好んで着ているが、何かあった際は、コスプレと言い切るという暗黙の了解すらある。
ちなみに匠は、良くも悪くも時期相応の服装である。
「それに関しては、私の自由です」
「そうだな、自由だな。何か理由があるんだろうが、コスプレ好きってことで、誤魔化されておくよ。そういえば、国交に関わる機密とか言ってたと思うけど、俺にデバイスいじらせて、設定上の問題があるんじゃないか?」
「ですから、設定じゃありません」
「でも、設定に拘ってるから、燃やして無くせる紙媒体なんだろ」
「確かに、機密上の理由ですけど、それは、私が著作権を持っている現代魔法があるからです」
その言葉を聞き、匠の目付きが変わった。
「アリシアが作った魔法か、ちょっと興味あるな。問題なければ、今度見せてくれ」
「設定設定、言わなくなったら、考えます」
「わかったよ。直接は言わないよ」
アリシアは、多少の不満を見せながらも、一応の納得を見せた。
「まぁ、どうせメンテナンスしてもらう時に、見られることになりますね。ところで、材料って何を集めているんですか?」
「ああ、デバイスの基板だよ。但し、安いジャンク品だけどな」
会話をしながら、二人は自然と歩き始めた。
そもそも、店前で長時間会話するのも、迷惑になる可能性がある。
「確か、鉄也さんは、ハードに強いって言ってましたね」
「そっ、だから、ある程度は直せるから、ジャンク品でいいの。どうせ使えば壊れるし」
最後の一言の意味がわからないアリシアだったが、匠はそれ以上答えようとしなかった。
「せっかくですから、私も手伝います。荷物持ちくらいは出来ますから」
「言ったな。遠慮しないから、バテるなよ」
その台詞を聞き、アリシアは嫌な予感に背筋を震わせたが、既に遅かった。
数カ所の店をまわり、昼時を少し過ぎた頃、二人は、全国にチェーン展開しているデバイス関連の量販店に来ていた。
「疲れました」
「手の数が倍になったとは言え、ちょっと回りすぎたな」
「私は、女の子ですよ。もうちょっと手加減してください」
二人は、店が用意している椅子に座り、商品が揃うのを待っていた。
「すまんすまん、ちょっと過ぎたけど、昼奢るよ」
「では、こちらも遠慮しませんから」
アリシアが不敵な笑みを匠へ向けるが、匠は、その程度の不敵さでは、びくともしなかった。
「俺をビビらせたいなら、玉姉以上になれ」
アリシアは、その言葉を聞き、うなだれるしかなかった。
そして、一息ついたところで、一つの疑問を匠にぶつけた。
「そういえば、日本には、公認のデバイスショップが多いんですね。イギリスには、ワイズマンカンパニーの直営と国営、後は大手の数社だけですよ」
「日本の場合、どこか一社が圧倒的なシェアを取るのは無理だろ。まぁ、その分、公認取ってる小型店も多いから、ワイズマンカンパニー的には、そっちの方で利益出てんじゃねーの?」
現代魔法の発動に必要不可欠であるデバイスの基幹部分は、ワイズマンカンパニーが独占しているため、公認のあるなしで、店の信用度が大きく変わる。
公認のない店では、新規契約が出来ないのは当たり前であるが、裏では違法な物を扱っているという噂があるので、決してなくなりはしない。
「そういうものですかね。基本的にイギリスの国営企業の商品しか使っていないので、サービスの違いはわかりませんが」
「別に直営とか国営のサービスを否定する気はねーよ。ただ、好みは人それぞれってことだ」
こうして待ち時間を過ごしていると、店員が、箱を抱えて匠達の方へやって来た。
「お待たせしました。こちらが指定された基準を満たす商品の一部です」
「ちなみに、何箱あります?」
この箱には、外装付きのデバイスが入っている。そのため、大まかな状態を確認をするために、いくつか手に取って眺めている。
「外装付きは、これだけです。後は、基板だけが、二箱あります」
「そうですか。それじゃあ、いくつかは持って帰りますけど、後は送ってください。後、持って帰るの選びたいんで、詳しく見ていいですか?」
すぐに使えるものと、修理が必要な物をわけるために、匠は、その選定を行っている。
