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現代魔法の翻訳者  作者: ナート
第二章 新人戦
16/24

新人戦閉会

 アリシアとニアは、生徒会の詩歌と白と共に、樹海の中、ラプラスと名乗るボーダレスの日本支部長候補と対峙している。

 敵と味方、それぞれに未来視の魔眼所持者がおり、それをどう生かすかが、鍵となる。

 けれど、一つの問題があった。

「『ヴィジョン』」

 ニアは両目に入れているコンタクトレンズを外し、魔眼の力を発動させる。

 そして、ニアがデバイスの引き金を引く度に、それに対応した未来がニアの脳裏に映しだされた。

 一発ごとに、一度の跳弾ことに、映しだされる未来が変わっていく。

 それに対し、ラプラスは、最小限の動きで回避を続ける。

 ラプラスもまた、『ヴィジョン』の力で魔力弾の動きを把握し、最適な回避をし続けた。

 ニア達は4人、ラプラスは1人、数の上ではニア達が上回っている。けれど、先を予測しながら行われる戦闘に、アリシア達が介入することは出来ない。

「どうした? このままでは複魔眼(デュアル)の少女の魔力が尽きるぞ」

 ラプラスは、『ヴィジョン』にのみ魔力を使っているが、ニアは、『ヴィジョン』の他にも、複数回の跳弾に必要な魔力を消費している。

「ニアさん、逃げ場をなくし――」

「駄目。最大、規模の、魔法、一発。それが、最善」

「おや、君はその魔眼の秘密を、他人に教える気か?」

「仲間、当然」

「そうか、なら邪魔をしよう」

 ラプラスは、ニアの弾丸を回避しながらデバイスを操作し、魔法を起動した。

 そもそも、違法なプログラムを使うことで、ポイントの消費をなくし、魔法の使用制限を無力化している。

 つまり、音声操作に拘る必要はない。

 ラプラスのデバイスが魔法の起動処理を完了し、いくつもの炎の矢が出現した。

「さて、私は高出力魔法がきらいでね。先を予測出来るのであれば、敵の急所を貫くための一撃を放てれば、それでいい」

「『スタート:ブリザード』」

 アリシアは、ラプラスの炎の矢に対し、氷の吹雪を作り出す。

 氷と炎がぶつかり合い、氷が砕け、炎が消える。

 けれど、何本かの炎の矢は、氷の吹雪を器用に避け、アリシア達へと向かっていく。

 だが、ニアはそれを予測しており、魔力弾によって撃ち落とした。

「ふむ、弾道予測においては、そちらが上か。なら、こうしよう」

 ラプラスは、デバイスを操作し、小さな火種を生み出す。

 その数は、炎の矢の比ではない。

「ジーニアさん、同じ方法で迎撃してください。マギリさん、先ほどの理由、教えてもらってもいいですか?」

 アリシアは、『ブリザード』を発動し、数多の火種をかき消す。

 肝心のニアは、詩歌の問に対し、一切躊躇わなかった。

 話をするために、精密な跳弾を繰り返すのではなく、魔力弾を散弾に変え、ラプラスに大きい回避を強要している。

「私達の、『ヴィジョン』、未来視の、一つ。けれど、未来は、見えない。情報、蓄積。魔眼に、よる、未来、予測。情報、増えれば、精度、上がる」

「なるほど、未来予測ですか。それなら小川さんの攻撃を受けた理由も説明出来ます」

 アリシア達がボーダレス日本支部へ乗り込んだ時の情報は、ガリレオが纏めていたが、その全てをまとめ終える前にガリレオを捕まえたため、全ての情報を知られているわけではない。