「それでは、私は基板のみの配送準備をしてきますので、戻る前に確認が終わった場合、近くのスタッフにお声掛けください」
そう言ってスタッフは奥へと戻っていった。
「匠さん、手伝いますよ」
「あー、他で買った基板と混ざるとあれだから、そっちで荷物見てて」
「わかりました」
他の店でも、簡単な仕分けをして、すぐに使えるものだけを持ち歩いている。
そのため、数は少ないけれど、他の店の商品と混ぜるわけにはいかなかった。
デバイスは、魔力を流し込むことで起動する。電気でも起動出来るが、その場合は、中身の書き換えしか出来ない。また、ジャンク品の電池に電気が残っているわけもなく、魔力を使う他なかった。
匠が魔力を流し込んだ結果、いくつかは起動し、いくつかは起動しない。
それらの感覚で大まかにわけていく。
そして、匠の作業に終わりが見えてきた時、大きな音と共に、建物が揺れた。
「何ですか?」
周囲から悲鳴のような声が響き渡る。
「アリシア、無事か?」
「一応、大丈夫です」
お互いの無事を確認すると、周囲の状況を確かめるために、行動を開始した。
「騒がしいな」
「ええ、下の方から、何か聞こえます」
下の階から聞こえる騒音が、次第に近付いてくる。そして、騒音の発生源が二人のいる階に到着した時、その原因を目の当たりにした
「さて、皆さん、動かないでください。我々に、事を荒立てる気はありません」
現れたのは、銃器やデバイスで武装した集団だった。
「お前達、両手を上げろ。妙な動きをしたら、わかってるな」
この階にいた全員が大人しく支持に従う。
武装集団のリーダーが部下に指示し、店員と共に奥へ行かせた。
店のデバイスが目当てかと、匠は唯一自由に扱える思考を巡らせる。
ただ、一番最初に両手をあげていた。
そんな中、リーダーと思わしき男がアリシアへと向かう。
「そこの貴女、デバイスを提出してくれますね」
服装が、私立関東魔法高等学校の制服ということもあり、抵抗されないための、行動だった。
「情報は、抜き出せませんよ」
「抵抗されないだけで十分です」
悔しそうな顔をしながらも、素直にアリシアはデバイスを差し出した。下手に動けば、アリシア自身が乗り切ることは出来るが、周囲にいる他の客の安全に関しては、保証できない。そのための行動だった。
「さて、皆さん、他にデバイスを持っている方がいれば、今のうちに提出してください。後になってデバイスを持っていることが発覚した場合、身の安全は保証しません」
この建物全体が、デバイス関連の量販店の店舗であるため、ここにいる客は、ほぼ例外なく魔法使いだ。それは、犯人もわかっているための発言だった。
「ほらよ」
匠は、手にしていたデバイスを渡した。
「随分と年季がはいってるな」
「結構高いからね。だから、こうしてジャンク品を漁って、使えそうなパーツを探してるんだよ。壊した時のメーカー修理は高いから」
そういいながら、匠は足元の箱を示した。
「苦労してるな」
犯人の一人に同情されているが、そんな同情は、誰もして欲しくなかった。
匠達は、他の人質と同様に犯人に連れられ、上の階にある広い場所へ移された。
そこで、後ろ手に縛られ、置いておかれることになった。
「あー、せっかく買った基板置いて来ちまった」
「そんなこと言ってる場合ですか」
「だって、回収されて商品だって言い切られたら、大損だぜ」
アリシアは、呑気な匠に対し、訝しげな視線を向けた。
「そこ、黙ってろ」
「はーい、すみませーん」
「お前、ふざけてんのか」
犯人の一人は、匠の返事に対し、苛立ちを覚えた。
「だって、可愛い女の子がいるんだから、優しく励まして、好感度を上げておくべきでしょ」
「チッ、羨ましいポジションだぜ」
犯人は、相手にするだけ無駄と判断したのか、匠から興味を外す。
そのせいか、匠が不敵に笑ったことには、誰も気付かなかった。
しばらくすると、微かにサイレンが聞こえ始める。
そして、それに合わせて、店員の携帯電話を奪い、電話をかけ始めた。
警察との交渉ってとこか。
匠はそう判断した。