 特に、木葉は水属性の魔法を得意としているが、あまり使わないため、水を純水にするという技術を持っているとは、知られていなかった。

「おやおや、本当に教えるとは……。しかたあるまい、君に合わせ、片目だけを使っていたが、両目とも使おう」

 ラプラスは、両目共に魔力を流し込み、瞳に輝く魔法陣を並列に繋いだ。

 その瞬間、ラプラスの動きが変わる。

 ニアの脳裏に映し出される光景とかけ離れ始め、ラプラスの思い描く展開になりつつあった。

「……両魔眼(ダブル)の並列起動。……能力の向上」

「まずいよ白ちゃん。でも、情報を与えちゃうから、下手に手を出せないし」

 白の声に反応したのは、詩歌だけではなかった。

「そちらの少女も、魔眼の関係者のようだな」

 魔眼について知られていることは少なく、詳しく知っているのは、魔眼所持者か魔眼研究者だけと言われている。

 だが、魔眼研究者のほとんどは、魔眼所持者だ。

 それ故、ラプラスは、白が魔眼を持っている可能性を考慮し始める。

 迂闊な発言でラプラスに情報を与えたと判断した白は、出すことの出来ない情報のラインを引き直した。

「……ジーニアさん、オーバードライブに警戒して。……魔眼を直列に繋ぐ方法、短時間だけど、手に負えない可能性がある」

「魔眼って何なんですか!」

 アリシアは、古流魔法とも、現代魔法とも違う仕組みの魔法に対し、苛立ちを隠せなかった。

 だが、それに対する答えは、意外なところからやってきた。

「ふむ、私の授業をお望みか?」

 ラプラスは歓喜の表情を見せ、両手を広げながら動きを止める。

 だが、その位置は、ニアの攻撃の通らない位置だった。

「誰も、望んで、ない」

「そうか、残念だ」

 アリシア達は、ラプラスの言葉に手を止めてしまうが、ニアのお陰で致命的な隙を作らずに済んだ。

 けれど、アリシアとニアには、ラプラスに太刀打ちする手段はない。

「……詩歌、魔法ばらまいて。……こいつに時間はかけられない」

「そうだね。先輩らしいところ、見せようか」

 詩歌はデバイスに魔力を纏わせ、魔法を起動する準備をした。

「面白い。全て防ぎきって見せよう」

 ラプラスは、大量の魔力を瞳に流し込む。そして。

「オーバードライブ」

 その言葉は、二人の声が重なった。

 ラプラスが二つの魔眼を直列に繋ぎ、『ヴィジョン』の魔法をより強力に発動する。

 それに対し、タイミングを合わせ、ニアも二つの魔眼を直列に繋いだ。

 だが、ニアは、両魔眼(ダブル)ではなく複魔眼(デュアル)