電話の向こうの声は聞こえないが、リーダーの声から推測することは出来る。
それとは別に、犯人達は、店員に大量のデバイスを集めさせていた。
ただ、それは匠が集めているジャンク品ではなく、完全な新品だ。
「何が目的でしょうか」
「さあな。情報がないし、出荷状態のデバイスなんて、使えないだろ」
現代魔法に必要なデバイスは、ワイズマンカンパニーのネットワークに最低でも一度は接続する必要があるので、出荷状態では何も出来ず、契約をしたからといっても、このような経緯で手に入れたデバイスは、すぐに使用停止に追い込まれるのが落ちだ。
リーダーは、警察と交渉しているようで、匠には、時折、現金や、逃走用の、と言った言葉が聞こえていた。
しばらくすると、店にある新品のデバイスを集め終わったようで、犯人に連れられ動き回っていた店員達も、同じ場所へ集められた。
「リーダー、人質はこれで全員です」
「わかりました。では、次の段階へ移行します。デバイスの準備は?」
「後少しで人数分終わります」
「では、終わった分は設定を始めてください。それと、この場では人数分終われば十分です」
犯人達が、前もって練習したかのように、無駄なく動いていく。
そして、その後の光景に、匠達は、驚きを禁じ得なかった。
それは。
「『スタート:テストファイア』」
犯人の一人が、試しに魔法を使った。
ライターで付けられるレベルの小さな火が灯る。
はたから見れば、それが何を意味するのかはわからない。けれど、匠は犯人が使った魔法が、本来使えるはずがないことを知っていた。
あれは、試作品の試し打ちや、実験のためにインストールされる魔法で、事前の申請がなければ使用が許可されない類の魔法だ。
それを使うには、どこかの研究室から権限を得る必要がある。
「成功ですね。ですが、室内で火は危ないですよ」
「すみません。けれど、やはり本物でした」
「そうですね。これで、私達の計画が進められます」
その言葉を合図に、犯人達は慌ただしく動き始めた。
「人質はここにいるだけみたいだな」
「匠さん、何を企んでいるんですか」
けれど、匠は質問に答えない。
犯人の行ったことを頭の片隅に押しやり、この状況を何とかするために、頭をフル回転させていた。
そして、一つの考えをまとめ、アリシアに確認する。
「アリシア、自分のデバイスすぐわかるか?」
「……わかります。でも、どうするですか」
「なーに、ちょっと熱い幻を見てもらうだけさ。だから、影を見ろよ」
匠は、それだけ言うと、無言で周囲の様子をうかがい続ける。
犯人達は、銃器と細工をしたデバイスを持ち、脱出の準備を進めている。
「リーダー、人質はどうするんだ? 全員は邪魔だろ」
「殺してしまえば、大義を失います。数人だけ、連れて行きましょう」
そう言うと、リーダーは人質を見渡し、誰を連れて行くか考える。
「リーダー、やっぱ可愛い子は連れて行きましょうよ」
「無傷で解放すると約束できますか?」
「勿論ですよ」
部下の視線の一つは、アリシアに向いている。
その返事すら、あからさまに嘘とわかる言い方だった。
「人質が近くにいると不味いな」
「どうしますか?」
匠とアリシアは、視線を向けられているので、より小声で話すために身を寄せ合う形になった。
ただ、それが犯人には気に食わなかったようだ。
「何だ何だ、もう口説いたのか、ムカつくなー。リーダー、この二人にしましょう。ガキですし、ちょっと脅せば、抵抗しないはずですよ」
「任せますよ。但し、手荒な真似はしないことです」
「よっし、お前ら、立て」
手を縛られているだけなので、立って歩くことに支障はない。
二人が大人しく犯人達の元へ向かうと、リーダーが口を開く。
「さて、お二人に危害を加える気はありません。ただ、逃走のために、人質となってもらいます。その後は、無事に解放するので、安心してください」
リーダーが合図をすると、数人が階段の方へ向かい、匠達は、後から連れて行かれる形になった。
匠は、犯人達が回収した人質のデバイスの場所を確認した。
その視線につられアリシアもデバイスを視野に収める、けれど、無闇に動くわけにいかないので、ただ眺めるだけになった。