 つまり、繋がれた魔法陣は、異なるものだ。

「……マギリさん、無理は、しないで」

「大、丈夫」

 ニアは少し苦しそうな顔を見せる。

 確かに、より短い時間であれば、両魔眼同様に、魔眼の力を向上させることは出来る。

 だが、直列に繋ぐことで、本来とは違う力を無理やり流し込み、魔法的な構造に傷を付けている。

 傷自体は、一時的なものだが、そう耐えられるものではない。

「……先を予測して、備えて」

「さて、見せてもらおうか、君の魔眼の力を。『スタート:フレアレイン』」

 ラプラスは、ここにきて高出力魔法を起動した。

 だが、詩歌は、それを撃ち落とすための魔法を起動しない。

「アリシアさん、防御はいりません。『スタート:共振』」

 詩歌は、ラプラスの足元を中心に、広範囲を揺らすための魔法を起動した。

 それは、攻撃と同時に、相手の機動力を奪うためだ。

「わかりませんけどわかりました。『スタート:ブリザード』」

 アリシアは何度目になるかわからない『ブリザード』を起動する。

 緊急事態ということもあり、捜査官特権を活用し高出力魔法を連発しているせいで、魔力もポイントも尽きかけていた。

 だからこそ、余力を残さず、大量の魔力を流し込む。

 その結果、ラプラスを中心とした地面に亀裂が入り、広範囲を氷の吹雪が襲う。

 けれど、上空から迫り来る炎の雨、それが、アリシアの恐怖を呼び起こす。

 こんな状況でも、白はデバイスを構えない。

 確かに、音声発動というシステムがある以上、手に持ち、構える必要はない。けれど、アリシアは、そのことに不安を覚える。

「……そろそろ、視界に捕えきる。『オーバーライド』」

 白から魔力の奔流が吹き荒れる。

 その瞳には、魔法陣が描かれていた。

「ジーニアさん、抵抗しなくていいからね」

「それって……えっ、何これ」

 白の視界に映る魔法、その制御が白へと移る。

「なるほど、これが君の魔眼、積層立体魔法陣が成せる異質な力。だが、私の魔法をそう簡単に奪えると思うな」

「……奪う」

 ラプラスは未知の魔眼が引き起こす現象に対し歓喜する。

 魔眼研究者にとって、知らない魔眼を目の当たりにすることは、何よりも素晴らしいことだ。

 白は、魔眼を直列に繋ぎ、その力を増大させた。

 その結果、炎の雨が軌道を変え、ラプラスへと向かう。

 けれど、ラプラスの抵抗で、狙いが定まらず、白とラプラス、二人へと何度も狙いを変える。

「……そう、なら。オーバ――」

「その、必要、ない」

 ニアが、無防備のラプラスへと引き金を引いた。

 詩歌に足元を破壊され、アリシアが氷の吹雪を巻き起こし、白と魔法の主導権を奪い合う。

 そんな状況で、未来予測の力を高いレベルで維持し続けることが出来るわけもなく、ラプラスはニアの魔力弾に反応することが出来なかった。

 特殊効果を付与された魔力弾は、真っ直ぐラプラスへと進み、命中と同時に、雷鳴が轟く。

「――――!」

 ラプラスは、歓喜に満ちた悲鳴を上げた。

 その表情からも、新たな魔眼を知った喜びが感じられる。

「電撃、付与」

「そんな使い方、出来たんですね」

 通常であれば、衝撃を付与し、命中と同時に相手を吹き飛ばしている。

 そのため、アリシアは、他の付与内容を知らなかった。

 だが、これで終わらなかった。

 ラプラスが起動した炎の雨が、白に主導権を奪われ、ラプラスを中心とした範囲に降り注ぐ。

 その結果、元々あった樹海が、破壊されていた。

「二人共、白ちゃんの魔眼は秘密だよ。その代わり、マギリさんの魔眼も、黙っててあげる」

「わかり、ました」

「もちろんです」

「……ラプラスを拘束」

 四人はラプラスを拘束し、宿泊施設へと戻る。

 詩歌は、向こうのごたごたも終わっていることを願った。





 騒ぎが始まってしばらくすると、第10エリアでは、複数のチームによる乱戦が行われたいた。

 ただ、北陸校の新人戦代表チームを他の代表チームと各校の風紀委員会で取り囲んでいる。

「大人しく投降しろ」

「うるさい」

 風紀委員会は、高出力魔法を使うことが出来る北陸校に対し、攻めあぐねていた。

「情けない」

 突如聞き慣れぬ声が聞こえ、北陸校の生徒は辺りを見回すが、近くで聞こえているにもかかわらず、その声の主がわからない。

 そんな中、北陸校の生徒全員の首筋に、強烈な一撃が叩き込まれた。

 その音の無い一撃に、北陸校の生徒は、地面に倒れ込む。

「僕は関東校、生徒会主務、御庭影次だ。緊急時故、独断で行動させてもらった。文句はあるまい」

「話をしている暇があれば、さっさと拘束して、戻るべきですな」

 御庭が自己紹介をしていると、大蔵が割って入る。

 だが、既に拘束魔法によって、大半の作業が終わっていた。

 後は、北陸校の生徒を連行し、この場にいる一年生を護衛し、他校の風紀委員会と共に、宿泊施設へ戻るだけだ。





 ボーダレスによる宿泊施設への強襲直後、各校は風紀委員会を新人戦開催エリアへと向かわせた。

 ただ、例外は存在する。

「小川会長、そちらの生徒会と風紀委員会の両方を新人戦開催エリアへ向かわせてよかったのですか?」

「何度も言わせるな。相手の力がわからないんだ、最大戦力は残しておくべきだろう」

「そうですか。期待には答えますが、答える必要がないことを願いましょう」

 関東校の中では、玉梓だけが残っており、全体の指揮をとっている。

 だが、敵の数が多く、数人の支部長候補による襲撃が行われているため、状況は芳しくない。

 しばらくすると、他の生徒会長からも連絡が入る。

 東北校、北海道校、東海校、九州校では、次期日本支部長候補を倒し、確保したという連絡が入った。だが、中国校、四国校、そして、新人戦実行委員の警備員が担当した数カ所では、敵の突破を許していた。

「全部で6ヶ所か……」

「4校には近い場所へ向かわせ、後の2ヶ所は私達古都校が向かいます」

 古式は、古都校のメンバーを生徒会と風紀委員会へ別け、向かおうとした。だが、それを玉梓が止める。

「いや、1ヶ所は私が行く。実行委員側の警備員には、他の生徒会への応援のため、戦力を集中していた班がある。そこもやられたのであれば、古式にはそこへ向かってもらいたい」