ふと、アリシアが匠を見ると、不敵な笑みを浮かべだした。
「『スタート:炎夢』、『ファインド:スライサー:ダウンロード』」
ポケットに入れたままの匠のデバイスに魔力を流し、二つの魔法を起動させた。
デバイスが流し込まれた魔力を使い、瞬間的に魔法を発動する。それは、匠が口にした順番通りに効果を表した。
まず、一つ目の魔法によって、周囲にいる犯人が、炎によって焼かれる幻覚に苛まれる。
それは、この場にいる全ての人に作用する。
それは、アリシアも含まれる。
けれど、匠の言葉がアリシアの脳裏をよぎる。
アリシアが、炎によって揺らいでいない匠の影を見た瞬間、アリシアの脳が、炎を幻覚として認識した。
その直後、二つ目の魔法が二度、発動した。
ワイズマンカンパニーが構築するネットワーク、そこから『スライサー』という基本名だけで検索し、魔法をデバイスが一時ファイルとして保存し、魔法を起動する。
基本名が同じ魔法は、名前の後に識別コードを入れる必要がある。だが、結果が同じであれば、どれでもいいという魔法使いが多く、デバイスが設定した条件に基づき、自動で魔法を選ぶようになっていた。
一度目は、自身の手を縛る紐を切るため。
二度目は、隣にいるアリシアの手を縛る紐を切るため。
アリシアが自身のデバイスを取りに行くのを視界の隅で確認すると、匠は、犯人達へ向かっていった。
「熱さで動きが鈍くなってるぞ」
犯人達は幻覚から脱出出来ていない。そのせいで、匠が炎の間に見え隠れしている。
匠は、相手の持つ銃に細心の注意を払いながら、一人づつ対処する。
技術科の生徒である匠は、魔法の使用に関しては、他の生徒と変わらない。さらに、体術や武術といった肉弾戦においては、素人同然だ。
だからこそ、一切の情け容赦無く、相手の急所を攻撃する。
そんな中、数人の銃口が辛うじて匠の方を向く。
だが、別の声が響き渡る。
「『スタート:フリーズバインド』」
アリシアの放った凍結魔法により、犯人達の銃と、それを持つ手が凍りついた。
それにより犯人達は、炎の熱さと氷の冷たさ、この両方によって痛覚を刺激される。
その状況で、リーダーが慌てながらも対抗手段を模索した。
「お前が喰らえ『ファインド:炎夢:ダウンロード』」
その手段として、匠が使った幻覚魔法をネットワーク経由で発動させた。
アリシアは、化けの皮が剥がれたと思ったが、匠はそうではない。
「何で……」
匠は、尋常ではない動揺を見せている。
それもそのはず。『炎夢』は、匠が木葉の家に伝わる古流魔法を翻訳した物。
同じような魔法はあれど、同じ基本名の魔法は存在しない。
それは、匠が翻訳した魔法だということを示している。
そんな動揺を見せながらも、唯一の救いは、その魔法を翻訳したのが匠だということ。
反射的に影を見つめ、幻覚を見破る。
それにより匠が魔法の効果から逃れる。
ただ、動揺した状態では、次の行動を考えられない。
「匠さん、危ない」
匠の耳にアリシアの声が届き、匠は心の中で感謝した。
そして、それに答えるように、口を開く。
「そうだったな。『スタート:雷撃』」
匠は、インストールしてある魔法から、電気系統の魔法を発動した。
どんな相手だろうと、意識を刈り取ってしまえば、恐れる必要はない、そう考えてのことだ。
そして、目論見通り、犯人達の意識を刈り取ることが出来た。
「アリシア、拘束系って氷以外にあるか?」
「ありますよ。ですが、武器を奪って縛ればいいと思いますよ」
「それもそうだな」
アリシアは店員を連れ、犯人を拘束するための道具を取りに行き、匠は、犯人の武装を剥いでいる。
「あー、アリシア、警察の方へ連絡頼む」
「活躍したのは匠さんなんですから、自分でしたらどうですか?」
「いや、めんどい」
二人は間を取って連絡を店員に押し付け、作業を続けた。
その際に、匠が買っておいた基板の回収と、配送の手配も済ませておいたことだけは、書き記していおく。
月曜日、匠とアリシアは、何事もなかったかのように登校している。