「そこが、敵の本命だと?」

「可能性の一つだ」

 そう言い残し、玉梓は他の生徒会へ連絡しながら自身も敵のもとへ向かう。

 古式も、覚悟を決め、生徒会と風紀委員会を引き連れ、動き出した。





 古都校の面々が向かった先には、一人の支部長候補の女性と、その部下が手当たり次第に周囲の破壊を行っている。

 そこへ、数体の式神を放ち、奇襲をかけた。

 その様子を、古式達は遠目から伺っている。

「咲、どうするんだ」

 古都校の風紀委員長である土御門(つちみかど)四季(しき)は、敵の力がわからないため、生徒会長の古式に判断を仰いだ。

「そういえば、四季さん、貴方の家の三男が、安倍分家の長男を倒したそうですね。貴方は、古式家への入婿が決まっているのですから、三男に家を任せたらどうです?」

「それは家が決めることだ。それに、弟は二人いる。ならば、次は次男のはずだ」

「そうですか。面白いと思ったんですが」

「咲、お前似てきたな」

 それだけ言うと、四季は、余裕を見せる古式から敵の方へと意識を移す。

 もとより式神の操作を行っていたが、敵が強く、距離もあるため、時間を稼ぐのが精一杯だった。

 そのため、二人は別の手段を選ぶ。

「術による波状攻撃をしかけます。敵はボーダレスという犯罪組織。ならば、手加減は必要ありません。この国を代々守護してきた家のものとして、力を奮いましょう」

「風紀委員、俺に着いて来い。咲、生徒会は任せるぞ」

「もちろんです」

 古都校の面々は、ふた手に別れ、敵を目指した。

 それぞれの手には、それぞれが得意とする呪具が握られ、いつでも古流魔法を放つ準備が出来ている。

「急々如律令」

 何人もの声が響き、敵の集団へと数多の魔法が降り注ぐ。

 結果は、魔法による影響か、煙が出ているため目視することが出来ない。

 だが、数人の悲鳴が聞こえたため、古都校の面々は手応えを感じていた。

「やれやれ、いきなり襲撃してくるとは、どっちが犯罪者かわからないねぇ」

 煙が晴れると、一人の女声が佇んでいた。

 だが、その周りには、部下と思われる人達が横たわっている。

「無事でしたか、意外ですね」

「これでも支部長候補だからねぇ」

 激しく着飾った女性は、悠々と辺りを見回す。

 この場に立っているのは、敵であるボーダレスの次期日本支部長候補の女性と、古都校の面々だけだ。

 だが、敵からは余裕を感じられる。

「だが、これまでだ」

 四季が、呪符を撒き、九字を切る。

 呪符が敵を囲み、結界を構築し、動きを封じた。

 だが、それだけでは終わらず、だんだんとその結界が小さくなる。

「遊んでいる暇はないんでな」

「せっかちだねぇ。早い男は、嫌われるよ」

 敵がデバイスを操作し、魔法を起動する。

 その結果、いくつもの光が結界の基点となっている呪符を貫き、結界を破壊した。

 それは、古都校の面々に衝撃を与えるのには十分だ。

「な……」

「どうやら、一筋縄ではいかないようですね」

「私はラケル。あんた達を倒し、次の日本支部長になる現代魔法使いの名だよ」

「名乗られた以上、名乗りましょう。私は、古式咲。日本の術者を束ねる家のものです」

「俺は――」

「弱い男に興味はないねぇ」

 ラケルは、四季の言葉を遮った。

 弱い、ただその一言に、四季は怒りを露わにする。

「そうか。なら、手加減は無用だな」

 それと同時に、古都校の面々は手持ちの呪符を撒いた。

 それだけにとどまらず、呪具を取り出し、動かすことで簡易的な儀式とする。

 古都校の面々によって行われた儀式は、数多の魔法となり、ラケルへと襲いかかる。

 だが、ラケルはデバイスを操作し、その全てを防ぐ。

 その光景は、古都校の面々に絶望を与える。

 圧倒的な力の前に、為す術はない。そう思い知らされた。

「まったく、古式、そんなケバい女に何を手こずっている」

 そんな中、玉梓の声が聞こえ、振り向くと、悠々と歩く玉梓の姿が見える。

 玉梓は一切の傷を負っておらず、瓦礫の中とは思えなかった。

「け……けば……」

「小川会長、随分と早かったんですね」

「ふっ、あんな雑魚に苦労するはずがないだろうに」

「貴様、私が……このラケルがケバいだと」

「ラケル? レアの間違いじゃないのか?」

 玉梓が笑いながら呟くと、ラケルは激高した。

 けれど、玉梓はそんなラケルを無視し始める。

「古式、どうするんだ? やられっぱなしか? 私を倒すんだろう?」

「そうですね。では、時間を稼いでください。私の力を見せましょう。みなさん、準備を」