無許可の魔法使用に関しては、状況が状況ということで一切のお咎めがなかったが、敵味方の区別なく幻覚魔法を使ったことに関しては、厳重に注意を受けていた。
匠は、学校へ着くと、個人のロッカーに手に入れた大量の基板を押し込み、授業へと向かった。
「鉄也、どのくらい手に入った?」
「ああ、結構手に入れたぜ。俺は基板の修理と外装の改造をするから、順次インストールしてくれ」
「了解、じゃあ、放課後に工作室でな」
匠の予定では、この後は放課後まで普通に過ごすつもりだった。けれど、昼休みに来た客人により、針のむしろで過ごすことになると直感した。
「匠さん、いますか?」
1年A組の教室にアリシアの声が響いた。
同じチームだということで、不思議ではないが、わざわざ呼びに来るとは、誰も思っていなかった。
「アリシアか、どうした?」
匠は、周囲からの視線を無視し、アリシアに続きを促した。
「ちょっとお話があるので、着いて来てもらえますか?」
匠は、時計を確認する。
昼休みも半分以上過ぎ、遠出するほどの時間は残っていない。
そんな表情を見せると、アリシアが言葉を続ける。
「屋上の入口まで来てください」
屋上への扉には鍵がかかっているが、扉の前までは行くことが出来る。周囲の目が届かないので、密会には持って来いの場所であるが、そこへ向かうのを誰かに見られれば、噂されることは間違いない。
「まぁ構わないけど、連絡くれれば行ったのに」
匠が了承すると、二人は歩き出した。
「私は、匠さんの連絡先を知らないんですよ。木葉としか連絡先を交換していませんから」
「そうだっけ? まぁいいか、後で教えとくよ」
そして、屋上への扉の前に到着すると、アリシアが本題を口にする。
その表情は、真剣そのものだった。
「昨日のこと、覚えてますよね」
「まさか、有耶無耶にして昼を奢らなかったことか?」
事件に巻き込まれた後、警察の事情聴取に付き合わされ、お昼は適当に済ませていたため、匠は約束を守っていなかった。
そのことをわざわざ催促に来たのかと思い、匠は震えている。
「違います、事件のことです。昨日の犯人は、使用制限のかかっている魔法を起動させました。『炎夢』、あの魔法は、本来の持ち主の家系と翻訳者にのみ使用が認められています。持ち主の家系は木葉の小川家、翻訳者は匠さんですね」
本来、権利者や翻訳者は公開されない。複雑な手続きと、関係機関の許可を得ることで、ようやく知ることが出来る。
アリシアは、匠が使ったことと、匠が誰の魔法を翻訳したのかということを推測し、判断した。
「悪いが、守秘義務に反する。使っておいてなんだが、俺の口からは言えない」
「そうでしたね、すみませんでした。ただ、本題はそこではありません。昨日の犯人が、使えないはずの魔法を使ったということです」
匠も、そのことは理解していた。一つ目の魔法は、かなり強引ではあるが、説明をすることは出来る。けれど、二つ目の『炎夢』に関しては、本来の方法では、説明がつかない。
「そんなこと、調べてもわからないだろ。警察が教えてくれるわけないし」
「確かに、教えてくれませんでした。でも、どこにでも迂闊な人はいるものです。近くに人がいるのに、伝達を始めてしまう刑事さんとか」
アリシアは、悪い笑みを浮かべている。
その笑顔は、玉梓には及ばないが、どことなく恐怖を与える笑顔だった。
「それで、俺を呼び出したってことは、何か盗み聞きしたんだろ」
「ええ、その通りです。犯人が使ったデバイスを解析したら、妙なプログラムが組み込まれていたそうです。プログラムの名前は、ボーダレス。ワイズマンカンパニーのネットワークに侵入して、無制限に魔法を使うためのプログラムだそうです」
「そうか」
匠の反応は、驚愕というよりは、どことなく納得したものだった。
「信じていないわけではなさそうですね」
「あくまでも噂だ。そもそも現代魔法のデバイスに中核部分はブラックボックスだ。けれど、現代魔法を使ったテロなんかは存在している。何故だと思う?」