 古式の号令に、古都校の面々が動き出す。

 玉梓とラケルから距離を取り、二つの儀式を始めた。

 よく似た儀式、けれど、明確に違う点がある。

「さて、おばさん、私の暇つぶしに付き合え『スタート:金剛不壊(こんごうふえ)』」

「調子に乗るな、小娘が」

 ラケルは、デバイスを操作し、魔法を放つ。

 それに対し、玉梓は、ラケルの魔法の中、一気に距離を詰めた。

 本来であれば、ラケルの魔法により大怪我を負うはずだ。

 だが、その魔法全てが、玉梓の周囲に張られた障壁によって防がれた。

「ほうら、避けないと怪我するぞ」

「ふざけたこ……ぐふ……」

 玉梓が大振りで殴りかかるが、拳ではなく、玉梓の周囲に張り巡らされた障壁により殴り飛ばす。

 その障壁は、玉梓の位置に影響を受け、動くため、本人に人を吹き飛ばす力がなくとも、容易に殴り飛ばすことが出来た。

「私は、2年間、この魔法だけで、試合を勝ってきたんだよ」

 事実、玉梓は一昨年の新人戦と選抜戦、去年の選抜戦、その全てにおいて、『金剛不壊』以外の魔法を使っていない。

 中には、馬鹿の一つ覚えと罵る者もいるが、玉梓は、自身に勝てない相手の言葉を聞くきはなかった。

 ラケルは、玉梓に一方的に攻撃され、反撃することが出来ない。

 現代魔法の一般的なデバイスでは、音声操作かタッチパネルなどによる操作によって魔法を起動する。そのため、嵐のような暴力の中で魔法を起動することは難しい。

 玉梓は、それを理解しているからこそ、この戦い方を好んで使っている。

 まれに魔法が発動するが、その全てを障壁が防ぐ。

「まったく、これがボーダレスの次期支部長候補か。ただの雑魚だな」

 ラケルが防御の姿勢をとるが、障壁は玉梓の位置に影響を受けているため、その攻撃を止めることが出来ない。

 さらに、玉梓は足元の障壁を操作することにより、足場として活用し、想定の範囲外からの攻撃を繰り出す。

 一方的な攻撃が続く中、二人は魔力とは違う力の出現を感じ取った。

「これは……」

「神気か」

 古式達の儀式が終了し、希薄ながらも、火と水の神気が広がる。

 そして、古式だけが儀式を続ける。

「さて、ラケル、石とバナナの戦いは、石の勝ちだな。次は、バナナ同士か……。まぁ、あれじゃあそこまで面白いものは見れそうにないな。さぁ、もうひと踏ん張りだぞ」

 玉梓は恐怖を与える笑みを浮かべ、構える。

 その様子に、ラケルは怯えた表情を浮かべる。だが、それは反射的なことで、内心では、玉梓の言葉の意味を考えていた。

「そうか、そういうことか。お前、ワイズマンカンパニーの――」

「残念、大ハズレ」

 玉梓が一言で会話を打ち切ると、嗜虐的な笑みを浮かべ、ゆっくりと近付く。

 その姿は、正しく恐怖の魔神だった。

「く、くるな。『スタート:ジャベリン』」

 ラケルは一縷の望みに賭け、貫通力の高い魔法を起動した。

 だが、それでも玉梓の障壁を貫くことは出来ず、ラケルの小さな希望すら、打ち砕かれる。

 その直後、大きな力が現れた。

「見せてあげましょう。霊峰富士に祀られし神の力を。『神降し:木之花咲耶姫(このはなさくやひめ)』」

 古式が自らに降ろそうとした一柱の神の名を告げる。

 それに応じるように、一柱の神の力の一部が、古式へと舞い降りた。

 そして、その神気を、奔流として吹き荒らす。

「神降し……いや、神借りというべきか?」

 玉梓は、二人から距離を取りながら、古式の実力を計る。

「神降し……、古流魔法の真髄……、ガリレオのデータにあった神降しの少女か」

「圧倒的な力を前に、錯乱しましたか?」

 古式の動きに合わせて数多の魔法が生まれる。

 それは、全て火と水の魔法だが、容赦なくラケルを襲い、その余波で姿が見えなくなった。

 けれど、その程度で止まることはなく、魔法が降り注ぎ続ける。

「おーおー、いい空気吸ってるな。古式、跡形くらいは残せよ」

「何だか癪に障りますが、確かにそうですね」

 古式が魔法の発動を止めると、そこには、周囲に倒れていたはずのラケルの部下が折り重なるように倒れていた。

 そして、部下達を押しのけるように、ラケルが現れる。

「危ないですね。私がラケルでなければ、死んでましたよ」

「なぜ……その人達は、仲間じゃないのですか!」

「仲間? いいえ、部下であり、私の壁ですよ」

 あまりの言い草に、古式は言葉を失う。

 ラケルが自らの部下を壁として使うと知ってしまったため、古式は魔法の発動を躊躇ってしまった。

「こないなら、こちらから行きます。『スタート:ダイヤモンドダスト』」

 ラケルの魔法が発動した瞬間、周囲の気温が一気に下がり、それと同時に氷晶が生まれた。

 それが吹雪となり、古式を襲う。

 だが、それだけではなかった。

 氷晶が太陽光を屈折させ、その光を一点へと集中させる。

 それが熱線となり、古式を襲う。

「この程度」

 古式は、氷晶の吹雪をものともせず、手で振り払うように熱線の軌道を変えた。

 火の神と水の神という二つの面を持っている神の力の一部を降ろしている古式に、氷晶と熱線が傷を負わせることが出来るわけがなく、攻撃という面では、意味を成さない。

 だが、古式には疲れの色が見えた。

「おや? 息が荒いねぇ。その神降しというのは、随分と力を使うんだねぇ。それとも、暴走させないように維持するのが精一杯かい?」

「そんな……こと」

 一部とはいえ、人の身に神の力を宿す。そんなことをして、無事なはずがない。

 けれど、古式はそれを悟られまいと、余裕の表情を見せる。

「吹き荒れていた神気も、収まって来ましたねぇ」

 古式は、自身に宿しきれない神気を周囲に漂わせることで維持していた。

 だが、神降しの維持と、魔法の行使、それが、神気を消費していく。

 そのため、いつの間にか立場が逆転していた。

「四季、神気を」

「これ以上は……」

 古都校の面々は、神気を生み出すための儀式を維持しているが、魔力が尽きかけ、今にも途絶えようとしている。

 そのせいもあり、これ以上、古式が神降しを維持することは、不可能だった。

 けれど、大量の呪符が出現し、魔法陣を形勢する。

 そして、それが周囲の魔力を吸い始めた。

 だが、その魔法陣の前で、玉梓は不敵な笑顔を浮かべている。

「もうやめておけ。ここはお前達の勝ちだ。だが、これからは私がやる」

「何故、土の神気が」

 古式の呟きを玉梓は無視し、デバイスを構えた。

「『スタート:神降し』」

 玉梓は、デバイスに保存されている未完魔法を起動する。

 そして、複雑な処理が完了し、その結果を足元に魔法陣として描いた。

「不変の象徴、永遠性を表すもの。その力、見せてやる。『神降し:磐長姫(いわながひめ)』」

 背後の魔法陣から溢れでている土の神気が、足元の魔法陣へと注ぎ込まれ、玉梓に一柱の神を降ろす。

 その強大過ぎる力の前に、この場にいる全員が重圧に負け、膝をつく。

 当然、神の力をわずかに維持している古式ですら、立っていることを許されなかった。

「ま、まさか……」

「ああ、ガリレオと戦った時にいたのは、私の妹だ」

 玉梓が一歩踏み出すと共に、ラケルへとかかる重圧が増す。

 その存在は、ラケルの心を折るには十分だった。

 折れた心では、一歩づつ確実に近付く玉梓に耐えることが出来ず、後ろに下がろうとしても、上手く下がれない。

 その結果、だんだんと玉梓との距離が縮み、恐怖に震え上がる。

「く、くるな」

「どうした? 意気揚々と乗り込んで、醜態を晒す。ボーダレスとして、それでいいのか?」

「た、助け――」

「もう喋るな」

 玉梓は神気を凝縮し、腕の動きに合わせて振り下ろす。

 その一撃が、ラケルの意思をかり取った。

 この場の収拾はついたが、古式にとって、どうしても納得出来ないことがある。

「小川会長、その術と呪符について、納得の行く説明をしてもらえますか?」

 古式は既に神降しを維持できずにいた。

 そのため、玉梓の力をしっかりと感じ取ることは出来ない。

 それが功を奏したのか、気丈にも立ち向かうことが出来た。

「何故お前に説明する必要がある」

「私が、古流の中心となる家の者だからです」

「ふっ、だったら自分で調べろ。まぁ、何も出てこないと思うがな」

 玉梓は神降しを解き、呪符を回収する。

 その上で、四季に周囲に倒れているボーダレスの構成員を拘束するよう指示を出す。

 四季も、それをするべきだと判断したため、大人しく従った。

 だが、古式だけは玉梓に納得できていない。

 そもそも。

「小川会長、貴女のことは既に調べてあります。けれど、古流との繋がりは見つかっていません。あれほどの翻訳魔法を持っているにも関わらずです」

「なら、繋がってないんだろう」

「それはありえません。程度に関わらず、古流の術を受け継いでいる家は、アイヌや恐山の系列を除き、全て古式と繋がっています。けれど、貴女の家にはそれがない。つまり、何らかの方法で、隠してきたということです」