ワイズマンカンパニーは、各国からの連絡で、その国の法律や、ワイズマンカンパニーの設けている規約に反する使い方をしたデバイスの使用を停止させることが出来る。それでも現代魔法を使い続けることが出来るということは、ワイズマンカンパニーの制御を離れることが出来る何かがあるということだ。
「それが、そのプログラムだと?」
「言ったろ、あくまでも噂だと。ただ、情況証拠は、十分だと思ってる。まぁ、証拠が出てきたんだ、今更デマだなんて言えないよ」
「そうですか、信じてもらえたなら、話して良かったです」
アリシアは、そういいながらホッとしている。
相手が技術科の生徒だからこそ、ワイズマンカンパニーのセキュリティの頑丈さは知っていると考え、簡単に信じてもらえるとは思っていなかったからだ。
けれど、次の言葉がアリシアを凍りつかせた。
「なぁ、アリシア、その話を俺にして、どうするつもりだ?」
アリシアには何か目的がある。
けれど、アリシアはそれを言い出せずにいる。
「まぁいい、そろそろ昼休みも終わるから、戻ったほうがいいぞ。ここからだと、骨が折れるからな」
「……すみません」
二人は、そのままそれぞれの教室へと戻った。
その日の放課後、匠と鉄也は、使用許可を得ていた実験室で自主制作をしている。
「匠、いくつかの外装は作ってきたから、インストールがまだの分は頼むぞ」
「了解、俺の方も、出来る限りの修理はしたから、残りは頼む」
お互いの得意分野を理解しているため、無理に手は出さず、出来る範囲の作業を進める。
そして、いくつかのデバイスが完成した頃、見計らったように実験室のインターホンが鳴った。
「木葉達か、俺が出る」
実験室は、集中を乱すのが危険な作業をしていることが多いため、インターホンを鳴らすことが出来るのは、教師や生徒会などの権限を持った人物か、同じチームのメンバーのみであり、生徒の場合、電子生徒手帳で判別しているためにそれぞれの音が違うので、作業しながらに判別が可能だ。
そして、匠がインターホンに出ると、モニターには木葉とアリシアが映しだされている。
「二人してどうしたんだ?」
「あー、聞こえてるー? 二人の研究見に来たよー」
「ちょっと興味があったので、見せてもらっていいですか?」
「ああ、余計なことしないんだら、かまわないぞ」
匠は、扉のロックを解除し、二人を中に入れる。
「実験室ってこうなってるんだ」
「実習棟の実習室とかわりませんね」
「実習室に工作機械を足しただけだからな。ああ、ちょっと待ってくれ」
匠は、機材の元へ戻ると、インストールの終わったデバイスを外し、別のデバイスに付け替えている。
「魔法をインストールしてるの?」
「ああ」
匠は、作業をしているため、素っ気ない反応になっている。
けれど、二人がそれを気にすることはなかった。
「そもそも、これは何の研究なんですか?」
その答えは、少し離れた場所から聞こえた。
「使い捨ての……、デバイスだ」
「使い捨てですか?」
鉄也は、デバイスの修理をしながらのため、返答は散発的だが、答えないつもりはなかった。
「今のは、投げて……、衝撃を受ける……と、インストールした……、魔法が、起動する」
「ちなみに、今インストールしてるのは、実験用に申請すれば無料で使えるテストボムって言う魔法だ」
「てつ君は忙しそうだけど、たっくんは暇そうだよね」
鉄也の修理作業は手間のかかる作業だが、匠の行っている作業は、事前に準備したプログラムをインストールするだけなので、かかる手間は、デバイスの付け替えだけだ。
それを知ってか知らずか、木葉は目に見える作業だけで感想を述べている。
「俺は事前準備が大変だったんだ。投げる前に流し込んだ魔力の維持とか、発動までの調整とか、いろいろあるんだぜ」
「デバイスに魔力を纏わせたまま維持するのは、魔力の操作に長けた人なら、出来そうなものですが?」
「そこの補助をしないと玄人向けになるだろ。その辺の操作が不慣れでも使えるようにするから、意味があるんだよ」
そして、いくつかの試作品が完成すると、匠が二人に向けてデバイスを投げた。
「ちょ、あぶな」
「待って、ください」
けれど、魔力を流し込まれていないため、インストールした魔法が起動することはない。
受け取ってからそのことを理解した二人は、匠を睨みつけた。
「何だ、試したくないのか? ここは実験室だぜ、試さなくてどうする」
「だから、二人共、協力してくれよ」
いつの間にか作業を終えていた鉄也は、大量のデバイスを匠に押し付けた。
そして、それを受け取った匠は、デバイスを機材にセットすると、プログラムのインストールを始める。
「うーん、それって危ないから押し付けようとしてる?」
「安全性が担保出来ないなら、実験なんてしねーよ」
心外だと言わんばかりの雰囲気を纏い、不機嫌を装った発言に対し、木葉は流していたが、アリシアは少し気にしているようだった。
「まぁそうですね。それで、どうやるんですか?」
「見た目は一昔前の携帯電話だね」
ストレートタイプと呼ばれる携帯電話の外装をしているが、そこについているボタンは一切反応しない。
アリシアはデバイスだと言われているので、魔力を流し込もうと考えたが、このデバイスにインストールされている魔法が魔法だけに、そこまで先走るのは危険だと判断した。
「アリシア、魔力流すんなら、準備するから待ってくれ」
そういうと、匠は実験室の設備を動かすと、奥側が、射撃場のように変化した。
「ねぇたっくん、何で人型?」
「的っていうのは、古今東西ああいうのになるんだよ」
黒い人型の板があり、顔と心臓の位置に的の模様がある。
高等学校で使わせるには、物騒な印象を与えた。
四人がシューティングラインに移動すると、鉄也が説明を始める。
「さて、じゃあ俺から説明するぞ。簡単な事だが、魔力を流しこんで投げる、それだけだ。ただし、衝撃を感知すると、魔法が発動するから、気を付けろよ」
匠と鉄也は準備の出来ているデバイスを用意し、木葉とアリシアの脇に置いた。
「それでは、いきます」
「アリっち勇敢だね」
アリシアは手にしたデバイスに魔力を流し込む。
デバイスの中で、何かが起動し、魔力が蓄えられるのを感じ取った。
詳しい仕組みはわからないが、実験用の『テストボム』を発動させるには、問題ない。
そう理解した。
そして、アリシアは大雑把に的を狙いデバイスを投げつけた。
投げられたデバイスは、的に当たると小さな爆発を起こし、粉々になった。
「随分と小規模な爆発ですね」
「『テストボム』なんて、そんなもんだ。外装の強度も脆くしてあるから粉々になったしな」
「実験用でも、ポイントかからないんなら、こんなもんか。それじゃ、私も行くよ」
木葉は、いつの間にか両手にデバイスを持ち、魔力を込めながら投げつけた。
その流れで、他のデバイスにも手を伸ばしたため、匠が押えつけることになった。
「無駄に投げるな」
「だって、ちょっと面白いから」
「木葉ちゃん、一個一個のデータ取りたいから、遊ばないでね」
木葉はしょんぼりして見せるが、二人は一切信じていない。
それどころか、匠はパソコンの前に移ると、各種センサーが観測した情報をモニターに表示させ、実験の結果を確認している。
「何というか、二人共、木葉の扱いに慣れているんですね」
「ああ、俺は幼なじみだし、鉄也も、かなり昔からの付き合いだからな」
「少しうらやましいです」
アリシアは、気心の知れた中である三人に対し、羨望の眼差しを向けていた。
匠達はそれに気付いているが、下手に声をかけるわけにもいかず、木葉へと視線を向け、後を託す。
「はいはい、そんなことより、実験いいの? たっくん、このデバイス、トランプとかサイコロのが欲しいんだけど」
「工夫すればサイコロは作るけど、トランプは薄いから無理だな」
匠の答えに対し、木葉は本気でがっかりしている。
そもそも、匠と鉄也が外装を作る段階で、その候補を検討していないはずがなかった。
「まあ、サイコロ型は、もうちょっとデータを集めたら作れるから、それで我慢してよ。まぁ、ちょっと大型になるけど」
「じゃあ、他にも形考えておくから、出来そうなら作ってね」
「それは、私も希望をだしていいんですか?」
「無理の無い形なら、大丈夫だぜ」
この後、四人はこの日の研究を切り上げ、帰路につくことになった。