 以前に調べた際に、玉梓の小川家は、その血筋を確認することが出来なかった。

 そのため、取るに足らないおまじない程度の魔法だったものが、独自の進化を遂げたと判断していたが、神降しという古流の真髄を使える以上、それはありえない。

「そもそも、古来の魔法は隠されてきたものだろう。それでも見つからなければ、そういうことだ」

「古式家が把握出来なかった家系ということですか?」

「そのくらい、自分で考えろ」

 古式は玉梓の言葉に納得しかけた。

 だが、ラケルの言葉が頭をよぎる。

 ガリレオのデータにあった神降しの少女。

 その言葉の意味がわからず、無視していたが、玉梓は、それが木葉だと告げた。

 つまり、木之花咲耶姫と磐長姫に関係のある術者の家系だということ。

 それは、古式系の中でも、中心に近い存在だ。

 ならば、古式家が把握出来なかったというのはおかしい。

「小川会長、貴女のことは、古式家の総力を上げて、調させてもらいます」

「好きにしろ。もっとも、お前達に利があるとは思えないがな」

「神の力を借りるのではなく、神そのものを降ろす。その術を手に入れることに勝るものはありません。たとえ、私が負けたことが知られたとしても」

 玉梓は、古式の覚悟を感じ取り、一言だけ、呟いた。

「知ってるか? 私達の神降しは、禁忌だそうだ」

「それは……」

 古式は聞き返そうとした。

 だが、玉梓は立ち去ろうとして、古式に対して見向きもしない。

 玉梓は、今回の自体の対応を取り仕切っているため、ここで古式と長話をしている余裕はなかった。

 しばらくして、マホラックからの応援が来たが、その頃には、全ての構成員の拘束が終わっており、北陸校の全生徒が1カ所に集められ、ボーダレスとの繋がりを調べている最中だった。





 次の日になり、本来であれば表彰式が行われているはずだが、ボーダレスの襲撃もあり、残りの試合をどうするかについて、話し合われた結果が、公表された。

 幸いにも、ボーダレス襲撃時には、全てのチームが戦闘中だったため、一戦目は同じ組み合わせで行われる。

 だだし、北陸校は失格とし、2戦目への移動は、代理の者が行う。

 その場合の対戦校は不戦勝となる。

 他にも、いくつかの細かいことが決められたが、それは北陸校の今後の処遇についてだった。

 ただ、新人戦の続行は、ほとんどの生徒が予想していたため、大した混乱もなく、三日目が再開される。





 翌日、新人戦の結果が公表され、表彰式と閉会式が執り行われる。

 檀上では、昨年度新人戦優勝校である古都校の生徒会長、古式咲が司会を務めている。

「それでは、優勝した関東校代表、小川木葉さん、こちらへ」

「はーい」

 木葉はそこはかとなく面倒臭そうな雰囲気を醸し出していた。

 だが、立場上受け取らないわけにもいかず、檀上の古式の元へと向かう。

「優勝おめでとうございます。関東校には、秋の選抜戦時に、開始エリアを選ぶ権利と、来年の種目を選ぶ権利が与えられます」

「ありがとうございます」

 この後、2位の古都校と3位の東海校の表彰が行われた。

 そして、閉会式に移り、新人戦の運営側からの挨拶があるが、長い話であるため、誰も聞いていない。

 立食式のパーティーであるため、決まった席はなく、他校との交流も行われる。

 そのため、匠と鉄也は、東海校の元へと足を運び、難しい話をしていた。

「あれってデバイスを遠隔操作してるのか?」

「まぁ、そんなところだな。もちろん詳しいことは、秘密だ」

「それもそうだよな。ただ、余計なお世話かもしれないが、魔法使用に関する技術は覚えておいた方がいいと思うぜ。魔力を使って障壁を修復するだけで無効化されてたし」

 鉄也の言葉に対し、東海校の面々は苦笑いするしかなかった。

 事実、そうした技術が頭から消えていたため、関東校との試合では無意味なことをしていた。そのため、東海校の生徒達は、小手先の技術に関する資料を集めている。

「とりあえずだ、今度何かあったら相談に乗ってくれ」

 匠達は、連絡先を交換し、技術科としての交流をしている。

 そんな最中、匠は背後に妙な気配を感じ取った。

 恐る恐る振り返ろうか考えていたが、相手はその時間を与える気がない。

「たっくん、私を置いて何してるんだー」

 木葉が背後から匠に飛びついた。

 妙な気配を感じ取っていたとはいえ、想定外の行動に匠はバランスを崩す。

 だが、近くにあったテーブルに手をつくことで、倒れることだけは防いだ。

「こ、木葉、危ねーだろ」

「たっくんが置いて行くからいけないだー」

 木葉は、匠の首まわりに腕を巻きつけ、大きくはない双房を押し付ける。

 それに対し、匠は、顔を少し赤くしながらも、いつものことと割り切り、無視した。

 だが、周囲は無視してくれない。

「真木匠、お前は技術者として俺達と同じだと思っていたが、敵のようだな」

「ああ、まったくだ。技術者として、いい関係が築けると思っていたんだが……」

「匠、時と場合を考えようぜ」

 東海校の面々と鉄也が匠に追い打ちをかけた。

 特に、東海校の面々の視線は、嫉妬に支配されている。

 面白半分に匠に追い打ちをかけていた鉄也の制服を誰かが引っ張った。

 それに反応するように鉄也が顔だけで振り向くと、そこには右目に眼帯をしたニアが立っていた。

「ニアちゃん、どうした?」

「小川会長が、笑いながら、呼んでる」

 その言葉に反応したのは、鉄也ではなく、背中に木葉をぶら下げている匠だった。

「た、玉姉が笑いながら呼んでるだと……。急いで戻るぞ。遅れたら何されるかわからん」

 匠の豹変ぶりに、東海校の面々はついていけず、簡単な挨拶をしながら去っていく匠達に手を振ることしか出来なかった。

「ニアっち、右目、大丈夫?」

「一時的な、視力、低下。魔眼、使用、不可。数日で、治る」

「そっか。なら、眼帯も可愛いのに変えないと」

「これ、必須」

「ふむふむ。なら、しかたないか」

 匠は、ニアの眼帯へと視線を向けた。

 注意深く観察しないとわからないが、微かに魔力を内包している。

 匠自身、魔眼については詳しくないが、白とニアには、いくつかの違いが感じられた。

 白は前髪を伸ばすことで目を隠しているのに対し、ニアは特殊なコンタクトレンズを使って隠している。

 さらには、傷ついた魔眼を癒やすのが目的と思われる眼帯。

 そんな一般には普及していない物をどうして持っているのか。

 いくつかの仮説を立てているが、そのどれも、決定打に欠けるものだ。

 匠の視界に玉梓が入ったことにより、ニアに関する考えを保留にし、目の前の現実へ立ち向かうことにした。

「玉姉、待たせた」

「呼んできたよー」

「小川会長、おまたせ」

「呼んで、来ました」

「よしよし、ちゃんと遅かったな」

「ちょ……」

 戻って来た匠達に対し、玉梓は満足そうに告げた。

 その様子から、いつ来てもお遅かったと言うつもりだったのが見て取れる。

 そんな玉梓に、匠達はただ諦めることしか出来なかった。

「ふっ、そんなに怖がるな、いつものこどだろう。どうせ決まりきった賛辞なんていらんだろうから、一言。よくやった。秋には選抜戦があるが、出場チームは3チームだ。一つはお前達に決まっているが、学年別で上位入賞して、本戦に進めば上級生と戦うことになる。その覚悟だけはしておけ」

「はい」

 声を揃え返事をする。

 この場では全員が空気を読み、周囲に対して選抜戦への意気込みを示していた。

 それは、匠の戦いたくないという表情が全てを物語っている。

「小川会長、そちらの演目は終わりましたか?」

「古式か。何の用だ?」

「そちらの土御門春清君をお借りしたいのですが」

 匠達は一斉に土御門へと顔を向けた。

 古流の名家の中心である古式家、その長女から名指しで呼び出されるというのは、異様だ。

 さらに、指名された本人すら、理由に心当たりがない。

「俺、ですか?」

 そう言うと、土御門は気付いた。

 古式の後ろには、土御門四季と、土御門冬海がいる。

 けれど、それでも理由を考えつくことは出来なかった。

「春清、大人しく来い」

「はい……」

「それではお借りします」

「ちゃんと返せよ。後、利子も忘れるな」

 古式達が踵を返そうとするなか、玉梓が口を挟んだ。

 その物言いに唖然としているが、古式は小さく笑い、微笑む。

「怖い怖い。いろいろとのし付けてお返しします」

 こうして、土御門は古式達に連れて行かれた。

 匠達は、何も言うことが出来ず、ただ見送ることしか出来ない。

 理由の一つに、何か口を挟めば、古流の名家のごたごたに巻き込まれる気がしているというのもある。

 だからこそ、余計に口を噤んだ。

「さて、生贄はほっておくか。それじゃあ、お前達、最後の宴会だ。楽しんでおけよ」

 こうして玉梓は匠達を解放した。

 それぞれが思い思いの時を過ごすが、土御門に何があったのか、本人が語ろうとしないため、誰も知ることが出来なかった。

こんばんは


設定のいくつかは、ただ単に叫ばせたいという理由のものがありますが、使用者が叫ぶようなキャラじゃないという致命的な欠点を抱えています。


それでは、2章もお付き合いいただきありがとうございました。

例に漏れず、3章開始までは、時間がかかると思います。

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